第4話 推しとの出会い

 三人組の女性アイドルグループ――SeaSonS。


 昨年まで日本のトップアイドルグループとして君臨していたが、その人気絶頂で突如として解散してしまった。


 抜群の歌唱力とそのとびっきりの容姿――パフォーマンスでお茶の間を引きつけた三人組だ。


 デビューシングル『しーくれっと・らぶ』で、200万枚を叩き出した伝説のアイドル。


 その三人の中で、俺が最も惹きつけられた同い年の女の子――冬野風花。


 黒くて長い髪、初雪のように色白い肌とクリッとしたアーモンド色の瞳、華奢な身体か発せられる透き通るような歌声は、どこかの国のお姫様のように気品に溢れていて、それでいて可憐で儚げで、美しかった。


 全てが神から愛されているような女の子だと思った。

 

 見た目だけじゃない、性格だって愛しく思えた。


 そもそも、俺が風花ちゃんを知ったのはとあるラジオに出演した際に下品な司会からかなり重めの話題を振らた場面を動画投稿サイトに拡散されていたものを試聴した時だった。


 今では、下品な司会を暴露したい誰かが未公開の収録内容をリークしたらしいなど言われているが、真意は定かではない。


 それまでアイドルグループなんて興味もなかったし、その日たまたま現実逃避するようにネトサーフィンをして、時間を消費していた。


 運命などという大袈裟な表現をしたくはないが、彼女――冬野風花の存在を知ったのはまさしくその時だった。


『前回さー。イジメられているっていうリスナーから質問きたんだけど、SeaSonSの風花ちゃんだっけ?君から何かアドバイスとかないかなー。おじさん君と同じくらいの年の子の感覚わかんないからさー』


「失礼なことは重々承知の上で申し上げますが……あなたがそのように軽々しい受け答えをすること自体が、私にとってはイジメに思えてなりませんっ!」


 透き通るような声で、番組のおちゃらけた雰囲気を壊した。

 ああ、この子は何て真っ直ぐな子なんだろうと思えた。


 きっと周りに流されて生きているわけじゃないんだって思えた。


 俺みたいに学校で虐められて、惨めで情けなくて、何もできない無力な人間じゃないんだって、しっかりと自分を持っている人なんだって、そう思えた。


 それからだった。

 気が付いたら、彼女の声に救われたような気がして、毎日のように彼女の姿を探してしまっていた。ほんとに自分でも気持ち悪いくらいに、現実逃避していた。


 だからこそ最低最悪――いや、災厄な中学校生活をなんとか過ごすことができたんだと思う。



「ねー。あいつ、カナちゃんのこと襲ったらしいよー」

「うっそ。マジで?やばくない」


 ある朝、教室を扉を開くとジロジロと女子生徒たちから視線が向けれるのがわかった。


 きっかけは些細なことだった。


 陽キャのイケメンくん――いやライオンのようにワックスで髪を立て、オレンジ色に脱色していた田舎のヤンキー風情。


 その彼女だかなんだか今となっては知らないが確か――幼馴染とやらが、俺のことを好きになったとかそんな些細なことだったらしい。


 詳しくは知らないし、今となっては思い出したくもない。


 とにかく、ある日、意味のわからない玉突き事故を食らった。

 理不尽で一方的な事故だ。勝手にぶつかって来て、こちらが悪い事になっていた。


 惚れた腫れただのこの時の俺は、全く理解できなかった。

 いや今でも理解したくもない感情なのかもしれない。


 だから、あの時――夏になる前くらいだったと思う。

 蒸し暑い中、放課後の教室に呼び出されて『好きです』と言われた時は、我ながらポカンとした間抜けな表情だったことだろう。


 他にも『サッカーがうまくて』とかなんとか取ってつけたような告白的なことを言われた。

 

 もちろん、それまでほとんど会話なんてしてこなかった人から告白されても全く興味がなかったからその場で振った。


 それだけだった。


 俺にとって差して何もない、いたって普通のことに思えた。

 それなのに――日常が崩れた。


 ただ、サッカーが好きなだけだった。

 みんなとサッカーができれば、それでよかったんだ。

 

 翌朝、登校すると、陽キャの彼女――そうだ。『カナ』とやらに手を出したという噂が流れた。


 初めは仲の良いチームメートは信じてくれていたから、何も気にならなかった。


 でも次の日に、シューズが消えた。

 おまけに、机に汚い落書きがあった。


 翌々日には、部活で同じチームメートはよそよそしくなった。

 明らかに、ボールをパスされる回数が少なかった。


 違和感が積もり、気が付いたら――クラスから話しかけられることがなくなった。


 いつだったか、1週間だかそこら辺でほぼ会話がなくなった。

 その代わりにあいさつがわりに遠くで笑われる声が混じり始めた。


 この世界はクソだと思った。


 一人でいることが増えるにつれて、パソコンに向き合う時間が長くなった。

 そんな時に、プログラミングと出会って夢中でプログラムを書いた。


 そしてわかってしまった。


 この世界はバグだらけなんだと。

 

 修正のしようもないほどのバグを抱えたプログラムなんだ。


 一度組まれたプログラムは正しかろうが、間違っていようが、インプットに対してそのままアウトプットされ続ける。


 今だからこそ割り切れることができる。

 でも、あの時の俺は割り切れることなんてできなかった。


 ああそうだ。

 1週間くらい経ったこの時はまだマシだった。

 直接的に暴力がないだけ、なんとかなっていた。

 

 でも、1ヶ月が経過する時には、水をかけられた。


 マジで意味がわからなかった。

 理解不能だった。


 サッカーだってこいつらより上手い自信もあったし、テストだってこいつらよりはるかに良い点数を取っていたのに、いつの間にか、誰にも相手にされなくなった。


 惨めでも中学は通わないとまずいと思った。

 せめて高校――いや、大学まで行って、そこそこの企業に勤めて、母さんを楽にしなければならないと思った。

 

 そんな時に支えられたのが、彼女――冬野風花の笑顔、声、仕草、全てだったんだ。


 彼女は人を惹きつけるだけじゃない。

 人に手を差し伸べる力――救うことのできる力を持っていた。


 だから、俺は彼女――冬野風花という女の子に恩返しをしたいだけなんだ。

 だって、彼女の存在がなければ、きっと俺は取り返しのつかないことをしていたんだから。


 あのふざけた陽キャ野郎を――殺すつもりだったのだから。

 俺の脚を壊したあいつを許すことなんてできなかった。


 それくらいにまいってしまっていたんだから――どうしようもなく、あいつに復讐することしか頭の中に残っていなかった。

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