第91話 本当の初恋

『なるほど……今回も大変だったみたいだな』

『はい』


 帰宅してから少し経った後、私はいつものようにチャットに参加していた。チャットルームには『リン』さんの姿もあり、あの後は無事に帰れたんだなと安心しながら私はさっきあった凛音さんとの会話やキスをした事実だけ隠して今日の出来事を話していた。

別に言っても良い事だけど、こうして改めて言うとやっぱりどこか恥ずかしく、『リン』さんもそれについては何も言わなかったから、私も言わずにいたのだった。


「……そういう事を気にせずに言える時が私にも来るのかな」

『すぐに来ますわよ』


 私の呟きにアンジェリカが返事をしていると、『レイ』さんの書き込みが表示された。


『それにしても……アンの幼馴染みは相変わらず酷い。アンやリンだけじゃなく、一緒にいた人まで悪く言うなんて絶対にどうかしてる』

『たしかにな……その上、自分が好きな奴を連れてるのにそんな事を平気で言えるのはなぁ。正直、一緒にいた須藤って奴もあまり良い気はしてないんじゃないか?』

『そうだと思いますよ。それを見ていた私も嫌な気分になりましたし、関わってるその子ならもっと嫌な気分になったはずです』

『あ、そういえばあの時はありがとうございました、スイさん。おかげで問題も解決出来ましたし、電話をかけてきてくれて本当に助かりました』

『いえいえ。見てるだけだったのはやっぱりもどかしかったですし、アンさんとリンさんの力になれて私も嬉しいです』


『スイ』さんの書き込みが表示された後、それに対しての『ユウ』さんの書き込みが表示される。


『けど、どうやってアンの電話番号なんて手に入れたんだ?』

『アンさんにも言ったんですが、知り合いにアンさんの電話番号を知ってる人がいたので、それで番号を知ってかけたんです。個人情報なのでアンさんに何も言わずに入手するのは良くないと思ったんですが、やっぱり履歴とか登録って消した方が良いですか?』

『いえ、大丈夫ですよ。私もまたお話出来たらなと思ってるので、スイさんの番号は登録させてもらいますね』

『どうぞどうぞ。最推しのアンさんとまたお話出来るのはとても嬉しいですから』

『けど、スイさんの声って今思えばなんだか聞いた事ある感じだったんですよね……私の電話番号を知ってる知り合いもいるみたいですし、もしかしてスイさんと私って本当はリアルでも近いところにいるのかもしれませんね』

『たしかに……スイさん、それって答えられる事かな?』


『リン』さんからの問いかけに『スイ』さんからの返事が表示される。


『すみません……ちょっと出来ないです。本当は私がスイですってちゃんと言うべきなんですが、アンさんに名乗り出るのはちょっと恥ずかしくて……』

『そういう事なら良いですよ。もしリアルで会っても、ここではリンさんをリンさんとして扱ってるようにスイさんもリアルとここでちゃんと分けて接しますから。もし言えそうだなと思った時には遠慮せずに言ってくださいね』

『アンさん……そういうところが本当に好きなんですよ。はあ……私もいつかアンさんと一緒にお出掛けしたり食事したりしたいなぁ』

『ははっ、それなら早めに覚悟を決めないとな』

『ふふ、楽しみにしてます。そうだ……スイさん、今回の件で何かお礼が出来たらなと思ってるんですが、何かありますか?』

『お、お礼!? そんなの良いですよ……! 私はやりたくてやっただけですから……』

『そうだとしても私がお礼をしたいんです。スイさんには前もアドバイスをもらってますし、お世話になりっぱなしですから』


 その書き込みの後、数分くらいが経って、どうしたのかなと思っていたらようやく『スイ』さんの書き込みが表示された。


『すみません、幸せすぎてちょっとトリップしてました……』

『あははっ、本当にスイはアンの事が好きなんだな』

『最推しですから。でも、そうですね……今はまだ思い付かないので、思い付いた時に言います』

『わかりました』



『スイ』さんの言葉に私が答え、その後もチャットルームは楽しい雰囲気のまま続き、いつも通りの時間に終了した後、私は幸せな気持ちで携帯電話を枕元に置いた。


「はあ……今日も楽しかったぁ」

『チャットルームの皆様との会話は梨花の良い息抜きとなっていますからね』

「うん、そうだね。そういえば、アンジェリカって『スイ』さんの声に聞き覚えはあった?」

『私もどこかで聞いた事があるとは感じましたが、電話越しであった事や少々小声だったので誰であると明確には言えません』

「そうだよね……」


 アンジェリカと話しながらどこで『スイ』さんらしき人の声を聞いたかを考えていたその時、携帯電話が震えだし、私がすぐに携帯電話を手に取ると、そこには凛音さんの名前が表示されていた。


「凛音さんからだ……!」

『……梨花もすっかり恋する乙女ですわね。早く出た方がいいですわよ』

「わ、わかってるから……」


 少し呆れ気味なアンジェリカの声に返事をした後、私は携帯電話を操作して凛音さんからの電話に出た。


「も、もしもし……!」

『もしもし。今、大丈夫だったかな?』

「はい、大丈夫です。あの……送ってくれて本当にありがとうございました」

『お礼なんて良いよ。あの時も言ったけど、梨花さんを一人で帰らせるわけにはいかなかったし、梨花さんとはもっと長く一緒にいたかったから。ご両親からは遅くなった事について何か言われた?』

「いえ。二人とも、私が誰かの家でご飯をご馳走になってくるようになったんだと感慨深そうにしていて、よかったら今度は凛音さんと凛斗君を家に呼んでみたらどうかって言ってました」

『そっか……連絡はしてたし、家族も一緒だったけど、未成年の女の子を夜まで連れ回すなんてって言われる事も覚悟してたから、ちょっと安心したかな』

「心配はしてたみたいですけど、やっぱり二人とも私が元気になってきたのが嬉しいみたいなんです。平太達との関係が悪くなってきてから、私も落ち込んだり暗くなったりする事が多かったので」

『なるほどね』

「凛音さん、また予定が合う日に一緒にお出かけしてもらっても良いですか? 今度は……出来れば二人きりで」

『……うん、もちろん。それと、また何か協力出来る事があったらいつでも言ってくれ。その時は喜んで協力させてもらうから』


 凛音さんの優しい声に安心感を覚えた後、私はぽかぽかとする物を感じながら答えた。


「はい、その時はよろしくお願いします」

『お願いされた。それじゃあそろそろ終わりにしようか』

「そうですね。凛音さん、おやすみなさい」

『おやすみ、梨花さん』


 そして電話を切った後、私は再びベッドの上に寝転び、胸の辺りに手を当てた。


「……これが恋、なんだね」

『そうですわね。以前まで恋だと梨花が思っていた物とはなんだか違う気がしてきませんか?』

「うん、違う。あれは恋というよりは、恋への憧れみたいな物だったのかもしれない」

『幼い頃から本当に好きな方がいる場合もありますが、梨花のように異性に対してちょっとした憧れを抱く場合もあるのです。ですが、今の梨花は本物の恋を知った。恋する乙女というのは本当に強いんですのよ?』

「ふふっ、そうだね。それは緑彩先輩達を見てたらわかるよ」


 色々な事があったけど、緑彩先輩達のように誰かに恋をしている人達は一様に強かった。弱いところもあっても、自分が好きな人のために頑張ろうとしたり辛くても信じようとしたりその強さは色々だ。

だから、私ももっと強くなりたい。肉体的な強さでも精神的な強さでもなく、人間的にもっと強くなるんだ。

そんな事を考えていた時、そろそろ眠くなってきたからか私の口から小さく欠伸が漏れた。


「ふあ……今日は気も張ってたし、歩き回ったからそろそろ寝ないと……」

『それが良いですわ。それでは梨花、おやすみなさい』

「うん、おやすみ。アンジェリカ」


 アンジェリカとおやすみを言い合った後、私は部屋の電気を消してベッドに入り、静かに目を閉じた。いつも通りの静かな夜、だけど今夜はこの胸のぽかぽかのおかげでいつもよりも幸せな気分で寝られる気がした。

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