第六話「願い」
私はあの部屋に戻った。天井には小さな窓がついている。
だけど前と違うのは壁が綺麗なこととふかふかのベッドがついたことだ。
せっかく白くなった肌は段々と空の色に戻ってしまった。
お母さんから手紙はこない。やっぱりあれはお母さんじゃないのかもしれない。
私がここから逃げていたことはバレていたようだ。そのせいでなんだか外が騒がしい。
注射の数も前より増えた気がする。『白い人』になろうとした罰なのかもしれない。
「やっぱりあなたは特別だわ」
ある日、私に注射をした人がボソッと呟いた。
名前は知らないけれどその華奢な女の人と私は少しだけ仲が良かった。
「どうして?」
その人は私にいろいろ説明してくれたけど意味がよく分からなかった。
でもその人は私なら『あの星』で生きられるかもしれないと言った。
あともう少しで私は『あの星』に行けるらしい。
あの『白い人』は嘘つきだ。
「お母さんはどこ?」
ある日、私はその人にお母さんについて聞いた。
その人は私にいろいろ説明してくれたけどやっぱり意味がよく分からなかった。
私のお母さんは生きていないけれど死んでもいないらしい。今はもう一人の私と一緒にいる。
前のお母さんについても聞いてみたけれどその人は知らなかった。
身体が少し大きくなった頃、私は別の場所に移された。
どうやら『あの星』に行くには秘密の訓練をしなくちゃいけないらしい。
身体を動かすのは得意だけど勉強はちょっと苦手だ。
振り回されたり、オーブンに入れられたり、早起きしたり。
秘密の訓練は辛かったけれどみんなが褒めてくれたからなんとか乗り越えられた。
褒められるなんて生まれて初めてだった。
今日は特別な日。
私は『白い人』ではないから透明な壁の向こうには誰もいなかった。
でも私は悲しくない。だって『あの星』に行けるから。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
大きな音を鳴らしながら目の前の扉が開く。
私は外に向かって大きく一歩を踏み出した。飛行機に乗り込むと私は急いでベルトを締める。
初めてこの星を外から見たけれど地面が真っ黒なのは驚いた。
私が昔絵本で見たこの星の姿とは違う。
カウントダウンが始まると共に燃料が噴射される。
そして私は空に飛び立った。
電気を作る板が動かなかったり通信が止まったり……
色々なトラブルがあったけれどなんとか空の向こうに行くことができた。
やっぱり私は運が良い。
3か月間の一人旅はすこし寂しいけれど、3つの約束と交換でその人が本を渡してくれた。
The Martian.
頭の良い人が燃える星に取り残されてしまう話だ。
なぜこの人はこの燃える星から出たかったのだろう。
違う星で生きて死んでいくなんて皆が羨ましいと思うことなのに……
私に帰る場所があったら私も帰りたいと思うのだろうか。
『白い人』の考えることはやっぱりよく分からない。
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