第96話 空手少女との出会い

「私に話……」

「自己紹介がまだでしたね。私の名前は八代やしろ芙咲ふさき、空手部の一年生です」

「八代さん……」

『ふむ……今度はヤツシロ・フサミ様ですか。東洋からいらっしゃった方ではありますが、中々の勉強家で親しみやすい方でしたね』


 アンジェリカの懐かしそうな声を聞きながら私はヤツシロ・フサミについて想起する。フサミはこっちで言うところの日本に該当するヤマト国出身の女の子で、アンジェリカ達と同じ学園に通う後輩だ。

ヤツシロ家はあらゆる体術を織り混ぜたヤツシロ流という武術の開祖であり、フサミが遠く離れた国にある学園に来たのは、フサミに井の中の蛙大海を知らずになってほしくないというお父さんの思いがあったからで、選んだ理由はあらゆる国から生徒が集まるから世界の様子を知るのに適切だと考えたから。

アンジェリカの言う通り、フサミは中々の勉強家であり、故郷には無い物や外国語も積極的に知っていこうとする姿が学園内の至る所で見うけられ、アリスやフローラから言葉や文化を教えてもらっている時もたまに見る事が出来る。

少し背丈が低くて黒く艶のある長い髪を麻紐で一本にくくった色白の肌のフサミは結構同性の生徒から妹キャラ扱いされて弄られる事が多く、異性の生徒からは恋愛対象として見られる事がまったく無いけれど、実は婚約者はクリストファーの弟のクリスティアンだったりする。

本編の開始前に学園の下見に来ていたクリスティアンがフサミと校門前でぶつかり、フサミのまっすぐな姿にクリスティアンが興味を持って、手早く入学前に婚約者にしてしまったという経緯があり、ターラント兄弟のルートやハーレムルートでなければ、アンジェリカとフサミは将来的に義理の姉妹という事になる。

そういう事情もあるからかフサミはアンジェリカとも一緒にいる事が度々あり、フサミの裏表のない正直な性格をアンジェリカが好ましく思っている事で、悪役令嬢らしからぬ優しい笑みを浮かべている姿も見る事が出来る。

尚、クリスティアンのルートとハーレムルートでは、ドローレスに対して敵意を向けるどころか自分よりも相応しい相手にクリスティアンが出会えたのは喜ばしいと哀しそうに祝福してくるため、オードリーと一緒にプレイヤーの心折りコンビとして名前を知られている。

私の目の前にいる八代さんも少し背丈が低いけれど可愛らしい中にもキリッとしたところのあるカッコ可愛い黒いポニーテールの女の子のようで、そういう場面ではないのはわかっていてもつい撫でてあげたくなる魅力がある。


「それで、八代さん。私に話って何かな? 貴女さえよければ、屋上に行きながら話を聞くけど……」

「屋上……もしかして、生徒会長さん達もいますか?」

「うん、いるよ。ありがたい事に緑彩先輩達には可愛がってもらっているから、今から屋上で一緒にお昼を食べるんだ」

「お昼を一緒に……安寿先輩が生徒会長さんや華道部の先輩みたいな異性から人気のある人達とよく一緒にいるっていう話は本当だったんだ……」

「そんなに噂になってるの?」

「知らないんですか? これまで全然話題にものぼらなかったのに、生徒会長さんや華道部の先輩の問題を電光石火の早業で解決した事から一目置かれる程の存在になったってもっぱらの噂ですよ?」

「そ、そうだったんだ……別にそんなに有名になりたいわけじゃないんだけどなぁ」

「そうなんですか?」


 八代さんが意外だという顔で聞くのに対して私は静かに頷く。


「うん。私は別に目立ったり有名になったりしたいわけじゃないし、緑彩先輩達の件に関わったのも偶然ではあったから、そんなに有名になっても私からすればその称号は重いだけかなって」

「……けど、誰かから頼られたいって思う事はあるんじゃないですか?」

「ない、と言ったら嘘になるかもね。でも、誰からでも頼られたいっていうわけじゃないの。私は自分にとって大切だと思ってる人から頼ってもらえたらそれで十分。それ以外の人でも困っていたら話くらいは聞けるけど、全員を背負ってあげられる程、私は強くない。まだまだ周囲の人達におんぶにだっこの弱さばかりの存在に過ぎないよ」

「安寿先輩……」

「あ、ごめんね。話があるのは貴女なのにわたしばっかり長々と話しちゃって」

「……いえ、大丈夫です。私の思っていたような安寿先輩とは違う安寿先輩を知る事が出来ましたから」

「……そっか。さてと、緑彩先輩達を待たせても良くないし、そろそろ行かないと。八代さんはどうする?」


 私の問いかけに八代さんは私の目を真っ直ぐに見ながら答える。


「……私も行きます。別に生徒会長さん達に聞かれても困る話ではないですし、このまま引き留めて聞いてもらうのも悪いですから」

「うん、わかった。それじゃあ行こうか、八代さん」

「はい」


 八代さんが頷きながら答えた後、私達は並びながら歩き始めた。八代さんが言っていた噂というのはどうやら本当だったようで、廊下にいる生徒達は私達の事を物珍しそうに見ていたけれど、その視線の大半は私に向けられていた。


『うぅ……なんだか恥ずかしいような……』

『これも慣れですわ、梨花。しかし……ヤシロ様のお話とは何なのでしょうか? これまでの流れを考えるなら、ヤシロ様も恋愛に関する相談で、その相手というのが……』

『うん、平二って事になるね。でも、これまで付き合ってる人の話なんて聞いた事ないし、今は須藤さんにメロメロだから、もしかしたら違う話の可能性もあるよ』

『そうですわね。梨花、どのようなお話だとしてもまずはしっかりと聞き、その上で意見を言うようにしましょう』

『もちろん』


 アンジェリカと会話をしながら隣にいる八代さんにチラリと見て、その顔が少し強張っているのを確認した後、私は八代さんの話を聞くためのやる気を高めていった。

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