第15話 崩れるイメージと意外な待ち人

 昼休み、私が四時間目の授業の教科書やノートを片付けていた時、ふと視線を感じて周囲を見回した。

すると、クラスメート達が私を見ながらこそこそと話しており、それに対して疑問を持っていると、アンジェリカがため息混じりに話しかけてきた。


『……貴女は気付いていなかったようですが、この教室に入ってきた朝から貴女は注目されていましたよ?』

『え……あ、もしかして有栖川先輩と登校してきたからかな』

『それか昨日の件が既に知れ渡っているか。あの時体を動かしていたのは私ですが、傍目から見れば貴女が強気な態度で男子を街中で張り飛ばし、その後に公開説教を行った事になりますからね。

貴女にそのイメージがなかったクラスの方々からすれば、信じられない事ですし、貴女に対して抱いていたイメージも崩れたはずですから』

『たしかに……』

『因みにヘイタ様も……ほら、少々貴女に対して警戒しているようですわよ?』

『どれどれ……』


 アンジェリカに言われて平太に視線を向けると、私に対して怒りと憎しみの視線を向けていたけれど、昨日の件がだいぶ堪えているのか腰は引けており、その姿が滑稽に見えてクスリと笑ってしまった。


『平太が私を怖がってるなんてなんか不思議。なんだか胸がスッとするね』

『貴女からすればヘイタ様は恋心を抱く相手でしたが、スドウ様に身も心も捧げた後は散々暴言を吐かれた相手ですからね。ですが、これで満足してはいけません。

普段から構う必要はありませんが、必要な時にはしっかりと貴女の強さを見せて差し上げなさい。そうしていく内に立ち向かう気すら失うはずですから』

『うん、そうだね。さて……お昼は有栖川先輩と約束してるけど、たしか教室まで迎えに来るって言ってたよね?』

『そうでしたわね』


 アンジェリカと会話をしていたその時、廊下が騒がしくなり、教室の入り口に視線を向けると、そこにはハンカチに包まれたお弁当箱を持った有栖川先輩の姿があった。

クラスメート達は不思議そうに有栖川先輩を見ていたが、有栖川先輩はその視線すら気にしていない様子でどっしりと立っており、その姿に今朝の登校中の落ち込んでいる姿とは全く違う印象を受けた。


『流石は生徒会長……視線を向けられるのは慣れっこみたいだね』

『そのようですわね。さて……それでは参りましょうか。待たせてしまうのは無礼にあたりますから』

『うん』


 アンジェリカの言葉に答えてから有栖川先輩の元へ向けて歩いていくと、平太と須藤さんを含めたクラスメート達の視線は有栖川先輩と私に向けられ、私が目の前で止まると、有栖川先輩はにこりと笑う。


「お待たせ、安寿さん。それじゃあ行きましょうか」

「はい」


 有栖川先輩の言葉に返事をし、有栖川先輩の後に続いて歩き始めると、廊下にいた生徒達は有栖川先輩と一緒に歩いている私を見てクラスメート達と同様にこそこそと話を始め、その様子に有栖川先輩は少し申し訳なさそうな顔をする。


「なんだかごめんなさいね。私が岸野君や生徒会役員以外と歩く事ってあまり無いから、他の生徒達からは珍しく見えるみたいなのよ」

「あ、大丈夫です。でも、有栖川先輩は視線を向けられるのは慣れっこなんですね」

「まあ、生徒会長として何度も全校生徒や先生方の前に立ってきているからね。続けていれば嫌でも視線を向けられるのに慣れるわ」

「そうなんですね。ところで、どこへ向かっているんですか?」

「屋上よ。本当は生徒会室でも良いかなと思ったけど、今日は良いお天気だからね」

「屋上……そういえば、生徒達が入れるように開放されているのに入った事が全然無いです」

「機会がなかったら中々来ないわよね。でも、屋上に出て風にあたったりポカポカとしたお日様の暖かさを感じながらうとうとするのは気持ちいいわよ?」

「たしかにそれは気持ち良さそうですね」


 有栖川先輩の言葉に返事をしながら私は有栖川先輩もそういう事をするんだなと思っていた。でも、有栖川先輩も生徒会長として疲れている事は多いだろうし、たまにはそういう時間が欲しいと思うんだろう。

そんな事を考えながら歩く事数分、階段を上がって屋上に出てみると、そこには有栖川先輩のようにハンカチで包まれたお弁当箱を持った一人の男子生徒がおり、その姿に有栖川先輩の表情は固まった。


「き、岸野君……」

「……ああ、有栖川か」


 有栖川先輩の姿に気付いた岸野先輩が近づいてくる中、私はこっそり有栖川先輩に話しかけた。


「岸野先輩って……副会長さんですよね……?」

「……そう。それと同時に私の屋上仲間よ。さっき言ったような事を私は岸野君と一緒にしていたの」

「そうだったんですか……」


 それなら岸野先輩がここにいるのはおかしい事じゃない。でも、岸野先輩は須藤さんに好意を抱いているはずだ。それなら教室に行って須藤さんにお昼を一緒に食べないか誘いに来てもおかしくないのにここに岸野先輩がいる。これは一体どういう事なんだろう。

そんな疑問が頭の中に浮かぶ中、岸野先輩は有栖川先輩の目の前で止まると、ふと私に視線を向け、少し驚いた様子を見せた。


「もしかして、君は安寿梨花さんか?」

「そうですけど……どうして私の名前を?」

「……どうやら君は知らないようだが、君の名前はだいぶ生徒達の間に浸透しているんだ。昨日さくじつ、街中で絡んできたクラスメートの男子にビンタをし、衆人環視の中で説教をして、これまで他の生徒とあまり一緒にいなかった有栖川と一緒に登校してきた生徒だとね」

「……その話、教室でクラスメート達が話してるのを聞いたけど本当なの?」

「本当です。自分の弟と一緒に何の罪もない中学生の男の子に詰め寄って、その上、その子を助けようとした私の肩を掴もうとしたので身の程を知ってもらいました。

弟共々須藤さんに魅了されて、幼馴染みの私に対して暴言を吐いたり体の関係を強制しようとしたどうしようもない男でしたので」

「……そう。まあ、自分から手を上げるのはあまり褒められた事じゃないけど、人を助けようとしたのは素晴らしいと思うわ。ただ、安寿さんに対して抱いていたイメージは結構変わったけどね」


 有栖川先輩は苦笑いを浮かべた後、岸野先輩へ視線を戻す。


「それで、君はどうしてここにいるの? こういう言い方をするのは感じ悪いと思うけど、私と一緒にいるのが嫌なくらい須藤さんが好きなら教室まで誘いに行ったらどう?」

「…………」

「まあ、他の生徒と一緒にいたようだし、誘いに行っても断られるのがオチでしょうけどね」

「俺がここにいたのは、有栖川が安寿さんを連れてここに来ると思っていたからだ。一緒に登校してくるくらいの仲なら、昼飯に誘っていてもおかしくないし、今日は良い天気だからここにくる可能性が高かったからな」

「……そこまでわかってるくせにどうして私の気持ちには気付けないのよ……」

「有栖川先輩……あの、岸野先輩はどうして須藤さんが好きになったんですか? 有栖川先輩からは須藤さんから学校案内を頼まれたのがきっかけだと聞いたんですが……」


 その瞬間、有栖川先輩は俯きながら表情を強張らせ、岸野先輩はそれを見てから私に視線を戻し、予想していなかった言葉を言った。


「安寿さん、俺も二人の昼食会に混ぜてはくれないか?」

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