第14話六条判官の後悔、武士の呪い
平安京、六条堀川第。
かつて清和源氏の嫡流を河内源氏として確立し、源氏最初の隆盛を築き上げた源八幡太郎義家が建てた邸宅である。
そしてそれを受け継いだのは言わずと知れた六条判官(ろくじょうほうがん)と呼ばれる者。
「そうか、義朝は悪源太(義平)を坂東に遣わすか、、、。」
淡々と報告を受ける老人には特段変わったようには見えない。
「ほう、これはまた坂東を自分自身で勢力を独占しようという腹かな?にしても手伝う身内が近くにおらんのだ。皮肉なものよ。」
源為義。朱若から見ると祖父であり、現在長男の義朝と勢力拡大方法で揉めている。
その近くに座る若武者はいさみたった。
「父上、我らも早急に人を坂東に送るべきですッ!兄上に先をこされるのはよくありませぬ。」
「落ち着けい、頼賢(よりかた)。ふむ、今まで派手に動かなかった義朝がついに均衡を破ったか、、、。」
左衛門尉頼賢(さえもんのじょうよりかた)(為義の四男で義朝の異母弟)にはこの危機的状況の中で父の落ち着きはあまり好ましいことではない。
「父上!我らは河内源氏を再び興隆させねばなりません。その為には兄上(義朝)のように好き勝手動いて離散している状況は宜しくありません。それに、、、」
頼賢は言葉詰まる。
「頼賢、そなたが言わんとしていることは分かる。わしとて最初から藤原摂関家に取り入りたくて取り入っているわけではあるまい。今は鳥羽院(鳥羽上皇)の勘気は解けたとはいえ出世することは半ば不可能だ。しかし武士は何かしらの庇護がなくては立ち行かぬ。現に義朝が失望されたわしに変わって院の信頼を勝ち取ってくれている。これで済むならこれ程容易いことは無いだろうて。」
「父上、、、。」
(父上は義朝兄上が中央政界で活躍しているのが本当は嬉しいのだろう。私でも弟として誇らしい。だが、院の信頼を失った際に父上は取り成しを摂関家にお願いなさってから何かと摂関家の藤原忠実(ふじはらのただざね)様に絡まれてしまうようになった。周りからは摂関家派として認知されてしまい、父上は院へ取り成してくれた摂関家に対しての少なからずの恩からそれを断れずにいる、、、。摂関家は院との折り合いが今は悪い。ことと次第では兄と望まぬ対立をせねばならないかもしれぬ。)
頼賢は深いため息とともに平安京の生きづらさを骨身に刻みつけていた。
為義はとにかく苦労絶え間ない人間だった。
「為義、立派な武士になれよ。」
忘れもしない祖父の八幡太郎義家の言葉。
父親の悪対馬守義親はとにかく剛毅で荒々しい人だったが、息子の自分には優しかったのを覚えている。
赴任先で問題を起こして朝廷に刃向かったと聞いた時はそれほど驚かなかった。父は強いから朝廷は戦が長引くのを恐れて和議でももちかけて関係修復を図るのかと思っていた。
「まさか、義親を討つ日がくるとはのう、、、。」
朝廷は父親の義家に義親討伐の院宣を遣わした。
祖父の義家は苦悶の表情だった。
それよりも前から衰えを感じていた義家は既に齢六十を超えていた。
「お爺様、御父上を討たないといけないの?」
幼き為義は祖父の子のように育てられた。
このような質問をしていた気がした。
「すまん、陸奥四郎(むつしろう)(後の為義)。これも武士の世の厳しさよ。わしとて自分の子を討たねばならんのは辛い。」
しかし、義家は義親を討つことは無かった。
「お爺様、お爺様!いかないでくだされ!」
布団で息絶え絶えで著しく衰弱していた。
「為義、源氏を頼むとは言わん。立派な武士になれ。」
そうして、武士の一時代を築き上げた男は生涯を閉じ た。
祖父はあの時後悔のような顔はしていなかった。むしろ嬉しそうだった。
(自らの手で義親(じぶんのむすこ)を討たなくてすんだのだから)
まさに皮肉とも言うべき死への願望であった。
為義は今思えばあの言葉は自分への期待ではなく、忠告のように感じている。
「結局わしは失敗ばかりだ、、、。立派な武士にはなれなんだ、、、。」
まさに武士の呪いのような言葉。
六条判官の眼差しには常に後悔がまとわりつく。
「にしても、、、熱田神宮への参拝のついでとは、考えたものよ。提案したのは、、、確か義朝の四男坊と聞く。これが本当なら末恐ろしい幼児を授かったものよ。だが、源氏の飛躍はより確実なものとなろう。」
「父上、流石に噂の話では?まだ三つと聞きますし。」
「厩戸皇子(聖徳太子)は三歳で南無仏と言うたそうだ。」
「父上、、、噂ですぞ、、、」
為義はどこか嬉しそうな顔をしていた。
「長かったのう、思えば義忠叔父上の暗殺の犯人として義綱大叔父を討ち取った時に過ちを犯してからずっとそのような神がかった何かを待ち望んでいたかもしれぬ、、、。」
尾張国、熱田神宮。
義平と祥寿姫が夫婦になった。
「義平様〜!」
「・・・。」
祥寿姫は義平にべったりだ。義平は戸惑ってはいるが満更ではないらしい。
「失礼、先程京より連絡がありまして、六条判官殿が義朝様の弟君である義賢(よしかた)(為義の次男で義朝の異母弟)殿を上野国に遣わすそうです。」
「なんだと!?」
義平は鎌田正清の報告に驚いている。
「為義は明らかに義平に対抗しての義賢の派遣なのは間違いないのう。」
あくまで不機嫌な義隆。
由良もやや難しい顔だ。
「京へ帰るのを急がねばなりませんね。」
「我々も領地へ戻りこれに備えます。」
足利義康、新田義重兄弟も帰還に賛成している。
「では義平殿を奉じて鎌倉に入りなさい。」
「承知致した。」
(やはり、今京に戻っても得るものは少ないな。なら俺の取るべき道は、、、)
ひとしきり考えた朱若は由良に近づいた。
「母上、お願いしたいことがあります。」
由良はなかなかわがままを言わない朱若の願いとあって嬉しそうだ。
「私は義平兄者とともに鎌倉に下りとうございます。」
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