第5話仙女、死を見つめる予知夢、そして姉の願い
「お、今日は門番が休憩中か。くくくくく、簡単に屋敷から抜け出せるぜぇ!」
流石にこの歳だと気軽に外にも行けないので屋敷に引きこもった生活には飽き飽きしていた。
(いつも抜け出そうとしたら、門番が義平に連絡して捕まえられるからな。あんな体力お化けから逃げられるわけないが・・・門番がいない今がチャーンス!)
というわけで京の都を屋敷から抜け出し一人で歩いていると、角で帯刀した不思議な赤い組紐をした不思議な女性に出会った。
「ッ!あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。あなた、小さいのに賢いのね。」
「そう?」
「あなたのような歳で流暢に喋る子供なんてそうそういないもの・・・。ッ!?
もしや、、、、ッ!」
突然、女性は目を細めて、何かに気づいた様子で言ってきた。
「あなた、前世を持ってるわね?」
「ッ!?」
「驚かなくていいわ。私だって伊達に数百年も生きていないもの。」
「あなたは、なんで俺が転生者だとわかったのですか!?そして数百年も生きてるって、、、」
「私の話はいいわ。それよりもあなた、歴史を変えようと思う?」
「それは、、、変えないと俺や兄弟は死んでしまうから、、、。」
突然目の前の女の空気が張り詰める。
「ねえ?歴史を変えるって甘く見てない?」
「いや、そんなことは、、、」
「あなたが思っている以上に、険しく苦しいわよ。
それでもやる?」
「やりたいって言うか、やらなくちゃ死んじゃうっていうか、、、」
「そう、、、わかったわ。
でも、今のままじゃダメ。あなたには死ぬのが嫌だから仕方なくってしか見えてこない。覚悟が足りてない。」
「じゃあ、、、じゃあ!どうすればいいっていうんだよッ!何も分からないままわけも分からなく千年も前に転生させやがって、自分でたまたまありあわせた知識で察せたのが数年で家族離散と自分の戦死ってわかったとしても何をしたらいいか分かるわけねぇだろうッ!どこからともなく現れて勝手に俺の素性を言い当てて、俺の境遇と覚悟を罵ってそれで何がしたいって言うんだよッ!」
「一度死を味わって見る覚悟。それが必要ね。」
「死を・・・!?
死を味わうってそんな、、、。そんなことって。」
口からさらりと流れた重い言葉を発しても女は泰然としている。
「別にあなたを私が殺すってわけじゃないわよ。臨死体験ってやつ?をすればいいのよ。例えばそうね、眠ってる間に崖から落ちて死ぬ話とか。」
「そんなこと望んで出来ないよ、、、」
「そうね。普通なら・・・。」
「普通なら?」
「私が何年生きたって聴いたの?
あなたに夢を見せることなんてそれなりに可能だわ。」
「ええッ!?あなたが仮に夢を見せれるって言うことにしても、それでも、崖から落ちた話って、、、」
「あなたに見せるのはそれじゃない。それじゃあ、意味が無い。もっと手近にあるあなた自身がこれからたどる未来よ。
いわば予知夢ってやつね。」
突如、かつてない眠気が襲い視界が暗転仕掛ける。
「な、、に、を、、、?」
「一度、自分や大切な人間を失う死を見つめて来なさい。あなたがその覚悟を持って突き進みその運命に抗って倒れようとするなら、再び私はあなたの前に現れるわ。励みなさい、義門(よしかど)。」
(なん、、で、、、こいつは元服前に、、、
俺の名、、、を、、、、、。)
そこで視界は真っ暗になった。
そこで見たのはこれから訪れるはずの悲劇という名の史実。
戦場の中で朱若は戦っていた。
派手な甲冑を身にまとい近くの敵を切り倒していた。
遠くに翻る赤い平家の旗。
それを見て突撃を敢行する。
しかし、次の瞬間脇腹を刺され落馬させられたところを、斬られる。
(痛いッ!いたい!やめろ、やめてくれ!!!)
浅く斬られたので意識がある。そのせいで何度も何度も滅多切りにされる。激痛がやまない。
(痛い、、、、もう、殺してくれぇ!)
血は水溜まりを形成するほど吹き出し、四肢は斬られもがれて、胴に繋がる手足はどこかに打ち捨てられた。
(し、死にたい、、、)
そして、、、嘲笑われながら、、、
朱若は首を斬られた。
間欠泉のように血が吹き出し、それを見た頼朝が怒り狂い我を忘れて突撃しようとしてくるのを義朝が必死で止めていた。
そのあとは場所が変わり、落ち延びてゆく義朝一行その数七騎の悲劇が待っていた。
朝長が足を矢でいられ、引きづっていたが腐り出し、とうとう歩けなくなった。
「父上、私は足でまといです。
敵に首を打たれるくらいならここで私を殺してください。」
(や、やめろ、、、やめろぉぉぉッッッ!!!!)
「ぬう、、、朝長。すまぬッ!」
朝長の首が胴から離れ虚空を舞う。
吹き出した血を義朝は見つめながら、声にならない嗚咽を漏らしていた。
大叔父の源森冠者義隆(みなもとのもりのかじゃよしたか)は眉間に矢を当てられ落馬して首の骨を折り即死した。
義朝はある屋敷の一角で風呂に入っていた。
すると、扉があき武装した男が二人入ってきた。
「何奴!?」
その瞬間義朝はなすすべもなく斬られた。
「お、おのれぇ、、貴様らぁ、、、裏切るのか、。」
「落ち目の源氏に用はない!
この長田忠致(おさだただむね)!
源氏の棟梁朝敵源義朝の、首を差し出し平家の家人となる!」
「息子たちよぉ、、、、、、、すまぬ、、、。」
その瞬間義朝は、呼吸を止めた。
義平は捕られられ平家の陣に引っ立てられていた。
「貴様らぁ!!許さぬぞッ!よくも、よくも、朱若をおおぉッ!!!」
目に涙を零しながら四条河原に座らされる。
処刑人が叫ぶ。
「源悪源太義平!最期に言い残すことはあるか!」
その瞬間、義平の顔は先程とは打って変わって緩んだ笑顔を浮かべていた。
「ごめんなぁ、朱若。
兄者が弱いせいでお前を守りきれなんだ。
今から私もそっちに向かうから、来世では、、、
お前を守ってやるからな、、、」
その瞬間当たりを鮮血が染める。
(あ、、、ああ、、
あああああああああぁぁッッ!!!)
気づけば、いつもの屋敷の寝床の中で何事の無かったかのように朝が来ていた。
希義誕生から数ヶ月ほど経ち、由良の容態も安定してきたことから、いよいよ範頼が待つ熱田神宮へと出発する支度が始まった。
ちなみに希義は「蒼若(あおわか)」という幼名と決まった。
どうやら意味は俺の幼名の朱若と対比して隣の東の四方獣である青龍からとり、「青」を「蒼」と文字って青龍のように気高く流麗に生きて欲しいとの事。
(まあ、いつものくだりで由良母さんを騙して「敵をも青ざめるような強い将になって欲しい」とか郎党の前で言ってむくれた由良母さんを口説いてイチャイチャするまでがワンセットだったがな。)
朱若(俺)はというと屋敷の庭で義平から素振りの稽古をさせられている。
「はぁー、はぁー、ひぃ〜!もうダメだ。死ぬぅ〜!」
「全く情けないのう〜。でもそんなダメな朱若も好きじゃ〜。」
兄バカが出た瞬間朱若は真剣に素振りを再開する。
義平は自分が鎌倉に行くことで俺に稽古をつけられないことを悔やんでいるらしく、少し早いが義朝の了承のもとしごかれているわけだ。
そして義平はと言うと、、、
「ほらほらー、もう一発続けてみよ!」
かなりのスパルタである。
というもの彼自身が強過ぎてまだ三歳の俺にはキツすぎるハードな鍛錬をしているのに気づいていない。
(くそぉ〜!マジで無自覚に殺しに来てるぞ。
この脳筋兄者!)
それでも朱若は鍛錬を辞めることは出来ない。
義平はキツすぎる鍛錬をするがそれ以前に兄バカなので辞めたいと言えばすぐに辞めさせてくれる。
(ここで俺が折れたら、守るための力を手に入れれずじまいだ。源氏を守るために源氏の最強とももくされる義平さえも超える力がないといけないんだ。
だって義平でさえもあの平氏の前に無惨にも散ってしまうのだから、、、)
手の感覚はとうの昔に無くなっている。
視界の先もぼやけ始めた。
目眩もする。
家族の笑顔とは裏腹に朱若の背負う思いに気づく者はいなかった。
「ちょっと?幼児らしくない顔になってるよ?」
一人を除いては。
「坊門(ぼうもん)姉上、、、。」
坊門姫(ぼうもんひめ)、義朝の長女にして由良の最初の子ども。
朱若より四つ上で七歳。義平の妹で朝長の姉になる。
朝長と同じく年に似合わぬ落ち着きと大人っぽさをもつ頼れる姉といった感じである。
朝長と違っているのはこちらは女性としての由良(はは)譲りの妖艶さの片鱗が既に垣間見えているということだ。少しおっとりとした自分の間隔で話す抜けた感じもする。
「大丈夫です、姉上。私はこのように元気ですので心配いりませんよ!」
突如、坊門(あね)が膨れる。由良(はは)に酷似している。
「ほら、あなたは隠し事をする時いつもそうやって口が回る!姉上にも話せぬ事なの?」
朱若は口篭る。
「ねえ?朱若。私はね、あなたのように賢くはないし、義平兄上のように力があるわけでもないのよ。それでもね、あなたは兄弟の仲で一番泣かなかったの。母上もよく言うけど、何も求めてこなかったの。
それが私には誰かのために必死で堪えて我慢して、自分を押し殺しているようで、、、あなたの後ろに何があってそれを背負い続けてるのかは分からない。
だけど、わたしはあなたが一人でいるのは絶対に許さない。私にとってはあなたは結局可愛い弟に過ぎないの。だからね?姉弟として私にもその重みを背負わせて欲しいの。」
涙が止まらなかった。
止めたくても止まらない。
「姉上、、、俺の話信じて聞いてくれますか?」
「ええ、勿論。」
朱若は前世持ちであること、昨日最悪の予知夢を見たこと、そして今から待ち受ける悲劇を全て話した。
「そう、、、よく、頑張ったわねぇ、、」
坊門は朱若を抱き寄せて頭を撫でて涙を流していた。
朱若も二人しかいない状況だったが、人目を憚らずに泣いた。涙が止まらなかった。
この時の姉の温もりを朱若は終生忘れることは無いだろう。
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