第5話:見送り

side:遥斗

 家に帰って計画通り麻婆豆腐を作り終えた僕たちは、30分くらいでそれらを平らげた。時計を見ると7時を回っているところだった。

「お前そろそろ帰らなくていいのか?」

「え、もうそんな時間?・・・ほんとだ。そろそろ帰らないとだね。」

「送っていくよ。」

 さすがに夏で日が落ちきていないとはいえこの時間に女子高生を一人で家に帰らせるのは気が引けるというものだ。

「いつもごめんね。」

「そう思うんなら、もう少しうちに来る頻度を減らしてくれたらうれしいんだけどな。」

 そう少しだけ皮肉を含めて彼女に苦言をぶつけると、佐夜は苦笑いを浮かべて

「それは難しいよ。なんだかんだ言っても遥斗は優しいから、ご飯も作ってくれるし自然ときちゃうんだよ。」

 そういうのだった。

「それにしても。」

 家を出てしばらくしたころ、佐夜がそう切り出した。

「遥斗のお父さんはいったい何を考えてるんだろうね。家事もできて、勉強もできて、気配りもできる。そんな遥斗の何が不満なんだか。まぁ、私は数回しか顔を合わせたことないから性格なんて分からないんだけどさ。」

「・・・父さんは一番じゃないと気に食わないんだよ。」

 今回、家を追い出されたのは当たり前の話だが、いきなり父さんが癇癪を起したからとかそういうことでない。

 勉強やスポーツにおいて僕は、努力をすればある程度の成果を収めることはできていた。勉強なら進学校のうちの学校で10位以内は入れていたし、スポーツなら全国にまでは行けずとも、話題に上がる程度には活躍して見せた。でも父さんは、それでは満足してくれなかった。

『一番出ないと意味がない。』

 まるで呪いのようについ最近まで僕を追い立てていたその言葉は、父がいつも口にしていた言葉だ。

「僕にもっと才能があれば結果は変わったかもしれないけどね。それか、僕の努力の仕方が足りなかったのかもしれないし。」

「冗談言わないでよ。遥斗一体一日に何時間勉強してた?」

「ん?家の勉強だけなら10時間程度だよ。」

「休みの日に?」

「いや、平日だよ。学校始まる前と、終わった後。」

 その言葉を聞いて佐夜は顔をしかめた。

「それ以上一体を頑張るっていうのよ?」

 確かに、僕も自分のできうる限りの努力はしたつもりだった。僕一人なら、父さんは諦めてくれていたかもしれない。でも違った。翔は、弟だけは。

「あいつだけは、人並みの努力で僕を超えて行っちゃったからなぁ。」

 翔ができているんだから遥斗にできないわけがない。父さんはいつの日からだったかそういうようになった。中学の頃は口には出さなかったけれど、翔と兄弟じゃなければ、と思うことも一度や二度ではなかった。それでも兄としてきちんと接してあげれたのは、翔が僕を兄として尊敬してくれていたからなんだろう。

 でも父はそうじゃなかったわけだ。結果を残すための道具としてみるのであれば、僕はどこまでも翔に劣っているのだから。

「一つしかいらないなら、そりゃ高品質な方を残すよね。」

 そういうと、佐夜は何も言わなくなってしまった。

「まぁ、こんな話いいじゃん。終わったことなんだからさ。それよりも、明日の課題忘れずにやっておけよ?」

 暗い雰囲気はあまり好きになれない。憂鬱になるから。無理やり話題を振ると、佐夜も同じだったのか、話題に乗っかってきた。

「そんな忘れるわけないでしょ!!」

 そんなしょうもない日常会話をして残りの半分の帰路を僕らは歩いたのだった。

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