第6話源氏と関東
「いい?朱若。困ったことがあったら姉上に相談なさい。誰も信じなかったとしても、私はあなたの味方です。」
「ありがとうございます、、、姉上。」
強力な味方が加わった。
坊門姫は後に公家の一条能保(いちじょうよしやす)に嫁ぐはずだ。
これでいずれ動く際に公家に強力なパイプができる。
いや、そんなことは関係なかった。
朱若は単純に姉という理解者を得たのが嬉しかった。
(そうだ・・・、こんなに暖かい人たちを失いたくない。だから、俺が・・・
俺が源氏を・・・救ってみせるッ!!!)
ーーーーーーーー
それを遠巻きに見る影が二つ。
「うふふ、坊門(むすめ)も逞しくなったわねぇ〜。」
「のう、由良よ。こんな野暮なことしていいのか?」
由良と義朝であった。
「まあ、バレていないので構わないでしょう。にしても、あの朱若を泣かせてしおらしくさせるなんてあの娘、私より母親してない!?」
「由良よ、、、そう憤慨するでない、、、お主の娘ぞ。誇らしいことではないか。」
呆れてたしなめる義朝だが、由良は拗ねている。
「それは、そうですが、私にも母たる矜恃があるのです!しかし、二人でなんの話をしてたのかしら、、、。」
しばらく、由良は朱若に対して著しく甘くなった。
三日後、
支度が整い源氏館を出立する。
鎌倉にそのまま下向する義平を先頭に、朱若が馬に乗ってその隣に鬼武者こと頼朝が並ぶ。そして由良と蒼若が一緒の籠(かご)に乗る。
籠を守るのは義朝第一の郎党である鎌田政清(かまたまさきよ)だ。
義朝の乳母兄弟で朱若の守役のような役割もしていた。生真面目な男で頼りになる美男子だ。
ちなみに義朝と朝長は都に残った。
ちなみにこの動きに際して、朱若は源氏内部の勢力争いを聞かされる。
(どうやら、俺が踏んだとおり保元の乱より前だから義朝と俺の祖父に当たる源六条判官為義(みなもとのろくじょうほうがんためよし)は源氏の棟梁の座を巡って対立しているようだ。この義平を鎌倉に下向させる動きはやはり、、、、)
この義平鎌倉下向は義朝の関東圏での勢力基盤をより磐石にする狙いがあった。
当時、従来の武士のように藤原摂関家(ふじわらせっかんけ)に近づき勢力を伸ばした義朝の父の為義は息子の義朝の院政下において院近臣や鳥羽法皇(とばほうおう)に近づく動きを気に入っていなかった。
長男義朝以外の兄弟は皆為義側についたため、手助けができる身内が少なく、長男の義平はまだ十代前半にして古来より源氏の勢力基盤である鎌倉及び関東の勢力形成を一手に任されたのである。
義朝が子供たちの元服を急がせているのにも頷ける。
その祖父の為義も都で鳥羽院に無礼を働いた悪僧を庇ったことから、出世する機会を失っており評判もよろしくないらしい。
(まあ、あの脳筋兄の義平はああ見えて軍略の才も源氏随一だ。万が一にも戦に負けて討死になんてことは無いだろう。)
保元の乱での論功行賞における平氏の棟梁の平清盛(たいらのきよもり)との差が源氏の没落の始まりであり、平治の乱への遺恨に繋がる。
(保元の乱で全ての懸念を払拭できるなら最もいいけど、俺の歳と経験から駆け引きでは相手にもされないだろう。なら今は力を蓄えて平治の乱で全てをぶつけるしかない!)
色々考えてたら何も知らない家族や郎党に心配されるので、今は範頼と会うのを楽しみに考えておこう。
ゆっくりと東山道をおりて、(つまり京都から奈良経由で三重を通過し)五日後には美濃国(みののくに)(今の岐阜県)の不破関(ふわのせき)に到着した。近畿地方と中部地方を結ぶ古代から中世にかけての交通の大動脈だ。
(この近くでは確か、昔は大友皇子(おおとものみこ)と後の天武天皇である大海人皇子(おおあまのみこ)が大化の改新を成し遂げた中大兄皇子(なかのおおえのみこ)こと天智天皇の後継者の椅子を巡って壬申(じんしん)の乱が起こったときの戦略的要衝としてここ一帯で天下分け目の激戦があった場所だな。天下分け目と言ったら今からあとの約四百年後の1600年の関ヶ原の戦いの主戦場もここだ。)
朱若は1000年も後の姿のまま広がる山々に思いを馳せていた。
すると、政清が叫んだ。
「そろそろ熱田神宮がおわす尾張国(おわりのくに)(今の愛知県)にござる!今日はこの不破関にてゆっくりとお休みになってから、明日尾張国に入る手筈にござる。」
「ありがとう。政清。」
由良の慈愛の笑顔に政清は照れた子供のように頭をかいていた。
(うちの母やっぱ魔性だなぁ、、、)
不破関の陣所に紅の夕焼けは落ちようとしていた。
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