第16話 屋上の昼食会

「え……き、岸野先輩もですか……?」

「ああ、有栖川はそれをよく思わないのはさっきからの反応でわかるが、安寿さんからの質問に答えるなら今の方が都合が良いからな」

「あ……なるほど。えっと、私は良いですけど……有栖川先輩はどうですか?」


 有栖川先輩に訊くと、先輩は怒りと悲しみを堪えたような顔をしていたけれど、そのままの表情で頷いた。


「……私も別に良いわ。誘った私がこのままいなくなるわけにもいかないし、安寿さんからの質問に答えるって言うなら岸野君を出てかせるわけにもいかないから」

「……そうか。すまないな、有栖川」

「……謝らなくて良い。ほら、昼休みも終わっちゃうから早くしましょ」


 有栖川先輩の雰囲気がピリッとした物になる中、私達は頷いてから屋上の入り口で陰になっているところに座り、いただきますと言ってからそれぞれ弁当箱を開けた。

今日の私のお弁当はおかずの容器とご飯の容器が分かれた小さな二段重ねの物なため、ご飯が入ってる方を開けてみると、白いご飯の上に鶏肉と玉子のそぼろが載っていて、おかずの方にはそれぞれ色の違うトレーに入れられた肉巻きポテトや一口サイズのコールスローサラダ、そして小さな春巻きが入っていた。

このお弁当の内容は私が好きな組み合わせであり、初めてこの組み合わせになった時に私がまたこのお弁当が食べたいと言った事で、一ヶ月に一回はこの組み合わせにしてくれていて、この中身を見ただけで口許が綻ぶようになった。


「……うん、今日も美味しそう」

「……あら、安寿さんのお弁当はそういう感じなのね。なんだか和風な物が多いイメージになっていたから、少し意外だったわ」

「和風な物も好きですけど、小さい頃から合気道を習っていたので、少ない量でもちゃんと栄養やエネルギーを補給出来る物をお母さんが選んでくれていたんです。それに、この組み合わせは私が一番好きな組み合わせですから」

「なるほどね」

「有栖川先輩と岸野先輩のお弁当も……なんだか彩りが豊かで見ていて楽しくなりますね」


 有栖川先輩のお弁当は半分がふりかけが載った白いご飯でもう片方はカニカマやひじきが入った三種類程の玉子焼きやホウレン草のおひたしなどが入っていて、岸野先輩の少し大きめなお弁当には鶏の唐揚げや里芋の煮物などのおかずが赤い梅干しが中心に載った白いご飯と半分に仕切られて入っていた。

思えば、こうして誰かのお弁当を見る機会もなく、偶然とはいえその機会に恵まれている事に嬉しさを感じていると、有栖川先輩は自分のお弁当を見ながら微笑む。


「私が玉子焼きが好きだから母さんがいつも何種類か入れてくれてるのよ。岸野君の方も昔から好きな物を何種類かローテーションで入れてもらっているみたい」

「有栖川の家みたいに彩りを考えても良いが、俺はガッツリ食べる方が好きだからな。それにしても……よくその事を覚えていたな。言ったのは一年生の頃だったはずだが……」

「……なんだかんだで覚えていただけ。ほら、私の事なんて良いから、早く安寿さんの質問に答えてあげなさいよ」

「ああ、その約束だったからな。だが、その前に一つだけ訊いておきたいんだが……良いか?」

「はい、良いですけど……なんですか?」


 突然の事に戸惑いながらも答えた私は岸野先輩の口から出てきた言葉に驚く事になった。


「……二人とも、俺が須藤さんを好きだという話を誰から聞いたんだ? 別に俺は須藤さんに対して恋愛感情などないんだが……」

「……え?」

「は……?」

「たしかに須藤さんは可愛らしいとは思うし、昼食に誘われて行く事もある。だが、俺からすればそれだけだ。別に須藤さんに恋をしているというつもりはない」

「え……でも、有栖川先輩は岸野先輩が須藤さんの事が好きになってるようだって言ってましたし、岸野先輩も須藤さんが申し訳なさそうにするから、生徒会の時以外はあまり近寄らないでくれって言ったんですよね?」

「たしかに言ったが、それは案内をした後に何かと須藤さんが俺のところに来る事が多くなっていて、有栖川がその時に近くにいると申し訳なさそうにしていてなんだかこちらが悪いような気がするからだ。それに、有栖川も須藤さんが近くにいると、少し不機嫌そうになっていたし、二人を会わせないようにするならそれしかないなと思ってな」

「そ、それじゃあ……須藤さんが近くにいなかったら……?」

「別に来てくれて構わなかったし、有栖川とは生徒会の事以外でも話したかったんだが……あまりにも須藤さんが来る機会が多かったし、昼食や下校に誘われる事もあったから、誘うに誘えなかった。だから、ここで待つ事にしたんだ。安寿さんの件も聞きたかったが、ここなら転校してまだ数ヵ月の須藤さんも中々来ないと思ったしな」

「え、えー……」


 話をまとめると、岸野先輩が須藤さんの事を好きになってるというのは有栖川先輩の早とちりで、岸野先輩の言葉も少々足りなかった事で有栖川先輩は無駄にやきもきしていた事になるようだった。


『……なんと言うか、不器用なお二人ですのね』

『……だね。アリスとネイトもこうだったの?』

『ええ、貴女も知っているようにネイト様は騎士団長であるお父様の後を継ぐ事に熱心になっていましたし、寡黙な方でもありましたから、お話をするのはあまり得意じゃありませんでした。

なので、アリス様は度々ネイト様に怒っていらっしゃったのですが、貴女の言うネイト様のルートやハーレムルート、そして私の記憶にある状況はそれに嫌気が差してしまったからなのかもしれませんね』

『だね。というか、この状況ってもしかして……』

『……そうですわね。アリスガワ様からすればだいぶ……』


 私とアンジェリカが嫌な予感を感じていると、有栖川先輩の肩がプルプルと震え出し、それを見た岸野先輩は不思議そうに首を傾げる。


「有栖川、夏なのに寒いのか?」

「……違うわよ」

「それじゃあ何故肩を震わせているんだ?」


 岸野先輩がそう訊くのを聞いて、私がそれを訊くかなと思い、アンジェリカが呆れたようにため息をついていると、有栖川先輩はお弁当を私に渡してからスッと立ち上がり、不思議そうにしている岸野先輩を見下ろしてから大きく息を吸った。


「……それくらいわかりなさいよ、この……朴念仁ぼくねんじんー!!」


 有栖川先輩の気合いの入った声は屋上に響き渡った。因みに、後で聞いた話だと有栖川先輩達の教室にもこの声は聞こえていたらしく、クラスメートの人達はその声でなんとなく状況を察して揃って苦笑いを浮かべていたらしい。

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