第17話 平穏を壊す危機

「まったく……岸野君の性格を考えなかった私も悪いけど、こんな事なら悩むんじゃなかったわ……」


 大声を出した後、有栖川先輩は少し不満そうな顔をしながらお弁当を食べていたけれど、その表情には安心の色も浮かんでおり、そんな有栖川先輩の姿を見てクスリと笑ってしまった。


「有栖川先輩、良かったですね」

「……まあね。でも、こうなってくると、岸野君の言葉の真意を理解出来てなかった事が悔しくてたまらないわ。一年生の頃から付き合いがあるのにわからないなんて……私もまだまだね」

「そんな事はない。どうやら俺も言葉が足りていなかったようだからな。有栖川、不安にさせてしまって申し訳なかった」

「……別に良いわよ。けど、これからはもう少し分かりやすく言ってもらえると助かるわね。私も岸野君の言葉の真意を理解出来るように努力するけど、今回みたいな事がまた起きて今度こそ私達の関係が壊れてしまったら嫌でしょ?」

「そうだな。有栖川程に仲の良い異性もいないし、有栖川の頑張る姿は見ていてこちらも頑張ろうという気持ちになる。一年生の頃に有栖川に出会えたのは本当に良かったと思っているぞ」

「そ、そう……」


 岸野先輩の飾らないまっすぐな言葉に有栖川先輩は照れながらそっぽを向き、その姿が微笑ましく思えていると、岸野先輩は突然私の方へ顔を向けた。


「それで、安寿さんがクラスメートの男子を街中でビンタした件だが、さっきも言ったように既に校内には広がっているようだ。だからか、俺達のクラスでも後輩に中々気の強い女子がいると噂になっていたんだが……」

「岸野君の気持ちはわかるわ。今朝の安寿さんもそういう気の強い女性っていう感じはしなかったし、それが真実だと聞いても未だに信じられないもの」

「う……やっぱりそうですよね」

「まあ、それが悪いとは言わない。だが、男子の中にはそれを理由にして安寿さんを避けようとする奴も出ると思う。俺はそういう女性は嫌いじゃないが、そう思わない奴もいるからな」

「ですよね……因みに、岸野先輩は好きなタイプっているんですか?」

「え……ちょ、安寿さん!?」


 私の質問に有栖川先輩が驚く中、岸野先輩は顎に手を当てる。


「好きなタイプか……これまで恋愛にはあまり興味が無かったから考えた事もなかったが、強いて言うなら有栖川のような女性が好ましいな」

「え……?」

「……理由を訊いても良いですか?」

「須藤さんのように可愛らしい女性というのも一緒にいて楽しく思えるのかもしれないが、俺はこれまで有栖川を支えてきたのもあるからか芯がしっかりとしていて何事にも真剣に取り組める女性の方が好ましいと思っているようだ。

俺も目標へ向けて日々努力をしているが、同じように目標へ向けて頑張りながら励まし合い、それぞれに起きた良かった出来事を共に喜び合えるのは良い事だと思っている。一歩先にいて引っ張ってくる相手や一歩後ろついてきてくれる女性よりも隣に並んでいてくれる女性の方が──有栖川、顔が赤いがどうかしたのか?」

「な、なんでもないわよ! ちょ、ちょっと気温が高いから赤く見えるんじゃない!?」

「そうか……それならしっかりと涼んだり水分を補給したりするんだぞ? 熱中症で倒れたり水分不足で苦しんだりする姿は見たくないからな」

「わ、わかってるわよ……でも、ありがと……」

「どういたしまして」


 照れながら言う有栖川の言葉に岸野先輩は微笑みながら答える。この姿を見ても岸野先輩が有栖川先輩の想いには気づいてないようだったけど、岸野先輩の理想が有栖川先輩だというならこの二人は心配しなくても良いんだと思う。

個人的には早く有栖川先輩から想いを伝えてしまって欲しいけど、それを急かしてしまっても仕方ない。私にはまだ経験はないけど、告白にはそれ相応のムードや場所のような環境が必要で、そこに私は必要ないはずだからだ。


『……なんだかこっちはうまく行きそうだね、アンジェリカ』

『ええ、そうですわね。ただ……なんだか嫌な予感がするのです』

『嫌な予感……?』

『はい。ここまでの話からアリスガワ様とキシノ様が両想いなのは明白で、そこに誰かが介入する余地はありません。ですが、スドウ様がキシノ様に好意を寄せている事もまた間違いないのです』

『あ……』


 アンジェリカの言う通りだ。有栖川先輩が想いを伝えてしまえば済むと思っていたけど、須藤さんが岸野先輩にアタックしているのは変わらない。

つまり、須藤さんの件もどうにかしないと、二人にとってのハッピーエンドは訪れないという事になるんだ。

そんな事を考えていたその時、屋上のドアが開く音が聞こえ、その音に私が驚いていると、私達の目の前に予想していなかった人物が現れた。


「え……」

「す、須藤さん……」

「ふふ……岸野先輩、こんにちは」


 教室にいたはずの須藤さんが現れた事に私と有栖川先輩が驚いていたが、岸野先輩は変わらない調子で須藤さんに話しかけた。


「須藤さんか。すまないが、今日は先約があるんだ」

「ああ、お昼ならもう食べたので大丈夫ですよ。それより……この前の件って考えてくれました?」

「この前の……」

「件……?」

「ああ、須藤さんから俺の事が好きだから付き合って欲しいと言われていたんだ。須藤さん、その気持ちは嬉しいが、別に君と付き合う気はない。俺には達成すべき目標もあるし、これからも支えたい相手がいるからな」

「岸野君……」


 岸野先輩のまっすぐな言葉に有栖川先輩が嬉しそうな様子を見せ、これなら大丈夫そうだと思っていたが、それに対して須藤さんが余裕そうな笑みを浮かべたその時、私は何かを忘れているような気がした。


『あれ……?』

『梨花、どうかしたのですか?』

『いや……アンジェリカからすれば、有栖川先輩がアリスで岸野先輩はネイトなんだよね?』

『そうですが……』

『それで須藤さんがドローレス……ネイトルートとハーレムルートでドローレスがネイトから好意を持たれるようになったのは……』


 その瞬間、私は忘れていたのが何かを思い出した。


『そうだ……! ネイトがドローレスに好意を持たれるようになったのは、モンスターに襲われるイベントだけじゃなかった!』

『それ以外にも何かあったのですか?』

『うん、あるよ。え、それじゃあ須藤さんの余裕の理由ってまさか……!?』


 嫌な予感を覚えながら須藤さんに視線を向けると、須藤さんは少し残念そうな顔をしながら岸野先輩に話しかけた。


「そうですか……でも、その目標を達成するために一緒に頑張れる相手がいるなら、その相手と一緒に努力したいと思えますよね?」

「それはそうだが……」

「それなら話は簡単ですね」


 須藤さんの嬉しそうな笑みを見て、私が次に出てくる言葉を予想していると、予想していた通りの言葉が須藤さんの口から出てきた。


「岸野先輩、私が岸野先輩に勝てたら付き合ってくれますか?」

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