仲良し - 2
-家は恋しくなる?もう結構離れてるよね。
「家?私らに家はないよ。もっとも、陸に上がれたり、水中でも呼吸できるんなら違うやろけど」
彼女は家が恋しくなるタイプではないだろうとは予想していたけど、まさか、家そのものがないなんて。すると、人魚達が海中に大きなお城を建てて、その中で暮らしていたあの映画には大いに嘘をつかれていたわけだ。
あれ、でも前に海中でも呼吸出来る種族は居るとかなんとか言ってたっけ。
-映画でさ、人魚達がお城を構えてそこで生活してるのを見たんだけどさ、あれは間違いなの?
「種族によってはしてるらしいよ。私たちは海中で呼吸が出来ないから、家を構えられないだけでさ」
地上人にも色んな人種があるように、人魚にも色々人種?があって、それぞれの暮らしがあるようだ。ただ、地上人のそれよりもバリエーションが豊かで、大変そうに見える。
-家族はどんななの?群れって、みんな君の家族なの?
「そやな。私らの種族は結構少数で群れるし、みんな家族って場合が殆どやな。私の家族は、ママと、弟妹がいっぱい。私、一番上のお姉ちゃんなんよ」
-あれ?お父さんは?
「私らの場合は群れにパパが残る方が少ないかなぁ。うちの場合は子供が特別多くなっちゃって、半分くらいはパパが引き取ってったから、向こうも向こうで群れになっとるけど。たまーに会うし、
僕らの世界の常識では計れない世界がまたもひょっこりと顔を出してくる。当たり前になりつつあって、驚きももう大分減ってるけど。
けど。またも僕の予想を超えていそうな話が紛れ込んでいた気がする。まりん?やり取り?連絡は取れない前提でいたけど、話を聞く限り、出来なくないようにも聞こえる。
-家族には、連絡出来るの?てか、してるの?
「あー…スマホ落としちゃったから今は無理やね」
―え、スマホ?そんなものが、人魚の中で普及してんの。
「うん、スマホ。ここ最近の話だけどね。でも今はもう、私らくらいの歳の子は、持ってないほうが少ないかな」
…なんてことだ。ファンタジーや伝承だけの存在だと思っていた人魚たちは、スマートフォンなる文明の利器すら手に入れてしまっているらしい。外国のとある狩猟民族もスマートフォンを持っているとはテレビで見たことはあるが、まさか人魚までもが持っているとは思わなかった。
スマホでやり取りしてるなら、もしかして。僕のスマホにまりんは入っていなくても、通話くらいなら出来るかもしれない。
-僕の、貸そうか?
「ほんと!あ、でもさ、陸上で音波繋がるかな」
え、音波?電波じゃなくて?でも、確かに電波が海中を進めるのかと言われれば、相当疑問が残る。でも音波なら、ソナーにも使われているように、ある程度の距離なら通信出来るかもしれない。なるほど、海中で使えるように、独自の進化を遂げているわけだ。
-ごめん。本当にごめん。これ、音波では繋がらないです。
変に期待させてしまっただけ、彼女もショックだろう。だから僕は謝らずにはいられなくて。すると、
「あー…気にしやんでよ。もともと、連絡出来るなんて思ってないしさ」
なんてフォローをしてくれた。力になれるかもしれないと思っただけに、なんだか虚しい。
ところで、人魚たちのスマホってどんな代物なんだろ。大体僕が地上のことを彼女に教える事が多かった気がしてたから、たまには聞いてみてもいいのかな。
「なんか、聞きたそうな顔をしているね」
-バレちゃった?
「バレるもなにも。君、わかりやすく表情に出てくるんやもん」
時折、彼女はこちらの考えを見透かしたように話を振ってくると想ったけれど、僕ってそんなにわかりやすかったのか。
「でさ、なんやった?」
-海の中でも、スマホってあるんだって思って。それってさ、どんななの?
僕がそう言うと、彼女はあー、とでも良いたそうに口を開けて、なんだか答えづらそうにしていた。しばらくの後に、彼女は言葉を続けた。
「なんも特別なモンやないと思うに?音波で通信することを除けば、君らが使ってるのと、大差ないと思うけど」
特別なモンやない、わけないじゃないか。だって僕らは、地上と海中と、そもそも生きている世界が全然違うじゃないか。環境が変われば常識は変わる、そう気付かせてくれたのは、他でもなく君だ。だから、君の見ている世界が知りたくて、僕は必死に否定する。
-それでも、聞きたい。だって君は、僕にとって当たり前だった学校とかの話を、とても新鮮そうに聞いていたから。逆に君たちにとっての当たり前が、僕には新鮮に映るかも知れない。だから、聞きたい。
僕の期待に、彼女は他の人には内緒やに、と前置きながら答えてくれた。
聞く限りでは、大きさはそこまで変わらないものの、タッチパネルではなく、ボタンとホイールで操作するようだ。
通話機能について聞いてみたけどピンと来てなさそうだったので、説明を交えてみる。でも、そんな機能には全く心当たりがないと答えてくれた。僕たちのスマホは通話が出来るのが最も基本的な機能であることを教えたら驚いていた。
「そんなこと出来るんなら、遠くの友達といつでもどんなけでも喋ってられそうやな」
…女の子たちは、地上で過ごしていようと、海中で過ごしていようと、考える事に大差はないんだと、思い知らされもした。
他にもブログのようなものもあるようだけど、ほとんどが文字ばかりで彼女にとっては読みにくいらしい。でも、最近公開された
彼女の世界のスマホについて教えてもらったので、今度は僕の世界のスマホを見せてあげることにした。けれど、スマホを海に落としてしまったら、ひとたまりもない。
どうしようかと逡巡していると、彼女が手でちょっと離れてとジェスチャをする。何を目論んでいるのかと思いながら離れてみると、彼女は一瞬海に潜りこんでから、海面からぴょんと小さく跳ね上がった。そして両腕を足場に突っ張って、僕の座ってたところの隣に腰掛けた。
「おおー。ここまで回復したか。さすが私。タフだねえ」
-いや感心してる場合じゃないって!療養中の体に無茶をさせて怪我を酷くして、また暫く沖に…家族の元に戻れなくなったらどうするの。それに、日焼けは大丈夫なの。それも分かんないんでしょ。
つい、僕は声を荒らげてしまった。
「心配してくれるんや。まーでも、そこは自業自得ってことで。それにさ、療養期間が伸びても、その分だけ、君がかまってくれるやろ?」
-冬場は来ないからね。寒くて居られたもんじゃないし。
僕は本気で心配をしているのに、彼女ったら態度が軽くってありゃしない。事の重大さというか、どれだけ僕が心配してるのかとか、きっと分かってないんだろう。少々苛立ちながら、僕は悪態をついてしまった。
「あはは…ならもうこんなんはナシにするわ。でも今回だけ見逃して、お願い。こんな滅多とない機会をふいにしたないんよ」
そして、僕は彼女の隣にまで戻って、その筐体を彼女に見せてあげた。ボタンもホイールも無い事に驚いたのは予想通りだったけど、付けた画面がカラフルだった事にもすごく驚いていた。
他にも動作が早いとか、特にブラウジングの速度が比較にならないとか、画面を直接触るだけで動くとか、とにかくいろんな事に驚いていた。ほら、ね。全然違うでしょう?僕は、どことなく得意げになっていた。
僕達が僕のスマホに、さまざまな反応を見せる彼女に夢中になっているうちに、空の青は薄まっているのが見えた。
ああ、こんな時間になるなら、夕ご飯、弁当にして持って来ればよかったかもな。それはそれで彼女も珍しがりそうだし。次からはそうしようかな、とか、考えながら。僕は隣に座る彼女の横顔と、その後ろに広がる、夕日を照り返して煌々と輝く海を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます