壱章 大蔵合戦 それは保元への茨道

第16話【第一節】割拠せし坂東編ーーー義賢の渇望、荒加賀入道、結局朱若はしまらない

ーーー



「源義朝が四男、源朱若である。」


途端に武士達がどよめく。


「まさか、本当だったのか。」


「まだ、六歳だと言うが大丈夫であろうか?」


「初陣の俺に坂東武者達が遅れを取るなんてあろうはずが無い。そうだろう!」


「「「「!?!?!?!?」」」」


「「「「「お、お、おおおおおおおッ!!!!」」」」」


無力なる少年はフッと軽く笑いを含むと直ぐに厳しく空気を塗り替えてゆく。


「なら見せつけろ!たかがこの小競り合いさえも坂東武者を相手にするなら命取りだと!俺に指揮を任せろ!あとは存分に戦うだけで必ず勝つ!

者共ォー!出陣だぁー!!!!」


「「「「「おおおおおおおッーーーー!!!!」」」」」


朱若、研鑽の時。


いざ、戦場へ・・・。





ーーー


大蔵館(おおくらやかた)。

南を武蔵嵐山(むさしらんざん)、東を武蔵松山(むさしまつやま)に囲まれ北には都幾川(ときがわ)という流域面積が日本でも指折りの大きさを持つ川が流れる天然の要害となっている。平地に建てられてはいるものの守るに易く、攻めるに難き考えられた館であった。


「これは、これは!よくぞお越しになられました!義賢様。」


恭しく迎える男にもはや薄気味悪さが隠しきれていない。


「うむ、ご苦労である。」


あまり深くは考えないようにしたわけではあるが、大蔵館は常に重苦しく兵士たちの表情は決して宜しくない。


館には郎党だろうかたくさんの武士達が謁見の間で溢れまるでその時を待っていたかのようにも見える。


「源為義が一子、源義賢である。以後よしなに頼む。」


毎度毎度憂鬱なのは己が無欲ゆえに義朝(兄)のように自分の家のために動こうとする事がとてつもなくどうでも良いということに帰結している。

源義賢とはそういう男である。


(都暮らしも疲れるが、ここでの暮らしも同じくらい疲れそうじゃのう、、、。)


義賢自身、確かに武士としての生き方はしょうに合っているという自負はある。しかし、根本的に否定的なのはその頂点に立つ武家の棟梁としての生き方である。

棟梁になりたくもないのに体面だけのことばかり気にして、なるように圧をかけてくる摂関家には常に辟易する。


(関白の次男坊は特に問題児であったのう、、、。)


藤原摂関家は確かに御堂関白(みどうかんぱく)と呼ばれ藤原氏最高の繁栄を創造した藤原道長(ふじわらのみちなが)の直系の一族である。


しかし、子の頼通(よりみち)の娘が天皇の皇子をなさなかったため天皇の外戚になることが出来ず、藤原氏の影響力に遠慮しない後三条天皇(ごさんじょうてんのう)の親政を許し、その子の白河上皇(しらかわじょうこう)から続く子どもの天皇を親である上皇が支えるというていで実権を掌握する院政が今に至るまで行われている。


つまり院政という政治風潮により藤原氏は勢いが衰えているのだ。

その氏長者(うじのちょうじゃ)(つまり一族の長)の次男である頼長(よりなが)は元々後継者じゃないのに親からの寵愛で兄の忠通(ただみち)から継承権を簒奪しようとする不逞の輩である。


(あの時の屈辱は、、、一生忘れぬッ!)


義賢は頼長に家の後ろ盾になる代わりに男色の相手にされたのだ。鳥羽院に嫌われて庇護を失い出世を期待できなくなった父の為とはいえあの時の事を思い出すと虫酸が走るとともに消すことの出来ない恨みが募る。


(摂関家を継ぎたいがために、兄を追い落とそうとすること自体が宜しくない事なのにあの頼長(おとこ)ときたら、揺るぎない下僕が欲しいだけで俺に源氏の継承権を得させるために兄者(義朝)を殺せと言ってきた。俺をどれだけ虚仮にすれば気が済むんだ!)


「それに、あの男も奴と同じ匂いがするわ、、、。」




関東に下野して一年程たった。

既に妻子もできた。


義賢が望むのはただ一つ。地方武士のように武芸の鍛錬に明け暮れ、たまに狩りなどをしたりして、戦のない時は自由気ままにゆったり暮らすことだ。


ただ、血筋がそれを許さない。そのためにわざと自演自作で問題を起こしてみたが、結果がこのザマだ。謹慎を言い渡された時はようやくただの武士として生きていけると思っていた。しかし、藤原氏の圧力で父は私を名誉挽回として兄者の子(義平)を抑える名目で関東に送らせた。


「彼奴の手のひらだったのだ!どのみち。わしに兄を邪魔させる口実ができたに過ぎなかった、、、。」


「どうかなされたか?義賢殿。」


「秩父殿。」


秩父重隆(ちちぶのしげたか)。

父親が後妻を迎えた際にしばらくして生まれた子であり、後妻の根回しによって兄の重弘殿を差し置いて秩父党を継承した。


(頼長(あやつ)と同類の犬畜生よ。)


その欲深そうな目は嫌悪してやまない都人に酷似していた。


(頼賢(為義の四男)にはよく気を使ってもらったな。ただ、わしも弟(頼賢)も利用される。同じく、都に嫌気がさして常陸(ひたち)(今の茨城県)でようやく平凡に暮らせる足掛かりを作り始めた義憲(為義の三男)(よしのり)も巻き込んでだ!)


元々の義朝(あに)の優秀さは二十人ほどいる兄弟たちがみな知っているだろう。一度は憧れて頑張ってはみたが、結局差は開くばかりで追い越すなんてもってのほかだ。


「義賢様。我が愚兄の重弘が不穏な動きを見せているゆえ攻め滅ぼそうかと考えております。」


(やめろ、その薄汚い欲まみれな目で私を見るな!こいつに兄弟としての認識はかけらもないのだろうか、、、。)


「時期尚早だ。何より敵の勢力を測りきれておらん。私情で動くのは下策の極みだ。」


義賢とて戦をやるならそれを抜かりなくやる誇りはある。ここだけは武士としてのプライドが許さない。


「義賢様が御出陣なさることでもありませんよ。ここにいてくださるだけで結構にございます。あとは我らにお任せを。」


(不機嫌そうだな。都にずっと居たことで戦もしたこともないひよっこだと馬鹿にされたのだろう。なかなかにまともなことを返されて反論せずに話を逸らすとは舐められたものだ。あとこれでわかった。重隆(やつ)は俺の名だけが欲しいだけであとは飼い殺しだ。)


大蔵館は戦支度に入った。


(義平を、、、兄者の子供を甘く見るとどうなるかまだ分かってないようだな、、、。)


「義賢様、、、。また父がよからぬ事を、、、。」


「お主が気にすることでもない。」


小枝(さよ)はあの重隆(犬畜生)の娘で義賢の妻だ。


(思えば、頼長との同衾で参っていた私を何の躊躇いもなく支えて癒してくれた。小枝と夜を共にする時がどれほど心地よくて救われたことか。どのようにしたらあの犬畜生からこのようなできたおなごが生まれるのか、、、。全く爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ、、、。)



仁平二年(1152年)。


朱若は五歳になった。もちろん数え年だから実際の年齢はまだ四歳だ。

しかし、見苦しい光景がその目出度さもかき消せてしまうのが常々恐ろしい。


「大叔父!もう良いだろう!?」


「黙れ!黙れ!まだまだ足りんわ!」


猛ダッシュで朱若が逃げているもの。

大叔父と言っているが義隆の姿では無い。


それは、馬に跨り全速力で刀を振り回す六十歳くらいの老人であった。


いや、老人という皮を被った化け物だ。


(なんで!?なんでまた俺だけこんなに酷い目にあってんの!?)




ここは鎌倉党の惣領大庭氏の本拠、大庭御厨(おおばみくりや)。

ではなく、、、。









上野国(こうづけのくに)(今の群馬県)

足利荘(現在の足利市)。


「申し訳ありませぬ。いきなりのことですからお出迎えする準備に手間取っていると父から、、、」


申し訳なさそうにかしこまる大庭景義は見ていてこの上なく不憫な様子である。


「まあ、気にするな。連絡したのもそこまで前もってではなかったからな。」


(しかし困った。当分は兄者の屋敷に居座ることになるんだが、、、祥寿姫もいるし新婚だからな。水入らずを邪魔したくねぇ〜。)


「それなら、一度我等の故郷である上野国にこられては?」


きっかけはひょんな新田義重の提案からだった。

勿論、弟の足利義康は快く了承している。


義重には色々世話になったからというのも兼ねて農業の技術の伝授をかねてとのことで二ヶ月ほどの滞在のはずだった。


この爺(ジジイ)に会うまでは、、、。


「お前、良いツラしてるな。気に入った!わしが直々に扱いてやる。」


「え?」


「確かに朱若の潜在能力は凄まじいが、兄者。どの辺が?」


「勘!」


義隆の怪訝だが、どこか慣れた様子の安堵の表情を向けられる男。


「義国兄者らしいわな。」




そして現在。


「大叔父!もう良いだろう!俺五歳!もう死ぬ!」


既に五歳という鍛錬の範疇を越えたものだが、それでも逃げなくてはならない。


「黙れ!黙れ!まだまだ足りんわ!」


源荒加賀入道義国(みなもとのあらかがにゅうどうよしくに)。

源氏一好戦的な男かつ、戦上手で北関東を席捲した大勢力を持った筋骨隆々の生きる名将にして義隆の兄。

つまり八幡太郎義家の子である。


「義重殿、義康殿!助けてくだされ!」


「すまぬ!わしには義国(ちちうえ)を止める力がない、、、」


「ああなると父上は止まらぬからのうー!」


謝る義重に対し能天気に義康は笑っている。


「クソッ!俺が走るのはともかくなんで大叔父は馬なんだ!?あとその手に持って振り回してる大太刀(おおだち)(2メートルぐらいある長めの刀)はおかしいだろ!?」


止まれば馬に轢き殺されるか、大太刀で体が文字通り真っ二つだ。


「あと隣の方の大叔父!普通だったら止めるだろ!?」


隣で悪い笑みを浮かべるのは守役の義隆のほうである。


「のう、義隆よ。あの歳であの口ぶりに脚の速さと体力はおかしくないか?」


義国の真剣な問に義隆も真面目だ。


「ええ、五歳では有り得ませんな。」


義国は前を向き直す。


「ひょっとすると我らが父(八幡太郎義家)の如き神がかった名将の再来かもしれぬな、、、。」


「あんな締まらないやつがそうであるといいのですがね!」


朱若の体たらくに義隆は思わず笑う。


「認めない!こんなの暗躍じゃねぇ!俺はモブのはずなんだ!こんな修行は認めないぞぉッ!!!」


朱若の暗躍は最悪の展開から幕を開ける。

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