壊れたアンドロイドに気が付いたら恋をしていた件

天城らん

第1話 お父さん、過保護すぎます!


「わたしのお手伝いのためのアンドロイドぉ!?」


 苦い薬を無理やり飲まされたような嫌な顔をしたのはベッドの上で体を起こす少女だった。


 流れるような黒髪に、意思の強そうな瞳。

 色白と言うには少々白すぎる肌は、心臓の病のためあまり外へ出られないせいであったが、その淡雪のような肌に撫子色の淡いピンクの唇が映え、愛らしい日本人形のようだ。

 歳は15歳。小柄な体つきのせいか、年齢よりも幼く見えた。


「礼子。そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃないかぁ」


 頼りなげに反論したのは、彼女の父親。

 白と薄い水色の清潔感のある研究所の制服姿。胸にかかる所属を表すプレートには『所長 篠原 さとる』と書いてあった。

 彼は、この月都市ルナ・シティで義肢研究所を営む科学者だ。


 義肢というのは、事故や病気などで失った体の部分を補う機械のことで、一般に「セイバー」と呼ばれ普及している。


 義肢セイバーは22世紀の初頭からロボット製作の技術との相乗効果で飛躍的に進歩し、今は多くの人の生活を支える医療器械である。

 脳から出る神経伝達の信号を電子的な数値に置き換え、義肢機械セイバーに伝えることで人間の意思どおりに動く。

 篠原技術研究所は、この義肢セイバー製作で最先端を行く。

 地球で『シノハラ』の揺ぎ無い信頼を築きブランドを広めたのは、ほかならぬ礼子の父親だった。


「お父さん、わたしもう子供じゃないのよ。誰かに面倒見てもらうなんて絶対イヤ! しかも、アンドロイド? 冗談じゃないわ」


 一人娘の礼子は、頬を膨らまして怒ったが、智は娘の頭を撫でてやりながら穏やかに諭した。


「病気なんだから、もっと周りに甘えてもていいんだぞ?」


「もう、十分甘えさせてもらったわ。夢だった地球の研究所を他人に頼んでまで、わたしと一緒に月に来てくれた。お父さんは、わたしに甘すぎる……。もうほっといて!」


 強い口調とは裏腹に、彼女は父親から視線をそらした。


 口を引き結び奥歯をかみ締めて涙を堪えているようにも見える娘の様子を、智は黙って見つめていた。

 礼子が強がりを言うのは、自分の存在が周囲に惑をかけていると思い悩んでいるからだと、娘のことを妻が他界したあと男手一つで大切に育てて来た彼にはよくわかっていた。


 心臓が悪い礼子のことを、誰も迷惑だなどと思っていない。

 研究所の所員も小さい頃から礼子のことを知っている。

 発病する以前、幼かった礼子はよく所内を走り回りいたずらして歩き怒られたものだ。


 しかし、ちょっと生意気で寂しがりやの彼女のことを、みな娘や妹のようにわかいいと思っていたのだ。

 ただ、心臓の病気で自由に出歩けなくなってしまった今、礼子自身がその気持ちに答えられるだけのものを何も持っていないことをもどかしく思っていることも事実だった。


(わたしは、父さんたちの足を引っ張ってるだけだ……)


 そう思うと、礼子は自分の存在がいらないような気さえしてきて苛立つのだった。



「礼子、確かに地球より軽いGというこの環境はお前の体にいい。けれども、それだけのために月に来たわけではない。

 父さんが月都市ルナ・シティに研究所を移すことを決めたのは、ここが研究都市として盛んだからだ。それに、1Gや日常生活においてのセイバーの研究は基本が出来てきたから地球のスタッフにゆだねても心配ない。それより、私は1G以外、例えば月の6分の1Gという環境や宇宙空間での活動に耐えられるような義肢セイバー研究をしたいと思っているんだ。他にも月大学アカデミア・ルナでの客員教授の話もあってな、ここに来るのはいいことばかりだったんだぞ」


「でも……」


「お前が心配するようなことは何もない。安心して手術を受けていいんだよ」


 礼子は、父がやさしくしてくれるほど自分の存在を疎ましく思った。


(手術は怖い。治るような気がしない。だって、わたしは病気であってもなくても無力で誰の役にも立たないから……)


 少女はうつむいて、自分の手を爪が白くなるほどきつく握り締めた。



 ★



「それより、礼子!」


 彼女の心の内など見通している智は、場を明るくしようと大きな声を出しわざとらしく両手を広げた。


「アンドロイドだぞ!」


 しかし、それは芝居だけではなかったようで智の目はキランと輝いていた。

 そんな父の姿に、礼子はめまいを感じた。

 こういう目をする父を止められるものなどいないことを知っているからだ。

 機械バカ、専門バカといえばわかるだろうか?

 義肢セイバーのことだけではなく、こと機械マシンやそれにまつわる技術のことならなんでも夢中になってしまうのだ。


「お手伝いの人を雇っても気を使うだろ。その点、アンドロイドならいいだろう~? な? な? 」


 頭を抱える礼子をよそに、父はいかにアンドロイドがすごいものなのか一人で語っている。




 礼子が今までお手伝いさん何人かクビにしたのにはそれなりのわけがあった。


 別に礼子は、なにからなにまで人の手を借りなければいけないということはない。

 激しい運動さえしなければ、外へ出歩いても問題はないのだ。


 ただ、もしもそういった場合に一人でいて発作で動けなくなったら礼子は人を呼ぶことも自分で薬を取り出すのさえ困難になる。


 彼女の左腕には、銀色のブレスレットがあったがそれは体に異常があったときに医療センターへ知らせるための通信機器でであった。

 それだけでは、不安に思う智の希望で人をやとっているのだ。


 だから、礼子としてはあまり病人を扱うように接しては欲しくなかった。

 まして、子供の世話をやく母親のような人がお手伝いなどうっとうしいほどこの上ないと思っていた。


 うっとうしいというと、礼子がわがままを言っているようにも聞こえるがそうとばかりもいえなかった。

 三人変わったお手伝いさんは、『将』を射んとすればとばかりに礼子を必要以上に構ったのだ。

 将とは、もちろん篠原智=礼子の父親だ。


 智本人は生涯一研究者のつもりだが、世間はセイバーの普及で莫大な財産を築き上げた資産家として見ている。


 しかも、母親は病気で他界して十数年。


 さらに、男手一つで育てた娘も病の床となっていれば、心細くなっていると踏んで金持ちの後妻の座を狙った女ばかりが礼子の世話にやって来たのだった。


 礼子は、大きくため息を吐く。


(確かに、義肢セイバー業界での『シノハラ』ブランドは70パーセントのシェアを誇る大企業よ。父さんは、お金もあるし真面目だし、40過ぎって言っても黙っていたらわかんないくらい若作りだし……。おいしい物件だとは思うわよ。本人にその気はないみたいだけどね)



「父さんの言っているアンドロイドって、人間と同じように心をもった人格形成型人工頭脳パートナー・ブレインを搭載したやつのことでしょ? そんな夢みたいな人工頭脳ができたなんて話はまだ聞かないわ」


 アンドロイドの『ボディ』の開発は義肢セイバーの技術からも分かるように完璧に近い形で出来ているが、それを動かすだけの中身である『人工頭脳』はまだ開発段階とされていることを礼子は指摘しているのだ。


「そうだろうとも! しかし、今回篠原技術研究所と月大学コスモアカデミア・ルナの合同製作で完成したんだよ!」


月大学コスモアカデミア・ルナなら、惑星開拓するのに人工知能搭載型の宇宙船やアンドロイドを積極的に作ってるって聞くわね……。確かに、人工知能ブレインの製作では地球より数段ルナの方が進んでるかもしれないけど……」


「既に、この月都市ルナ・シティの環境調整、主に酸素供給や気温、雨量調整も『ホープ』と言う人工頭脳がやっているんだ。まぁ、ホープの場合は、感情機能は抑え目につけてあるらしいけどな」


「へえ~」


「まぁ、その人工頭脳を搭載した人型の機械を作りたいと要請があって、うちも協力したというわけだ」


「うちだったら、人型の機械を作る技術は十分にあるわね。とりわけ動作に関してなら人間の体の替わりになる機械だもの、他所とは比べ物にならない。全身義体フルセイバーももうすぐ完成するんでしょ?」


「ああ、そうだよ」



 礼子は、機械のことに関しての知識はなかったが父の作る義肢セイバーのすごさはよく知っていた。


 亡くなった礼子の母も、礼子が生まれる前に病気で片足を切断し、智の作った義足を使っていたそうだが、礼子はその事実を母が亡くなるまで知らなかったのだ。


 彼女の母親は礼子に似て、色白で髪の長い女性だった。


 趣味は、社交ダンスで智とともによくワルツを踊っている姿を礼子は覚えている。

 礼子の母親が気に入っていた薄い水色のドレスは、くるりと回ると美しいドレープを描きまるで水の女神のようだと思っていたのだ。


 そのドレスから覗く足は、すらりとして実に自然なステップを刻んでいた。

 足の不自由さ、不自然さなど一度も目にしたことがなかった。

 智の作った義足セイバーが、彼女の足そのものだったからだ。



 もし、森で生活するキコリが使い慣れた斧を湖に落としたら?


 それは女神がくれると言う金の斧より、銀の斧より価値がある。


 篠原智という人は、そのまさに金でも銀でもない『普通の斧』を見事に再現できる技術者だ。


 ―――過不足なく、その人が求めているその物を提供する。


 それが、篠原技術研究所の目標であった。



 ★



「月都市に来てからアカデミアの要請でアンドロイド作成に協力してたんだけどそれが完成してね。ぜひ、テストとして一緒に生活してみて欲しいということなんだな」


「わたしを、実験台にするの~!?」


 礼子は、パッと顔を上げて楽しみで仕方がない様子の智を睨みつけた。


「というか、お前がテストしてやってくれ。人格形成型頭脳パートナー・ブレインは、人の役に立つために開発されたものだから。体の弱いお前の手助けをするのに不都合がないかしっかり検分してやってくれ。礼子が主人マスターだよ」


 智は、頭を掻いて苦笑したが、その目はどこかビックリ箱をしかけたいたずらっ子のようにも見えた。


(なにか、ありそうだわ……)


 礼子は、父の行動を少々いぶかしんだ。

 が、その提案に乗ってみることにした。

 手術の日まで、どうせやることもなく、気の滅入る毎日を送ることは目に見えていたからだ。


「父さんに、これだけ頼まれたんじゃしかたないわね」


 嫌々引き受けたように言う礼子が、まんざらでもないことが分かって智は満足そうに頷いた。


 

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