第95話 関わりの一歩

 お昼休み、私はいつものように屋上へ向かうためにカバンからお弁当を取り出していたけれど、正直者気分は憂鬱だった。


『はあ……せっかくの夏休みなのに……』

『諦めなさい、梨花。そのせっかくの夏休みに合宿を行えるのは良い事ですわ』

『生徒会長合宿をね……私よりもアンジェリカの方がノリノリだし、性格も考え方も生徒会長向きじゃないの?』

『それはわかりませんわよ? ツカサ様の言う通り、梨花の性格だからこそ助けられる方もいると思いますし、私の性格だからこそ拗れてしまう問題もあると思います。だから、誰だから向いているというのはないのです』

『そうかなぁ……』


 アンジェリカの言葉を聞きながらも私はやっぱり乗り気ではなかった。だけど、その合宿で何か得られる物があるのなら、私は全力でそれを取り入れ、これからに活かしていきたい。

生徒会長になりたいわけではないけれど、誰かが困っていたり私でも助けられる問題があったりしたら私は積極的に手を差しのべたいし、そうやって色々な人が笑顔になるなら私は嬉しいのだ。

そんな事を考えながら立ち上がった時、ふと同じようにお弁当を取り出していた須藤さんが目に入り、私はそのまま須藤さんに近づいた。


「ねえ、須藤さん」


 私が話しかけ、クラスメート達が少し静かになる中で須藤さんが私に顔を向けた瞬間、一瞬だけ須藤さんの広角が上がったような気がした。

けれど、須藤さんの顔はすぐに落ち着いた物に変わると、不思議そうにしながら首を傾げてきた。


「安寿さん、どうかしたの?」

「うん、ちょっとね。少し考えたんだけど、これからは機会があったら須藤さんにも今みたいに話しかけるようにしようと思うんだ」

「私に……でも、そんな事をしたら平太君達がまた嫌な顔をするんじゃないかな?」

「見られてたらね。でも、私は須藤さんに対しての印象が少し変わったから、少しずつでも話してみようと思ったの」

「印象が……」

「そう。正直な事を言えば、私が抱いていた須藤さんの印象は良くなかったよ。幼馴染み達との関係が悪くなった原因だし、いつもあの二人の部屋から聞こえてくる声はだいぶストレスになっていたから。それに、あの二人とそんな関係にある中でも勇先輩達にも関係を迫るような事を言ったり誘惑するような事をしていたし、あまり他の人の迷惑を考えない人なんだと思ってた」

「…………」

「だけど、その人達が自分の好きな相手との関係が良くなればもう関わろうとはしなかったし、レコーダーの件なんかで助けてもらいもした。だから、須藤さんは私が思っているよりも悪い人じゃないんじゃないかって思えたの」


 それだけで須藤留衣という人物を判断して、決めつけてしまうのは良くない。だけど、凛音さん達にも言ったように須藤さんは完全に悪人というわけではなく、勇先輩達に関わろうとしたのも胸に秘めている思いがあるからなのかもしれないのだ。


「だから、須藤さんの事を少しでも知って、その上で改めてどんな人なのかを判断したい。須藤留衣という人物の事を何も知らずに決めつけるのは簡単だけど、それじゃあやっぱり良くないよ。

そんなのはあの二人と同じような物だし、少しでも須藤さんが良い人かもしれない部分があるなら、私はそこを無視したくない。私は本当の須藤さんを知りたいの」

「……そんな事言っても私はあの二人との関係を無くさないし、あの二人にも安寿さんに対して少しは優しくしてあげてなんて言わないよ?」

「そんなの良いよ。昨日の件でこれ以上関わっても仕方ない人達だと判断出来るだけの材料は手に入ったし、向こうにもその気がないようだから私はもう良いの。損しかなさそうだしね」

「……安寿さんも中々言うね。昨日も少し思ってたけど」

「私も少しずつ変わろうとしてるからね。でも、その変化には須藤さんとの関係も含まれてるから、少しずつ話をしていって、いつかは何の警戒もせずに話が出来るようになってみせるよ」


 微笑みながらそう言うと、須藤さんは少し驚いた顔をしてから哀しそうな顔で俯いた。


「……今の私にそういうところを見せないでよ」

「え?」

「……なんでもない。とりあえず話してみたいっていうのはわかった。そんな機会があるかはわからないけどね」

「そうかもね。それじゃあ……」

「後、一つだけ忠告するよ」

「え?」


 そのまま教室を出ていこうとした私に須藤さんが真剣な声で言う。


「……そうやって誰かを信じようとしたり好きになってみようとしたりするのは悪くないと思う。だけど、その人のそういう一面なんて簡単に信じるべきじゃない。良く見せようとしてそういうキャラを演じてるだけかもしれないから」

「……それは須藤さんと関わる上での忠告? それとも他の人でそういう人がいるの?」

「この忠告をどう受けとるかは安寿さんに任せるよ。私ヘ向かって一歩踏み出そうとしてくれた安寿さんへのお礼みたいな物だけど、簡単に教えても良くはないから」

「……わかった。須藤さん、忠告してくれてありがとう。それじゃあ行ってくるね」

「……行ってらっしゃい」


 小さいけどたしかな声で言ってくれた須藤さんの言葉に嬉しさを感じ、私は教室を出た後にアンジェリカに話しかけた。


『まずはこれで一歩だね』

『そうですわね。ですが、まだまだスドウ様の人となりはわかりませんし、関わると決めた事をツカサ様達にも一応言っておいた方が良いですわ』

『そうだね。それじゃあそろそろ……』

「あの!」


 突然背後からそんな大きな声が聞こえ、驚きながら振り返ると、そこにはお弁当を持った見た事のない女の子が立っていた。


『知り合いですか?』

『ううん、違うよ』

「えっと……一応聞くけど、貴女と私って初めましてだよね?」

「はい。ですが、私は貴女の事を知ってます」

「私の事を……」

「安寿梨花さん、貴女にお話があるんです」


 その女の子は真っ直ぐな目で私を見ながら静かだけどしっかりとした声で言った。

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