第1話:家の都合なので

 高校二年生になった夏、もうすぐ夏休みに差し掛かるころ。先生の話を話半分に聞きながら、僕は机に突っ伏して日の光を満喫していた。

 いや、満喫というのはすこし語弊があるかもしれない。暑すぎる。春先はよかったがいかんせんこの時期の窓際は地獄と化す。照りつける太陽はのどかな温もりではなく、鉄板の上にでもいるのではないかというような暑さを提供してくる。

 カーテンを閉めれば良い話ではあるのだが、いかんせん窓際でこれを独断でやると文句が留まらなかったりするわけだ。

 かといってわざわざ伏せた顔を上げてまで先生に閉めて良いかと確認するのもめんどくさいわけで、、、

「アッツ、、、」

「ほぉ?私の授業で眠りこけそうになっているだけでなく、暑いなどと堂々と言うやからがいるとはなぁ?長谷川?」

 名字を呼ばれ反応して顔を上げると、しかめっ面した若い好青年っぽい先生が仁王立ちしていた。

 ここは窓際で後ろの席だし聞こえないかと思っていたのが甘かったらしい。

「すいません。あんまり暑いものだからつい。」

 苦笑を浮かべながら、愛想が良いように勤めて謝罪すると先生は呆れたようにため息をついて、

「もう高校の二年の夏だぞ?志望校も決めてみんな気を引き締めようとしてる時期だ。暑いのを我慢しろとはいわないが、あまり気の抜けたようなことをするな。そういうのは伝染するものだから。」

「はい。わかりました。」

 素直に返事をした僕に、軽く頷いて授業に戻ろうとする先生だったが、

「あぁ、そうだ。それで思い出した。長谷川はあとで職員室にきてくれ。」

 すこし足を止めてそう言ったのだった。

 その後、授業は滞りなく終わり放課後へと突入した。冷房もついてない部屋で六時間近くも授業をさせられるのは、もうある意味拷問ではなかろうか?

 もういっそ、先生の呼び出しを忘れた振りをして帰ってしまおうか。いやでも、授業を止めてしまった手前ここで帰ってしまうと感じが悪い生徒一直線だ。

 そんなことを考えながら、職員室まで行くと冷たい風が僕の事を迎え入れてくれた。

「お?長谷川来たか。早かったな。」

「もう帰るだけですからね。・・・そんなことより職員室に冷房ついてるなら教室にもつかないんですか?」

「つけるかどうかの話しは出てはいるが、最速でもお前らが卒業したあとだろうなぁ。」

 気だるげに椅子に座り先生はそう返してきた。お役所仕事というかなんというか。決定してからでも行動まで移すのが遅い。

「まぁ、そんな顔するなよ。全教室につけるとなったら笑えない金がかかるからそうホイホイと付けれないんだよ。」

 どうやら顔に出ていたらしい。ごもっともなことを言われてしまい言い返すことができなくなった僕に、さて、と前置きをして本題を切り出してきた。

「お前、就職するって書いてたけど本気か?おまえの成績なら国立高校に普通に入学できるレベルだが。」

「家の都合もありますから。」

 この時期だから、進路の話を避けては通れないことは分かっているが放っておいてほしい。

「家の都合とはいうが、おまえの家の親御さんは、医者だったかなんだったかで、金に困ってるわけではないだろう。成績を納得できないわけでもないだろうに・・・。」

 その成績で就職しなければならない事態に陥っていると知ったら、この人はどんな顔をするんだろうか?

「・・・。」

「まぁ、こんどまた聞くから気が変わったらすぐにでも言ってくれ。準備もあるからな。」

 なにも言わない僕をみて、これ以上何を言っても変わらないと思ったのだろう。先生は僕から視線をはずすと、もうこれ以上話すことはないから帰って良い。と言って書類の確認を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る