第7話老将の追憶、向き合う事これ争い避する法なり

不破関にて、羽を伸ばした源氏の一行は尾張国(今の愛知県)に向けて進軍を開始した。

その中堅辺りに乗馬している朱若の隣には兄の鬼武者こと後の頼朝が同じく乗馬している。


「なあ、朱若。俺たちの会う弟とやらはどのような人物なのか?」


源氏の兄弟は皆同じ屋敷で成長してきたため、初めて遠くの範頼(のりより)に会いに行くとあって怪訝な眼差しである。


「蒼若より一年生まれるのが早かったのでまだ気心の知れない幼児ですよ。兄者。」


「そうか、それならあまり心配は要らんな。」


頼朝は既に疑いを持つかのような表情をしている。


(これはまずいな。頼朝の疑心暗鬼は後々兄弟を滅ぼすきっかけになりうる不穏な感情だ。ここまででそれが形成されているとなるとかなり大誤算だな。)


朱若としても頼朝には常に正直に誠実に接することを心がけており、信頼を勝ち取ってはいるもののそれ以外の人を極度に疑うといった部分を払拭しきれていない。頼朝の信頼を勝ち取る上でそこに打算的な感情は皆無ではあるものの、自分だけ助かるというのは意味が無い。


頼朝が信頼しているのは史実を見るに恐らく平治の乱やその余波で亡くなった上の兄弟や同じ母を持つ弟だけだ。


(実際、頼朝が鎌倉入りを果たしてこれから源氏の勢いをもりかえそうとしたときには、義朝(ちち)や義平・朝長の兄たち、そして同じ母を持つ弟である義門(おれ)は平治の乱で全員死亡していて、もう一人の弟である希義(あおわか)は頼朝が流刑地の伊豆で挙兵した際に呼応しようとして危険視され流刑地の土佐で襲撃され殺されている。唯一同じ母を持つ兄弟は坊門姫(あね)だけだが、女性なので貴族とのパイプとしてはいいが戦力としては論外だ。)

事実頼朝は坊門姫に対して手厚く保護し、ある土地の地頭に任じているほどである。


故に母違いで遠い地で育った範頼(おとうと)は信用ならない存在なのである。


「兄者、、、また顔に出ている。そんなにまだ幼児の弟も疑うのか?兄者は人を信じなさ過ぎる、、、。」


「し、しかしだな、やはりいきなり一年以上も前に生まれて弟がいるなんて聞かされたら抵抗のひとつやふたつあるのではないか?」


「ありませんね。」


即答だった。


「なぜだ?私にはそれがよく理解出来ん。」


「だって、母は違えど血を分けた弟ですから。それ以上の理由あります?」


「いや、それは、、、」


頼朝はなにか言いたそうな表情から口篭る。


「くっ、自分でもわからんが揺るぎなく正しいと思っているはずなのに自分の言ってることにどこか矛盾があるようで引っかかってしまう。」


すると突然俺のすぐ横から大笑いが上がった。


「フハハハ!見事見事!兄弟は仲の良いことが一番にござる!この義隆(よしたか)、感服いたした!」


「「大叔父上!」」


源森冠者義隆(みなもとのもりのかじゃよしたか)。

朱若の実質的な守役であり、鎌田正清と共に朱若と頼朝に関わりの大きい立派な白ひげを蓄えた剛毅な老人である。


「朱若の信じる心は立派にござる。しかもそれを伝えることができるという点でもです。」


頼朝が不満を呈す。


「しかし、大叔父上。あまり信じ過ぎてしまうとかえって足元をすくわれるのではないのですか?」


「鬼武者の疑問はごもっともじゃ。私の父上は兄弟とはしっかり仲良う出来んかったからのう。身内争いによって源氏の勢いが衰えるのを懸念しておるのだろう。」


この源義隆。実は朱若たちの祖父の祖父であり、源氏を武家の頂点にまで押し上げた源八幡太郎義家(みなもとのはちまんたろうよしいえ)の末っ子であるのだ。もとい数多いる義家の子の数少ないの生き残りであり源氏の長老的存在である。そばで義家死後の熾烈な跡目争いをその目で見てきた生き字引にして、平治の乱のおり逃避行の途中壮絶な最期を遂げる、、、。


「はい。ならば、、、」


遮るように義隆は言う。


「なればこそじゃ。」


そこに好々爺の姿は無く切り裂くような武士の眼差しがあった。義隆はぽつぽつと語る。


「我が父義家は偉大だった。いや、偉大すぎた。それゆえ我ら次代に残したものが大きすぎたのだ。元々家督を継ぐはずだった長兄の義宗(よしむね)は大層賢く武勇も父に劣らなかったが、病より早世してしまった。誰もが義宗兄上が継ぐものと思っていた棟梁の座が突然全ての源氏に可能性として転がってきたのだ。狙わない者は少ない。」


義隆の声に苦痛が入り混じるのを朱若と頼朝はかたずを飲んで聞く。


「まさか、、、」


「ああ、そうじゃ。争うのじゃよ。次兄の悪対馬守義親(あくつしまのかみよしちか)、お主達にとっては曾祖父じゃが、普通は棟梁を継ぐのだが、気性が荒く素行が悪過ぎた。朝廷の派遣する国司と争い年貢を強奪したり挙句の果てには殺しおった。当然朝廷は目を付け父の義家に討伐を命じた。」


頼朝は騎乗したまま身を乗り出す。


「義家様が曾祖父様を討たれたのですか!?」


史実を知っている朱若は静かに黙っている。


「いや、そうはならんかった。父上が出陣直前に亡くなったからだ。父も武士としてのケジメもあったが自らの子を殺すのはこの上なく辛いことだ。相当悩み老齢だから負担も大きかったのだろう。棟梁は三兄の義忠(よしただ)が継いだがやはり、兄殺しを躊躇い変わりに舅(妻の父)であった平氏の棟梁平清盛の祖父の平但馬守正盛(たいらのたじまのかみまさもり)が義親兄上を討ち取られた。これが平氏に遅れを取るきっかけになったのだ。」


「そんなことが!?」


頼朝が驚く一方で朱若は冷や汗をかいていた。

(これからはもっと酷くなる。)


「酷いのはこれからよ。義忠兄上がすぐに暗殺されてしまうのだ。犯人は父の義家の弟で我の叔父にあたる源加茂二郎義綱(みなもとのかもじろうよしつな)とされた。元々、兄の義家とは仲が良くなかったのでな。疑われるのは尚更だ。当然朝廷は義綱討伐の触れを出し、お主達の祖父で義親兄上の末の子の為義(ためよし)が見事に捕縛して見せた。」


「祖父上(おじいさま)が、、、。」


義朝(ちち)と対立してるだけあって頼朝が複雑な気持ちになるのもわかる。


「しかし、話はここで終わらないのじゃよ。調べると義綱は全くの無罪。しかも、二十年後に流刑地で討伐された後にな。真犯人は義家と仲の良かった三弟の源新羅三郎義光(みなもとのしんらざぶろうよしみつ)だったのだ。かねてより、兄の後釜を狙っていたらしい。私も思わず呆気に取られてしまったよ。何せ武家の頂点たる源氏が内部で争う事だけに二十年もの歳月を無駄にしたのだから。義光は既に領地の甲斐国(かいのくに)(今の山梨県)に逃げていて討伐出来なかった。そして為義だが、奴も棟梁としての精彩を欠いておる。お主らが生まれるより十年ほど前に院(鳥羽法皇)に無礼を働いた僧がいたのだが、それが為義の屋敷に助けを求めてやってきた。普通なら捕まえて差し出すのだが、あの阿呆は藤原摂関家と親しいと知るやシラを切りそのものを庇ったのだ。藤原摂関家に近づきたいがためにな。これがきっかけで院は為義に失望し出世をさせなくなった。確かに武士は摂関家を通じて朝廷に仕えていたが、今は院政の治世なのだ。院(上皇または法皇)に逆らえば出世が絶たれ一族を繁栄させることは出来ぬはずなのにじゃ!しかもあやつは源氏をもりかえそうとする義朝の足を引っ張ってばかりじゃ。」


「やはり、身内でも気心の知れぬ者は信用できませぬ。」


義隆は懺悔するように頼朝を制する。


「そうでは無いぞ。鬼武者。わしは近くで兄弟として言いたいことを、言い合ってしっかり向き合っていたらこんなことは起こらなかったと思っている。わしら兄弟はなんせ皆離れて育てられたからのう。わしは末の子だから、父や兄達に可愛がって貰えたが可愛がっていた者同士はどこか違う場所を見ておった。まるで赤の他人じゃな。わしはそれが悲しかった。悔しかった。お主の言うように大人になって兄弟だと会って見てもそこに情なんて生まれてこぬ。しかし、お主らは違うであろう?現に幼子(おさなご)という何も知らぬ無垢な状態で会うのだ。今からしっかりと向き合えばきっと分かり合えるはずじゃ。結局兄弟が手を取り合わねば家は繁栄せぬ。わしらのような先達がしでかした過ちを繰り返さないためにもな。」


「大叔父上、、、。」


ゆっくり息を吐いて話終える義隆はどこか寂しげだった。彼の周りにはもう自分のことを良くしてくれた父はなく可愛がってくれた兄もほとんど居ないのだ。義隆がまるで朱若が回避したい最悪の未来の中に囚われているように。


「まあ、そんなところじゃ!鬼武者、朱若。お主らはそれぞれ違った良いところを持っている。兄弟は足りないところを補い会える関係が一番良い。こんな老いぼれのつまらぬ小言じゃがしっかり腹を割って向き合ってみよ。さすれば、自ずと良いところに向かって行くはずじゃ。」


頼朝は緊張し引きつった顔をしていたが小さく深呼吸して決意したように向き直った。


「分かりました、大叔父上!真剣に弟に向き合います!」


「ホッホッホ!鬼武者は真面目でいいのう!」


(ふっ、それでいいのさ、頼朝。全く手のかかる兄貴だな。)


朱若はこの様子を間からからクールを装って見ていた。


「それにしても、、、朱若よ。お主は考えも素晴らしいし、良い事を思い切り言えることは良いが変にひねくれてるのか素直じゃないのか、、、全く手間のかかる兄弟じゃのう〜。」


「な、なんのことですかぁ〜?大叔父上?」


(この爺さん、俺の心を読んだのか!?チッ、最後まで俺のこと良い雰囲気で終わられようとしたのによぉ〜。)


老将の言葉を胸に弟の待つ熱田神宮へと馬足を進めた。

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