第3話 源氏館での日常
仁平元年、1151年。平安京、源氏館
朱若に転生して3年がたった。
まだ口の呂律がまわってきたぐらいで、幼児としてこれでもかという手厚いお世話をされていた。
やはり、驚いた事としては元号がだいたい10年足らずで変わるという点だ。
現代日本で平成から令和という大きな元号交代が起こったのを経験しただけに、朝廷から元号変更の噂が流れたと思ったら数ヶ月ほどで本当に変わってしまった。
朝廷からの発表と貴族たちによる儀式以外ではあまり変わったことも無く、民衆も特に驚かず慣れた様子だった。
あっさりすぎて浦島太郎状態である。
唯一周りが驚いていたことといえば、由良が妊娠したということだ。
周りは口々に喜ぶように驚いていたという感じであったが、朱若は違った意味で驚いていた。
(義朝子ども多すぎ!?)
「あらあら、またお腹がなりましたわ。ほらぁ、
朱若も弟か妹が気になりますか?」
優しく手をもち自らの腹をさすらせてみせる。
当時の技術ではまだ、お腹の子どもの性別は分からないためこの言い回しは普通である。
(タイムギャップには未だ慣れんが、前世では精神的に20代だったから、ちょっと恥ずかしいのよな。
この腹さすってる状況、、、)
しばらくして屋敷の縁側に出てみると筋骨隆々の若者が直垂の上半身を下ろした状態で素振りをしていた。
「源太兄者。」
「おおっ!朱若ではないか。我が素振りを見守ってくれていたのか!?朱若は可愛いのう〜!」
頭をゴシゴシ撫でる源太は昨年、元服し「義平(よしひら)」と名を改めた。
「兄者、いつ鎌倉に下向なさるのですか?」
「ぬぐぅッ!?」
義平は近々鎌倉に行き、義朝が京都に詰めるのに変わって関東の統治を任されるそうだ。
しかし、義平はこの決定を気に入っていない。
「朱若をおいてこの屋敷から一歩たりとも出とうないッ!」
相当な兄バカに変貌した。
「兄者にも困ったものだ。」
「次郎兄者、、、」
隣には次郎兄者こと、松田次郎が座っていた。
ちなみに先月に元服し名を「朝長(ともなが)」としている。
「源太兄者は私の時はこれ程喜ばなんだ、、、」
その隣にはちょっと口を膨らませて拗ねてる頼朝こと、鬼武者の兄者がいた。
「そ、そんなことないぞ!?鬼武者も可愛いぞぉ!?」
兄バカ義平が一生懸命頼朝に釈明しているのを横目に
朝長は俺にたずねた。
「なんで朱若は下向とか難しい言葉が分かるのかな?」
笑顔で怪しまれている。
(確かに、三歳で下向なんて大人が使う言葉を知ってたらよっぽどの天才か何らかの事情を持ってないと無理な話だ。朝長の兄貴鋭過ぎでしょ、、、)
素直にどこで知ったのか褒めるために無邪気に顔を近づけてくるが、転生者からしたら冷や汗ものである。
「朱若が天才だからに決まっておろう!
聞くまでもないぞ、朝長。」
「はは、まあ、弟が賢いことに嬉しいも何もないからね、兄上。」
朝長は結局素直に褒める。
(良かった、持つべきものは兄バカだね!)
さて、朱若が命拾いしたと同時に頼朝の顔が悲しそうになった。
「やはり、源太兄者は、、、」
「鬼武者〜、そうではなくてだなぁ〜」
いよいよ、義平と頼朝の仲が迷宮入りしそうである。
(まあ、結局助かったんだし助け船だすか。兄がダメなら弟ってね!)
なんにせよ兄弟粛清に踏み切ってしまう頼朝の人格形成には十分な注意を払わねばならない。
「兄者は賢い、、、自慢の兄、、、。」
頼朝袖を引っ張り真剣な顔をして言う。
(恥ずかしいが、賢さには真面目に尊敬してるからなぁ。)
「朱若、、、、」
急に黙ったと思ったら抱きついて頭を撫でてきた。
「兄が大きくなったら、強くなってお前を守るからな!」
涙腺まで赤くしている。
なぜか、義平のほうが大泣きしているのは気にしない。
(兄弟仲がいいのは構わないけどこのチョロさはいただけないな、、、)
幸せな一抹の不安を朱若は静かに噛み締めた。
奥座敷に戻ってみると義朝が帰ってきており、由良のお腹に耳をすませていた。
「この子も元気だのぉ、朱若の時と似ておる。」
「そうですか?私からしたら全く違いますよ?」
義朝は呆気に取られた顔している。
「ほう、そうなのか?」
「ええ!朱若はああ見えて恥ずかしがり屋であまり本心を言いません。ひょっとすると私に気を使ってお腹を叩く機会を考えてくれて、あまり、日常生活に支障をきたさないようにしてくれたのかも知れません。」
義朝は深くうなづいている。
今お腹にいる子は五男の希義になる。
(俺の初めての弟、、、。あれ?
いや、初めてじゃない!厳密にいえば二人目だ。
六男の範頼は六人目の義朝の子だが歳的には希義より一つ年上だ。会ってみたいな。)
朱若は衝動的に襖を開けて父母に近づいた。
「あら?朱若ではないですか。どうしたのです?
もしかして弟に会いたいのですか?」
隣の義朝も嬉しそうにうなづいている。
「はい!今すぐ会いたいです!」
子どもの戯れに捉えたのか由良は悲しそうな顔をする。
「ごめんなさいね。この子が生まれるのはもう少し先なの、、、」
「あの、確かにその子にも会いたいですが、、、」
どう言ったらいいのか分からないのでモジモジしてしまう。
「大丈夫よ、朱若。あなたは滅多にわがままを言わないから心配してたの。でもね、私はあなたの初めてのわがままくらい好きにさせてあげたいの。」
(やっぱり、由良母さん優しいな、、、。)
朱若は思い切って言う。
「遠くにいる弟に会いたいです!」
すると、由良の眉がピクっと動く。
そして、義朝に向かって機械音が似合うような動きで顔を向ける。
「よ、し、と、も、さ、ま。どういうことですか?」
笑顔だか、笑っていないことはすぐに理解出来る。
(やっちまったッ!?範頼は正室の子どもじゃないから歳下の希義よりもあとに生まれたことにされてたんだった、、、)
義朝はまさに青天の霹靂で顔を青ざめると同時に冷や汗をかきまくっている。
「な、なななんでそんなことを朱若が知ってるんだ。」
父の救いを求めるような顔が向けられる。
(無責任だが、俺に由良母さんを説得できる技量は無い。スマン、とーちゃん!)
由良が逃がさんとするばかりに、義朝の片腕に絡みつく。
「朱若は賢いですからね〜。噂が耳にでも入ったのでは?」
今度は義朝がギギギという錆びたような機械音が出そうな動きで首を由良に向ける。
「スマン、由良!その事なんだが、、、」
「ええ知ってます弟ですよねぇ!どこにおわすのですか?」
「そ、それはだなぁ、、、なんというか、その、、」
義朝は渋る動きを見せた途端だった。
「朱若〜?お菓子あげるからどこにいるのか聞いたかな?」
朱若的にこの時代のお菓子はかなり美味しい。
故にその抗い難い誘惑と一夫多妻制への現代人としての嫉妬から少しイタズラしてやろうと思ってしまった。
(確か、範頼の出身って今の静岡県西部で遠江国(とうとうみのくに)だったよね?あと、母親は池田っていう宿場町の遊女だよな。でも、ただの遊女じゃなくてその地の有力者の可能性もあるはずだ。それに蒲冠者(かばのかじゃ)って範頼呼ばれてたし、、、)
「えっと、、、とうとうみの〜、イケダの〜、カバぁぁぁぁ!!!!!」
それを聞くと由良は笑顔で俺を撫でた。
「ありがとね♡今度会わせてあげるわ。これはお菓子よ。私は父上様とお話があるから向こうで遊んでおいで〜」
「ありがとうございます!母上〜。」
部屋から退出しようとして扉を閉めるために後ろを振り向くと義朝が俺に向かって手を伸ばして泣きそうな顔をしていた。
無邪気に手を振ってみせると観念したのかついに大人しくなった。
後日義朝の尽力、及び犠牲により範頼に会いに行けることとなった。
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