第88話 王子の名
「……と、いうことなんです」
私は話をそう締め括る。およそ十数分に渡る私とアンジェリカの出会いから今日までの話を凛音さん達は何を言わずに聞いてくれた。
私の中にいるのが『恋の花開く刻』の悪役令嬢であるアンジェリカだと聞いた時は二人とも眉を潜めていたけれど、そこで話を打ち切ろうとせずに話を続けさせてくれたのは本当に嬉しかった。
そして私が話し終えると、凛音さんは顎に手を当てて軽く唸った後、真剣な顔をしながら私に話しかけてきた。
「梨花さん、アンジェリカに今すぐ交代する事は出来るかな?」
「はい、出来ますよ」
『アンジェリカ、お願い』
『ええ、畏まりました』
アンジェリカが答えた後、私達は交代した。その瞬間、凛斗君の表情は驚きと戸惑いが入り交じったような物に変わり、凛音さんは真剣な顔のままでアンジェリカを見つめた。
「……交代しましたわよ、リンネ様」
「うん、ありがとう。凛斗、今の梨花さんはお前が助けられた時の梨花さんか?」
「……うん、話し方は違うけど、雰囲気は完全にあの時の梨花さんだ」
「そうか。すまないな、アンジェリカ。疑うわけじゃなかったんだけど、凛斗にもしっかりと確認はしておきたかったんだ」
「構いませんわ。梨花もそれがわかっていたから素直に交代をする事にしたのでしょうし、そういった確認をするのは大切ですから」
「ありがとう。それにしても、まさかゲームの中の登場人物とこうやって話しているなんて不思議な感じだな……」
凛音さんが感慨深そうに言い、凛斗君がそれに同調するように頷いていると、アンジェリカは不思議そうに首を傾げた。
「……疑わないのですか? 私達の話を」
「疑わないさ。たしかに梨花さんが信じられないかもしれないと言った理由はわかった。だけど、目の前にいる梨花さんからはゲームの中のアンジェリカに抱いていた印象と同じ物を感じるし、わざわざ梨花さんがそんな嘘をつくとは思えないからね」
「俺も疑いませんよ。兄貴よりはそのゲームに詳しくないですけど、俺を助けてくれたのは間違いなく貴女だったのはわかりますから」
「……そうですか。信じて頂き本当にありがとうございます。梨花もこの場で話せれば良いのですが、この通り体は一つしかありませんので……」
アンジェリカが残念そうに言う。アンジェリカが言うように私もどうにか会話に参加したいけど、そうなるとアンジェリカに口頭で伝えてもらわないといけない。
でも、その場合は会話のテンポが悪くなってしまうし、何よりもアンジェリカが疲れてしまうのはよくないから、私はこのまま時折アンジェリカに言葉を伝えてもらうだけで良いのだ。
そう考えながら少し寂しさを感じていた時、残念そうにするアンジェリカを見ていた凛斗君が何かを思いついた様子でポンと手を打った。
「あ、ちょっと思いついた事があるんですけど良いですか?」
「良いですが……何を思いついたのですか?」
「梨花さんの中に二人いるなら、もう一人は手を動かして筆談するのはどうかなと思って」
「筆談……ですか?」
「ああ、なるほど。体の所有権を分割して、口で話す側と筆談で話す側にすれば良いって事か」
「そういう事。ただ、それが可能かはわからないけど……」
「ふむ……所有権を交代する事しかしてきませんでしたが、これも良い機会かもしれませんね」
『梨花、少し試してみましょうか』
『うん、わかった』
初めての試みに私は緊張していたけれど、それが成功すれば可能性が広がる事もわかっていたため、私はうまく出来るように祈りながらいつもやっているように手を動かすイメージを頭に浮かべて右手を軽く握ろうとした。
すると、アンジェリカが外に出てる時と同じ感覚なのにも関わらず、“私”の右手が軽く握られ、握りこんだ際の指が手のひらに触れた感触が伝わってきた。
「……出来ましたわね」
『出来た……アンジェリカ、出来たよ!』
『ええ。ですが……なんだか不思議な感じですわ。自分の意思で動かそうとしても右手だけが動かないというのは』
『そうだろうね……これは今みたいに必要な時だけにして、普段はあまりやらないようにしようか』
『そうしましょうか。さて……それでは貴女も会話に参加してくださいな、梨花』
『うん!』
返事をした後、私は右手を動かして携帯電話を取りだし、床に置いてからメールの画面を開いて自分の言いたい事を打ち込んだ。
『凛音さん、凛斗君、見えてますか?』
「ああ、見えてるよ」
「俺も見えてます。でも、自分で提案した事とは言え、なんだか不思議な感じですね……」
『私もすごく不思議な感じだよ。体自体はアンジェリカが使ってるのに手だけは動かせるわけだし』
「私からすればその逆なのですがね。さて……これで梨花も会話に参加出来ますから、話に戻りましょうか」
「そうだね。それで、勇君達のような攻略対象達に似ている男の子達、緑彩さん達のような攻略対象の婚約者達に似ている女の子達がいるようだけど、そういう子達が他にもいるのは間違いないのかな?」
凛音さんの問いかけにアンジェリカは頷く。
「恐らくは。ここまで似ている方々がいて、他の方がいないというのは少々おかしな話ですから」
『そうだよね……アンジェリカ、たしか後は二人だったよね?』
「そうですわね。あの日、私と共に命を絶ったのは、婚約者達に裏切られた六人のみ。メイドのシャロン・エンフィールドにはその時に遠方にいたお父様達にブラッドピジョンを飛ばすように言っていましたから、それはやってくれたはずです」
「ブラッドピジョン……アンジェリカが開発した魔術の一つで、術者の血液に反応させて伝書鳩のように手紙を届けさせる物だったかな?」
「その通りです」
「残り二人……けど、そうなるとその二人もあの須藤っていう人に好きな人を盗られそうになってるはずだけど、梨花さん達は心当たりってないんですよね?」
『……うん、ないかな』
「私もですわね。後、『スイ』様が言っていたリンネ様に似たキャラクターというのも少々気になります」
「そういえば、言ってたね。私と凛音さん、アンジェリカとその人が自分の最推しだって」
前も『スイ』さんはアンジェリカが好きでアンジェリカになりたいと言っていたからそれに関しては違和感はない。だけど、私が記憶している限りだと凛音さんに似ているような登場人物に心当たりがないのだ。
『残ってる攻略対象にもそれらしい人はいないし……』
「ゲームというなら、隠された攻略対象などもいるのでは?」
「隠しキャラ……でも、そんなのなんて──アンジェリカ、よく隠しキャラなんて思いついたね」
「……そうですわね。何故なのでしょう……」
凛音さんに似ているような登場人物について私達が考えていたその時だった。
「……あ、もしかしたらあのキャラかな」
凛斗君の突然の言葉に私達は驚きながら凛斗君に視線を向けた。
『誰か思いついたの?』
「凛斗、すごいじゃないか」
「そんな事ないって……それに、だいぶやってるはずの梨花さんでも思い当たってなかったし、違うかもしれないですよ?」
「それでも構いませんわ。リント様、お願いします」
アンジェリカの言葉に凛斗君は頷くと、思い当たった登場人物の名前を口にした。
「……アフェア王国の第一王子、オーウェン・リード。それがそのキャラクターだと思います」
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