第14話 世界一の半端なナンパ師
ひどく真剣な表情で、山田くんが口を切った。
その第一声が「ナンパとは――」から始まるとは思わなかったが……。
「見たことのない花を探すことなんだよ」
「へ、へー」
「だから、次はあの花を愛でよう」
「お、おう」
俺の引き攣った頬なんてこれっぽっちも気にしないで、山田くんはスタスタと『花』と形容した二人組の女の子たちの元へと歩いて行ってしまった時には、意味がわからなかった。
だから、なんとか遅れてしまわないように、俺は急足で少し後ろを付いて行くことしかできなかった。
てっきり山田くんが女性に声をかけるのかと思いきや、黙って突っ立っているから、なおさら意味がわからなくなった。
二人組の綺麗な女性たちからの『この童貞たちなんなの?』という蔑みにも似たような視線から逃れるようにして、山田くんを見た。
すると、メガネの奥から『ここからは君の番だ』とでも言いたげな山田くんの表情を読み取った。
どうやら俺の役割というのは良い警察官的な役割?を行うことらしいと、この時になって初めて理解できたわけだ。
こうして山田くんが女性たちを見極めて、俺が話しかけるという一種の役割が形成された。……いや、形成されてしまったのだった。
――それにしたって、一体全体、いつまで『俺から』声をかけ続けなければならないのか。いくら何でも流石に声をかける文言がこれ以上、思いつかないのだが……。
数秒ほど見つめていたからだろう。
怪訝な表情になって、肩までかかるほどの赤茶色の理知的な大学生くらいの女性は言った。
「あの……何ですか?」
「いえ、あまりにも美しくて見惚れてしまいました」
「は、はい?」
「あなたたちお二人が、交差点で立ち止まっている姿がまるで西洋絵画のように芸術的な美しさを放っていたので、気がついたら声をかけてしまっていました」
「ふふ、この子、おもしろーい」
そう言って、黄色の巻き髪の女性が俺に近づいた。
フワッと知らない香水の匂いが舞った。
山田くんはすでに心ここに在らずといった表情で、赤茶色の理知的なお姉さんを凝視している。
はあ……仕方ない。
この後、どうすれば良いのかわからないが、とりあえずカフェにでも誘えばいいのだろうか。そこら辺の計画のことを正常な判断ができていた頃の山田くんにあらかじめ聞いておくべきだった。
いや、『ナンパしよう』だなんて言った時点で、普段の冷静な山田くんは存在しておらず異常だったからきっと使い物になんからなかったんだろうけどさ。
俺は何とか場を繋ぎたくて、あれやこれや直接的に間接的にも褒め称えて『少しだけ一緒にいたい』というようなことを伝えた。
すると、どうだろうか。
黄色の巻き髪の方の女性が数秒ほど思案した後で、ニコッと笑みを浮かべた。
「うーん、いいよ?」
「ちょっと、マイ!?」
「えー、少しくらいいいじゃん?」
「だって、私たち――」
「へーき、へーき。せっかくのオフなんだし、それにルイナが来るまで時間もあるから――」
初め赤茶色の理知的な女性の方は、鬼のような形相で俺と山田くんの方を睨んでいた。が、マイと呼ばれた黄色の髪の方の明るい雰囲気の女性が、コソコソと何かを耳打ちしたら、呆れたような表情へと変わった。
「いいわ、わかった。仕方ないから付き合ってあげる」
そう言って、赤茶色の髪の女性は髪をかきあげた。
いまいちよくわからなかったが、どうやら時間はあるらしい。
ということで、俺と山田くんはこの日初めてナンパというものに成功したのだった。
この後に起こる悲劇を知らずに……。
∞
『ニャー』となんとも言えない声と共に、太々しい猫が俺の足元に頬ずりをしてきた。
そういえば、最近、風花ちゃんは猫の動画にハマっているんだよな……。
今度、風花ちゃんを誘ってみよう。
あ、でも外出することが苦手な雰囲気もあるから、誘わない方がいいのかもしれないけど……くっそ、優柔不断な性格が俺の唯一の欠点かもしれないっ。
と、現実逃避していたが、そろそろ目の前の現実を直視するべきだろう。
黄色に近い髪のやたらと可愛い女性――マイさんはニコニコと笑みを浮かべ続けている。
「なんか山田くんがそちらの連れの方に猛アタックしてしまい、すみません」
「ふふ、気にしなくてもいいよー。レイの方も満更でもないようだったし」
「そう言ってもらえると助かります」
そう、初の難破――もとい、ナンパは成功した。
正直、こんなにも簡単にことが進むとは思わなかったから、拍子抜けした感も拭えないが……。
それにもう一つ……拍子抜けしたことといえば、山田くんはなぜかメガネの奥の瞳を輝かせるように、饒舌に赤茶色の髪の女性――レイさんを口説き始めたことだ。
もちろんレイさんの方は、最初、全く相手にしていなかった。
が、なぜか山田くんが医者の息子であることがわかると、それ以降、病院を継ぐか継がないかの話で盛り上がって、意気投合してしまった。
どうやらレイさんも病院を経営している家系らしい。
その結果、現在、二人は――猫カフェ『ストレイキャキャット——にゃにゃ転びにゃ起き——』と、発音することも恥ずかしいお店のカップル席に移ってしまった。
一方で、残された俺とマイさんもまたカップル席へと移ることになった。
廊下には、『SeaSonS』のサインが写真と共に飾られており、どうやら風花ちゃんもこの場所に訪れたことがあるらしい。
てか、よく見たら、他の若い芸能人たちもこのお店に来たことがあるようだ。ずらっと廊下の壁には、写真や色紙が飾られているようだった。
開放的なスペースで猫と存分に触れ合えるだけでなく、個室もあるようだから、お忍びで来るにはもってこいの場所なのかもしれない。
……うん、ぜひとも風花ちゃんともう一度ここに来よう。
などと、強い決心を抱いたわけだが、今の状況はちょっとまずい気がする。
なぜならば——個室のようなところで、マイさんと二人きりの空間だからだ。
『推し』である風花ちゃん一筋なのに山田くんに付き合う形でここまできてしまったとはいえ、多少の罪悪感が芽生えてきてしまうではないか……。
「それで、君たちはいっつもこんな悪いことしているのかなー?」
「いや、ナンパなんてするのは初めてですよ」
「へーそうなんだ」
「コホン……そんなことよりも誘っておいてあれですけど、誰かと約束あったのでは?」
「あー誤魔化したー」とマイさんはプクッと頬を膨らました。そして、「私たちの約束についてだったら問題ないよ……だって、さっき連絡があって『仕事で遅れそう』と来たからね。それに元々、このカフェに来る予定だったし、問題ないよー」
「そうですか……」
そして、沈黙が支配してしまった。
やはり俺には世界一のナンパ師としての才能はないのであろう。
まあ、そんな才能を持っていたところで、どうしようもないのだろうが。
それにしたって今更気がついたのだが、この癖のある黄色っぽい金髪というか明るい茶髪の特徴は……どこかで見たことのあるような気がしてならない。
はて、どこで見たのだったのか。
「今更だけどー、ヒカルくんは付き合っている彼女さんとかいるの?」
「いや、いないですね」
「へー。意外」
「……意外ですか?てか、マイさんの方こそ彼氏にこんなところ見られたら、まずくないですか?」
「ふふ、いないから安心して」
そう言って、なぜか意味深に微笑みを浮かべた。
そうだ……マイさんは、どこかハルナちゃんと似ているんだ。
若干の居心地の悪さを感じてしまった。
決して、一瞬、ハルナちゃんが腕を組んで、蔑むような視線を俺へと向ける光景がまじまじと脳裏に投影されてしまい、狼狽えてしまったわけではない。
まして、『へー、あんた、ナンパなんかしているんだ?ふうかの友だちとしてふさわしくないから、今後、一切関わらないでよね!』などという最悪の事態を想像したわけでもない。
でも、もしもそんなことになってしまったら……。
先ほどマイさんが注文したままで、手付かずのパフェへと視線を逸らした。
色とりどりの果実とクリームでトッピングされたやや大きなパフェはずっしりとその存在感を表していた。
「……?」とマイさんは一瞬、ポカンとしたようだったが、すぐにハッと何かに気がついたように表情がころっと変わった。
そして、とんでもないことをし始めた。
銀色に輝くスプーンでパフェをすくって、俺の目の前に差し出した。
「ヒカルくん、あーん」
「は、はい!?」
「パフェ食べたいんでしょ?だから、あーん」
「いやいや、別に大丈夫ですから」
「そんな遠慮なんてしなくてもいいから……早くしてよ」
「そんなこと言われても……」
「さすがに、ずっとこのままだと恥ずかしいんだけど……?」
ぽっと赤く頬を染めて、マイさんは視線を横に逸らした。
カワイイっ……!
こんな年上の女性も魅力的でいいかもしれない。
——って、危ないところだった。
一瞬だけ……ほんのちょこっとだけ『推し』である風花ちゃんのことを裏切るところだった。
などと、考えていたからだろう。
「もう、早くしてよっ」
「——っ!?」
さすがに痺れを切らしたようで、マイさんは無理やりパフェを俺の口の中にねじ込むようにして入れた。
あ、意外とさっぱりとしていて美味しい。
マイさんは満足そうに頷いた。
そして、パフェを食べ始めようとしたときだった。
「ねえ、なんで夏弥光——あんたがお姉ちゃんと一緒にいるのよ?」
「夏弥さん……何をしているのですか」
太々しい表情をした猫を抱えたハルナちゃんと腕を組んだ鉄仮面——黒岩ルイナが立っていた。
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