第89話 支えてくれる幸せ

『オーウェン・リード……アンジェリカが多く関わってくるクリストファールートとハーレムルートでは一切見かけないキャラクターだね』

「そうなのですね……私から見れば、アフェア王国は古くからバルベ皇国と交流のある国なので、オーウェン様とその弟君のオズワルド様はよき友人といったところです」

「なるほど……でも、よくオーウェンなんて思い出せたな。俺も名前を聞いてようやく思い出せたくらいなのに」

「前に兄貴がやってるのを見てた時、なんとなくオーウェンが兄貴と雰囲気が似てる気がしたんだよ。そうなるとオズワルドが俺って事になるけど、個人的にはそんなに似てる気はしないな」


 凛斗君が答える中、私はオーウェンとオズワルドの事を想起した。オーウェン・リードとオズワルド・リードはアフェア王国の第一王子と第二王子で、二人ともドローレスやアンジェリカと同じ学園に通っている。

オーウェンはとても物腰が柔らかな一歳歳上の短い黒髪の長身の男性で、アンジェリカが言うようにバルベ皇国とアフェア王国の仲が昔から良いからかクリストファールート以外のルートではアンジェリカと一緒に話しているところを見かける機会があり、関わってみてもアンジェリカの方が多く喋るからオーウェン自身の台詞はそんなに多くない。

同じく短い黒髪で少し背丈が低い弟のオズワルドにいたってはこちらから関わる機会がほとんどなく、アンジェリカとオーウェンの二人と一緒にいる時しか見かけないという中々のレアキャラだ。

そして攻略対象ではないからかネットでもオーウェンとオズワルドの事が話題に上がる事はまったくなく、ファンアートも見かけない事から、私もすぐに名前が出てこなかった。


『……オーウェンの事を思い出せなかったのがなんだかすごく悔しい』

「梨花はゲームをかなりやりこんでいるようですからね。しかし……そんな梨花ですら思い出せなかったキャラクターを最推しであると言った『スイ』様は梨花と同等のやりこみ具合なのかもしれませんね」

「たしかに……メインである攻略対象達やヒロインのドローレスじゃなく悪役令嬢のアンジェリカと影が薄くなりがちなオーウェンを最推しというからには、普通じゃないレベルのやりこみをしていてもおかしくないか」

「普通じゃないレベルってどんな感じなんだ?」

『うーん……ハーレムルートも含めた全七ルートを最低でも三周はしてる感じかな』

「その上、ハーレムルートをハッピーエンドで終わらせるのは結構苦労するし、オーウェンがアンジェリカと話してるところを見るのは結構運が必要だったはず。『スイ』さんは本当に何者なんだろう……」


『スイ』さんの正体について凛音さんが考え込む中、私はもう一つ気になっている事があった。


『……『スイ』さんはどうして私と凛音さんも最推しだって言ってくれたんだろう? 『スイ』さんは女の子みたいだし、顔も雰囲気もカッコよくて爽やかで優しい凛音さんが推しになるのはわかるけど、私はアンジェリカとも真逆な存在なのに……』

「さらっとリンネ様を褒めましたわね……ですが、わざわざ電話番号を手に入れてまで手助けをして下さるわけですし、『スイ』様は梨花にも良さを見いだしているのかもしれません」

「俺もそうだと思う。初めて会った時よりもなんだか自信がついたような気はするし、元から綺麗で優しげな子だとは思っていたから、『スイ』さんも元からの梨花さんとアンジェリカの時の二面性に惹かれていったのかもしれないよ」

「俺もそう思います。実は梨花さんと一緒に買い物に行ったり剣道の練習から帰ったりしていた姿を剣道部の奴らに見られていたみたいで、前々からあの綺麗な人は誰なんだとかお前だけズルいなんて言われてますから」

「つまり、梨花も一般的に見れば他人から好意を持たれるような女性というわけですわ。幼馴染み兄弟とは縁がなかっただけで、貴女と親密になろうと考えてくれる凛音さんのような方もいます。まだまだちゃんと自信を持つのは難しいかもしれませんが、少しずつ自分に自信を持っていけば良いのです」

『……うん、そうだね』


 手だけで返事をしていたけど、本当は泣きそうになるくらいに嬉しかった。これまでもアンジェリカの手助けがあったから緑彩先輩達の悩みを解決出来て、凛音さん達とも出会えたのであって、私自身の力なんてちっぽけだと思っていた。

だけど、こうしてしっかりと私を評価してくれる人達がいて、私に好意を持ってくれる人がいる。それはやっぱりとても嬉しい事なんだ。

嬉しさと胸の奥から沸き上がってくるあたたかな物を感じていると、凛斗君は難しい顔をしながら顎に手を当てた。


「……それにしても、幼馴染みの梨花さんに酷い事を言えるくらい惚れ込むなんて……あの須藤っていう人もまだわからない事ばかりなんだよな」

「たしかにな。彼女も一般的には可愛い女の子だとは思うけど……梨花さん、梨花さんから見た須藤さんはどんな女の子かな?」

『私から見た須藤さん……これまでの行いを考えると、色々な異性に関わってはその関係を壊そうとしてる酷い子ですけど、私とアンジェリカで関係を修復した時にはその人に関わるのをちゃんと止めてるので完全に悪い人ではないんだと思います。

香織先輩と貴己君の時も平太達が持っていたはずの元音声を偽物とすり替えてまで渡してくれましたし、これまでや今日だって自分から誰かの悪口を言ってる様子はありませんでした』

「ヘイタ様達とは違い、誰かを貶める事には興味がないのは恐らく間違いないかと。もっとも、梨花への影響も考えずにヘイタ様達のお部屋で愛し合ったり恋人のいる相手に迫ったりするのはいただけませんが」

「なんというか……少しドローレスみたいなところのある子だな。狙った相手が攻略対象と似ている人ばかりなのもあるけど」

『そうですよね……』


 ここまで会話を続けて私は須藤さんを嫌うだけで実はしっかりと人となりを知らない事に気づいた。本当に悪い人ならただ嫌う事も出来るけど、完全に悪い人だと言えるだけの確証は一切ない。


『……機会があったら、須藤さんとも話してみても良いのかもしれませんね』

「それはそうですが、あまり踏み込まないようにしましょう。関わる事でヘイタ様達から嫌がらせを受ける可能性は大いにありますから」

『うん。そこはしっかりと気を付けるよ』

「それが良いと思う。何かわかったら俺達にも教えてほしいな。人となりを知る事で俺達からも関わり方で意見を出せると思うから」

「俺も全力で力になりますよ、梨花さん」

「はい、ありがとうございます」


 凛音さん達の言葉に答えていたその時、下の階から何か物音が聞こえ、凛音さん達は顔を見合わせた。


「……母さん達が帰ってきたみたいだな」

「だな。梨花さんの靴は見られてるだろうし、こっそり帰すのは無理そうか……」

「あら、別にご挨拶くらいはしますわよ?」

『アンジェリカの言う通りです。初めましてなので緊張はしますけど、それくらいは大丈夫です』

「……わかった。それじゃあとりあえず下に降りようか」

「はい」


 返事をした後、アンジェリカは返事をし、私達は立ち上がって部屋のドアを開けた。そして凛音さん達のご両親のところへ向かう間、私は少し緊張していたけど、アンジェリカや凛斗君の存在がとても心地よく、何より凛音さんがいてくれる事が私の心の支えになっており、私は支えてくれる人がいる事の感謝を静かに感じていた。

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