第7話 思惑

 青、赤、黄のネオンサインを横目にして、先ほど車を降りていったあの男の子――夏弥光という高校生の後ろ姿を見た。


 一見どこにでもいそうな高校生だが、なんでもあの年である程度のお金を稼ぐプログラマーらしい。普通の高校に通いながら独学でスキルとやらを身に付けたらしい。アプリをリリースしており、サイトも複数開設して、運営だかなんだかしているとかなんとか言っていた。


 まあ、私はそういうビジネスの難しい話は興味ないから正直どーでもいい。


 ただ、ふうかにお小遣いを渡そうとするあたりかなりぶっ飛んでいることだけはわかる。


 あの年で彼女でもなんでもない女の子にお金――現金を渡そうと思うなんて思考になる時点で頭おかしいでしょ。それも見返りを一切求めようともしない。


 探偵に調査させたところ経済的に余裕があるわけでもなさそうなのに。それに、母親と妹を支えているようなことも報告書には書かれていた。


 でもまあ、ストーカーのように物理的に付き纏うような執着の仕方とは違うだけマシか。


 いやだからこそ、なおさら変人――頭のネジが外れているように思えた。


 まあ、頭のネジが外れているのは、私も同じだから人のことをとやかく言える訳ではないけど。


 バックミラー越しに赤い瞳――ルイナが見ていることに気がついた。


「それでハルナから見て、彼――夏弥さんはどうだった?」


「どうも何もたかだか数時間でわかんないし」


「そうじゃなくて、前に言っていた『利用する価値』はありそうかってこと」


「『合格』て言ったでしょ?」


「本気で風花の話相手になってもらうつもり?」


「別にそれだけじゃないわよ」


「それってもしかして――ストーカーを誘き寄せる話?」


「当たり前でしょ。なんでふうかが芸能人じゃなくなっても付き纏われる必要があるのよ。ルイナだっていい加減、あの子――ふうかの憔悴しきった顔なんて見たくないでしょ?それに――」


「……?」


「いつまでもふうかと一緒に暮らし続けるわけにもいかないでしょ?」


「……そうね」と答えて、ルイナは下唇を噛んだ。


 きっとふうかを実家から連れ出して、芸能界に入れたことを後悔でもしているのかもしれない。それでマネージャーとして、ふうかを今の状況にしてしまったことへ罪悪感みたいなものでも感じているのかしら。


 あるいは勝手に巻き込んでしまう――いや、この場合は利用する、夏弥光に対しての罪悪感からくるものなのかもしれない。

 

 まあ、なんだって構わない。


 ふうか――冬野風花という女の子が幸せになってくれさえすれば、私も心置きなく今の仕事へと取り組むことができるのだから。


 それにしても、ふうかは彼――夏弥光のどこを気に入ったのか。

 やはり手紙をずっと読んでいたからそれに感化されたのか。

 それとも――


 その時、前方から視線を感じた。

 ルイナが意味深に目を細めて、言った。


「いずれにしても、様子を見ましょ」

「そうね」


 とりあえず、後の問題は――秋乃がどう出るかかな。


 そんなことを考えていると、すでに夏弥光の姿は見えなくなっていた。



 放課後の教室はすでに俺たち以外にクラスメイトたちの姿はない。誰が閉め忘れたであろう中途半端に開けられた窓から、オレンジ色の光が差し込んでいる。


 時計の針は18時を指している。

 とっくに部活動が始まっている時間だ。


 校舎から少し離れた校庭からは、サッカー部が練習しているのだろう。先ほどから、パス練習でもしているのだろう。掛け声らしき号令が聞こえた。

 

 山田くんは興味深そうな声で言った。


「ふーん。それで本当に会ったんだ」


「まあ。でも山田くんに話しかけたのはマネージャーの鉄仮面の方みたいだけど」


「そっか。で、ヒカルくん的には『推し』に会えてどうだったの?」


「どうって言われても、別に特にないな」


 正直なところ俺が現金を送り続けていた傍迷惑なやつであり、それを呼び出されて叱られた、なんて言えないだろう。加えて、マネージャーさんを怒らせた挙句、湯呑みを頭にぶつけられてぶっ倒れたなど、ことさら説明できない。

 

 まあ、少なくともこれからは現金を送らないにしても、俺の別の生きる目的に出会えたという意味では僥倖と言える。


 ストーカーというのがどんな人物なのか知らないが、とりあえずはネットで情報収集でもして、それから――探偵でも雇うか?


 なんかアプリで解決できれば良いのだが、あいにく良いアイデアが浮かんでこない。


 とにかく情報が足りないことも含めて、一度、方針を考えた方が良さそうか。


 山田くんは、俺の回答に不満そうに言った。


「『推し』に会えたのに?」

「いや、そういう意味では驚いたし、嬉しかった」


 うん、自分の妄想の中なのかあるいは夢の中じゃないかって、本気で考えた。

 それくらいには驚いたけれど、でもそれ以外にどうしようもないだろう。

 

 今後、俺が会うことなんておそらくないわけで、それこそ幸せを祈るくらいしかできない。


 まあ、ハルナちゃんからのよくわからない依頼については一旦保留だ。


 俺は別に『推し』である風花ちゃんが好きだと言っても、それはもっとも感謝の念でしかない。だからこそ単なる憧れや好きだなんて感情は一切持ち合わせていない……。


「でも、今のヒカルくんの表情からはプライベートで『推し』に会えた人のリアクションには見えないからね?それこそまるで全く取り乱していないようにも見えるし、どうしてなんだろうって、個人的には気になるけど」


「いや、物理的に意識を飛ばすくらいに取り乱したからな?」


「ぶ、物理的?まあ……よくわからないけれど、でもそれはそれで別の意味で問題ありそうだけどね」


 僅かに苦笑を浮かべたのかもしれないが、ほんの少し変化だったからわからなかった。

 コホンとわざとらしい咳をしてから、クイっとメガネの位置を調整して、山田くんは立ち上がった。


 すでに帰り支度を終えていたようだ。

 バックパックを担いだ。


「じゃ、僕はこの後予備校があるから帰るよ」

「おう、じゃあな」

「うん」と言って山田くんは教室を後にした。


 さて、俺も帰って納期の近いバイトに勤しむ必要がある。

 なんと言っても昨夜の進める予定分がまだ残っている。

 徹夜でなんとかほぼ進捗通りに巻き返すことはできたが、やはり早めに進めるべきだろう。


 そう思った時だった。

 スマホが振動した。


 宛名は――黒岩ルイナという見慣れない文字だった。

 どうやら俺が意識を無くしている間に、勝手に登録されたらしい。


 なんとまわりくどいことをするものだ。


 こんなことをするから彼氏の一人もできないんじゃないのか。


 まずは断固として抗議の声を上げるため、俺は通話のボタンを渋々押した。

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