第98話 恋する空手姫

「こ、恋……」

「はい……これまで空手一筋でやってきた私には初めての事なので、だいぶ難しいのですが、私はある人に恋をしているのです」

「一年生からの異性人気が高い空手姫の恋……これは記者としてかなり熱い展開だね。それで、その恋の相手は?」

「……その相手が理由で安寿先輩のところへ来たんです」

「相手が理由……」


 それを聞いた瞬間、私の頭の中には凛音さんの顔が浮かび、確認もせずにそれはダメだと言いそうになっていると、緑彩先輩は私の事を手で制した。

そして微笑みながら首を横に振ると、顔を赤くしながら恋をする少女の顔になっている八代さんに顔を向けた。


「その相手はこの学校の人?」

「はい、そうですけど……安寿先輩、どうかされたんですか?」

「梨花さんも恋をしてる真っ最中でね。一瞬、その人の事かと思っただけよ。そうよね、梨花さん?」

「……はい」

「安寿先輩も恋を……」

「もっとも、私の場合は年上でこの学校の人じゃないんだけどね。それで、私に関係のある異性でここにいる人達じゃなそうって事は……」

「はい……安寿先輩の幼馴染みだという陸野平二さんです」

「平二か……」


 やはりか。それが私の抱いた感想だった。これまでの緑彩先輩達もそれぞれが婚約者に似ている人に恋をしているし、八代さんも例外ではなかったようだけど、個人的には平二は止めておいた方が良いと思っている。

平二はたしかに顔も整っているし、兄の平太と違って頭も切れるから昔から異性からの人気はある方だった。

ただ、こうして関係が悪くなってわかったけれど、直情的で自分にとって気に食わない相手にはとことんつっかかる平太とは逆に平二は策を巡らせて相手を陥れるタイプだからわかりやすい平太とは違って何を考えているかわかりづらいし、だいぶ性格も悪い。

だけど、八代さんの目は真剣で平二の悪事や性格の悪さについて話してもたぶん信じてはもらえないだろうと確信出来る程であり、緑彩先輩達もどうした物かと顔を見合わせた。


「うーん……話を聞くと言ったから相談には乗るけど、彼は今須藤さんにぞっこんなのよね……」

「須藤さん……安寿先輩や平二さんのお兄さんと同じクラスの人ですよね。その事は知っていますし、熱の上げようを見るに私じゃ歯が立たない事もわかってます」

「そこまでわかっていても平二の事を……?」

「はい。ウチのクラスだけじゃなく、他のクラスでも須藤さんの話を男子がしているようですし、私も一目見て私なんかじゃ太刀打ち出来ないだろうと思っています。

それでも、私は諦めたくないんです。見た目が自分よりも上の人に好きな人が熱を上げていても、それだけの理由で諦めるのは良くないと思いますから」

「八代さん……」


 拳を固く握りながらしっかりとした声で言う八代さんを私はとても強い人だと思った。正直な事を言えば、私は八代さんにはその恋を諦めてもらい、もっとちゃんとした人との恋に生きてほしい。

だけど、自分の好きな人が他の誰かに熱を上げていて、その相手が自分よりも優れていると思っても負けずに立ち向かおうとするその姿勢はとても美しく見え、私も見習わないといけないと感じた。


『……八代さんって本当に真っ直ぐな子なんだね。自分の恋に対してちゃんと挑戦しようとして……なんだか応援したくなってきちゃうよ』

『とても健気で愛らしい。本当に彼女を見ているようです』

『フサミもそんな感じだったんだ』

『ええ。何事にも一生懸命で負けず嫌い、見ているこちらが心配になる程に素直でその笑顔は太陽に向かって咲く花のよう。それがヤツフサ・フサミという方ですわ』

『なるほどね』


 珍しくアンジェリカが優しい声で言っているのを聞いてアンジェリカとフサミの関係がとても良好だったんだと感じていると、鳳先生はふわりとした微笑みを八代さんに向けた。


「……若いな。こうした少し泥臭さのあるだけど見ていて眩しくなる恋が出来るのは若い子だからこそだ」

「先生だってしっかりとした恋をしてるじゃないですか。昨日だって仲直りした後に一緒にご飯を食べに行ってきたんですよね?」

「ああ、久しぶりだったし、色々不安にさせてしまったからと保さんがとてもオシャレなお店に連れていってくれたんだ。ああいうお店は中々行けないから、楽しかったんだがその後は……」

「その後は……?」

「……まあ、詳細には語らないけれど、円珠さんの可愛らしさを再確認し、お互いにとって甘い夜を過ごした、とだけ言っておこうか」

「た、保さん……!」


 クスリと笑いながら言う健山先生の言葉に鳳先生はいつもの落ち着いた様子とは違う可愛らしい雰囲気で顔を赤くし、健山先生の言葉の意味を理解したらしい香織先輩と聞川先輩は顔を見合わせながらキャーと言い、なんとなく意味を察した貴己君と瓦木君は静かに顔を赤くして、緑彩先輩と勇先輩は一瞬視線を交わしたけれどすぐに背けながら頬を赤くするなどその反応は三者三様で、八代さんはそんなみんなの反応を見てこっそり私に話しかけてきた。


「あ、あの……今の先生達の話って……」

「……まあ、私達にはまだ早い大人の恋愛の話だよ。まだ早いけど、そう遠くはない未来の、ね」

「そ、そうですよね。私も平二さんとそんな恋愛が出来るでしょうか……」

「……それはわからないよ。でも、私は八代さんの想いや言葉を聞いて、応援したいって思った。中々勝算の小さな勝負にはなるかもしれないけど、それでも頑張ってみたい?」


 私が聞くと、八代さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにやる気満々といった顔で頷いた。


「はい。須藤さんに比べたら私は子供っぽくて魅力もあまり無いかもしれませんが、頑張りたいという気持ちだけはたしかですから!」

「うん、そういう事なら一緒に頑張ろう。幼馴染みとして教えられる事もあると思うしね」

「押忍!」


 嬉しそうに笑いながら言う八代さんの姿に私は思わず頭を撫でたくなったけれど、その衝動をどうにか押し留め、私は自分に何が出来るかと考え始めた。

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