第13話 トラウマは、ウマがトラと出会うことらしい
殺風景な部屋を出るころには、すでに日が傾いていた。
当然のことだが帰りの電車に乗るころには、すでに夜空に星々が輝いていた。
まさか秋乃ちゃんがあんなにも語学に堪能だったなんて知らなかった。
プロモーション用の動画をスマホで撮影していたが、数ヶ国語を流暢に話していたのには驚いた。
まあ、いちいち俺に対して浴びせるように吐かれる毒舌の数々には困ったが……。
例えば、『そこのゴミ——いえ、ストーカーさん』などという言い間違いは日常茶飯事だった。そもそも言い間違いというレベルではなく、単なる悪口だったわけだが。
てか、なぜか毎回、親の敵であるかのように蔑んだ瞳で睨まれた。
むしろ最後の方は、死んだ魚のような目に変わり、何度メンタルが折れるところだったか……危うく新たな扉が開く寸前だったではないか。
しかし、『あ、そこにいたんですねー。気がつきませんでしたー』などと秋乃ちゃんはとぼけるような声をあげて、わざとお茶をかけられた時はさすがに呆れてしまった。
くっそ。今思い出しても腹が立つ。
俺は守りよりも攻める方が性に合っているのだ。
サッカーをしていたころだって、ボランチで攻守の要であったと自負しているが、特に攻撃の起点としてゲームをコントロールすることが好きだったし得意だったのだ。
コホン……そんなこと今はどうでもいい。
まあ、とにかく寛大な俺は倍返しで手を打ってあげるつもりだ。
ふん、すでに反撃の手立ては考えているんだからな。
そうだ、まずは風花ちゃんとイチャイチャしているところを動画や写真に撮って、見せびらかしてやる。次に——
などと、次に秋乃ちゃんに会う機会があるのだったら、その時にどのように仕返しをするべきかあれやこれやと考えていた。
そんな時だった。
夜だというのに人混みを運ぶ電車に揺られている中で、視界の隅に金色の髪が映り込んだ。そして、リスのような瞳が俺に向けられた。
あいつは——青田カナっ!
咄嗟に顔を下に向けたから、バレていないはず。
なんで俺がコソコソとしないといけないんだ……。
くっそ、堂々としていればいいはずなのになぜか顔を上げることができない。
いつだったかの苦々しい思い出が脳裏に浮かんでしまった。
青田カナ——アイツのせいで最悪な、いや災厄な中学生生活を過ごすこととなった原因。
……息苦しい。
車内の温度が急上昇したとでもいうのか。
いや、違う。
原因なんて明らかだろう……単に俺自身の問題だ。
とにかく次の駅で降りよう。
それで次の電車を待って、それに乗って帰れば問題ないことだ。
それにしたって、あの制服はどこかで見たことがある……。
確か名門のお嬢様学校——櫻葉学園じゃなかっただろうか。
高等部からだと、かなり頭が良くないと入れないはずだ。
外見は整っているから天使のように見える。それこそ地元では可愛いで有名な女だった。が、あらぬ噂を流すようなあいつの中身は腐った悪魔だ。
しかしどうやら天は二物を与えるというが、どうやら頭の方は良いらしい。
頭も良くて、見た目も可愛い。
ふん、でも性格は最低最悪で、醜悪そのもの。
まあ、狡猾な悪魔にはお似合いなのかもしれない。
人を惑わせる悪魔らしい。
いずれにしても、俺にとってはどうだって良いことだ。
あいつのせいで最悪の中学だったが、それでも、推し——風花ちゃんに会えることができたのだから、むしろ感謝したいくらいだ。
それにしたって、今日一日だけで厄介な人間を二人も送り込んでくるなんて、神様というやつは、ちょっと働きすぎではないだろうか。
∞
山田くんは興味深そうにつぶやいた。
「そっか、それは災難というかなんというか……大変だったね。野生の馬が虎とエンカウントしてしまった時みたいだね……」
「ああ……馬と虎?」
野生の馬にとって、虎は天敵なのか?
よく知らないが、とりあえず天才的な頭脳を持っている学年一番の山田くんの言うことに同意した。
コホン、と山田くんはわざとらしい咳をした。
「でも、その『青田カナ』さんだっけ?その子と目があったんだったら、ヒカルくんのこと気がついていそうだよね」
「だよな……」
山田くんのいつもは優しそうな瞳が、いつの間にか心配そうな色に変わっていた。
放課後の教室には、すでに俺と山田くんしかいない。
オレンジ色の光が誰かが閉め忘れた窓から差し込んでいる。
パタパタと風に煽られて、カーテンが揺れた。
俺たちは貴重な休日をどのように過ごしていたか、そんな雑談をしていた。
「ところで、山田くんの方はどうだった?久々に地元に帰ったんでしょ?」
「うん、母さんが『顔を見せなさい』っていうから、仕方なく帰ったけど……やっぱりこっちの方がいいね」
そう言って、山田くんは何かをはぐらかした。
こっちというのは、おそらく地元と比べて都内に住むことの方が気が楽だという話のことだろう。
山田くんの家は医者の家系らしい。
詳しいことは知らないが、以前愚痴のように『病院を継ぐことを強いられている』とか何とかぼやいていた。
もしかしたら好きで勉強に精を出しているわけではないのかもしれない。
それにしたってわざわざ都内の高校に通うために、一人暮らしをしているのだから、お金に余裕があることはわかる。
なんてよその家庭の懐事情なんてどうでもいいけど。
山田くんは気を使うように明るい声で言った。
「そんなことよりも、ヒカルくん!」
「……?」
「今日、ナンパしに行かないかい?」
夕暮れの教室で、山田くんが銀色の眼鏡の縁をクイっとあげた。
とりあえず山田くんにここら辺で最も近い病院を紹介した方がいいのかもしれない。
普段であれば、冗談なんて言わない冷静な山田くんが何を血迷ったか。
勉強に精を出して、頭のネジが狂ってしまったのかもしれない。
そうか。もしかしたら———ストレスを抱えているのかもしれない。
しかしそんな俺の心配を無視するように、山田くんはすでに立ち上がっていた。
「さあ、ヒカルくん、僕の頭脳と君の顔で、日本一、いや世界一のナンパ師になろう」
山田くんは堂々と宣言した。
どうやら俺が付き添うことは確定しているらしい。
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