普通にできない
@moyo
初期設定
冬だった。
自転車で一カ月の間に何度も何度も事故を起こして、ついに人をぶっとばしてしまい、花とケーキを持たされて謝りに行った一週間くらいあと、俺は親に連れられて病院で検査することになった。
自転車の事故は人にぶつかったやつだけではなく、俺がガードレールや電柱に正面衝突したやつもあった。あらゆる謎激突を繰り返したため、こいつ何かおかしな病気にでもかかっているんじゃないか、と疑われ始めたのだ。
医者の先生はいろんな機械で調べてくれた。スマホからベルトまであらゆる金属を外して、変なぐるぐる回るやつに入ったり、光がチカチカするやつとかを付けたり、とにかく色々調べたが、何も悪いところは出なかった。そうなると先生もムキになって、「(こんな事故を起こす症状を出しておいて)何も出ないはずがない」と一生懸命調べてくれた。その結果、俺はやっぱり頭に病気を抱えていることがわかり、朝晩に、謎の薬を飲むことになった。
医者の先生って不思議な職業だ。
ノーマルというか、通常状態の俺のことはまったく聞かないのに、何かおかしなところはないか、「症状」は出てないかと聞いてくる。でも俺は、そもそも自覚症状もないのに事故を起こしてしまった。要はヤバいやつだ。それをなんとか調べて病気にしてくれたのだが、自覚なんかあるわけがない。
だから、普通ですとか、特に何も感じないとかいって、切り抜ける。あとは血液検査。血を抜き取って、体がどれくらい壊れているか確かめた。
その薬を初めて飲んだときに、妙なことが起きた。
なんというか、目の前が一瞬だけ真っ白になって、それから「言語を選択してください」っていう画面が空に現れた。
画面は、画面としか言いようがない。紙でもないし、電子画面でもない。紙の手触り感のないスケッチブック? めちゃくちゃきれいな薄い白い石板? それがうろーっと俺の周りを浮いて、漂っている。
薬をもらう時、こういうことが起きるとは説明されなかったので、俺は薬の説明書を取り出して、読んでみた。なにか妄想というか、頭がおかしくなったり、幻覚が見えることがあるんだろうか。
注意書きに書いてあったのは、飲むと眠くなりやすいということだった。
(これ夢かもしれない。)
俺はそう思って、画面に手を伸ばし、言語選択をしようと試みた。こういう画面は何度かやった覚えがあるし、第一、相手は俺を「日本語が使える」と分かって相手してきている。夢の中だと思うと気が楽になって、あまり驚かないのだ。
ところがその画面は俺の手からすり抜けると、自動的に別の画面に切り替わってしまった。何の言語が選択されたのか――まったく読めない。やべえ、なんかやっちまったかな、と思っていると、画面は勝手に消えてしまった。ソファの上に寝転がったまま、あとには出しっぱなしにしていたゲーム機が転がっている。学校を休んで遊んでいたので、しまわないとまずい。
最初は薬がヤバいんじゃないかと思っていたんだが、後からだんだん、俺がおかしくて、薬と合わな過ぎてこうなってしまったような気がしてきた。
ただ、落ち着いてみるとそれも違う気がする。
医者の先生は病気の俺に合わせて薬を出した。それが効いているなら、もともとの俺が相当壊れていた。たまたまそれが出てきただけなのだ。……適当に理由をつけてみたが、全然違うような気もする。
画面が消えてしまうと、なんだか気が抜けてしまった。
それでずうっとぼーっとして、暗い部屋でじっとしていると、親が帰ってきて「何、電気も点けずに」と笑った。薬のせい、薬のせいと返したけど、自分でも本当に何も片づけていなくてびっくりした。
今のところ、二度目の画面は出てきていない。
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