前編(3)

 不穏な影は、音もなく忍び寄って来ていた。

 田所さんから打ち明け話を聞いた日の帰り、二人で世間話をしながら歩いていると、ロビーの方が騒がしかった。受付に人影はなく、声はどうやら社長室や社員の部屋がある二階から聞こえてくるようだった。

「離せって」

 そんな声が聞こえた。

 見上げると、黒スーツ二人に挟まれる形で、一人の人間が部屋へと連れ込まれるところだった。すぐに扉が閉まってしまったのでよく分からなかったが、僕はその人間が後ろ手に縛られているように見えた。

 僕と田所さんは顔を見合わせ、しかし今見たものに確信がもてず、互いに触れないまま別れた。

 翌日、僕と田所さんは昨日同様、同じコンベアの前で積載作業に勤しんでいた。向かいのコンベアの前では、紫苑さんが煙草を吸っている。昨日とは逆に、根目沢さんが休みだった。

 段ボールの大きさや重さは一つ一つ異なっていたので、僕らは誰に言われるでもなく、抱え上げる前に軽く動かしてみて、重さを確認するようにしていた。

 流れてきたもののうち最後の一つが巨大でなかなかの重さだったので、田所さんと一緒に持ち上げる。

「よいしょ」

「僕の側からトラックに上げます」

「はい」

「せーの」

 荷物の重みでトラックが傾いだ。ここまで重い荷物は初めてだ。

「重かったですね」

 言い合ってトラックを降りようとしたとき、

「ぇぇん」

 何かが聞こえた。

「何か言いました?」

 尋ねると、田所さんが「いいえ」と首を振る。でも、彼もその音を聞いていたようで、辺りをきょろきょろ見回している。

「いったいどこから……」

「ぇぇん」

 ぎょっとする。音が明らかに、トラックの中、さっき僕らが積み込んだ段ボールから聞こえたのだ。

「こ、ここから聞こえましたよね?」

「は、はい……」

 恐る恐る段ボールに近付く。この大きさなら、小柄な人であれば一人くらい入るかもしれない。声の感じから、小動物というわけではなさそうだった。女性や子供の泣き声のような――。

 ――カリ、カリ。

 僕と田所さんは身を固くする。何かが、段ボールの内側を引っ掻いている。

 やはり、この段ボールの中には、誰かが入っているのだ。

「おい」

 後ろから声が飛ぶ。

 驚いて振り向くと、いつの間に来たのか、金田さんがトラックの荷台に足を掛け、こちらを見ていた。

「何をしている。出ろ」

 僕らは言われるがまま、荷台から降りた。

「すみません、あの段ボールから――」

「中身のことは詮索するな」

 事情を説明しようと試みたが、金田さんにぴしゃりと遮られる。

「お前たちは流れてきたものを積み込むだけだ。作業に戻れ」

 見ると、僕らがトラックの荷台にいる間に、コンベアには荷物が溜まっていた。

 慌てて作業に戻る。見かねた紫苑さんが手伝いに来てくれた。

 荷物の積載を続けながら、紫苑さんは金田さんに聞こえないような小声で僕らにささやく。

「今見たもの、聞いたものは忘れた方がいい。明日は、社長から説明がある日だろう? そのときにちゃんと教えてもらえる」

 分かりました、と返事をしながら、僕はちらりと田所さんを見た。彼は傍目にも分かるほど青ざめていた。


 終業時刻になるのはすぐだった。もう一度、件の段ボールを確かめてみたい気もしたが、金田さんはいつになくにらみを利かせているし、紫苑さんも「さあ、着替えだ着替え」と僕らをバックヤードから連れ出した。

 更衣室で作業着から着替えていると、田所さんが小声で話しかけてきた。

「あれってやっぱり、人、ですよね? それに、昨日の帰りに見たものだって――」

 正直なところ、僕もそう思っていた。でも、ここでそれに同意してしまうわけにはいかなかった。

「いや、きっとネズミか何かですよ。害獣駆除とか、そういったことを請け負っているんでしょう。薬品で眠らせたネズミが、何かの拍子に目を覚ましたんです」

 我ながら白々しい物言いだった。田所さんも納得はしていないだろうが、それでも彼はそれ以上この話題に触れようとしなかった。

「ちょっとトイレへ。バックヤードの見回りもしておきますから、先に帰っていただいて大丈夫です」

 作業着のジッパーを下ろしかけた状態で、彼は更衣室から出て行った。

 一人になり、のろのろと手を動かしながら、やはり頭の中は段ボールのことでいっぱいだった。

 ――ネズミなわけがない。

 心のどこかで、そう分かっている。持ち上げたときの感触、重さ、そしてあの声。真っ暗な空間に、手足を縛られ猿轡をかまされた人間が押し込められているイメージが頭をよぎった。でも、田所さんの言葉に賛同することはどうしてもできなかった。居心地のよい職場を手放したくない、というのが理由の一つだ。何も知らずに、言われたことだけを黙々とこなしていれば、ここでこれまでのように働いていられる。それに、仮にこの職場が危ない仕事にも関係していたとして、僕にできることなどあるだろうか。警察に連絡するくらいならできるかもしれない。でも、その後僕はどうなるのだ。映画や小説の見過ぎかもしれないが、「知りすぎた者は消される」のが定石であるような心持ちさえする。

 着替えを終え、リュックを背負う。田所さんが戻って来るだろうから、更衣室の明かりはつけたまま廊下に出た。

 受付に紫苑さんはいなかった。今日はもう上がりなのかもしれない。陽が落ちてロビーは薄暗い。

 今日の一日をうまく消化しきれていない。それでも頭の中では今日の夕食は何にしようなどと考え始めている。それはどこか現実感を欠いていて、パサついた砂をこねくり回しているような気分だ。

 不意に肩を叩かれた。

「お疲れさん。明日はいよいよ俺からのありがたぁいプレゼンテーションだな。だぁーはっは」

 社長だ。相変わらずのユーモアで、わずかに気持ちが軽くなる。

「どうした、顔が暗いぞ。仕事で叱られでもしたか? 俺なんか若いころは雨宮くんのような好青年ではなかったからな。こう言ってはなんだが、いろいろとやらかして、ひどかったぞ?」

 言いながら、肩を何度も叩く。顔をしかめながら、僕は愛想笑いを返した。

「それとも、何か見たか?」

 ぎくりとする。金田さんや紫苑さんから、もう今日の情報が伝わったのだろうか。

 社長は真剣な眼差しでこちらを見ている。しかし、僕はそこから鎌かけや脅しのようなものを感じなかった。むしろ、真面目に僕のことを案じている――そう思った。

「実は――」

 気付くと、僕は今日のことを打ち明け始めていた。かいつまんで、荷物から声が聞こえたことを伝える。それが人ではないか、という憶測はやはり話せなかったが。

 社長は難しい顔でそれを聞き、一言「分かった」とつぶやいた。

「業務の説明が早い方がよさそうだな。今日はこの後予定があるか? なければ、明日伝える予定だった内容を話してしまおう。もちろん、残業代は出す」

 もやもやとしたまま帰るよりずっといい。僕は一も二もなく「お願いします」とうなずいた。

「よし。それなら、この後俺の部屋に来てくれ。田所くんもまだいるようなら、声を掛けてくれると助かる」

「分かりました」

 社長は手を振り、ロビー横の階段を上り始めた。僕は更衣室へと引き返す。

 ロビーと同じく薄暗い廊下を進んでいくと、ちょうど田所さんが更衣室から出てきたところだった。

「バックヤードの戸締り確認、ありがとう」

「ああ」

 田所さんはうなずいた。まだ顔色はよくないが、声の調子は明るさを取り戻しつつあるようだ。

 社長が予定を前倒して業務内容の説明をしてくれる旨を伝えると、彼は「そうか。それはありがたい」と言った。

 田所さんを前にして、一列で歩き出す。

「さっきはすみません。人が段ボールの中にいるんじゃないかとか、ちょっと危ないことを口走っちゃって」

「いえ」

「……小学生のころに、半ばいじめみたいなことがあったって言ったじゃないですか」

 前を行く田所さんが、頭を掻いた。

「一回、縄跳びを入れておくための段ボールに、閉じ込められたことがあって。小さな箱にぐいぐい押し込められて、最後にはガムテープで封をされました。そんなことも思い出しちゃって……」

「そんなことが……」

 田所さんがずっと青い顔をしていた理由が分かった気がする。彼は、僕より何倍も鮮明に、閉じ込められた人間を想像できたに違いないのだ。

 ロビーに向かう廊下は、一度右手に折れ曲がる。田所さんが先にそこを曲がった。廊下には窓がはまっているから、曲がった先の様子が、僕の脇にある窓から見える。

 光の加減ではっきりとは見えないが、外の景色を挟んで、田所さんの姿が向かいの窓ガラスの向こうに映し出された。

 そこからは、スローモーションのように感じられた。

 田所さんの腕が、あらぬ方向に伸びているような気がする。植物の蔓のようにしなって、天井に届くかというくらい、腕は細く長くのたくっている。首も同じように、奇妙にねじれながら、上へ上へと伸びていく。

「え?」

 僕はそのまま、角を曲がった。

 誰もいなかった。

「た、田所さん?」

 声がわずかに反響する。返事はない。

 突然、サイレンが響き渡った。ロビー全体が、黄色と赤の点滅で染まる。

 バタバタと足音が聞こえた。二階にいた社員たちが、部屋から飛び出てきたのだ。その中には金田さんと紫苑さんの姿もある。

 社長が二階の手すりからこちらに向かって身を乗り出した。

「雨宮くんっ。田所くんはどうした?」

「それが、ここまで一緒だったのが、消えてしまいました」

 自分の言葉が信じられない。

「やっぱりか」

 社長はつぶやくと、社員に指示を出し始める。

「おそらく田所くんが、。金田を中心に、梱包し直せ。同時に田所くんの救出。紫苑は雨宮と一緒にいろ」

 スーツ姿の社員たちが――五名ほどだ――一階に散っていった。僕はと言えば、紫苑さんに腕を引かれ、二階に連れられて行く。

「大変なことになっちまった。お前は大丈夫か?」

「は、はい」

 何が起こっているのか分からず、僕は返事をするだけで精いっぱいだ。

 階下から「発見」「確保」という言葉が聞こえる。革靴がバタバタと床を打つ音が絶え間なく響き、僕は現実感を欠いたままそれを聞くしかなかった。

 社長は祈るように手を組んで、階下を見守っている。

 ロビーに、金田さんが現れた。一目見て、ことがうまく運んでいないと分かる表情だ。

 社長が「田所くんは?」と怒鳴った。

「だめです」

 金田さんが首を振る。

「完全に取り込まれていて、分離は不可能と判断します。彼ごと梱包するしかありません」

 社長が小さく「くそ」と毒づく。

「分かった。頼んだぞ」

 金田さんがまた戻っていく。

 悲鳴が聞こえた。社員の一人だろう。

「追え」

「そっちだ」

 田所さんを追っているらしい。僕の目の前から消える前に、ぐねぐねと変形した田所さんの姿を思い出す。古い映画に出てくるクリーチャーのようだった。これが僕の見ている夢でないのなら、あんなものを捕まえられるのだろうか。

 先ほどの悲鳴が気にかかる。誰かが負傷でもしたのかもしれない。あるいは、もっとひどいことに――。

「私も手伝おう。雨宮くんはだめだ。ここに残れ」

 社長に言われるまでもなく、僕は動くことすらできなかった。僕と紫苑さんを残し、社長は階下へ降りていく。

 と、足音が止んだ。あれだけせわしく響いていた靴音が何も聞こえない。手すりの向こうで、ロビーに降り立った社長が足を止めた。

 社長の正面に、金田さんが現れる。右足を引きずっており、サングラスはどこかに行ってしまったようだ。

「社長」

「金田、どうだ?」

 金田さんは苦々しげに首を振った。

「こ、梱包……しっぱいれふ」

 金田さんの身体が砕け散った。

 拳ほどのサイズに細切れになって、血や内臓やらがロビーにまき散らされる。

「見ちゃだめだ」

 紫苑さんが僕を手すりから引き離す。社長がネクタイを緩めながら、ロビーの奥へ駆けていくのが一瞬だけ見えた。

 僕は情けなくも、そのままかがみこんで嘔吐した。紫苑さんが背中をさすってくれる。

「大丈夫だ。大丈夫」

 その声がどこか遠くで聞こえる。

「大丈夫、禍は社長が祓ってくれる」


「すまない。きちんと説明をしてから業務に入ってもらうべきだった。こちらの落ち度だ」

 社長がくたびれた様子で社長椅子に座っている。

 あの後、どうやら「梱包」とやらに成功したらしい。社長や社員たちが方々へ電話を掛け、やがて黒塗りの車が二台やって来た。

 ガムテープでぐるぐる巻きにされた段ボールがそのうち一台に運び込まれ、社員二名が乗り込んでどこかへ発っていった。あの箱に田所さんが入っているのだろうか、と僕はぼんやり思った。

 もう一台は、金田さんの無惨な遺体を処理するために呼ばれたらしい。車から降りてきた数名の黒スーツたちが、肉片の回収とロビーの洗浄を行い、社員三名を乗せて去っていった。

 今会社に残っているのは、社長と紫苑さん、そして僕だけだ。

「簡単に言うと、この会社で請け負っているのは、集禍、梱包、そして積載だ。ただ、扱っているのは普通のモノじゃない」

 社長室の隅で、紫苑さんが煙草に火を点けた。社長はそれを意に介する様子もなく、孫の手で肩をとんとん叩いている。

「扱っているのは禍だ。ワ・ザ・ワ・イ」

 一字ずつ区切ってくれるのはありがたいが、肩を叩いているせいで一文字一文字が震えている。そのためか、どこか間抜けな言葉に聞こえた。

「ちょっと分かりにくいかもしれないが、『怖い話をしていると、怖いものが本当に来る』って聞いたことあるだろう?」

「ええ」

 僕はうなずく。ずっと昔に聞いたことのある言葉。そして、引きこもっているうちに、僕が否定した言葉だ。

「怖い話をしても、怖いものが来ないようにするのが俺たちの役目でね」

 言いながら、社長は一冊の本を取り出した。何の変哲もない、僕でも目にしたことのあるミステリー小説だ。

 無造作に頁をめくり、中ほどを開く。次に筆ペンを手に取ったかと思うと、片方の頁にぐりぐりと殴り書きをしてしまった。そして、こちらに向けて本を立てる。

 一方の頁には活字が並び、もう一方の頁は黒く滲んでいる。

「怖いものの中には、たいてい本物が紛れ込んでいる。火のないところに煙は立たない。つまらない怪談の中にも、本質としての禍が潜んでいることがある」

 ぼんやりと話の輪郭は分かるものの、詳しいところまではつかめない。

「禍を含んだモノが世の中に流布してしまうと、その話を知っている人間のところへ禍が降りかかる。つまり、『怖い話をしていると怖いものが本当に来る』だ」

 そこまで言うと、社長は黒く塗りつぶした頁をちぎり取った。社長の左手に本、右手に黒い頁が握られている。

「だから俺たちは、危険なモノを集禍する。怖い話、小説、呪いの動画や品物。そして、禍とそれ以外を分けて梱包する。さらにそれをトラックへ積載し、禍は然るべき場所へ運んで祓う。それ以外は、世の中に戻す」

 言いながら黒いページの方をくしゃくしゃと丸めた。

「それなら、今日田所さんが開けてしまったあの段ボールには、人間のかたちをした悪霊が入っていたってことですか」

「そんなところだ。正確には、人のような声を発し、人が箱に詰められたときのような音を立てられる禍だがね――やつらに決まったかたちはないから」

 僕の脳内で疑念が持ち上がった。禍に決まったかたちはない。それならば、はなんだったのか。

 意を決し、僕はそれを尋ねてみることにした。

「実は昨日の帰り、社員さんに挟まれて、人が部屋の中へ連れ込まれているのを見たんです。あれも禍ですか?」

 社長は、ふむ、とうなった。

「なるほど、見たんだね」

「ええ」

「あれは禍ではない。れっきとした人間だ」

 僕の頭は混乱する。書籍や呪われた物を集禍して、禍を選り分け、梱包するのではないのか。それならば、なぜ人間を連行する必要があるのか。

「禍を含むモノに、具体的な形があることの方が少ないんだよ。言っている意味が分かるかな? この世で一番横行している禍は、口伝いで広まる怖い話だ」

「怖い話って、その、学校のうわさとか、SNSとかの――」

「そのとおり。今は恐ろしい時代だ。怖い話が、昔とはけた違いの加速度で広まってしまう。だから我々も荒療治に走るほかなかった。いいかい? 禍を含んだ怖い話を見つけたら、我々はその発信者を特定する。そして、その発信された文章と、拡散された文章を可能な限り抹消する。最後に、発信者をここへ連れて来て、彼らの言葉を分離させ、梱包する」

「言葉を分離して梱包?」

「無理だとでも? それを言い始めたら、かたちのない禍を梱包するのも無理だろう」

 ここへ連れてこられた人間の言葉を、禍とそれ以外に分けて、梱包するのだと言う。頭が追い付かない。

「言葉を梱包されたら、その人はどうなるんですか?」

「いい質問だ。この会社を出るときには、きれいさっぱり、その怖い話のことを忘れてしまっている。そして後日、禍を取り除いた怖い話を、トラックが彼の頭に届けるのさ。そうすると彼らは、嬉々としてその安全な怖い話を拡散する」

 社長がパチンと指を鳴らした。

 おぼろげに、僕の頭の中にイメージが湧き上がってきた。

 椅子に若い男が縛られている。彼の前には、蓋の空いた白い箱と黒い箱が一つずつ置かれている。

 水中で吐き出される呼気のように、彼の口から光る文字があふれ出てくる。青い文字、黄色い文字、赤い文字、そして黒い文字。黒スーツの男たちが手をかざすと、黒い文字だけがそこから引き離され、黒いケースへと吸い込まれていく。残りの文字たちは白いケースに入り、そして蓋が閉まる。

 椅子の男は、ぐったりとうなだれる。

 ケースは段ボールへ入れられ、厳重に梱包される。トラックに積み込まれ――――どこかへ出荷される。

 どこにでもありそうな市街地で、トラックは停まり、顔のない運転手が荷台を開ける。そして段ボールを開封し、白いケースを開ける。青、黄、赤の文字たちがふわりと浮かび上がり、近くにあるアパートの窓へと吸い込まれていく。

 中にいるのは、先ほどの若い男だ。布団の中で寝息を立てている。文字たちは、彼の口へと再び吸いこまれている。

 目を覚ました彼は、寝ぼけた様子で枕もとの携帯電話を手に取り、何かを打ち込み始める。

 社長が再び指を鳴らした。

「理解できたかな?」

 今のイメージが、僕の想像なのか、それとも見せられたものなのかは分からなかった。

「はい」

 僕はぼんやりと返事をする。

「君にはしばらく積載を続けてもらう。そして、ゆくゆくは――君にそのつもりがあればだが――梱包や集禍も担ってもらいたいと思っている。田所くんは、残念な結果になってしまったがね」

 その後、二言三言交わしたのだけれど、僕はあまり覚えていない。あまりにも現実味がなく、しかし確実に僕の人生は動き始めていた。

 社長と紫苑さんに頭を下げ、まだ乾ききらないロビーの床を踏んで僕は会社を後にした。

 日はすっかり暮れている。

 怖い話をしていると、怖いものが本当に来るよ――。

 その言葉が繰り返し頭の中で響いている。

 母の声だった。

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