第3話:買い物

 「お邪魔しまーす。」

 一人暮らしを始めてからもう何度目かになる、その声を後ろから聞きながら扉を開ける。

俺も誰かが迎えてくれるわけではないのだが、

「ただいま。」

 とだけ言って中に入る。一人暮らしをする前は、翔が先に帰ってきていることがあったからその癖だろう。

「ご飯を食べていくとは言ったけど、家に何もないぞ。」

「またまたー。作り置きとかいつもしてるじゃない。」

「毎度言ってる気がするが、それは明日の分とかであって佐夜のために作っているわけではないから、勝手に食べられると困るんだけど。」

 佐夜は、俺の作った料理をいたく気に入っているようで、よく作り置きしている料理をしれっと食べている。こうやって家を訪ねてきたときは、別で用意してあげているというのにだ。

「とりあえず、近くのスーパーに買い物に行かないか?ほんとに作り置きしているもの以外今日は食材がないんだ。」

「私は、それでも全然かまわないんだけどね。」

「いいわけあるか。」

 そんな、ホイホイと作り置きを食われてたまるものか。あれは自分の時間を確保するために毎週土曜日に夜なべをして作ってるんだから。

軽くため息をはき、佐夜を家の外に追いやる。

「カバンだけ置いたらすぐ行くから待っておいてくれ。」

「えー。」

 少し不服そうな佐夜を横目に僕は、そのに出るために軽い準備を済ませるのだった。

・・・

 スーパーへ向かうと、平日とはいえ夕方だったのもあるのか結構にぎわっていた。

「今日は何にするの?」

「むしろ何を食べたいか決めているから、今日は来たものだと持ってたんだけどな。」

 後ろをついてきていた佐夜にそんなことを言いながら、店内を見て回る。・・・豆腐が安いし麻婆豆腐でもしようかな。そんなことを考えていた時だった。

「兄さん。珍しいね。こんな時間に買い物なんて。」

 しばらく前まではよく聞きなれていた声が、俺の後ろで聞こえた。

「翔。」

 同じ高校の制服を着た弟が立っていた。

「お前も買い物か。・・・ってそうか。今は家事は全部翔がしてるんだったな。」

「そうだね。」

「俺が追い出されなかったら、そんな大変な思いしなくてよかったのに。ごめんな。」

 もともと、追い出される前は俺と弟で交代制で家事をやっていた。・・・というより、弟は掃除を、俺が炊事をやっていた。それを俺がいなくなったから、全部弟がやることになったのであろう。

「そんな。兄さんは夜中まで勉強したりしてたし、あの合間に炊事してくれてたんだから、ありがたいなとは思ってはいたけど、やってくれなくなったからってそんな責めたりなんてしないよ。」

 優しい言葉をかけてくれる、翔。ほんとよくできた弟と思う。気遣いもできて、人並みの努力もできて、羨ましいと何度思ったかわからない。

 努力しているのに、横に完璧超人とはいかないまでも、手の届かないところに至っている人間がいるっていうのはある意味苦痛だった。

「それに、兄さんを追い出したあの人が悪いんだから。」

「っえ?」

 一瞬見たことないほど、鋭い目をしたように見えた翔に驚きの声を上げ、もう一度顔をみたが普段通り穏やかな顔をしていた。

 翔が父さんのことを悪く言うことなど一度もなかったのに、どうしたというのかという困惑は残ったが。

「また、僕も兄さんの料理食べたいから今度家を教えてもらっていいかな?父さん。兄さんには合わせたくないみたいで住所とか全く教えてくれなかったんだよ。」

父さんは昔からそういう人だったのを思い出した。小学生の頃も、

「あの子は成績が悪いから関わるのをやめなさい。」

 とか平気で言う人だった。その『成績の悪い人』に僕も入ったのだと思うと、少し胸の内が重くなった。

「わかった。今度スマホにでも住所送っておくよ。」

「絶対だよ?・・・それじゃあ僕はもう帰るんね。二人の邪魔になっちゃだめだし。」

「ちょっと!翔君、私に一言も話しかけてこないと思ったら、最後にからかっていくのはおねーさんどうかと思うなぁ!」

 それまでずっと黙っていた佐夜が抗議の声を上げたのをみて、軽い笑い声をあげながら翔は去っていった。

「全く。困っちゃうよね翔君は。」

「昔から姉のように慕ってたんだ。からかうくらい大目に見てあげてくれ。」

「別に怒ってないからいいよ。」

 そういいながらにこやかに笑う佐夜をつれて、買い物を再開するのだった。

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