第92話 悪役令嬢降臨
「それじゃあ行ってきまーす」
翌朝、リビングにいた両親に声をかけた後、私は学校へ行くために玄関のドアを開けて外へと出た。今日も空はよく晴れ、照りつけてくる眩しい陽射しに私は手で庇を作る。
「ふう……今日も暑いね」
『夏であれば仕方ありませんわ。それに、こんなに良いお天気なのは良い事ですし、太陽に微笑まれている事を喜ぶべきだと思います』
「太陽に微笑まれているなんて……ふふっ、アンジェリカって詩的な事を言うね」
『たまには良いでしょう? さて、今日はまだツカサ様達はいらっしゃらないようですし、ここまで待ちますか?』
「そうだね。それにしても……あと数日で夏休みだけど、本当に生徒会長を目指すために頑張らないといけないの?」
私が不安を感じながら聞くと、アンジェリカはいつも通りの調子で答える。
『当然です。悪役令嬢で生徒会長など中々面白いですし、責任のある役職に就く事で貴女も自然と自信を持てるようになります。自信を持てば、貴女もこれまで以上に力を発揮出来、もっと高貴な女性になれますし、リンネ様にも恥ずかしくない存在になれますから』
「……高貴さまでは求めてないけど、私に出来るところまでは頑張った方が良いかもね」
『おや、珍しい。貴女からそのような言葉が出るとは思っていませんでした』
「私も少しずつ頑張らないといけないとは思っていたからね。理由まではわからないけど、『スイ』さんから最推しだって言われてるからにはもっと人間的に成長したいし、凛音さんと並んで歩いた時に遜色のない存在にはなりたいから」
『……やはり、リンネ様の存在は貴女が張り切るための良い刺激になっていますね。ですが、本当にそうなるためにはもっと努力をする必要がありますから、ボーッとしている暇はありませんよ?』
「うん、もちろんだよ」
アンジェリカの言葉に私が微笑みながら答えていた時、足音が聞こえて私はそちらに視線を向けた。そこにはいつものように緑彩先輩や香織先輩達の姿があったが、今日は聞川先輩と瓦木君の姿もあった。
「おはようございます。今日は聞川先輩と瓦木君も一緒なんですね?」
「おはよう、安寿さん。有栖川さんから最近は一緒に登校してるって聞いたから、私達もそれに参加させてもらおうと思って、新聞社で待ち合わせてから有栖川さん達と一緒に来たんだ」
「それに、安寿さんには改めてお礼も言いたかったんだ。安寿さん達のおかげでまたこうして新夏さんとも心から笑って登校出来るわけだし」
「安寿さん、本当にありがとう」
「ありがとう、安寿さん」
「……どういたしまして」
二人の心からの笑顔を見ながら私は嬉しさでいっぱいになっていると、緑彩先輩は真剣な顔で私の事を見始め、私はあまり見ないその様子に戸惑いを感じた。
「つ、緑彩先輩……?」
「……ねえ、梨花さん。私達に何か隠してる事はない?」
「隠してる事……いえ、特に覚えはないですけど……」
「覚えはない、か」
「そうですよ。だって、緑彩先輩達に隠し事をしたって別に得は──」
「……貴女の中のアドバイザー、今日もいるのかしら?」
「……え?」
思いもよらなかった緑彩先輩の言葉に驚いた後、私は言葉の意味に気づいて瓦木君に視線を向けると、瓦木君は申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん、安寿さん……今朝、待ち合わせ中に安寿さんの中にいる人の事を携帯にメモとしてまとめてたら、新夏さんに見られてて……」
「……それで、どう答えてたらいいかまよっていたら、緑彩先輩達にも知られてしまったわけだね。そういう事なら仕方ないよ。元々、瓦木君には後で詳しく話す事にはしてたしね」
「うぅ……」
「瓦木君の様子的にその件は本当に隠していたわけだから、それを無理に聞いた私達ももちろん悪いわ。ただ、安寿さんさえよかったら私達にもそれについて聞かせてもらいたいの」
「緑彩の言う通りだ。無理にとは言わないが、恐らくそのアドバイザーには俺達も世話になっているはずだからな。だから、話を聞かせてもらった上で改めてお礼を言わせてもらいたいんだ」
「先生達の時もお世話になったようですから、私達も改めてお礼を言いたいんです」
「梨花さん、お願い出来る……かな?」
緑彩先輩達の言葉を聞いてどうしようかと思っていた時、アンジェリカは小さくため息をついた。
『……これも定めですわね。梨花、私と交代をして、昨日の方法で貴女も会話をしましょう』
『アンジェリカ……でも、良いの? 知ってる人をそんなに増やして……』
『ツカサ様達の人格は知っているつもりですから問題ありませんわ。それに、私もこの状況について知りたいところですから、話す事で何か手がかりを見つけられると期待していますし、貴女もこれ以上隠しているのは辛いでしょう?』
『それは……』
『もちろん、貴女の意思は尊重します。リンネ様達の時は致し方ありませんでしたが、今回は拒む権利はありますから』
アンジェリカの優しい声に私は安心していた。だけど、このままだとアンジェリカが私の中に現れた理由を知る事が出来ない気がしたし、なにより緑彩先輩達の気持ちも尊重したいと思っていた。だから、私は覚悟を決め、アンジェリカに答えた。
『……良いよ。話そう、アンジェリカ。緑彩先輩達の気持ちも尊重したいし、私はアンジェリカが現れた理由をちゃんと知りたい』
『梨花……』
『それに、アンジェリカが緑彩先輩達と話してる姿も見たいしね』
『……わかりました。梨花、貴女のその覚悟を心から尊敬します』
『ありがとう、アンジェリカ。それじゃあ交代しようか』
『はい』
アンジェリカの返事を聞いた後、私は携帯電話を取り出してからアンジェリカと交代をした。その瞬間、アンジェリカが出す雰囲気を感じ取ったのか緑彩先輩達は驚いた様子を見せ、私が両手の主導権を手に入れる中、アンジェリカは上品な笑みを浮かべる。
「……ふふ、やはり私と梨花ではだいぶ雰囲気が違うようですわね」
「……ええ、そうね。それで、貴女が梨花さんの中にいるっていうアドバイザーなのかしら?」
「アドバイザー……というよりは、梨花を導こうとしている者、と呼ぶのが正しいかもしれませんわね」
「導く……」
「はい。私は安寿梨花の中に住まい、安寿梨花を立派な悪役令嬢へと導くために手を引く者」
アンジェリカは一度言葉を切った後、緑彩先輩達の視線を浴びながら少し芝居がかった様子で言葉を続けた。
「バルベ皇国の第一皇女、アンジェリカ・ヨークですわ」
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