知り合い - 2
学校は夏休みになり、僕は暇を持て余していた。人によっては部活に勤しんだり、バイトに入ったりしてるみたいだけれど。僕はそのどちらもすることなく、自宅でただのんびりと過ごす日々を送っていた。
あれから僕は、海辺を歩く時には波打ち際にいっぱいまで近づくようになった。そこに彼女が居たなら、「やっほ」って軽い挨拶とともに、また会える気がしていて。
菓子パンを頬張りながら浜辺を散歩していると、両腕をまっすぐ伸ばした何かが、浜辺に流がされてくるのが見えた。そんなユーモラスなことをするのがあるとすれば、思いつく限り一人?だけだ。
僕は食べかけの菓子パンを手に持ったまま、それの元へと駆け寄る。近づくなり、彼女はにわかにがぱっと顔を上げる。
「やっほ。ねね、何食べてんの?ちょっとちょーだい」
彼女は、僕の持っている菓子パンに興味を持ったらしい。彼女の好奇心には応えてあげたいけど、ペットに人間の食べ物を与えちゃいけないとはよく言われる。食性も根本から違うだろうし、ちょっぴり不安だ。
-人間の食べ物って、人魚が食べても大丈夫なんかな。
「気にし過ぎやって。お腹壊したら自業自得ってことにしとくからさ」
-わかったよ。でも、ちょっとだけだよ。
そう言って、僕は菓子パンの…真ん中のほうをすこしだけ千切り、彼女のほうへと差し出した。すると彼女は、その差し出された菓子パンを、それを掴んでいる僕の指ごと咥えこんでしまった。
彼女が笑うときによく見せる鋭い歯のことを思い出して、一瞬、マズイと思った。あんなに鋭い歯に噛みつかれたらひとたまりもない。僕のか細い指なんて、骨ごと容易に噛みちぎられてしまいかねない。さあっと、血の気が引いていく。
しかし、実際にはそんなことは起こらなかった。彼女は、噛む力を一切にも加えずに、ただふざけて甘噛みをしているようだった。やがて彼女の唇が僕の指を這いながら、指から離した菓子パンを攫っていった。
-脅かさないでよ、ホントに、もう。
彼女はばつの悪そうに肩を竦める。そんなに怒ってはいないけれど、表情の豊かな彼女の、ちょっと違う表情が見たくって。僕は悪戯心を働かせてみる。
-噛みちぎられてしまうかもって、思ったやんか。
そう聞こえるか聞こえないかくらいの声量でつぶやいて、あえて、押し黙ってみる。そして視線を、かぶりつかれた指に落とす。すると、彼女の表情はだんだんと陰がかってきて。
「あー…あはは。ごめんごめん、そんなびっくりさせるとは思わんかったんよ」
と前のように悪びれることもなく言っていたんだけど、それでも僕があえて押し黙り続けるものだから。
「ごめん。ちょっとふざけすぎた」
やがて彼女は、しょぼんと地面に視線を落としたままに謝ってきた。どうやら本気で反省をしているらしい。悪戯心を働かせた結果だけど、ここまでちゃんとしょぼくれられると、僕のほうもばつが悪い。
-いいよ、もう。それよりも、美味しい?
「うーん、美味しい。なんかぱさぱさ、もしゃもしゃするのも新鮮。地上人ってこんなもん食べてるんやな」
彼女は、本当にころころと表情が変わる。パンの感想を促してみたら、すぐさま顔を綻ばせて、うっとりとしたような表情になるのだから。こういうところ、本当に憎めないなって思う。
僕が菓子パンを食べ終わると、彼女はまた話をせがんできた。次に会う時には何を喋ろうか。そんなことを考えながら日々を送ってきたけど、特別なことなんてなにもない。ただ学校に行って、ただ授業を受けて、ただ家に帰って、勉強して。それの繰り返しだ。
それをそのままに言ってみると、彼女の顔には明らかで綺麗な?が描かれている。え。何か分からないことがあったのだろうか。ちょっと話を止めてみて、あえて聞いてみる。
-なんだか、不思議そうな顔してるね。
「うん。いや、
そこか。学校の存在が分からないのか。ここからでは校舎は見えないから、あれと指差すことも出来なくて。僕は砂浜に指先を這わせて、簡単な図を書いた。
-こんな感じの建物があってさ。ここに、生徒たちが集まって勉強するんよ。他にも部活動があったり、体育祭や文化祭なんかもあってさ。
学校のことを一つ一つ教えるたび、彼女目は輝きを増していく。たったこれだけのことなのに、興味津津に話を聞いてくる。とても新鮮なことに感じられた。
「でさ、どんくらいの人がそこに集まるんさ」
-うーん、うちだと一学年で三百人くらいだから…合計で九百人くらいかな。
「九百!?めっちゃ多いやん。私、百人超えて集まったことなん見たことないで。そんな人いっぱい来るんやったら、友達とか、いっぱい出来るんやろなー」
うっとりとした表情で、彼女は砂浜に書いた校舎を眺めている。きっと彼女が学校に通ったらば、クラスどころか、学年、いや、学校中の人気者になるのだろうな。愛嬌があって、明るくて、なんだか憎めなくて、そして人と関わることをとてもよく好む。
僕とはまるで正反対だ。ここでなら、彼女相手ならある程度晴れた気分で話していられるけど、学校での僕はまるで腫れ物だ。周りの奴らのくだらない話に辟易としながら、一人、教室の住みで鬱屈と過ごしている。向こうが関わる気がないから、僕もそれに合わせている。すると必然、僕の周りからは人が離れていくわけだ。
「君はどうなの、友達とかさ。三百人もおったら、何人かはおるんやない?」
だから、彼女のそんな質問に、期待に。こたえられるはずもなかった。変に答えたら、なんだか気を使われそうで。他の人はさておいて、彼女にそうされるのは、なんだか、嫌だ。
だから僕は、適当にはぐらかしてしまった。でも彼女は、その態度を見て、なにかを感じ取ったらしい。
「なにか悩みとか困ったこととかあったらさ、私も聞くからさ。なんでも話してよ。こう見えて私、十三年も生きてるお姉さんなんやから。多分力になれるよ」
そうやって胸を張る彼女は頼もしく見えた。のだけれど。
-…僕、十七歳なんだけど。
それを聞いた彼女は、目を見開いて驚いていた。
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