第2話 どうして、男性型アンドロイドなの!?
礼子の父智が連れてきたアンドロイドは男性型だった。
容姿は、礼子よりは2、3歳年上といった感じだろう。
智より背が高い、長身で黒髪の青年。
彼は、誰とも目を合わせずにうつむいていた。
「どうして、男性型のアンドロイドなの!?」
悲鳴にも似た礼子の声が室内に響き渡り、窓辺に飾ってあるテラリウムの緑の葉が楽しそうに揺れている。
智は、何が問題なのかわからないかのように「そのほうが、違和感がないかと思ったんだけど?」と言った。
確かに倒れた人間を軽々と担ぎ上げるような場面があれば、それは女性型よりは男性型の方が違和感は少ないかもしれない。
しかし、礼子もここで引き下がるわけにはいかなかった。
長い髪を振りながら父に抗議する。
「だからって、男の
このところ、一日中ベッドで過ごすことの多い礼子にとって、視界に男性の姿が入るのは正直恥ずかしいし落ち着かない。
なにより、彼女は同じ年頃の男の子と話したことなどないのに、
「でも、シンはいい子だよ?」
智は、そんな乙女心を知ってか知らずか造作もないように言う。
「そういう問題じゃないの!」
智は、ニコニコしながら何も言わずに、
(なんで父さんの足取りはあんなに軽いのよ!! わたしのことだましたんだ。許せない!)
礼子は頬をぷうと頬を膨らませた。
★
怒りがおさまって来ると、
大きな窓から入る
彼女の部屋は、白で統一されたシンプルなもので、ぬいぐるみのひとつもない。
いや、持っていないわけではなかったが入れ替わり立ち代り雇われた家政婦らに子供扱いされたくないがために片付けてしまったのだ。
今、部屋にあるのは、出窓にあるテラリウムと壁面書架と机くらいだ。
テラリウムとはバレーボールほどのガラス容器の中に土や
その容器の中で、苔やシダ、アイビーといった様々な観葉植物が伸びやかに葉を広げている様子を見るのが礼子の楽しみだ。
本棚は彼女のこだわりから電子図書ではなく、紙で出来たアナログの本が所狭しとひしめき合っていた。
下段の方には、
ソフトの多くは礼子が好きな植物や動物の映像だ。
満員御礼の本棚から室内に目を移せば、
しかも、そのアンドロイド青年の服装は全身黒ずくめで、白く明るい部屋と対照的でひときわ目立つ。
黒いハイネックのシャツに、黒いズボン。
よく見ればそれは、宇宙軍士官学校の支給品だと分かっただろうが礼子は気が付かなかった。
そんなことよりも、長身の男性が部屋に立っている居心地の悪さに頭を抱えていた。
ベッドに座りながら眉を寄せ困り果てている礼子と、その傍らに無表情で立ちつくす青年。
智が去ってから、この奇妙な光景が続いていた。
★
礼子は、とりあえず上から下まで
艶のある黒髪。やや長めの前髪に隠れた涼し気な黒い瞳。
整った顔立ちだというのに、口は硬く引き結ばれ、開く気配は微塵もない。
彼は、部屋へ入ってからと言うもの、一度も礼子の方を向こうとしなかった。
ただ、床を見つめ黙っている。
なにか現実世界と一線置いている、もしくは見えないベールに包まれているような違和感が彼にはあった。
(それをのぞけば、結構かっこいいし、どこからどう見ても人間にしか見えない……)
礼子が不躾に穴の開くほど見つめても、
礼子は、彼が何か行動を起こすのではないかと様子を伺っていた。
しかし、しばらくそうしていても、ただ時間が過ぎるだけ。
その様子は、礼子のお気に入りの
レアリテは、まるで生きているように動く映像だが触れることはできない。
このアンドロイドは、触れることはできるのにまるで生きている気配がしない。
(なんだか、気味が悪い……)
重い沈黙が流れる。
先に耐えられなくなったのは、礼子の方だった。
(自分で言ったことだもの仕方ない。このままほっておいてもいなくなる気配はないし、話し相手になるか確認してみよう。ダメなら、命令して追い出せばいいし)
礼子は大きくため息をつくと、意を決して声をかけてみた。
「あなた本当にアンドロイドなの?」
渋々声を掛けたが、返事は返ってこなかった。
「ねぇ、聞こえないの!?」
さらに大きな声を出したが、何の反応もない。
ただ、彼は虚ろに視線を足元に落とすのみだった。
(音声認識ができないの? それとも言語認識が悪いの?
何が、アカデミア製の
壊れてるんじゃない??)
礼子は、呆れかえった。それが、通り過ぎると無性に腹が立った。
(アンドロイドなんかに無視されてたまるものですか! わたしは、人間なのよ!)
「ちょっと、なんとか言ったらどうなの!?」
礼子は背もたれ代わりにしていた枕を投げつけた。
思いっきり投げたつもりだったが、彼女の腕力では
枕は、
無表情であったが、その瞳は暗い色を漂わせているように見えた。
(暗闇を手探りで彷徨う人よう……)
吸い込まれそうな彼の黒い目を見て、不意に礼子は真夜中に光のない部屋で目が覚め怖くて泣いたこと思い出した。
明日はこないかもしれない……。病気で何もできない自分など、この世界に必要ない……。壊れた心臓を抱え何もできず、打ちひしがれながら長い長い夜を震えながら朝日が差し込むのを待ち続けた日のことを。
(なんてこと、アンドロイドのくせにわたしと似てるんだ……)
礼子は、それに気づき息をのむ。
(違う、わたしは人間よ。こんな人形とは違う。
負けたくない、自分がアンドロイドより価値がない人間だなんて思いたくない)
少女は挑むように、アンドロイドを睨んだ。
「やっと、わたしの存在を認識したみたいね。あなたの名前は? 認識名称を言いなさい!」
使ったこともない命令口調は、優越感などもたらしてはくれなかった。
替わりに、言い知れぬ寂しさが湧いてくる。
アンドロイドを睨む視界が次第ににじむ。
(人形相手にムキになってバカみたい……)
アンドロイドはその礼子の姿をただ見つめて黙っている。
決して彼女の命令を無視しているわけではない。
なぜ目の前の少女が自分に命令をしているのか、なぜ泣きそうなのかを把握するのに時間がかかっているだけなのだ。
それが分からない礼子は、こぼれそうな涙を目をきつくつぶることで堪えた。
その時、アンドロイドがはじめて返事をした。
「……シン」
それは彼の名前だった。
小さい声であったが、その声は礼子の耳に心地よく沁みた。
(アンドロイドの声ってもっと、硬くて冷たいものかと思ってた)
彼女は、パッと顔を上げてシンを見つめた。
「わたしは礼子。あなたの
礼子の頬が安堵で緩んだ。
「レイコ……」
シンは、彼女の名前を静かに復唱した。
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