決済

 自転車で事故を起こしたあと、よくないと分かったのは頭だけじゃない。しばらく学校を休んでいたら、すっかり学校に行く気がなくなってしまった。

 親は心配してしまって、だったらしばらく学校を休むか、と言い始めた。本当は学年も上がって、進学のことを気にしないといけない時期なんだけど、急に具合が悪くなった犬に優しくするみたいになってきたので、俺は素直に従った。

 そういえば、猫のハチもガンでなくなった。長生きする動物に、ほんと人間は優しい。人間が人間に接するより全然優しいと思う。

 そうなると、昼間に表に出るのはなんか恥ずかしくて、近くの公園に行くのはもっと恥ずかしかった。俺の家は公園が近くで、近所の親子が遊びに来る声がよく聞こえてくる。そうすると、なんか学校の「関係者以外立ち入り禁止」と同じ感じで、公園にも入りづらくなる。学校に行かないでずっと家にいるのも苦しいけど、昼間に出かけるのはもっと嫌だから、自然と外出は夜になる。

 でも夜中にコンビニあたりをウロウロするのはもっと嫌だ。

 だから、近くの公園とは別の、町内のもっと奥にある公園に散歩に出かける。俺の家の近くにあるのが第二公園で、奥にある方が第一公園。それで、第一公園のちょうど手前のあたりに、自販機が置いてある。第一公園まではそこそこ距離があるので、ここでジュースを買って帰る、このルートで歩くのが、しばらくの日課になっていた。


 ただこの日は、先に人がいた。

 白い帽子をかぶった子供だ。

 自販機前でウロウロして、ジュースが欲しいんだろうな、と思った。ほとんど目的が一緒だから、俺でも分かった。これがもし大人がたばこを吸いに出てきたとかなら、逃げていたと思う。俺と同じでうろついている子供だから、気にせず自販機の方へ行った。

 ところが、その子供は駆け寄ってきて、俺のジャージの裾をつかんできたんだ。

 そういえば一人きりで夜の公園に子供がいるのはおかしい。それを言ったら俺もおかしいんだけども。

 俺は何も言わずに、代わりに飲み物を選ばせた。子供は、買い方が分からなかったのか、お金を持ってきてなかったのかは知らない。ボタンを押してやって、電子マネーで支払いする。すると飲み物が下の取り出し口に落ちてくる。

 白い帽子の子供は、それをじっくり見ていた。

 まだ少し寒いけど、取り出し口から冷たいグレープジュースを取り出すと、俺の足に何度かジュースを押し当ててきた。なにか不思議な感じがする。

 俺は辺りを見回した。多分、子供の親がいるんじゃないかと思った。けど、そんな姿はどこにもない。それで足元を見ると、子供が俺の足のボタンを押しているところだった。足の細い取り出し口から、砂地にジュースが転がり落ちる。子供はそのもう一本を持って公園を走っていく。

 なにか――

 何かが体内から出てきたという感覚なんかなかった。ただ触られた足元を見たら、そうなっていた。穴は開いていなかった。塞がってもいない。そりゃそうだ。最初から開いていないんだから。

 こうやって書いてみてもさっぱり分からないけど、そうなったとしか言いようがない。

 仕方ないから、炭酸水を買って帰った。

 そのあと、家で足を調べてみたが、体が自販機になっているなんてことはなかった。でも、その日は体に穴が開いてるんじゃないかと思ってずっと足を擦っていた。それで気づいたんだけども、あの子は結局お金を払ってないんだ。俺が電子マネーで払ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る