第97話 屋上での一時

 八代さんと一緒に歩き、屋上の扉の前まで来てみると、そこには緑彩先輩と勇先輩の姿があり、八代さんは二人の姿に心から驚いたようだった。


「本当に生徒会長さん達がいた……」

「約束してたからね。緑彩先輩、勇先輩、お待たせしました」

「私達もさっき来たばかりだから大丈夫よ。ところで、そちらは?」

「さっき出会った空手部の一年生の子です」

「初めまして、八代芙咲といいます」

「なんでも私に話があるみたいなんですが、先輩達に聞かれても困る話ではないとの事だったので、先輩達にも聞いてもらいたいんです」

「そういう事なら私も聞かせてもらうわ。生徒の学校生活をより良い物にするのが生徒会長の務めだもの」

「俺も問題ない。では、行こうか」


 勇先輩の言葉に揃って頷いた後、私達は扉を開けて屋上へと出た。そしていつもの場所を見ると、そこには他のみんなの姿もあり、八代さんはその光景に更に驚いていた。


「これが安寿先輩達の集まり……」

「そうだよ。皆さん、お待たせしました」

「お疲れ様です、梨花さん。ところで、そちらの子は?」

「私は……」


 八代さんが再び自己紹介をしようとした時、瓦木君は八代さんを見て何かを思い出したようにポンと両手を打ち鳴らした。


「……あ、君は空手部の子だよね。少し前に新聞部で取材をさせてもらったんだけど、覚えてるかな……?」

「新聞部……あ、はい。そちらのお二人にわざわざ来て頂いたので覚えています」

「そうだったね。八代さんは空手部の期待のホープだと言われているから、それを板流君から聞いて記事にさせてもらったんだった。あの時は取材をさせてくれて本当にありがとう」

「い、いえ……私なんてまだまだなのに色々聞いて下さってこちらこそありがとうございました」


 八代さんが緊張した様子で答えると、鳳先生は少し不思議そうに聞川先輩に話しかけた。


「聞川、八代さんはそんなにも空手の腕が優れているのか?」

「はい。八代さんのお家は八房やつふさ空手道場という名前の道場で、小さい頃から師範であるお父さんの指導を受けてきた事であらゆる大会で結果を残し、空手部の中でもレギュラーの三年生に匹敵する実力だと言われているんです」

「一年生でありながらレギュラーに匹敵する……確かにそれはすごいな」

「それに加えて、いつも真剣に部活動やお父さんの指導に臨み、曲がった考えには惑わされずに品行方正な生活を続けている事も空手部並びに一年生の中では人気らしくて、空手のたしかな実力と可愛らしいルックス、少し信じやすい性質から“空手姫”と呼ばれているみたいです」

「ひ、姫だなんて……そんなの周りが呼んでるだけで私自身はそんな事ないと──」

「……そんな事あらへんよ?」

「え?」


 八代さんが不思議そうな声を上げる中、香織先輩は目をキラキラと輝かせており、その姿を知らない八代さんや健山先生達が目を丸くする中、私達はまたかと苦笑いを浮かべた。


「香織先輩、またスイッチ入りましたね」

「す、スイッチ……?」

「香織さんは可愛い女の子、それも和装の似合いそうな女の子と出会うとこうなるのよ。因みに、私と梨花さんもこの洗礼は受けたわ」

「お二人にも似合う着物は既に選んではるから、後々楽しみにしておくれやす。でも、今は八代さんやね……とても艶やかで綺麗な黒髪に透き通る程に白い肌、それだけでもポイントは高いけど、そのお人形さんみたいな可愛らしさを少し小さな背丈が際立たせ、髪飾りや小物の選択肢を広げてくれとるのが本当にありがたい……」

「香織さん、ストップ。八代さんを更に可愛くしたいのはわかりますけど、まずはお昼にしましょう」

「……そ、そうやね。ふぅ……いきなり暴走してしまい本当にすみません、八代さん」

「い、いえ……」


 貴己君の言葉でいつも通りの香織先輩に戻った光景に八代さんが驚く中、その姿に鳳先生は苦笑いを浮かべた。


「流石は彼氏だな……さて、それではそろそろお昼にしようか」

「はい。八代さんもこっちに来て」

「は、はい」


 未だに緊張した様子の八代さんの手を引いて隣に座ってもらった後、私達は手を合わせて揃っていただきますを言ってからそれぞれお弁当箱を開けた。

すると、八代さんのお弁当箱の中身が目に入り、それを見た聞川さんが目を輝かせた。


「八代さんのお弁当、すごく可愛いね……! ねえ、この花みたいに切り込みが入っている唐揚げや小さな球体みたいなポテトサラダは八代さんが作ってるの?」

「いえ、母です。小さい頃に私が喜んだのが嬉しかったみたいで、今でもこうやってお弁当に入れてくれるんです。私もお弁当箱を開けてこれが見えると、とても嬉しいんですけどね」

「そっか……」

「小さな頃はこうやって工夫されている物を見ると、やはり特別感があって嬉しくなるからな。そしてそれが思い出になって、また誰かに伝わっていく……うん、実に物語みたいで良いな」

「そうですね。さて……それではそろそろ八代さんがいる理由について聞こうか、安寿さん」

「そういえば、まだ説明してませんでしたね。八代さんは私に話があるみたいで、私以外の人に聞かれても困る話ではないようだったので、皆さんからの意見も聞きたくて一緒に来てもらったんです」

「なるほど。それでは八代さん、早速話を聞かせてもらえるかな?」


 鳳先生に促されると、八代さんは少し迷った様子を見せたけれど、覚悟を決めたような表情を浮かべると、静かに口を開いた。


「……私の話、それは恋のお話なんです」

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