第18話 悪役令嬢の挑戦

 やられた。須藤さんの言葉を聞いて私は思った。

須藤さんが『花刻』をやっているかはわからないから、その結論に辿り着いたのはたぶん偶然だ。だけど、アンジェリカが言うように岸野先輩とネイトが似ているならこの提案は効果覿面だ。

何故なら、ネイトは勝負を挑まれたら断れないタイプであり、私が思い出したイベントもドローレスがネイトに勝負を挑み、それに勝つ事でネイトからの好感度をグーンと上げる物だったから。

私が嫌な予感を覚え、有栖川先輩が何を言っているんだという顔をする中、岸野先輩は表情を変えずに須藤さんの事をまっすぐに見る。


「……勝負か。なにで勝負をしようと言うんだ?」

「岸野先輩、お家が剣道の道場でお父様が道場主さんなんですよね? それで、そのお父様に勝つ事と道場を継ぐ事を目標にしている」

「……そうだが、まさか剣道で勝負をしようと言うのか?」

「はい。私はこれまで剣道の経験は無いですが、もしもそんな私が勝てたら岸野先輩からしたら私を特訓相手する事で今よりも強くなる事が出来る。そしてもしかしたらもっと早く目標を達成出来る。そう思いませんか?」

「な、何言ってるのよ……剣道の経験がない貴女が岸野君に勝てるなんて──」

「俺もそう思う。だが、もしも本当にそうなったら、特訓相手を頼みたいと思うだろうな」

「岸野君……」


 岸野先輩の言葉に有栖川先輩は表情を暗くする。有栖川先輩達の言う通り、未経験の須藤さんが道場主の息子さんである岸野先輩に勝てるとは思えない。

だけど、『花刻』でも条件は同じだった。ドローレスは剣術の経験はまったくない状態で、ネイトに勝負を挑んで勝ってしまい、それがきっかけでネイトはドローレスに興味を持つ。

あの勝負自体は、魔法の使用もありだった上に私達プレイヤーが操作していた物だし、勝利のきっかけもネイトが前日に特訓をし過ぎた事で万全の体調じゃなかったけど、同じように岸野先輩が練習のし過ぎで負ける事もあり得ない話じゃないんだ。

そんな事を考え、どうしたら良いかと考えていたその時、アンジェリカは静かにため息をついた。


『……仕方ありませんわね。梨花、少し変わってもらえますか?』

『え、良いけど……突然どうしたの?』

『少々考えがありますから。という事で、ここからは私に任せなさい』

『……うん、わかった。それじゃあお願い、アンジェリカ』

『ええ、任されましたわ』


 アンジェリカの返事を聞いた後、私達はこっそり入れ替わった。そして、アンジェリカが私の体を動かせるようになると、アンジェリカはお弁当の蓋を閉めてからスッと立ち上がり、その様子に三人の視線がアンジェリカに集中した。


「安寿さん……?」

「あれ、安寿さんどうかしたの?」

「……ええ、なんだか面白そうな話をしていたから少し混ざろうかと思って。それで、貴女は岸野先輩に未経験である剣道で勝負を挑み、それに勝ったら特訓相手兼恋人になりたい、そう言ったわね?」

「そうだけど……」

「その勝負はいつやろうとしているのかしら? 未経験ならば少しは練習期間も設けたいのでしょう?」

「そうだね……それなら一ヶ月もらいたいかな。一ヶ月もらえたら私も満足──」


 その瞬間、アンジェリカは須藤さんの言葉を遮るように大きくため息をついた。


「……一ヶ月、ですって? 何を甘い事を言っているのかしらね」

「……甘い事を言ってるつもりはないよ。それでも少しは期間を短く設定してるから」

「つもりはなくとも言っている事は甘々ね。あのろくでなし兄弟に四六時中甘やかされてるからそんなに甘いのかしら。聞いてるこっちが胸焼けしそうなくらい甘いわ」

「…………」

「岸野先輩、良かったら私も貴方に挑戦をしても良いですか? もちろん、同じく剣道で」

「え……あ、安寿さん……?」

「……別に構わないが、剣道の経験は?」

「ありません。ですが……岸野先輩ももう三年生ですから、あまり時間を取らせるわけにはいきません。なので……」


 アンジェリカは余裕そうな笑みを浮かべると、上品な雰囲気を漂わせながら静かに口を開いた。


「一週間。一週間の練習期間で貴方を倒してみせます」

『え……』

「……え、安寿さん……貴女、正気なの?」

「いやいや、私でも一ヶ月は欲しいって言ってるのに一週間は流石に無茶だよ?」

「……俺も同感だ。安寿さん、変に張り合おうなんてしなくても──」

「張り合う? 私が? ふふっ、冗談は止してください。そもそもあのへっぽこ兄弟のような男らしさのない人達しか尻尾を振らせられないスドウさんなど眼中にありません。それに、勝った際に私が求めるのは貴方の特訓相手や恋人の座などではありませんので」

「それじゃあ何なんだ?」


 岸野先輩からの問いかけにアンジェリカは余裕そうな笑みを崩さずに答える。


「簡単な事です。必ず週に一度は有栖川先輩と昼食を食べ、休日にはお出掛けをしてもらう。それだけです」

「私と……」

「それは構わないが……それでは君に得が無いんじゃないか?」

「そうだよ。せっかく勝ったのに他人の事ばかりなんて安寿さんの方が甘々じゃないの?」

「たしかに私に得がないように思えますが、別にそれでも構わないんです。これは私をお昼ごはんに誘ってくれた有栖川先輩としっかりと話をしてくれた岸野先輩へのお礼のような物でもあり、私自身が成長するためのチャンスでもありますから。それで、岸野先輩はどうしますか? 後輩が発した世迷言としてこの挑戦をしても無駄だと判断しますか?」


 アンジェリカの声は静かだったけど、明らかに岸野先輩の事を挑発しており、それを感じ取った岸野先輩は真剣な表情で首を横に振った。


「……いや、その挑戦を受けよう」

「き、岸野君……!?」

「ほ、本気ですか……!?」

「本気だ。ここまで言われて逃げるわけにもいかないというのもあるが、せっかく申し込まれた勝負を断るのも安寿さんに失礼だ。だが、異性であり後輩だとしても手は抜かないぞ?」

「ええ、もちろん。手を抜こうものならば、その翌日から岸野先輩は女相手では本気を出せない腰抜けとして校内で有名になりますからそのつもりでお願いします」

「ああ、わかった。因みに、須藤さんはどうする? もし君も挑戦をしたいと言うならもちろん受けてたつが……」


 岸野先輩の言葉に須藤さんは一瞬考えた後、少し悔しそうに首を横に振る。


「……やっぱり止めておきます。もしも安寿さんが本当に一週間で勝っちゃったら、その後にやった私が一ヶ月もかけたのがなんだか恥ずかしくなりますから。自分から言っておいて本当にすみません」

「いや、大丈夫だ。挑戦したいという気持ちとこんな俺でも好きになってくれようとした気持ちは嬉しかったからな」

「……岸野先輩は優しすぎますね」

「ん、そうか?」

「はい。それじゃあ私はそろそろ行きますね。安寿さん、一応言っておいてあげるけど、頑張ってね」

「ええ、どうもありがとう、須藤さん」


 アンジェリカの言葉に須藤さんはそっぽを向いた後、そのまま屋上を去っていき、その場には勝負に向けて静かに闘志を燃やす岸野先輩と突然の出来事に困惑する有栖川先輩、そしてアンジェリカと私が残された。


『ねえ……須藤さんの計画は阻止出来たけど、本当に一週間で勝つつもりなの?』

『ええ、もちろん。勝てないと思って勝負など挑みませんから。それで、勝負の際は私が出ますか? それとも貴女が出ますか?』

『……それなら私が出るよ。この体は私の物だし、アンジェリカが言ったようにこれは私が成長する良い機会だからね』

『……わかりました。自信が無さそうならば私が出るところでしたが、これならば問題はありませんね。では、次の目標は剣道の勝負に勝ち、心身ともに成長する事にしましょうか』

『うん!』


 正直な事を言えば、自信がある訳じゃない。でも、須藤さんの計画は阻止出来ている上に有栖川先輩と岸野先輩の関係を進展させる方法をアンジェリカが出してくれたんだ。

だったら、私はそれをちゃんと成功させないといけない。それが私が未来へ進むためにやるべき事だし、少し不器用な有栖川先輩を応援したいから。

まだ少し不安が残る中、私は有栖川先輩と岸野先輩の二人が一緒にお弁当を食べたり出掛けたりする姿を想像しながら静かにやる気を高めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る