第6話:幼馴染の思い1
私が彼、長谷川遥斗と知り合ったのは小学三年生のころだった。親の都合で転校してきた転校先の学校でたまたま同じクラスになったのだ。
第一印象は大人びている。それだけで、私のほうから遊びに誘ったりすることはないだろう。そう思っていた。問題なく人間関係も築けて彼のことは教室にいる同級生程度にしか思っていなかった。
そんなある日だった。学校の給食費がなくなる事件が起きた。無くなったのは昼休みの間。みんなが運動場に出て遊んでいる時間だったこともあり、目撃者もいなかった。みんな席に座らされて、机の中身を確認指定作業が行われた。
何もやましいことはない。次の授業の準備でもしておこうと思ったその時だった。あるはずのない紙の束が手に触れた。一瞬、頭が真っ白になる。なんでこんなところに?怒られる。私じゃないのに。まとまらない考えが頭をめぐりつつも、もしかしたら違うのではないかと取り出してみたがそんな期待は淡く散ることになった。
『給食費』と書かれた封筒の束が私の手にはあった。どうすればいいのか。周りを見渡すと、一角のグループの女子だけにやにやしているのが目に入った。たしか、学校で一番かわいいともてはやされていた女の子とその取り巻きだっただろうか。後に、遥斗から聞いた結論からいうのであれば、彼女らが、給食費を集めて先生の机に提出する手筈になっていたのを、提出したふりをして私の机の中に入れたというのが結末だったわけだけれど。この時の私は、そんなことなど知るはずもなく、誰かに助けを求めて視線を泳がせた。その時たまたま遥斗と目が合った。何かを察したのか遥斗は急に立ち上がると、
「先生、僕この教室にずっといたんですけど、竹内さんが秦野さんからまだ回収できてないからって、秦野さんの机の中に入れているのを見たのですが、先生は秦野さんから封筒を受け取りはしたのですか?」
その言葉竹内さんと呼ばれた女の子は、先ほどとは打って変わって引きつった表情を浮かべていた。
「そうなのか?秦野?それなら早く出しておいてくれよ。手に握ってるじゃないか。ごめんな転校して来て早々に、犯人探しみたいなことしちゃって。」
今思えば、おおよそ先生も事態を把握していたのかもしれない。状況をうまくまとめて、その状況を収めた。
その後は、竹内さんから謝罪も何もなかったが、先生がこの件について叱ってくれたのか、ほかの要因があったのか、それ以上何もされることはなかった。後になって遥斗から聞いた話によれば、自分へのクラスの関心が少なくなって気に食わなかったそうだ。
それからだ。遥斗のそばにいるようになったのは。彼は、基本的には不干渉で周りとは自分から進んで接することはないが、私のように困った人がいれば、手助けをしてくれる優しい人だった。だから、彼はあまり騒がれていなかったが人気はあった。給食費の一件があって以降、私が近くにいたこともあり、告白する女の子こそいなかったけれど。付き合うとかそんなことは考えてはいなかったが、こんな優しい人とずっと近くにいられればそんなにいいだろう。そんな気持ちをずっと抱えていた。
その気持ちに転機が訪れたのは、中学生のころだった。中学に上がってから遥斗は、疲弊した表情をよく浮かべるようになった。
「一番にならなきゃ。」
よくそう言ってたのを覚えている。最初は、小学校のころから成績の良かった遥斗らしいな。と思ってみていたのだけれど、疲弊した表所が言えることはどんどん少なくなっていった。
そんなある日のことだった。遥斗が体育の授業中に倒れる事故が起きた。今思えば当然のことだったのかもしれない。張りつめ続けた糸をさらに引っ張り続けているようなものだったのだから、いつかは切れてしまって当たり前だったのだ。
保健室のベットの横、遥斗の手を握りしめたままずっと考えていた。何が彼をそうさせたのか。
それからしばらくたって遥斗を迎えに来たのは、遥斗のお母さんだった。保健室に入ってきたときの第一声は、
「あらあら。」
だったのは今でも覚えている。面識はそれまでにもあったが、手を握っている場面なんか見えられてしまったのだ。かなり恥ずかしかった。その羞恥が落ち着き、遥斗が起きるのを待っている間に、私は、遥斗のお母さんになぜ遥斗はこうなったのかを聞いた。
「遥斗は、お父さんの期待に応えようと努力しているのよ。学年トップとまではいかないけれど、学年上位の成績では、いつもあの人は、遥斗に向かって努力が足りないといって、怒鳴るの。これ以上この子がどう努力すればあの子に認めてもらえるのか、私には分からないわ。」
そう言った遥斗のお母さんの表情はかなり暗かった。きっと、遥斗にもこれ以上努力しなくてもいいんじゃないのか。と言葉をかけたのだろう。でも遥斗は、報われるかもわからないお父さんに褒めてもらいたいという思いで、努力をやめることができない。
きっと私でも止めることはできないんだろう。だから、この時に決めたのだ。仮に遥斗のお父さんに遥斗が認められなかろうと、私は遥斗を認めると。
一番になれない僕たちは 天塚春夏 @sarashigure
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