第4話

白雪と夕食を一緒に取る約束をすればとても喜んでくれた。泣き疲れたみたいだから、わたくしの寝室で休ませている。こっそり結界を作成したから、守りは万全よ。白雪は安心したのか、安らかに眠っている。


可愛いわ。王子が口付けしたくなるのも分かる。だけど、眠ってる女性の唇を奪うなんて……王子も調査が必要ね。


ビクビクしている使用人に、白雪とわたくしが一緒に食事をすると言えば驚かれた。


ついでに、使用人を試す。


「この国で一番高貴な女性は誰?」


「白雪姫様です!」


「よく分かってるじゃない。白雪と2人で食事をするから、普段白雪が食べてるものを出して」


「あの……それは……」


「白雪に聞けば分かるんだから、誤魔化したら許さないわよ。大丈夫、わたくしは慈悲深いから1回の失敗は許すわ」


「わ、分かりました!」


急いで仕事を終わらせて、白雪がまだ寝ている事を確認したら念入りに結界を作成して鏡に向き合う。


「鏡よ鏡、この国で一番高貴な女性は誰?」


「さっきまではアンタだったけど、今は白雪姫だ」


「宰相がちゃんと働いてくれてるみたいね。鏡よ鏡、わたくしの夫は今何をしてるかしら?」


「机に突っ伏して、ブツブツと言いながら死んだ妻の事を考えてる」


「……ふぅん。2年前からずっと?」


「ああ。会話するのは宰相だけだ。宰相と話すのも、週に一度だけ。だから宰相はストレスでどんどん髪の毛がなくなってる」


「あの人、苦労してたのね。鏡よ鏡、宰相はこの国を乗っ取ろうと考えてるかしら?」


「んな大それた事は考えてねぇな。けど、パッと現れたアンタが実権を握るのは嫌だと思ってた」


「過去形?」


「アンタが髪の毛で買収したから、すっかり女王様を信頼してるよ。宰相は白雪姫を大事に思ってたからな。白雪姫を溺愛するアンタなら大丈夫だろうって判断したようだぜ」


「なるほどね。だったらなんで白雪はあんなに冷遇されてるの?」


「父親のせいだな」


「国王?」


「ああ、白雪の父親でアンタの夫でもある国王は、白雪の食事を粗食にしろって命令したんだよ。だから国王は白雪を嫌ってると思ってる使用人が大半だ」


「姫の食事を豪華にしろなら分かるけど、飢饉でもないのに粗食にしろって意味不明だわ。白雪は病気なの?」


「前は確かに身体が弱かったから、粗食にしろってのも分かるが今は健康体だ。栄養が足りてねぇな。料理長も色々工夫はしてるけど、王命には逆らえないから出来る事は限られてる。前の王妃は元々身体が弱かったんだけど、白雪姫がそれ以上に弱かったからな。子どもを守ろうと必死で生きてたんだ。白雪姫が生まれてなきゃ、もっと早くに死んでた」


「なるほどね。ところで鏡、今日は饒舌ね」


聞いてない事まで教えてくれるなんて、初めてじゃないかしら。


「色んな質問をされるから気分が良いんだよ。前はなんでも聞いてくれたのに、ここに来てからは世界で一番美しいのは誰? しか聞かねぇんだもん。つまんなかったぜ」


「あら、それはごめんなさい。ようやく決まった婚姻で夫と会ったのは結婚式だけなんて許せなかったの」


「アンタが魔女って事を知ってる奴は知ってるから、まともな縁談は無かったもんなぁ。それにしたって今回の結婚は大外れだ」


「白雪の母になれたからチャラで良いわ。多少の事は我慢しようと思ってたけど、目も合わせないし初夜もなし。結構、病んでたと思う」


「最近のアンタ、すげぇ魔女っぽかったもんな」


「魔女ってバレたら白雪に嫌われるかしら?」


「安心しな。今のところ、この国でアンタが魔女だって知ってんのは宰相だけだ。宰相も誰にも言うつもりはないみたいだぜ。けど、白雪姫ならアンタが魔女でも嫌ったりしねぇんじゃないか?」


「……本当?」


急に、鏡が輝いた。そして目の前にとてつもなく美しい男が立っていた。こんな美形、前世でもこの世界でも見た事がないわ。


そんなイケメンはわたくしの髪を掬い、口付けして微笑んだ。


「鏡?」


「ああ、アンタの鏡だ。なぁ、なんでそんなに可愛らしくなっちまったんだ? 今までとは明らかに違う。アンタは、誰だ?」


「あら? 鏡にも分からない事があるの?」


「俺に分からない事はなかった。けど、なぜかアンタの事は分からない」


「ふぅん。きっとわたくしが前世の記憶を持ってるせいね」


「前世?」


「わたくしは、今の人生を生きる前に他の世界で別の人生を送ったの。その時の記憶があるのよ」


「じゃあ、さっき記憶が戻ったって事か?」


「そうよ。わたくしは、童話の白雪姫の悪役。最後は焼けた靴を穿かされて処刑されるわ」


「アンタの世界ではこの世界は童話として描かれてたって訳か。にしても、焼けた靴を穿かされて処刑って……えぐっ! そんな処刑方法やる国なんて……ああ、あそこならありそうだな」


「心当たりある?」


「ああ、あるな。あの国やべーんだよ。まだ13歳くらいの王子が死体愛好家でさぁ」


「まさか……白雪姫の王子って……」


わたくしは、知ってる限りの白雪姫のストーリーを鏡に話した。


「……あー……年齢とかは分からねーよな?」


「そうね。童話だしそこまで描写されてないわ。しかも、内容も色々なパターンがあるのよ。わたくしが鉄の靴を穿かされるっていうのも一部の本に載ってるだけで、子ども向けのお話では王子様に助けられてめでたしめでたしで終わってるし」


「それなのに、なんでそんな詳しいんだよ」


「童話って実は残酷なんだよって本が流行ってたのよね。それを読んだの。白雪姫以外にも色々あったわ。口伝で伝えられてきた物語が元になってるから、結構パターンがたくさんあるのよ。面白くなって、色々読んだわ」


「うわ。そんな本読むなんて、前世でも残忍だったのかよ」


「そんな事ないわよ! 前世では平和主義な電話相談員だったんですからね!」


「電話相談員ってなんだよ。まぁ良い。アンタはこれからどうしたい?」


「白雪を守るわ。そんな危ない王子に渡すもんですか!」


「相手にしてくんない夫はもう良いのか?」


「良くないわ! 白雪をネグレクトしたんですもの。絶対に許さない」


「……ネグレクトの意味は後で聞くとして……夫に愛されたいとか、そんなのはねぇのかよ。さっきまでは、どうやれば愛されるのかって悩んでたじゃねぇか。美容に良いって事は散々試してたしよぉ」


「可愛い白雪を放置するような男にわたくしの愛を与えるなんて、勿体無いわ。わたくしは白雪を気に入ったの。今後は白雪の幸せが最優先事項よ!」


「ははっ、そうか。やっぱりアンタは変わらねぇなぁ」


なぜか、鏡は嬉しそうに笑って聞いてもいない事をたくさん教えてくれた。おかげで、今後の対策が立てやすくなったわ。しばらくすると、白雪がわたくしを呼ぶ声がした。


「俺は鏡に戻る。またなんでも聞いてくれ。全部教えてやるから」


そう言って微笑む鏡はとても美しかった。でも、白雪の美しさには負けるわね。

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