第四話「家」

 また3日が経った。ご飯がやってくる。

 あの時ここに閉じ込められた人で生きているのはもう私だけらしい。

 この暗い世界で死ぬのは嫌だ。

 大きくなった今の私の身体ならアイツと入れ替わる事ができる。

 この真っ黒な天井とも今日でお別れだ。


 ガチャ

 午後5時。アイツが食事を持ってやってきた。

 時計はアイツが自慢していた物だ。売ったらお金になるかもしれないから大事にしている。

 私はいつものようにアイツの前で服を脱ぐ。

 まずは洗濯だ。

 私はパンの素で身体を隅々まで擦る。

 たくさん使いすぎると食べる分が減ってしまうけれど今日は関係ない。

 アイツは真っ白に汚れた私の身体を水で洗い流す。あの蛇の頭から出る水は冷たくて痛い。

 だけど逃げてはいけない。逃げるとアイツが私に触らないから。

 私の洗濯が終わると次は私がアイツの身体を洗い始める。

 アイツが自分のために持ってくる石鹸は鉄の匂いがするから嫌いだ。


 アイツは長くなった私の髪をまるで自分の所有物と言わんばかりにベタベタと触る。

 こんな風に病気の私に触る人は物好きと呼ばれるらしい。

 だけど私はアイツを悪魔と呼んでいた。

 なぜなら私はアイツに天使と呼ばれていたから。


 アイツは私に自分の身体を洗わせ終わるとしばらく馬鹿になる。

 私は水がたくさん詰まった服をアイツの顔に押し付けた。


 やられた分は返さなくてはいけない……


 私は色褪せた自分の身体に天井の黒い靄をこすりつける。

 そしてアイツの服に着替えるとこの部屋を後にした。

 少しぶかぶかだけどアイツ以外は目が悪いからたぶん気づかない。

 地図なんて持っていなかったけれどあっという間に外に出られた。私の勘は良く当たる。

 もう少しで家に帰れる。

 帰り道なんて気にした事なかったけれど私の身体はそれを覚えていた。

 お母さんが最後に手紙をくれたのはずっと前だけれど、まだあの場所にいる気がする。

 お母さんは病気をしないから私と会ってもきっと嫌がらない。


「ただいま」

 家の電気は前と同じように煌々と光っていた。

 私は急いでキッチンに向かったけれどお母さんはいなかった。

 でも明るいからお母さんはこの家の中にいるはず。

 私は着替えるために自分の部屋に戻った。アイツの服はもう着たくない。


「おかえりなさい」


 お母さんは私の部屋にいた。

 知らない誰かと一緒にいた。

 その誰かは私と同じ顔をしていた。

 私のお気に入りの服を着ていた。


「それはだれ?」

 私がお母さんに知らない誰かの名前を聞くと

「これはM114です」

 と、お母さんが教えてくれた。


 よかった。

 名前は同じじゃない。


 もしかしたらいつの間にかに妹が出来たのかもしれない。

 私はこの家にいてはいけない気がしたけれど居場所が無かったからこの家で生きるしかない。

 お母さんは私を追い出そうとしたけれど私はお母さんを説得した。

 私の部屋はその知らない誰かの部屋になっていて、自分で見つけた秘密基地は前の部屋よりも小さくなってしまったけれど居心地は悪くない。

 どんなに狭くて暗い部屋でもアスファルトのベッドよりは寝心地は良い。

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