C級師匠のS級冒険者育成計画
風緑
第1話 師匠と弟子
幼い頃から偶にキラキラと輝く光を纏ってる人を見る事があった。
その人達は全員ではないが半分近くの人が成長し、強くなり、成功していった。
自分はそんな人達に憧れた。
街で忌み嫌われ蔑まれていたからこそ余計に人々に賛美を受け憧れられる彼等が眩しかった。
だからその日、街で初のS級冒険者誕生の祝いに巻く中で養父に言ったのだった。
『養父さん僕もS級冒険者になりたい!』
と―――
養父もそんな俺を『そうか、なら頑張れよ』と背を押してくれた。
地方の道場に通い剣を習い、槍を振るい、弓を射て、魔導を学んだ。だが俺は非凡だった。才能が無かった。憧れた彼等の様な輝いてる存在では無かったのだ。
どの分野においても並以上に至る事は出来たがそれまでだった。平均より僅かに上という程度だった。
修行を終えていざ冒険者の世界に足を踏み入れるとその事実が身に染みて分かった。年齢と修行の成果もあってF級からE級、D級までは楽々と上がれた。
だがそこまでだった。C級には上がれない。何年も何年も掛かり、何度も何度も落ちてやっとC級に合格した時、俺は喜びよりも絶望を覚えた。
俺如きでは規格外であるS級所かA級、B級にも届かない。ソロである事も理由だろうが自分には冒険者として普通を超えられる何かが一つとして無かった。
養父も亡くなり独り身となってから俺は冒険者として仕事をしながら各町を転々と移動しながら生活していた。
夢は叶えられなかったなのに惨めにもしがみ付いている。何時かどうにかなるんじゃないか、唐突に何かに目覚めるんじゃないかという有り得もしない奇跡を思って俺は冒険者を続けていた。
そしてそんな頃も今は遥か昔、どう足掻いても叶えられないと悟った今、俺は酒場の隅っこでボーと飲んだくれていた。
夕暮れ時の冒険者ギルドの一階にある酒場は今日も盛況だ。仕事上がりの冒険者達が宴会とばかりに騒ぎ歌い飲んでいる。その喧騒を眺めながらエールとツマミを口にする。
何をしているんだろうなと自分でも思う。夢が破れたのなら新しい何かを探せばいい、良い思い出は余りないが故郷の街に帰って何か始めてもいい。嫌ならどこか人里離れた森にでも隠れ住んでも良い。
なのに何故か冒険者業に固執して執着している。無理だ不可能だと分かっているのに―
(無様だな…)
自嘲とも言える言葉を口の中で誰に聞かせるでも無く呟いて残りのエールを流し込むと代金を机に置いて席を立つ。
この街に居ついてもう半年になるそろそろ次の街に移動した方が良いだろうかと依頼掲示板に目を向けるが生憎、別の街へ行くコレといった護衛依頼は出ていない。
(明日また見てみるか)
そう思い出口へと足を向ける。と、そこで入って来た4人組のパーティーとすれ違う。先頭を歩く男は背も自分より頭二つは高く筋骨隆々で如何にも力自慢と言った風体だった。人相も悪い。
絡まれたら面倒だと脇に除けて道を開ける。傍らに居た他の面子も同意見なのか関わりたくないというようにサッと避けていく。
男もそれが当然とでも思ってるかのように横柄な態度で堂々と歩いて行く。
と、一拍置いてまた扉が開く。今度入って来たのは薄汚れたボロを纏った小汚い身なりの10代前半位の少年だった。体格に不釣り合いなほどの大荷物を持たされゼイゼイと息を荒げながら男達に着いて行く。
少年の首に付けられた鉄製の首輪がその身分を証明していた。
奴隷。
恐らくは前を歩く男達の荷物持ちとして奴隷商から買われたのだろう。それ自体は珍しい事ではない。俺自身は奴隷を買った事は無いが奴隷を連れている冒険者は意外と多い。女ばかりを買ってハーレム紛いのパーティーを作っている奴だっている。
加えて犯罪奴隷でもない限り一般の奴隷にも人権は保障され最低限の扱いはされるよう法整備はされている。最もそれを守らない者も居るし、痩せこけボロボロのこの少年が真っ当な扱いを受けているとはとても思えなかったが、だが俺の目を奪ったのはそんな悲惨な少年の現状では無かった。
その少年は輝いて見えた。
何時か見た誰かの様に、勝手憧れたS級冒険者の様にキラキラと煌めいて見えた。
背負った荷物以外はまるで物乞いの様な身成だというのに俺にはその少年が宝石のように思えた。
そして俺はゆっくりとその後を着いて歩き出した。
「ハハハ、オーガつっても大した事無かったな」
「C級の魔物だと言っても俺達4人に掛かればこんなもんよ」
「むしろその後のオークの群れの方が厄介だったじゃねぇか、まあ、これでB級冒険者へと近づいたと思えばいいじゃねぇか」
「そうだな、おい、アークさっさと換金を済ませて来い!」
「は、はい」
言われて僕は荷物を背負ったままギルドカウンターに向かって行き、リーダーであるガルドさんを始めとした皆は早速酒盛りを始めるべくウェイトレスに注文をしている。
カウンターの一つに並び順番を待つ。もう遅い時間帯なので並んでいる人も少なく直ぐに僕の番が回って来る。
「すみません、オーガの討伐依頼の報告とオークの素材の販売を…」
「はい、承りました。ギルドカードと討伐部位の提出、素材はあちらの買取カウンターに出して下さい」
「分かりました」
そう言って僕はギルドカードと討伐証明であるオーガの角を出し、買取カウンターの方にオーガとオークの魔石とオークの肉を並べる。
「確認しました。オーガの討伐依頼の報酬が銀貨8枚、素材の買取価格が銀貨4枚銅板8枚になります」
「ありがとうございます」
お礼を言ってお金を受け取りテーブルへと戻っていく。そこでは既に酒を飲んでいる4人の姿があった。
「おう、戻ったか」
「はい、えと、これだけでした」
「銀貨12枚と銅板8枚か、なら4等分で一人銀貨4枚銅板2枚だな」
「ああ」
「おお」
そして置かれたお金が4人で分けられて夫々の財布に入れられていく。
「え、あの僕の分は?」
「あん?お前のはいつも通りだよ。4等分出来なかったらくれてやるが出来た時は無しだ」
「そんな、せめて銅板1枚だけでも…」
「たかが荷物持ち奴隷如きが偉そうな事を言ってんじゃねえよ、飯を食わせてもらってるだけでもありがたいと思え」
食事なんてまともに取らせてくれてないじゃないかという言葉はギリギリで飲み込んだ。叫べば暴力が飛んでくるのが身に染みて分かっていたからだ。
ただ黙ってニヤニヤと笑うガルドさん達を見上げる。悔しかった。何の力もない何も言えない自分が。
「何だ文句あるのか?」
「……いえ、何もないです」
「そうか、それじゃお前の飯はそれだけだ。喰ったら部屋に戻って休んどけ」
そう言って目の前に置かれたのは1個の黒パンと1杯だけの水だった。1日荷物持ちしてコレだけなんて…泣きたかった。叫びたかった。好きで奴隷になったのではない。買われたのでもない。こんな扱いを是としている訳でも無い。
なのに何も言えない。僕には力が無いから、言えば殴られるから、扱いが更に悪くなるから言えない。
最初の頃は文句を言った。冒険者に買われた奴隷は報酬から1割か2割の配分が与えられそれが奴隷の購入額、僕の場合は銀板3枚に達して支払ったら奴隷から解放され自由になれるのだ。
なのに僕に渡されるのは4等分出来なかった時に出るだけの端金だけだ。そのお金も粗末な食事や頻繁に振るわれる暴力への傷薬代等に消えてしまい貯まる事は無い。泣きたかった。僕を奴隷商に売った父母兄を恨んだ。こんな扱いをするガルドさん―いや、ガルド達を憎んだ。でも自分の力ではどうにもできない。逃げ出しでもして逃亡奴隷になれば今より悲惨な未来になる事が分かっている。だから、耐えるしかなかった。受け入れるしかなかった。この不幸な現状を―今日、この時までは―
僕が目の前に置かれた硬い黒パンを一口齧り水を口に含んでふやかして食べているとポンと頭に手が乗せられて―
「なぁ、流石にあんまりなんじゃないかこの扱いは?」
そんな言葉が頭の上から降ってきた。
「ああん?誰だ手前は?」
リーダー格らしい男がそう言って睨みつけてくるが怖くもなんともない。欠片も輝きが見えないこの男は恐怖の対象になり得ない。
俺は続けて言葉を発する。
「うだつの上がらない通りすがりのC級冒険者だよ。さっきから見てたがお前等は奴隷―この坊主の扱いが酷過ぎる。法に反してるぞ」
「はっ、奴隷をどう扱おうが俺達の勝手だろうが、バレなきゃ良いんだよ。手前こそ正義漢ぶっていちゃもん付けて来るんじゃねえよ。ぶちのめされてえか」
「のめせるものならな」
鼻で笑って言い返してやる。沸点が低いのか男の一人が切れて「手前!」と言いながら掴みかかって来るが軽く躱して鳩尾に一撃くれてやる。それだけで男はその場に崩れ落ちた。
「な、手前っ!」
「やりやがったな!」
声を掛けたのはこちらだが先に手を出したのはそっちだろうと思いながら俺は臨戦態勢を取った三人を眺める。リーダー格の男等は自身の得物らしい大振りの斧を手に持ち出している。
「おい、おい、ギルド内で刃傷沙汰はご法度だぞ?武器を持ちだしたらライセンスのはく奪も覚悟しろよ」
「やかましい!クソガキがっ!ぶっ殺してやる!」
やれやれオーガより頭の悪そうな奴だ。馬鹿の相手はしたくないがしょうがない。周りに居た他の冒険者達も喧嘩が始まったのを見てはやし立てる様に声を上げカウンターに居たギルドの受付嬢の一人が慌てたように奥へと走って行くのが見える。
そんな風に周りを確認している間に男の1人が殴りかかってきた。余裕で回避してそのまま腕を取り一本背負いで床へと叩き付ける。受け身も取れなかった男は「ガハッ!」と声を上げそのまま伸びてしまった。
残る男は2人だがうち1人は2人がアッサリとのされてしまった事に怖気づいたのか及び腰だ。そうなると後は1人、斧を手にした男を前に向き直る。
男は単調に斧を大きく振りかぶると真っ直ぐに振り下ろしてきた。間違いなく殺す気だな。カードのはく奪は免れられないだろうなと思いながらバックステップで一撃を避ける。そしてそのまま間合いを詰めて腰に付けた剣の柄を男の鳩尾に叩き付ける。
「ごふっ!」
気絶させられるかと思ったが男は思っていたより頑丈だったようだ。俺の一撃に耐えて今度は横薙ぎに斧を振るって来る。しゃがんで躱した後に間合いを開ける為に数歩後ろに下がる。
「こ、この、『豪腕』のガルド様を虚仮にしやがって…」
「豪腕?そういう二つ名はB級から付けられたり呼ばれたりするものだ。十把一絡げのC級冒険者に付く物じゃないだろう」
「うるせぇ!俺様はS級冒険者になる逸材なんだよ!手前見たいなムシケラが馬鹿にするんじゃねぇぇっ!」
面倒だ。もう終わらせるかと思った俺は右手を突き出し再び斧を大きく振りかぶって襲い掛かって来るガルドと名乗った男に向けて言葉を発する。
『
素早く詠唱を完成させる。殺さない様に加減はするつもりだが相手は殺しに来てるのだ。うっかり死んでも罪にはならないだろうと踏んで最後の言葉を口にする。
『
瞬間、指先から稲妻が迸った。放たれた雷はガルドと名乗った男の大斧に直撃しそのまま盛大に放電する。
直後、ガルドはガシャンと斧を落とし全身を薄らと焦げさせた格好でバタリと前のめりに倒れ込む。ピクピクと動いてる事から死んではいないようだが当分はマトモに動けないだろう。周囲で騒いでいた冒険者達が歓声を上げて騒ぎ出す。どうやらというかやはりというか他の者達からも余り好かれてる男ではなかった様だ。いい気味だという雰囲気の声が多い。
「貴様等っ!これは何の騒ぎだっ!」
と、そこで水を差すようにガタイの良い年配の男が1人で2階から降りてくる。見た事は無かったが恐らくは彼がこの冒険者ギルドのギルドマスターだろう。
俺は両手を上げてからこちらから声を掛ける。
「ギルドマスターか?俺は此処に倒れてる冒険者3人と其処の1人の奴隷に対する扱いが余りに酷かったので注意したら斬りかかって来られたので正当防衛で対処しただけだ。これ以上、事を荒たげるつもりはない。寧ろこんな場で武器を持ち出して襲い掛かってきたこいつ等の冒険者資格の剥奪をして欲しい」
「む、そうか、コイツはガルドか、悪い噂の多い奴だったが此処まで馬鹿だったとはな。分かったこちらで対処しておこう」
俺の言葉を疑う事無く信用してくれた上に事後処理もしてくれるという良いギルドマスターの様だ。俺は安心して「ありがとう」と礼を言う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は何もしていない!俺は無関係だ!そうだろ!?」
残っていた男の一人が悲鳴じみた声を上げるがギルドマスターは「はぁ」と溜息を吐いて。
「パーティーを組んでいた上に止めなかった以上は連帯責任だ。まぁ、一番罪が重いのはガルドになるがお前等も無罪放免という訳にはいかん。覚悟はしておけ」
ギルドマスターの言葉に男は項垂れる。こいつらについては同情の余地は無いのでどうでも良い。寧ろ問題なのは此処からだ。
「所でギルドマスター、この奴隷の少年、俺が引き取りたいが構わないか?」
今まで流されるままで事態に呆然としていた少年は突然の俺の言葉に驚いたように俺を見上げてくる。
「ん、それは構わんが所有権はまだガルド達が持っているからな、残っているそいつと交渉してくれ」
「分かった。おい、幾らで売る?」
「え?あ…金貨だ、金貨1枚寄越せ!それで売ってやる」
それまで脅えた様な風体だった男が急に態度を豹変させる。恐らくはこの後に支払わされる事になるギルドへの迷惑料や修理代を俺からむしり取ろうという算段なのだろう。
「おい、おい、流石にボッタクリ過ぎだろう。男のガキの奴隷なんて高くても銀板2~3枚程度だろ」
ギルドマスターが呆れたように声を上げると男は押し黙って少し考えるそぶりを見せた後。
「なら銀板8枚だ、これまで世話して来てやった額も入ってるんだからな」
「見た感じ世話したという感じにはとても見えないがな。銀板4枚だ」
「だ、だったら銀板7枚…」
「銀板5枚だ。これ以上は無い」
ピシャリと最後に言ってのけると男は諦めたように「分かった」と言い荷物の中から奴隷の少年の首輪の鍵を取り出すと俺に渡してきた。代わりに机に銀板を5枚置く、コレで交渉は成立だ。この光り輝く少年は俺のモノとなった。
何が何だか分からないというのが正直な感想だった。何時も通りの不遇な扱いに諦めて食事に手を付けた所で誰とも知れない男の人に頭を触られ声を掛けられた。下から見上げても厚いローブにフードで顔を隠していて口元しか見えない。腰に剣を差しているのでいるので剣士に思えるが格好は魔導士に見える。そんな不思議な人が僕の扱いが可哀想だと声を掛けてきた。
今までにも何度か似たような事はあったがその度にガルド達は暴力で相手を黙らせてきた。今回もそうなると思った。声を掛けてきた人が全く強そうに見えなかったからだ。でもその想像はアッサリと覆された。男の人はあっという間にガルド達3人を倒してしまったのだ。最後には魔導まで使って、僕は訳が分からないまま呆然とするしかなかった。
そして全てが終わるとその人は僕を引き取ると言い出した。何故、こんな強い人が僕なんかを?と思った。だが、そんな事を考えている間に最後に残っていたヤギンとの交渉が終わって僕はその男の人に買われる事になった。
倒れたガルド達と無傷だったけど連帯責任という事になったヤギンは憲兵に連れられて街の牢屋に入れられたらしい。その間も僕を助けてくれた男の人とギルドマスター、憲兵の偉い人が話していたが僕には何を話しているか殆んど分からなかった。
ただ分かったのはガルドは殺人、障害未遂で冒険者ギルドから除名で犯罪奴隷落ち、他三人は障害未遂でかなりの保釈金を払わされるか借金奴隷落ちとのことだった。解放されたんだという安心とこれからまたどうなるんだろうという不安が混ぜこぜになってぼうっとしていると話が全て終わったのか男の人がまた僕の前にやってきて「着いて来い」と言った。
今、この人の奴隷になった自分に否やは無い。僕は男の人に従って歩き出した。
着いて行った先はガルド達と一緒に泊まっていた宿よりランクが1つか2つほど上の高級な宿屋だった。受付に行くと男の人は「部屋の変更を頼む、1人部屋から2人部屋へ」と頼んでいた。
2人部屋という事は僕もベッドで寝て良いのだろうか?ガルド達と居た時は何時も床に毛布や馬小屋で寝かされて居たのに、不思議そうな顔をしているとまた何故か頭を撫でられた。
そして部屋に入る前に風呂に入ってくるように言われた。水浴びならした事はあるが風呂など入った事は無い。どうしたらいいのか分からないと言うと頭を洗う時はコレ、体を洗う時はソレというのを教えてくれた。着替えの服がなかったが服は男の人が『
風呂を出ると僕の夕食が準備されていた。遅くなったから残り物だと言われたがシチューは暖かくパンは柔らかかった。奴隷になる前にも食べた事が無いような美味しい食事だった。
僕が食事をしている間に今度は男の人が風呂に入っていたようだった。一緒に入ったらよかったような気がするのだが何か問題があるのだろうか?ちょっとだけ気になった。
食事を終えると直ぐに男の人も風呂から出てきた。そして部屋へと移動する。さっき聞いたのが間違いでは無く2人部屋だった。ベッドが2つある。片方を使っていいと言われたので近い方を選んでベッドに腰掛ける。酷く眠い、疲れからか風呂という物に入ったからか初めて満腹になるまで食事をしたからかどれか分からないがとても起きていられそうになかった。
「眠いか?」と男の人に言われて頷く。「なら話は明日にしよう。今はゆっくり休め、おやすみ。良い夢を」その言葉を合図のように僕は眠りに落ちた。願わくば今日のこの出来事が夢でない様にと祈りながら―
意識が浮上してきてボーとしていると視界に見覚えのある黒いローブに口元しか見えない深いフードを被った男の人がお茶を飲む姿が見えた。そこでハッとして飛び起きる。主人より後に起きる奴隷等あってはならない。ガルド達だったら殴り飛ばされている所だ。だが、男の人は怒った風もなくただ静かに「起きたか?」とだけ口にした。
「はい、…すみませんでした」
深く頭を下げて謝罪する。しかし男の人はやっぱり気にした風もなく。
「疲れていたんだろう。気にするな。何より爺は朝が早いからな」
と、優し気に言ってくれる。申し訳なくてたまらないが僕に出来る事は無い。感謝の念だけは伝えておこうと「ありがとうございます」と言い男の人が座る椅子の前の床に正座して座る。
するとそれまで何ともなかった男の人の口元が歪む。何か気に障る事をしてしまっただろうかと思っていると「そんなところに座らず椅子に座りなさい」と言われた。
「え、でも…」
奴隷が主人と席を同じくするのは有り得ないというのは教えられている。僕が戸惑って躊躇していると男の人はしょうがないとでも言うように何処からともなく鍵を取り出して僕の首輪の錠に嵌めるとカチャンと軽い音を立てて首輪が外れ床に落ちた。
「え……」
訳が分からない。奴隷の首輪を外すという事は奴隷から解放するという事だ。それも昨日、銀板5枚を出して買ったばかりの奴隷を一体、この人は何をしているんだと僕は思った。
「俺は奴隷ってのが嫌いでね。これで君は奴隷から解放された訳だ。もうへりくだる必要はない。正面の椅子に座りなさい。これからの事を話そう」
「え、えええ……は、はい」
何とも何が何だか分からないままに奴隷身分から解放された僕は男の人の正面の椅子に座った。
座ると間を置かずに目の前に紅茶が置かれる。色々と急展開過ぎて着いて行けてない部分があるが喉が渇いていたので丁度いい。僕はお茶を一口飲んだ。
「…美味しい」
「だろう、とっておきだからな。さて、起きた所だから朝食と行きたいだろうがもう昼が近い。昼食の時間まで我慢できるか?」
そんなに寝ていたのかと思いまた慌てて謝りそうになるがそれは求められていないと察して「はい、大丈夫です」と返す。
「なら、これからの事を簡単に話しておくか、ああ、その前に自己紹介が先か、俺の名はノヴァ、ソロのC級冒険者だ。で、君は?」
「アークです生まれは農民でその後は奴隷でした」
「そうかアーク年齢は?」
「11歳です。あと半年ほどで12歳になります」
「なるほど、特技とかはあるか?剣を習っていたとか?」
「いえ、そういった事は何も…10歳で奴隷商に売られてからずっと荷物持ちをさせられてました」
「そうか、魔導の素養は?」
「無いと診断されてます。四聖導も陰陽導も使えません」
四聖導と陰陽導は魔導の弐大魔導だ。四聖導は火、水、風、土の4つを操り陰陽導は陰と陽の2つを操るとされている。魔導の使い手は希少で素質さえあれば奨学生として各王都にある専門の学院に入れるとされている。最も僕には素質が無かったので奴隷商に売られた訳だが、後は肆大流派、久遠流、無窮流、魔刃流、影牙流が武術の流派として名を馳せていると聞いた事がある。
「ふむ…」
そこまで聞いたところでノヴァさんは僕をジッと見つめてきた。フードに隠されていて勿論目は見えないのだが見定められてるのが何となく分かった。
「魔導に素養が無いなら四聖と陰陽、魔刃は無いな。後は久遠、無窮、影牙か、まずは氣がどれ程あるか試してみるか、アークこの球を握って見ろ」
そう言ってノヴァさんは僕に何処からか取り出した拳大のガラス玉の様な物を手渡してきた。言われた通り握ってみるが特に変化はない。
「あの如何すればいいんですか?」
「そうだな、渾身の力を込めて光れと念じてみると良い。氣は誰にでもあるが戦いに利用出来るほど多い者は稀だ」
「はい」
そして僕は両手で球を握って全力で光れと念じた。
次の瞬間、部屋で閃光が爆発した。
一瞬で何も見えなくなった。視界の全てが白い輝き一色で満たされる。視力を失うのではないか?と思う程の煌めきが迸った。
慌てる僕にノヴァさんが「アーク、球から手を離せ」と慌てて言い僕も慌てて手を離す。転がった球はノヴァさんが拾ってまた何処かにしまったのか輝きが消える。
「ビックリしました」
「凄まじい氣量だな、あんな光を見たのは俺も生まれて初めてだぞ」
ノヴァさんも半場、放心したような口調でそう言うのでそれが真実なのだと僕にも分かった。
「まあ、今のでも十分だが一応、魔素の保有量も調べておくか、今度はこっちの石だ」
さっきの驚きが冷めない中でノヴァさんはまた別の品を取り出して渡してくる。今度は水晶の様な石だった。
「今度はさっきと逆だ内から出すのではなく外から集まれ、集まれと強く念じてみろ。素質があれば石が染まっていく」
「はい」
言われた通りに先程と同じように握りこんで「集まれ、集まれ」と念じてみる。だが全力で念じてみても石に変化はない。
「魔素の素養はないようだな。まあ、アレだけ莫大な氣があれば問題ないか、しかし故郷に無窮流の道場は無かったのか?素養検査を受けてれば引っ張りだこだったろうに」
「ド田舎だったので…年に一度来る魔導の素養試験しか」
「そうか勿体ないな。ま、何はともあれアークお前には凄まじい氣が眠っていることが分かった。これからそれに合った訓練をお前に施していく」
「え?」
「訓練課程は無窮流2影牙流1の割合で行う。まあ、その前に訓練に着いて来れるように基礎訓練からだな」
「え?あの、何が何だか分からないんですが…あの一体…」
怒涛の様に押し寄せてくる訳の分からない展開に理解が追い付かない。
「今、この時からお前は俺の弟子だ。俺の事は師匠と呼べ。俺の目的はただ一つだ。お前をS級冒険者にする。ただそれだけだ」
大陸全土で見ても十数人しか居ないS級冒険者に自分が成る?文武不相応にも程がある。
「無理、無茶です。僕なんかがそんな…」
「お前ならなれる。謙遜するな、それに見返してやりたくないか?お前を売った奴や暴力を振るってきた奴等をな」
「あ…」
そう言われると心が動く。農家の4男で邪魔だからと自分を売った親兄弟、散々に暴力を振るって良い様に扱ってきたガルド達、見返せるものなら見返したい。
でも、本当に自分にそんな力があるのだろうかとどうしても不安に思う。
そんな不安を見抜いてかノヴァさんはまた僕の頭をポンポンと撫でて「取り合えずやるだけやってみろ、ダメだったら俺の見る目が無かったって事だ。その時は別の仕事を斡旋してやる」そう言われてそれならばと考えた。
出来るかは分からないがやれるだけはやってみよう。そう思った。
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします。…えと、その…師匠」
その一言に満足したようにノヴァさんの口元が笑顔の形にかわった。
「じゃあ、そろそろ昼食の時間だな。下に降りよう」
「はい」
内心の動揺を抑えながら自然に振舞うようにアークを連れて部屋を出る。
結果は予想以上だった。まさかあれほどの氣量を持っているとは、自分の見た輝きに間違いは無かったと安堵した。
最初は勿体ないと思っただけだった。このままではこのアークという少年はあのガルドという男達に使い潰されて才能を開花させることも無く死んで行く。
それが酷く惜しく思えた。それなら自分が拾い上げて鍛え上げよう。そして自分が届かなかった頂迄押し上げようと、弟子を取るなど生まれて初めての経験だが、武術や魔導で教えを乞う体験はしている。それを自分がやるだけだ。きっとできる筈だ。自分がS級冒険者になるのではなくS級冒険者を育て上げる。新しい夢を俺が手にした瞬間だった。
昼食を終えると早速、街へと繰り出した。アークの為に買う物が山ほどある。先ずは何より服屋だ。『
アークは勿体ないと少し抵抗したが金はあるから気にするなと言い取り合えず5着分の服と下着を購入する。服は冒険者用の頑丈なちょっとお高めの服だ。続けて今度は防具屋に向かう。アークはまだ体が出来上がって無いので重い鎧でなく軽く丈夫な革鎧を選び購入する。ワイバーンの革製のモノだ。本来ならF級クラスの冒険者が身に着ける様な防具ではないが安全の為だ。金は惜しまない。盾は持たせるか少し迷ったが取り合えず様子見に保留する事にした。俺が盾を使わないと言うのもあるし、アークの氣量なら扱いを覚えればそれだけで身を守れる。なら攻撃力を増した方が良いと判断して盾の装備は一旦見送った。後々、持たせた方が良いと判断したら買うつもりだが恐らくは大丈夫だろう。
次に武器屋、武器に関してはいきなり業物を買い与えて武器任せの戦い方になったら後々、困るので体格に合った1本のショートソードを買い与えた。本人に触らせて選ばせたが数打ちの中では中々に良い品を選んでいた。意外と審美眼もよいのかも知れない。
装備が整ったら次は雑貨だ。読み書き計算が殆んど出来ないと言うアークの為に筆記用具一式を購入する。夜の空いた時間にこれから教えていく予定だ。
そして殆んどの買い物が終わった所で最後の場所に向かう。行く場所は冒険者ギルド、昨日、俺とアークが出会った場所だ。
「ではアーク君のギルドカードを発行しますね。代筆は必要ですか?」
「いや、俺が記入するから大丈夫だ。構わないなアーク」
「はい、お願いします」
返事を聞いて名前、生年月日、出身国、身分等を聞きながら記入していく。
「でもすっかり見違えましたね。アーク君」
「え?」
言われてニコニコと笑顔を浮かべた受付嬢にアークが不思議そうな顔で見上げる。
「昨日まではもう見ていて可哀想になるくらい酷い身成だったのに今日はもう駆け出しの冒険者という格好で、安心しました」
「あ、ありがとうございます…」
「本当は何とかしてあげたかったんだけど皆、あのガルドが怖くて…助けてあげられなくてごめんなさいね」
「いえ、今はもう大丈夫ですから」
「うん、じゃあ、これが君のギルドカード、此処に血を押してくれる?」
「分かりました」
そう言って針で指先に傷をつけて浮かんできた血を付ける。するとカードが淡く発光し登録が完了する。
「カードも初回は無料だけど紛失や盗難にあったら次からは発行に銀貨1枚掛かるから忘れないでね。頑張ってね。新人冒険者君」
「はい」
自分のギルドカードを持って「ふわぁー」とちょっと興奮気味に見ているアークを見て俺にもあんな頃があったなあとどこか感慨深げに眺める。
「さて今日の用事はこれで終わりだ。明日からは修行だ。大変になるから覚悟しておけよアーク、いや、弟子一号」
「え?あ、はい、えと、分かりました師匠」
そして宿に帰った俺達は風呂と夕食を頂いた後にベッドでゆっくりと眠った。
翌朝、朝食を食べた後、俺達は速攻で冒険者ギルドへとやって来ていた。依頼書が張り出される早朝という事もあり大勢の冒険者が掲示板に群がって依頼の奪い合いをしている。
その様を離れた位置からジーと見ている2人、喧騒には我関せずと言ったように厨房に昼食の弁当を2人分頼んで準備して貰っている。
「あの師匠はアレに参加しなくて良いんですか?」
おずおずといった雰囲気でアークが口を出してくるが俺は「うん?ああ、大丈夫だよ」と言って様子を眺めながら気楽に言う。
「俺達が請けるのは常駐の依頼だから大丈夫だ。ただその内にお前もあの中に突っ込まないといけなくなるから今の内に見せておこうと思ったまでだ」
と、言うとアークは「えええー」とかなり嫌そうな顔をした人混みに紛れるのか押し合いへし合いで依頼を奪い合うのは嫌らしい。
「まあ、冒険者なら誰もが通る道だな。と、そろそろいいな。行って来るから此処で待ってろよ」
そう念押しして掲示板迄歩いて行き端っこの方にある3枚の依頼書を手に取るとアークの元まで戻って来る。
「何を取ったんですか?」
「薬草採取と小鬼、角兎駆除の依頼だ。F級とE級の依頼だな。さ、これを持ってカウンターで依頼受領して来い」
「分かりました」
返事をしてタタタと走ってカウンターに向かって行く。その様子を見ながら俺はさてどのように鍛えてやろうかと考えるのだった。
依頼を受けてギルドから出ると一番近い門まで向かいそこから町の外に出る。
次の街までの整備された街道以外は鬱蒼とした木々や平原が横たわっている。本来ならF級の依頼である薬草採取は街からそう離れない場所で行うのだがこれから俺達が採取を行うのは此処ではない。
「よし、奥の方まで行くぞ。遅れないように付いて来い。ああ、疲れたら言うように休憩を入れるからな」
「え、はい。分かりましたけど奥の方?薬草の採取って近くでやるものじゃあ…」
「普通はな。これは上位ランクの冒険者が下位のランクの冒険者を育てる際の裏技みたいな物だ。薬草と言っても種類が指定されてる訳ではない。街の付近に生えている得やすい品でなく森の奥深くに生えている希少な薬草でもいい訳だ。そして小鬼や角兎は何処にでも出る。それ以外の危険な魔物が出たら俺が狩る。分かったな」
「はい、分かりました」
アークが頷いたのを見て俺は「じゃあ、行くぞ」と言って歩き出す。
3時間程街道を歩き其処から森に入り1時間ほど進んだ所で良さそうな場所を見つけたのでそこを拠点として薬草の採取を始める。此処まで一度も休憩を入れなかったがアークは疲れたとも言わずについてきた。奴隷生活で重い荷物を背負わされていたからだろう。思っていた以上に体力があるようだった。
薬草の名前、種類、効能を教えながら1本ずつ丁寧に採取していく。手に入れた薬草は片っ端から俺の持っている魔法袋にしまっていく。俺が魔法袋なんて高価な物を隠し持っていたのを知ったアークがかなり驚いていたがおおよそ1時間程で付近の薬草は採り終えてしまった。
「よし、ではこれから修業を始める」
昼食を取り休憩をはさんだ後に俺はそう言ってアークを立たせた。「はい」と言ってジッとこちらを見てくるアークを眺めながらまずは腰の剣を抜かせる。
「最初は徹底的に素振りだ」
「素振りですか?」
「そう、上段、右上、右、右下、下段、左下、左、左上、突き、最後に構えに戻る。これを延々と繰り返せ」
「延々…」
「暫くは見ていてやる。悪い部分は矯正していくから気負わずにだが力は込めて振るえ」
「分かりました」
其処からアークの素振りが始まった。
「構えが甘い、顔を上げて視界を広く保て」
「左足をもう少し下げろ右足の踏み込みはもっと強く」
「真っ直ぐ振れていない、剣筋がブレている。左手の引きが弱い」
「脇が開いている。もっと閉めろ」
「体が流れている。もっと強く踏ん張れ」
次々とダメ出しをして直させる。だが一度言われた事はすぐさま吸収して身につけていく。
ブンブンと振るわれていた剣があっという間に鋭くヒュンヒュンという音を奏でるようになっていく。
(これが才能の差って奴か)
その様を眺めながら俺は自嘲気味に笑みを浮かべる。自分が満足に素振りを出来るようになったのは何時だったか、基礎中の基礎であり最も分かり易い一振りの差。それが目の前にある。嫉妬するなというのも無理がある。だが同時にこの才能を見抜き自分が育てるのだと言う優越感もある。何とも言えない感情を持て余したまま俺はアークの素振りを眺め続けた。
「よしこの辺りで一度、休憩するか」
「は、はい」
2時間ほど剣を振るっただろうか、汗だくになった僕にノヴァさん―いや、師匠が声を掛けてくる。疲れから剣を取り落としそうになりながら何とか鞘に戻してその場に座り込む。
「飲め」
「あ、ありがとうございます」
コップに入った水を手渡される。中身は冷たいままで熱かった体が一気に冷やされる。これも師匠が持ってる魔法袋の保温効果のお陰だろうか?金板で数枚から十数枚という高価な魔導具を師匠が持ってると知った時は驚いたものだ。遥かに大きなものを重さに煩わされる事も無く持ち運べる魔法袋を持つと言うのは冒険者に取って夢の1つだ。
B級やA級冒険者でも持ってる人は多くないだろうに何故C級だと言う師匠が持ってるのかは不思議だったが会って日は浅いが何となく規格外っぽい師匠だから持っていても変じゃ無いのかもと思えてしまうのがコワイ。
「さて弟子一号、暫く休んだら素振りを再開しろ。俺は1人でもう少し森の奥まで行って来る」
「え…」
1人になる事の不安に思わず声が出る。
「薬草の採取とついでに小鬼と角兎を探して引っ張って来る。討伐依頼も受けているからな1匹も倒していないと問題がある」
「あ、分かりました」
そう言うと師匠は森の奥へとスタスタと歩いて行った。そして僕はもう暫く休憩するとまた起ち上がって腰の鞘から剣を抜いた。
再び素振りを始める。さっき師匠に言われた事を忘れないように思い出しながら剣を振るう。最初の頃は振るった剣の勢いに体が流される様な感じだったが言われるがままに振るっていると段々と直っていき今は鋭い音を立てて振るえている気がする。やはり師匠は凄いのだと思った。
と、そこでガサガサと草をかき分けて走って来る音が聞こえたそちらに目をやると師匠が此方に向かってきている最中だった。
「角兎を引っ張ってきた、倒せ!」
その一言と同時に師匠は僕の前で直角に曲がって横に避ける。直ぐその後に茶色の大きな兎が角を真っ直ぐに向けて突っ込んでくる姿が映った。
「うわわわわっ!」
僕は慌てて転がる様にして横に躱す。角兎はそのまま暫く走って行ってUターンした後、キョロキョロと周囲を見回した後、僕を目にするとまた突っ込んできた。
師匠の姿は見えない。どうやら僕に倒させるつもりで自分は姿を隠したらしい。
再び突っ込んできた角兎を相変わらず無様だが先程よりは余裕をもって回避する。だが油断は全くできない。兎と名付けられてはいるが角兎はれっきとした魔物だ。普通の兎より2回りは大きくその角で貫かれて死ぬ人が年間に何百人といる。昔、農民だった頃にも近所の人がその犠牲になった事を今も覚えている。
3度目、僕は木を背にして立ち上がる。角兎はまた振り返って僕に向かって突進してくる。そしてギリギリまで粘って跳び上がった角兎を目にした瞬間横に避けた。僕はその時、木を背にしていた。飛び掛かってきた兎はその大きな角が木に突き刺さって宙ぶらりんになりジタバタしている。上手く行ったと思いつつ間抜けな姿だなぁと考えながら僕は手にしていた剣を振りかぶって真っ直ぐに振り下ろした。
「初めての獲物だな」
僕が角兎にトドメを刺すとどこからか師匠が出て来てそう言ってくれた。言われてみればその通りだ。初めて自分の力のみで魔物を倒した。嬉しくなって笑みがこぼれる。
「解体は出来るか?」
「はい、奴隷の頃はやらされていたので大丈夫です」
「そうか、なら道具を渡しておこう」
そう言ってナイフと血抜きの魔導具を渡された。血抜きの魔導具はガルド達も持っていたがこれもそこそこお高い筈なんだけど、本当に師匠って何者なんだろうと思った。
そしてこの日はこの後に角兎3匹と小鬼を1匹討伐して終了となった。
角兎は最初と同じ要領で討伐出来たが小鬼には苦戦した。棍棒を振り回す小鬼の攻撃を躱しながらこちらも攻撃をする。だが、浅い。中々勝負を決められない。
最後には30分程戦った結果、疲れで動きが鈍くなった小鬼の首筋に剣を突き立ててやっと勝つことが出来た。弱い筈の小鬼にこんなに苦戦するとは角兎だってパターンの様な倒し方だし、僕は本当に強く慣れるのだろうかと心配になってしまったが、師匠が言うには初日でこれだけ出来れば十分だとの事だった。
だけど小鬼は元々5匹で群れていて4匹を師匠が倒して1匹だけを引っ張って来たのだそうだだからやはりまだまだだと思う。これからももっと努力しなくてはと僕は思うのだった。
初めての依頼も終わり行きと同じく4時間掛けて冒険者ギルドへと帰ってきた僕と師匠はギルドカウンターでちょっとした騒ぎを起こしていた。
角兎と小鬼の討伐は問題ない。E級のクエストであり討伐部位と素材となる角と兎の肉、あと両者の魔石を売った額は銀貨1枚と銅板4枚という普通のモノだった。
だが薬草の買取価格がおかしかった。師匠が魔法袋から山ほど取り出した薬草を見てギルドの受付嬢が目を丸くして中に希少な薬草が幾つもあるとわかって最終的に―
「合計で金貨1枚銀板3枚銀貨4枚銅板4枚銅貨6枚になります。お納めください」
と、言われ僕の目は点になった。
「じゃあ、2等分だな。半分は弟子一号お前の取り分だ」
「ちょ、師匠!多すぎです、多すぎ!僕はこんな大金持つの怖いですよ?!」
「良いから持っておけ俺も何時までもお前に付いていてやれる訳でも無いからな」
「う……わ、分かりました」
「まあ、心配なら商業ギルドで口座を作って預けておけ、冒険者ギルドのカードと併用が可能だから直ぐに口座は作れるしな」
「?口座ってなんですか?」
「あー、知らないのか。簡単に言うとお金を預かってくれる金庫見たいな物だ。必要な時に引き出せる」
「作ります。直ぐに行きましょう。場所はどこですか?」
「もう閉まってる。明日だ明日」
そんな感じで僕の冒険者生活の1日目は終了した。
そうして5ヶ月が過ぎた。日々の生活は変わらない。朝起きて朝食を食べると商業ギルドに向かい前日の収入を見るのが怖い程の額になった口座に預けて師匠と一緒に冒険者ギルドに向かい薬草採取、角兎、小鬼討伐の依頼を受けて遠出、最近は日帰りできない距離まで出向く事も多くなった。
剣の腕も随分と上がった。素振りも慣れたもので正に延々と続けられる位になった。角兎も小鬼もほぼ一撃で仕留められる。今日もそんな日が続くと思っていたら師匠から唐突に「王都ヌバに向かうぞ」と言われた。
僕らが今居る王国の名前がヌバ王国、その王都に向かう途中にある主要都市であるのが今居るアラバと呼ばれる街だ。かなり栄えた大きな町であるし不便など感じた事も無かったのだが突然どうしたのだろうと思って尋ねると―
「お前の基礎が固まったからな。そろそろ本格的に剣術―武術を教える。前に言っただろう。無窮流と影牙流を教えると」
言われて思い出した確かに氣の検査を受けた時に師匠が言っていた筈だ。だが、何故王都まで行くんだろう?この街にも両方の道場は存在している、わざわざ王都まで行かなくてもそこに通えば良い様な気がする。
「知名度が違う支店と本店のような差だ。王都で皆伝までいった方が名の通りが良い」
「皆伝ってそれは何十年もかかるんじゃないですか?」
流派は練習生から始まり10級、9級、8級、7級、6級、5級、4級、3級、2級、1級、初段(候補生)2段、3段、4段、5段(師範代)6段、7段、8段(師範)9段、10段(皆伝)となっている。
地方の道場を運営しているのは師範代から上の者だけだ。アラバはどの階級の者が運営してるか分からないが王都なら間違いなく皆伝の者が運営しているだろう。
「大丈夫だ。お前なら掛かっても7年か5年くらいだ」
「いや、いや、そんな、まさか……」
肆大流派の二つをそんな何年かで皆伝まで行けるとか舐めてると怒られそうな大言だ。
「此処から王都までは2週間ほどの旅路だ。既に商隊の護衛依頼で受けてある。心配するな王都に着くまでに剣術の基礎は教えてやる」
「基礎は教えてもらえるって師匠は無窮流を習ってたんですか?」
冒険者の技術は大半が我流だ。道場で武術を習い、学院で魔導を習い冒険者になろうという者は多くない。そんな者にならなくても腕が立てば国が雇ってくれるからだ。その方が安全で基本的には実入りが良いからだ。
だが中にはそれらを蹴って冒険者になる代わり者も居る。
「ああ、肆大流派は全部皆伝まで貰ってる。学院にも通っていたぞ」
「はぁぁっ?!いや、全部皆伝って魔導を使っていたから学院に通ってたのは察してましたけど、何でそれでS級冒険者じゃないんですか?有り得ないでしょう」
驚きのあまり声を上げるが師匠は苦々しい様に口元を歪めて「まあ、器用貧乏って奴だ」と言った。
「器用貧乏ですか?」
「ああ、魔導は初級が10発、中級が3発しか撃てずに上級に至っては発動すらさせられない。無窮流は見せるのが早いな」
そう言っていつか僕が盛大に光らせた球を取り出し手に持つ。すると球は確かに輝くが非常に淡い。灯火という程弱くないが灯りとしては弱々しいと言う感じだ。
「無窮流は氣を使って身体能力を強化したり武器に纏わせたりして戦う。俺のは弱すぎて精々2倍か3倍を数十分、5倍を一瞬という程度だ」
そして球をしまって今度は久遠流の検査の時に使った石を取り出す。石がゆっくりと黒く染まっていくがやはり淡い。
「久遠流も同じだ。魔素を取り込んで身体強化をする流派だが取り込める量が少ない。魔刃流はそのまま魔導を使う流派だからな。さっき言った通りだ」
最後にとローブの腕の部分を巻くって腕を見せてくる。その手は白く細い。何となく男というより女性見たいな手だなと思った。
「影牙流は純粋に力不足だ。体質的に俺は筋肉が付きにくいようでな。腕力も脚力もどうにもならなかった訳だ。まぁ、そんな理由だ。時間だけはあったのでな、時と古文書からの伝承の奥義の復活等の功績から皆伝の免状は貰えたが実力で取れた物ではないからな」
「……惜しいですね。何か一つでも強ければ師匠はもっと上に行けたのに…」
悔しそうに、本当に悔しそうに言うと師匠はポンポンと僕の頭を叩きながら
「そう思ってくれるならお前がS級冒険者になって証明してくれ。俺の見る目に間違いは無かったってな」
「はい」
この日、S級冒険者を目指すという決意が確かに僕の中に芽生えたのだった。
「では護衛をよろしくお願いします」
「分かりました、こちらこそよろしくお願いします」
商隊の代表が護衛の冒険者達に挨拶に来て冒険者グループで唯一のB級冒険者のリーダーが応対する。
揃った冒険者はB級冒険者が3人、C級が5人、D級が5人、F級が1人という構成だ。内のC級の一人が俺で唯一のF級が弟子一号アークである。
B級の3人とC級の4人パーティーは感じの良い面子だったがD級の5人は雰囲気が悪い。どうやら商隊のメンバーの一人の知り合いらしいが何となくきな臭い、注意しておいた方が良いかも知れないと思いつつ俺は皆と歩みを合わせて王都への街道を進んだ。
2週間を予定とした旅路は順調に進んでいた。魔物も現れず盗賊も出ない安心安全な行程と言った所だ。旅の合間合間の休憩や夜間の見張りの時間に合わせて俺はアークに剣の手ほどきをしていた。
変な癖は付いていないが素振りに角兎、小鬼とそれ程に苦戦する事もない相手とばかり戦ってきた為か剣が素直すぎる。フェイントや裏技、武技に面白い様に引っかかる。その度にこうするように、ああするようにと教えて改善させていく。
そして1週間が過ぎた夜、今夜の夜番だった俺とアークは何時もの様に見張りをしながら剣の稽古を行っていた。
最近分かって来た事だがアークは剣に緩急をつけるのが下手だ。言ってしまえば常に全力全開で剣を振るって来る。正直に言えば既にやり難い相手になってきている。緩急を身に着けてくれればと指摘していたがそれどころか常にフルスロットルで隙のない連打を浴びせてくるような剣を身に付けつつある。
これで無窮流の身体強化、武器強化等を本格的に身に付けたらどうなるか今から恐ろしい。だが今の所はまだどうにか俺の方に分がある。俺の剣は分類するなら一撃必殺。一瞬の隙を見つけて或いは作って其処に致命の一撃を叩きこむというスタイルだ。
今もアークが真っ正面から剣を振りかぶり叩き付けて来ようとしている。俺はそれを受け止めるように見せて次の瞬間に力を抜き剣を斜めにしてアークの剣を横に逸らさせる。剣が地面を叩いた事で慌てて振り上げようとするがその前に俺が剣を踏みつけて動かせないようにしてからアークの首筋に俺の剣を当てる。これで決着だ。
「参りました」
何とか師匠としての面子は保てたようだ。
「ホントにお前の成長は半端無いなドンドン相手をするのがきつくなるぞ」
「でも師匠は強化を一切使わないで勝ってるんですよね。俺は何となく使ってるのにまだまだ全然で…」
「何となくで使えてるのもすっごい事なんだがな…まぁ、教えたのは俺なんだが…」
「じゃあ、師匠、もう1本」
「分かった、分かった、もう1本だけな」
また一定の距離を取って互いに剣を持って相対する。さて今度はどのようにして隙を作ろうかと考えている最中にその声は聞こえてきた。
「おい、おい、ガキどもはまたチャンバラごっこしてんのかよ」
耳障りな声が後ろから聞こえてきた。見るとD級冒険者の5人パーティーが揃ってやってくる所だった。
交代の時間にはまだ早いし次に交代するのは彼等ではない。厄介事かと思いながら男達の動向を探る。
見ていると男達は俺達の逃げ道を封じるように囲みながら迫って来る。奴隷時代を思い出してか男達の雰囲気にトラウマを刺激されたらしいアークが脅えたように俺の後ろに寄って来る。
「何か用か?」
焚火の灯りの向こうに下種な笑みを浮かべた男へ一応、尋ねてやるが結果は予想通りのモノだった。
「なあに、俺等もお前等のごっこ遊びに付き合ってやろうと思ってなぁ。勿論、遊びでなく実戦形式でな」
言いながら背にした獲物を抜いていく先程から喋っているリーダー格らしい男が大剣、残り4人は剣剣斧槍だ全員が刃を光らせて向かって来る。
「何なら有り金全部を置いて行ったら許してやるぜ?お前等はアラバの街じゃ大層稼いでいたそうじゃねえか」
「兄貴、それだけじゃないっすよ。このローブの男は魔法袋を持ってるらしいからそれも貰ってやりましょう」
「ハハハ、そりゃいいな、一気に金持ちだ。当分は遊んで暮らせるぜ」
好き放題言っている男達を呆れ半分で眺めながら後ろに居るアークに小さな声で語り掛ける。
「弟子一号、3人は俺が倒す。2人はお前がやれ」
「え、えええ?!」
アークが悲鳴を上げるが事態はそんな事では止まらない。
「あん、それでどうするんだ?全部を置いて行くか?それともぶちのめされて奪われたいか?」
高圧的に言ってくる俺はフンと鼻を鳴らした後に「どっちもお断りだ馬鹿め」と言ってやる。
「なっ?!手前、構わねえ、お前等こいつら2人ともぶっ殺してやれ」
男は俺の言葉に激昂して叫び声を上げるがもう遅い。その間に俺は駆け寄って男の持つ大剣の間合いの内側に入り込んでいる。
「ちぃっ!」
慌ててバックステップして間合いを広げようとするがそれも遅い。俺は抜いた剣で男の軸足を切りつけ体勢を崩させるとそのまま跳び上がり延髄に蹴りを放ちそのまま地面へと蹴倒した。
同時に詠唱していた『
「なっ?!魔導だと?」
「ちぃっ、手前っ!」
次に槍を持った男が襲い掛かって来る。だが遅い。横にそれて軽くその突きを躱して槍の穂先を剣で斬り飛ばしてやる。
男が驚く間もなく地面すれすれを走り男の真下まで行くと剣の柄をアッパーカットの要領で顎に叩き付けてやる。
一瞬、宙に浮いた後、男はドシャリと地面に倒れ込んだ完全に気絶している。これで2人。
此処まで来ると相手が自分達の予想以上だったと悟ったのか残った3人に動揺が広がり及び腰になる。
と、そこで最初に倒して魔導で拘束した男が声を張り上げる。
「手前等っ!何してやがるっ!ガキだ、ガキを人質に取れっ!」
予想通りの展開だなと思いながら言われてハッとしたらしい3人の男がアークに向かって駆けだすのを見る。その内の1人斧使いの男の前に俺は立ち塞がる。
「行かせんよ」
「ぐっ、邪魔だ!どけぇぇぇっ!!」
我武者羅になり無茶苦茶に斧を振り回し始める。それを余裕をもって回避し、捌き、避ける。その一方でアークの方に目を向ける。
俺との訓練以外対人の実戦は初体験だ。緊張と恐怖が伝わってくる。
だが、この程度でどうにかなる弟子でない事は師匠である俺が一番理解している。
「へっ、F級の冒険者如き手足の1本でももいでからあの糞野郎の前に引き摺って行ってやる」
剣士の1人が言ってアークに向けて手を伸ばす。其処でアークは「うわぁぁぁぁぁっ!」と声を張り上げながら手にした剣を振り上げ男に向かって斬りかかっていった。
男はガキの剣如きとばかりに片手の剣でその一撃を受け止めようとした。してしまった。
次の瞬間、パキィィィンという音を立ててアークの一撃を受けた男の剣が砕け散った。
「え?あ、な…」
「せぇぇぇぇぇい!」
唖然として動きを止めた男に勢いそのままにアークが今度は足刀を放つ。鳩尾にマトモに蹴りを受けた男は数メートルを吹っ飛び木にぶつかってそのままガクリと倒れ込んだ。
「なっ?!」
残った最後の男もアークがただのF級冒険者で無い事を悟ったのか慌てて構えを変える。そこにまたアークが突っ込んでいく。
「はぁぁぁぁっ!」
突き、横薙ぎ、袈裟斬り、唐竹割と全力の攻撃が隙無く延々と続き男が対処仕切れなくなっていく。
「ぐっつ、この、いい加減にっ!」
捌ききれなくなった攻撃に業を煮やした男がイチかバチかの賭けに出る。まっ正面から振り下ろされた剣を受け止めようともせずに前に出る。
アークがまだ人を斬り慣れていない、殺した事が無いと悟っての行動だろう。実際にそれは効果があった。アークの剣が動揺にブレて避けられて隙を曝す。
千載一遇のチャンスと思っただろう。男は空いたアークの左腕目掛けて剣を突き出した。
―だが、残念。それは前に俺が一度、やって見せている。
アークは振り下ろした剣をまた天頂へそしてまた地面へと目の前で円を描くように振るう。そして振るわれた剣は男の剣を跳ね飛ばしていた。無窮流『円天』まだまだだがそれがこの技の名前である。
「は?」
「やぁぁぁぁっ!」
そして武器を失った男に対して剣を盾にして肩からの体当たり、人間砲弾ともいうべき一撃を喰らった男は吹き飛ばされ気に叩き付けられ先程の男と同じように意識を失った。
ちなみに斧使いの男は俺がとっくに倒している。これで全ての男達が戦闘不能となった訳だ。
「くそっ!くそぉっ!聞いてないぞ、たかがC級1人とF級1人のパーティーがこんな…こんな…」
唯一気絶していない『
「怪我は無いな」
「はい、何とか勝てました」
「だが殺さずに倒すとはな殺って良かったんだぞ?」
「え?!いや、師匠が殺してないからてっきり…それに人を殺すのはやっぱりちょっと…」
「まあ、今回はいい。だが自分の命が一番だ、もしもの時は迷うな。盗賊討伐等の依頼もあるしな」
「はい」
そうして1週間目の騒がしい夜が明けたのだった。
朝なってからは一騒動だった。D級冒険者5人が全員縛りあげられ転がされていたからだ。
昨夜の騒ぎに気付いていたが俺達なら大丈夫だと放置していたB級冒険者3人、全く気付いてなかったC級冒険者4人と商人達、そんな中で顔色を悪くしている商人が1人。
「ベン!手前、たった2人の冒険者から金と荷を奪うってだけの簡単な仕事だってんじゃなかったのかよっ!」
縄でぐるぐる巻きにされた襲撃者のD級冒険者のリーダー格の男がその顔色の悪い商人に噛み付く。
「し、知らん、ワシはそんな仕事を頼んだ覚えはないっ!」
「ふざけんな!手前の口車に乗った挙句がこの様だ、俺達はもうお終いだ!せめて手前も道連れにしてやるっ!」
青い顔で必死に言い訳を口にするベンと呼ばれた商人に対してD級冒険者の男は声を張り上げる。
「まぁまぁ、ベンさん、このD級冒険者のパーティーはあなたが雇い入れた方々だ。無関係だというのは流石に苦しいですな」
「ち、違う、向こうが雇ってくれるように言ってきたのだ。こんな奴等だとは知らなかった。ワシは、ワシは無関係だ!」
商隊のリーダー格の商人がそう言うとベンはガクガクと震えながら必死に自己弁護する。
「手前ぇぇぇっ!!!」
その言葉がまたD級冒険者のリーダー格の怒りをかって怒声が響き渡る。
それでもまだ戯言を続けるベンだったが状況証拠は揃っているという事でD級冒険者達と同じ馬車に縛られ放り込まれる事となった。
王都に着いて憲兵に預けた後に聞いた話だがベンは投機に失敗し多額の借金を作った結果、稼いでいるという噂の俺とアークを狙って商隊に参加し付き合いのあったD級冒険者達を使って俺達から金と魔導袋を奪おうという策略だったらしい。お粗末にも程がある。
そして残り1週間の旅程も問題なく進み俺達は王都ヌバへと入ったのだった。
王都に入ると早速に冒険者ギルドに顔を出し依頼達成の報告と拠点をアラバから王都ヌバに移す申請を行う。大きな街になる程に冒険者の質は高くなり低ランクでも強い者が増えてくる。それが王都ともなれば顕著だ旅をしている者でなければ大抵の者は最終的に王都や中心都市を拠点として生計を立てる。
受付が終わった所でオススメの宿を聞き其処に向かって歩き出す。やはり王都ともなると活気が違うアラバもそこそこに大きな街だったが此処は更に広大だ。行き交う人の数も道に並ぶ商店、露天の数も段違いに多い。アークはその様に驚いたのか面白いのかキョロキョロと周囲を見回しながら少し俺に遅れて着いて来る。宿の名前はぽぽらと看板が出ていた。かなり大きな高級宿だが金には困って無いので問題は無い。早速店の中に入る。
「いらっしゃいませ」
茶色い髪のまだ若い中々かわいい女性がカウンターから声を掛けてくる。アークを連れて目の前まで歩いて行って声を掛ける。
「2人だが部屋は空いてるか?ああ、長期間借りるので割引などあるとありがたい」
「あ、はい。大丈夫です。1日銀貨1枚で1週間なら銀貨6枚、1月なら銀板2枚と銀貨5枚になります。食事は朝夕は付きますが昼食は別料金です。お風呂は夕方の18時から22時までとなってます」
「なら1月で頼む、延長はその都度更新させてもらおう」
「分かりました。ではお代と台帳への記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いや、問題ない」
魔導袋から銀板2枚と銀貨5枚を取り出し台帳に名前を書く。アークも同じように自分の名前を記入する。会った頃は文字の読み書き計算も殆んど出来なかったアークだが今はほぼ出来るようになっている。
「はい、ノヴァさんとアーク君ですね。私はこの宿の娘でココアと言います。よろしくお願いしますね」
そう言って笑いかけながらココアと名乗った女性は部屋の鍵を渡してくる。鍵には406と数字が刻まれていた。
「部屋は4階の6号室になります。ご案内は必要ですか?」
「いや、大丈夫だ。では世話になる」
「よろしくお願いします」
そして俺とアークはニコニコと手を振るココアを背に階段を登り部屋へと向かって行った。
部屋は流石に王都の高級な宿だけあって内装も行き届いており清潔でそこそこに豪華な部屋だった。俺は何時も通りにローブもフードも外さずにそのままベッドに腰掛け、アークは着ていた外套を脱ぎ身に着けていた防具を外していく。
「さて明日からの予定を話しておく」
「あ、はい」
俺がそう言うと防具を外し終えて普段着になったアークが俺の前のベッドに腰掛ける。
「明日はまず朝一番に王都の無窮流の道場に向かう。其処で試験を受けて練習生―いや、お前なら一気に初段、候補生になれるかもだが兎に角なっておく。その後は影牙流の道場に行ってこちらにも登録しておく。同時に俺も師範として働けるように登録する。お前を鍛えるのは俺だからな」
「え?なら道場に通わなくても師匠が教えてくれれば良いのでは?」
「道場を卒業しないと皆伝の免状が貰えない」
「あ…」
「道場には無窮流2日、影牙流1日の割合で行き毎日13時から18時まで通う。それまでは自由時間だ。ギルドの訓練場で自己鍛錬をするなり迷宮に潜ってみるなり好きにすると良い」
「え?迷宮があるんですか?」
「王都や中央都市には迷宮がある。寧ろ迷宮があるから王都や中央都市になったと言って過言ではない」
迷宮は素材の宝庫だ。無限に沸いてくる魔物、そこから取れる肉や皮、鱗や角に魔石と言った品々が人々の生活に欠かせないからだ。
だから迷宮のある都市は発展し王都や中央都市となるのだ。
「此処の迷宮は30階層で最下層にはA級の魔物も出るらしい。お前が潜って良いのはまだ精々5階層までだな。それ以上は危険なので行かないように」
「分かりました」
「後は今まで通りに週に1日は休息を入れる。ちゃんと体を休めるように、さて話はこれだけだ。そろそろ時間だろう。風呂に入って来い」
「あ、はい。師匠は?」
「俺は後で良い」
キッパリ断ると何か言いたそうに暫くアークは逡巡するように迷っていたが諦めたように風呂に向かう為に部屋を出て行った。
アークが出て行ったのを見てから俺は立ち上がり魔導袋から梯子を取り出してちょっと部屋の改装を行う。天井にレールを敷きカーテンを取り付ける。
これで外から俺のベッドは見えなくなった。俺はフードを脱ぎ顔を外気に晒す。久々に開放感を感じる。余程でない限り誰であれ顔を見せる訳にはいかない。例えそれが誰であろうともだ。
翌日、朝起きると師匠は何時もの様に既に目覚めていてお茶をすすっていた。
僕の目覚めも早朝に自己鍛錬するようになってかなり早い筈なのだが今だに師匠より早く起きれた事が無い。本人は「年寄りは朝が早いモノだ」と言っているが何処をどう見ても師匠は年寄りなどには見えない。最初の頃は先に起きようと頑張ってみた時もあったがどう頑張っても無理だったので最近はもう諦めている。
「おはようございます」
と、挨拶すると「ああ、おはよう」と普段通りの返事が返って来る。そして着替えると宿の中庭に向かう。昨日の内に許可は貰ってある。剣を抜いて素振りを始める。上段、下段、横薙ぎ、袈裟切りと続けていく。同時に習った技の型も放って行く『円天』『月光』『不知火』『火車』『碧落』『影裏』『雷光』次々と技を放って行く。
延々と続けている内に何時の間にか日が昇りかなり高くなっていた。もう朝食の時間だ。区切りをつけて汗を拭うと僕は宿の中へと入って行った。
「おはようアークくん、ご飯出来てるよ」
ココアさんが出迎えてくれそのまま席へと案内されると其処には既に師匠が席に着いて朝食を食べていた。目の前の師匠の口元はホンの少しばかり歪んでいる。
料理がマズイという訳ではない。昨夜も食べたが非常に美味だった。料理をしているのはココアさんのお父さんだそうだ。王都のレストランで修行したと聞いたからこの美味しさも頷ける。
なのに師匠が僅かに口元を歪めてる理由。それは単純なことだ。言っておくが知っている限り師匠に好き嫌いは無い。偶に僕と露天で買い食いして(マズイ、ハズレだ)と、思うような品に当たっても気にせずに食べている。そんな師匠が困る事は単純に食が非常に細い事だ。量を食べることが出来ない。僕の前には朝食かな?という程の量の食事が並べられている。これは師匠には食べきれないだろう。対して僕はかなり健啖家だ。奴隷時代は余り食べられなかったが今は食欲旺盛で出された物は全部食べられる。
昨夜もそうだったように師匠の食べきれない料理は僕が貰う事になるだろう。この宿に泊まっている限り僕がお腹を空かせることはないだろうなという一幕だった。
食事を終えると昨日の予定通りに無窮流の道場に向かって街を散策していく。王都は広く道場まではぽぽらから出て20分ほど歩かなければならないとの事だった。歩きながら周囲の景色を眺める。白い家が立ち並び高い建物が幾つも連なっている。視界の端には大きな王城の姿もある。僕などには一生縁がないんだろうなぁと思いながら道を歩き僕と師匠は無窮流の道場に辿り着いた。
「失礼する」
門を潜ってすぐ傍にいた年配の男の人に師匠が声を掛ける。
「おや、入門希望者ですか?」
男の人はにこやかにそう言って僕と師匠を眺める。
「いや、入門希望はこちらの子だ。俺は師範希望だ。コイツが皆伝になるまで此処で世話させて貰いたい」
すると男性の機嫌が急降下した。見るからに師匠を馬鹿にするような目をして口を尖らせる。
「師範希望等と此処は王都ですぞ?皆伝のメイスイ様他三名の皆伝のお方が師範をされてる道場です。それを何処から来たかも分からない若造が弟子を皆伝になるまで育てたいから軒下を貸せなどと…皆伝まで何十年かかると思ってるのか!」
男性の言葉は最もだと思ったが師匠を馬鹿にされたような気がして僕もカチンと来た。何か言ってやろうかと口を開きそうになるがそれを師匠が手で押さえ男に向けて魔導袋から取り出した紙を差し伸べる。
「俺も皆伝だ。免状は此処にある」
「はっ、何処の田舎の道場の皆伝か…………え、パールティア?皇国の?それにノヴァとは…まさか…」
そこまで言った所で師匠が男の口に指を当ててそれ以上言わせない様に止める。パールティア?皇国?どちらも僕の知らない事だ気になったが師匠が言わせなかった以上、この場で僕が聞いて良い事じゃないのは何となく分かった。
「構わないかな?」
「は、はい、直ぐに上の者に話を通してきます。少々お待ちください」
突然態度が急変した男に呆気に取られるが話が通るのなら問題ない。そして男は師匠の免状を持ったままドタドタと奥へと走って行ってしまった。
「師匠、今のって…」
「ああ、気にしなくていい。それよりもう来たようだぞ」
師匠がそう言うと足音をさせないままに何時の間にか白髪交じりの頭をした初老の男性が目の前に立っていた。
「免状をお返しする。王都無窮流メイスイ道場は貴方を迎え入れましょう。ノヴァ殿」
「………」
その初老の男性を見て師匠は驚いたように口を僅かに開けて固まっていた。僕は訳が分からず二人を只見比べる。
「お前、スメラギか?随分と老けたな」
「はっはっは、30年ぶりですからね。貴方は変わりませんね。ノヴァ殿」
30年!え、と、言う事は師匠って30歳を超えてるという事?でも30年前も変わってない?どういう事???と混乱して2人を見比べてしまう。
「おや、お弟子さんには話されていないのですか?」
「…言う事じゃないからな」
「ふむ、ならばワシも何も言いますまい」
2人の間で会話が成立し僕には師匠の謎だけが立て続けに増えてしまった。何が何だか分からず頭を抱えているとスメラギさんが「では入門希望者の試験を開始しましょうか」と言われてしまい、取り合えず出来た謎は一旦棚上げして僕は試験に臨むことになった。
「ではまずは1次試験です。この球に手を置いて光れと念じてみて下さい」
そうして僕の目の前に台座に置かれて持ってこられたのは何時か僕が師匠に持たされて爆光させた球だった。
えーと、という感じで師匠を見上げる。
「構わん、やれ。スメラギ先に行っておくが目を閉じておいた方が良い」
「は?」
許可を得たしスメラギさんも目を閉じたやってやれとばかりに僕は球に手をかざして光れと念じた。
そして光がまた爆発した。
「目が、目がぁぁぁっ!」
「何だ!何事だっ!」
「敵襲?!敵襲かっ!」
「魔導攻撃か?どこのどいつだっ!」
「誰だ相手は!やってやる!」
前の時よりも光が強くなっていた気がする。目を強く閉じていてもまだ目の前がチカチカしている。道場の奥の方など酷い騒ぎだ。今にも大勢の人が武器を手に飛び出してきそうな気がする。
でも師匠がやれと言ったのだから僕に罪は無い、無いったら無い。そう僕は現実逃避を行った。
「いやはや、凄まじい氣ですな。これほどの輝き等勝手無いのでは?」
「かも知れんな、前の時はまだ奴隷から解放されたばかりだったが今は食事も睡眠も十分取っているんだ。さらに強くなっていると考えて当然だったな」
新規入門者の試験だったと騒ぎを落ち着けてから師匠とスメラギさんが先程の光について話し合っている。何となく申し訳なくなってくるがやはり原因はやれと言った師匠な訳で僕は悪くないと心の内で自己弁護を繰り返しておく。
「まあ、予想以上の結果でした。1次試験は合格です。では2次試験に移ります」
「はい」
「貴方は何の為に当道場に通うのですか?」
「え、その強くなる為です」
「何の為に?」
「……S級冒険者になりたいんです。師匠の夢で僕にとってもそれが目標になりましたから」
「ではS級冒険者になって強くなって何をしたいのですか?」
「え……」
そこで僕は言葉に詰まってしまった。只、強くなってS級冒険者になってまでしか考えてなかった。それもそこまでの道程は全て師匠が考えてくれたもので僕が自分の意志で何をしたいかというのは何処にもなかった。だから僕は答えに窮してしまった。
「……分かりません」
「ふむ、そうですか…」
「でも、僕は奴隷でした。どうにもならない中で何時も誰かに只、助けを求めてました。それを師匠が助けてくれました。恩があるんです。返したいと思います。そして出来るなら自分もまたどうにもならない誰かを助けられるような人間になりたいと思います」
それはまだ自分の意志じゃないかもしれない。ただ師匠の後を追いかけているだけなのかもしれない。それでも追いかけたいと示した。
するとスメラギさんはニコリと笑って「良いでしょう。合格です」と言った。
「アークくん、ヌバ王都無窮流メイスイ道場は貴方を歓迎しましょう」
「あ、ありがとうございます」
「貴方には勿体無い弟子のようですね。ノヴァ殿」
「ふん…」
何か言ってるが寧ろ僕みたいな弟子には勿体無い師匠な気がするのだがスメラギさんから見ると違うのだろうか?
まあ、自分が知らない師匠について色々と知っている人なのだ。深い意味とかがあるのだろうと思いながら兎も角、合格できたと僕は喜びを嚙み締めた。
「では最後に等級を計る実技試験を行います。着いて来てください」
スメラギさんはそう言ってスッと歩き出す。師匠は平然とその後に着いて行き僕も慌てて後を追う。歩いていて気付いたが僕が歩くと床がギシギシと音を上げるのにスメラギさんと師匠の歩く音は聞こえない。そういう方法か技術でもあるのだろうか?僕はジッと二人の歩き方を見ながら後を着いて行った。
「此処は練習試合を行う為の広間の1つです。武器は壁に掛けてある木剣を使って下さい。相手は私がします。では始めましょう。どうぞ」
「はい」
返事をして剣を構える。
威圧感がある。師匠との訓練では感じたことが無い物だ。隙が無いとかそういう物だろうか?どう打ち込んでも跳ね返される気配しかない。
「どうしました?」
動かないこちらを見てスメラギさんが声を掛けてくる。動けない。だが、打ち込まないと始まらない。どうせ勝てはしないのだ。ならば自分の全力でぶつかるのみと決心して「行きます」と言い突っ込んだ。
全力での真っ向からの唐竹割。スメラギさんはそれを受け止めるように頭上に剣を置いた。だが剣が受け止められた瞬間にスルリと力が抜けるように横に流されていく。
(しまった。これ『落葉』)
師匠に一度使われた技。脱力して剣を滑らせて受け流し地面に着いた所で踏みつけて動きを阻害して切りつけてくる技。このままでは何もできないまま負けてしまう。そう思った僕は強引に剣を横薙ぎへと変化させた。
「む」
受け流しに失敗したと見るや軽く後ろに跳んで僕の横薙ぎの一撃を躱すスメラギさん。だが其処にすかさず僕は突きを放つ。それも軽やかに躱される。
突きで伸びきった腕を慌てて戻し右上に構える。其処に衝撃。スメラギさんの放った一撃を偶然にも運よく防げたようだ。「ほう」というスメラギさんの声を聞きながら再び突っ込む、今度は腰だめからの横薙ぎの一撃、また躱される。だが視界からは消えていない。見えている。僕は続け様に剣戟を繰り出す。だがそれも華麗に避けられていく。再びの唐竹割、右側に回り込まれて避けれる。袈裟切り、また右に躱される。逆袈裟切りがまたまた右に、右側に避けるならばとばかりに先回りするつもりで横薙ぎを放つがまた右側に避けられる。おかしい、違う、そうだと気付いた時には遅かった。足がもつれる。何時の間にかずっとその場で右回りに回転させられていた僕は目を回してしまっていたのだ。『月影』師匠に仕掛けられた時にそういう技だと教えられていた。
慌てて距離を取ろうとするが足元がふらつく。距離を取れない、そこにスメラギさんの放った突きが迫る。よく見えない程の速く鋭い突き、イチかバチかで『円天』を放つ。ガキンという音が響き手首に僅かな痛みが生じる。ギリギリで運よくスメラギさんの突きを防げたようだ。だがふらつきはまだ治らない追撃が来れば倒される。最後の最後だ。剣を背中に背負うように構えて思い切り床を踏み抜く心持で踏みつけながら視界に何とかとらえたスメラギさん目掛けて剣を振り下ろす『合切』一切合切叩き潰すという剛の技、剣というより槌や斧の技らしいがこの際は関係ない僕は自分の全力をスメラギさんへと叩き付けた。
キン
そこで響いたのはそんな音だった。ふらつきが完全に治って無かった僕はそこで尻餅をついて座り込んでしまう。何が起こったのか一瞬、分からなかった。
見るとスメラギさんは『円天』を放った後の動作でその場に立っていた。その直ぐ後にコトンと音がして何かが落ちてくる。落ちてきたのは僕が手にしていた木剣の半分だった。
木剣で木剣を切り裂いた。その凄まじい技量に僕は愕然とした。
「いやはや、中々にやりますな。これでまだしっかりした訓練をしてないと言うのが驚かされる。少々、本気で斬ってしまいましたよ」
「ぬかせ、本気なら最初の一合で終わってるだろ」
その言葉はまさかというよりやっぱりなという感じですんなり納得できた。こんなすごい人と自分がアレだけ戦える訳が無いと悟ってしまったからだ。
「兎も角、実技試験は終了です。お疲れさまでした。アークくん。等級はそうですな1級と言った所でしょうか」
「何だ、初段(候補生)じゃないのか?」
「1級に氣量では流石に劣りますが技量では上の子が居ります。互いに切磋琢磨して頂ければと思います」
「成る程、それなら有りだな」
師匠とスメラギさんのそんな話の結果、僕の等級は1級と決まった。本来なら10級(練習生)からスタートなのに随分と追い抜いたなぁと思いながら明日から正式に通う事になり僕と師匠は無窮流の道場を後にするのだった。
次に向かった影牙流では何ら問題が起こる事無くとんとん拍子に事が運んだ。
「弟子を皆伝にするまでこの道場で育てたい」
と、師匠が言うと「おう、良いぜ。免状は持ってるかい?」と、言う具合だった。
何でも氣や魔素、魔導力と言った特別な力を持った者しか受け入れない無窮流、久遠流、魔刃流に比べてそんな力を持たない者を受け容れて教えを授ける影牙流は基本的に大らからしい。孤児院の経営すらしているらしい。
試験も入門は問題無しで等級を決める実技だけ受けて終わった。
影牙流の実技試験の相手は40代ほどの大柄なおじさんだった。名はダラドアというらしい。
無窮流の道場と同じく板張りの広間に僕とダラドアさん、師匠と後は見学らしい何人かの人を置いて試合は始まった。
僕は木剣を手にダラドアさんは無手だった。無窮流は剣術が基本、久遠琉は武器全般、魔刃流は刃物全般で影牙流は基本は無手の流派らしい。
スメラギさんの威圧と強さを感じ取っていたからか僕は今度はダラドアさんの威圧に屈することなく開始と同時に突っ込んでいった。
まずは突進の勢いをそのまま生かした突き、横に躱されるが動きは見えている。其処からそのまま横薙ぎに変えて追い掛ける。するとダラドアさんは「おっと」と言いながらしゃがんで避ける。だが僕はまだ止まらない。今度はそこから右手を地面に付けて右足での蹴りでダラドアさんの顔を狙う。
その蹴りがパシッとダラドアさんの手に止められた。
「中々、いい動きだな」
僕の足を手で握ったままダラドアさんは言う。そしてゆっくりと手で握った足に力を込めていく。
「つっ!」
痛みを感じて僕は慌てて足をひいてダラドアさんの手から逃れる。
「今度はこっちから行くぜ」
其処からダラドアさんの猛攻が始まった。フック、ジャブ、アッパー、ワン・ツーと豪腕が唸りを上げて僕を襲う。
ダラドアさんは拳を主体に戦う拳闘士らしい。大木の様な腕が僕のギリギリ横を掠めていく。どうにか隙を見つけて反撃したいが避けるだけで精一杯でそんな暇が全くない。
「目も良い、反応も良い、コイツは面白い!さあ、ギアを上げるぞ、着いて来てみろ」
その言葉と同時に猛攻がさらに激しくなる。右、上、下、左と回避が追い付かなくなり掠める事が増える。このままだとマズイと感じるが手が出せない。
そして遂に一撃が入る。ダラドアさんの拳が僕の腹部にめり込む。
「ごふっ!」
腹から込み上げる痛みに声を上げる。そして其処からトドメとばかりに顔に向かっての一撃が放たれる。
だが、此処で負けてなるモノかという意地があった。何も出来ないまま倒されるなどイヤだとその覚悟で僕は「だぁぁぁぁっ!」と声を上げながら相打ち覚悟で剣を振るった。
「!おっと」
それを見たダラドアさんが攻撃を止めバックステップで僕の一撃を回避する。瞬間、此処しかないと僕は踏み込む。勝てないまでも一撃だけは入れると体を回転させて全力の横薙ぎの一撃を放った。そして次の瞬間に僕の木剣はダラドアさんに直撃して―
バキィィィッ!!
と、音を上げて砕け散った。
「え……」
「とー、あー、壊れちまったか。試験は此処までだな。お疲れさん、アーク楽しかったぜ」
「あ、はい、ありがとうございます」
僕にはダラドアさんが何かをして木剣を砕いたのだと思った。だが剣は確かにダラドアの腕に直撃していた。そこから導き出される予想は―まさか、ダラドアさんの体は木剣より硬い?有り得ないと思いながらもそれを否定する材料が無い。今日二度目の呆然とする結果に僕は只、その場に立ち尽くすだけだった。
「目も良い、反射神経も良い、成長性もピカ一、体が出来上がってない時点でこれだけ出来るんだ等級をもうすっ飛ばして初段(候補生)で良いだろ」
「最後の思い切りもよかったしな、文句は無い」
「と、ゆーかダラドアさん『鋼』使ってただろ、初心者相手にそれは反則じゃね?」
一撃の結果にまだ呆然としている僕を余所に会話が続いていく。師匠がやって来てポンと頭に手を置かれた。
「お疲れさんだな、弟子一号。回復薬はいるか?」
「あ、言え、大丈夫です」
殴られた腹の痛みも大分引いている後に引き摺る事もないだろう。手加減されていたのだと思う。
「そう言えば『鋼』とかって聞こえましたけどアレが影牙流の技なんですか?」
「いや、影牙流は『朧』『颯』『絶』『凪』『堅』『轟』と言う6種の技が基礎だ。アレはそこから派生させて独自に編み出した技だろう」
影牙流についてはまだ何も習ってないので分からないことだらけだ。十分に理解できないまでも取り合えず成る程と頷いておく。
「よし、アーク、お前さんの等級は初段で決まりだ。今日は久々に楽しかったぜ。またやろうな」
言われてブンブンと首を振る。皆伝の人と練習試合何て命が幾つあっても足りない。身が持たないなんてモノじゃない。
「ありゃ、嫌われちまったか?」
「ダラドアお前さんの様な戦闘狂と一般人を一緒にするな。また門下生を辞めさせる気か」
「そもそも俺の弟子だからな。指導は俺がする。……まぁ、たまになら試合させてやってもいい」
師匠が言うとダラドアさんはニヤッと笑い僕は青くなる。師匠、そんな殺生な。
「話の分かる師匠だな。良かったなアーク、またやろうぜ」
「…手加減はしろよ」
そう言うなら最初から練習試合等させないで下さい。師匠。そう思いながら僕は師匠とダラドアさんを見上げるのだった。
夜、アークが寝たのを見計らって俺は宿を出た。
王都は夜もまた騒がしい、あちこちを男と女がたむろして居並ぶ料理屋と居酒屋からは香ばしい匂いが立ち上って来る。
示し合わせていた1件の居酒屋の前で足を止める。ホンの少しだけ躊躇して店の扉を開ける。
「いらっしゃいませー」
陽気に声が掛けられ店内も賑わっていた。どうやらかなりの人気店のようだった。見渡すと奥のカウンターに目当ての人物は座っていた。「おう、来たか」という感じで手招きされ促されるままにその隣の席に座る。
「いらっしゃいませ、何にしましょう?」
「取り合えず1杯。後はオススメで1品頼む」
「畏まりました」
そして俺の前に酒が置かれ料理が始められる。
「では30年ぶり…というか、先程ぶりの再会に1杯」
「そうだな」
言って隣の席の男、スメラギと御猪口を合わせて1杯呷る。
「しかし貴方がパールティア皇国を離れるとは思っていませんでした。引き留められなかったのですか?」
「昔から何度も言ったように俺は冒険者志望だ。宮廷魔導具士等なりたくてなったんじゃない」
当時の事を思い出しながらまた1杯酒を飲む。
「研究した成果を本国に送ると言う事で国を出る許可を無理矢理に取り付けた。それが26年前だ」
「成る程、それから各国を冒険者として放浪していたのですな」
「おまちどおさまです」
そこで料理が目の前に置かれる海老と色取り取りの野菜が盛り付けられた天ぷらだった。それを一口齧ってからまた話を続ける。
「だが、お前の言った通り俺にはやはり才能が無かった。アレだけ修行して冒険者になり20数年掛けてもC級だ。もう諦める寸前だったよ」
「そうですな。当時は私もどこの金持ちのボンボンが道楽で皆伝を求めているのかと思ったモノです」
まだ若かった頃と言うような口調で思い出しながらスメラギが口にする。
その頃の俺はパールティアの宮廷魔導具士として働きながら無窮流、久遠流、魔刃流、影牙流を習い続けていた。
既に影牙流と魔刃流は皆伝を得ていたが無窮流と久遠流はまだ9段だった。見るからに弱々しいのに我武者羅に剣を振るい当時まだ7段だったスメラギにとって自分より弱いのに皆伝目前の9段に居る俺は目障りな存在だった。
ヤマト王国から無窮流の交換留学生で親善大使としてやって来ていたスメラギは何度となく俺と手合わせを行い叩きのめしていった。だがそれでも俺は諦めなかった。負けても負けても食らいついていった。最後には無窮流の秘伝、奥義書の解読を行い古の奥義を復活させて特例として皆伝の地位が与えられた。
この執念にはスメラギも呆れはてて俺の事を認めてしまった様だった。コイツは何が何でも自分が望む物を手に入れる奴だと思っていたようだった。
そんな俺が諦めそうになっていたというのが意外だったのか不思議そうな顔で「冒険者とはそれ程に苛酷でしたか?」と言った。
「辛いとは思わなかったが悔やしいとは思ったな。俺はこの形でパーティーは組めない。ならソロで成り上がるしかない。だが力がどうしても足りなかったそれだけだ」
そして酒を呷る。無念さが滲み出る様に拳を握り込んで悔しさを口にする。その思いの根底を何となく察しているスメラギには俺の悔しさが伝わったようだった。
「ならば得意な魔導具作りで何か有用な物を生み出せばよかったのでは無いですか?あなたならそれも可能だったでしょう?」
「ふん、魔導袋でもあの騒ぎだったんだぞ。戦いに用いる様なまして軍でも使える様な品を生み出せば下手をすれば大陸大戦争だ。そんな真似が出来るか」
何を隠そうそれまで迷宮の宝箱から運よく手に入れるしかなかった魔導袋を人の手で作れるようにしたのが俺なのだ。食料や武器防具道具を容量の限り詰め込め運搬できる。補給の問題が楽に解決され軍部が知るやあわや侵略戦争に利用しようという寸前で商業ギルドを利用して各国に作り方を広め未然に防いだのだがお陰で戦争は回避出来たが軍には睨まれる事となり後々、大変な目に合ったのは別の話だ。
他にも血抜きの魔導具や火、水を生み出す魔導具、インクの要らないペンの魔導具、一瞬でテントが出来上がる魔導具から揺れない馬車型の魔導具まで俺の作った物は数知れない。それこそ魔導具作りという一点においてはS級冒険者も目が眩むほどの功績と報酬を俺は得ているのだが俺の夢はそんな事では無かった。
そんな功績を誇る事も無ければ表に出す事もない。俺が目指したのはあくまでS級冒険者という栄誉なのだ。欲があるのか無いのか、ただ幼い頃に見た夢を追い続けるそんな生き方、それはスメラギから見ればどう映るだろう?眩しくも悲しくも見えるかも知れないと思った。
「隠して利用すると言うのは?」
「俺にはパールティアからの見張りが付けられている。そんな真似は不可能だ」
言われてスッとスメラギが気配を探るのが分かる。確かに店の外から中を伺う者の気配が感じられただろう。パールティア皇国にとっても俺は金の卵を産む貴重な鶏なのだ本人の希望を叶えても完全に自由にさせる訳が無い。
「成る程、確かにその通りですね。ではその果てに見つけたのが彼で新しい夢だと?」
「…そうだな。本当に実現しないと何とも言えないってのが正直なところだ。最初は本当に只、勿体ないと思ったから助けたんだ。その上で教えてみると俺が何年も掛かった道程を僅か数ヶ月で駆け上がっていくんだ。妬ましいと思うが嬉しくもある」
そうは言うが声に妬ましさは無く純粋に弾んだ楽し気な声になってしまった。俺が思っていることがスメラギにも伝わったのか「そうですな。弟子の成長とは楽しいモノです」と笑った。
「そう言えばお前こそ何でヤマトを離れて此処に居るんだ?ヌバに縁があったのか?」
「私の師の1人がこの地の出身だったのですよ。皆伝の1人が亡くなって代わりに1番若い私がということになり18年前にこちらに来ました」
「成る程、それでこの都市に…30年か、老いるってのは羨ましいモノだ」
「はは、そんな事を言われたのは初めてですな。私から見ると変わらない貴方が羨ましい。今も当時と同じ顔と髪色なのでしょう?」
「そうだが、見せんぞ。道場でもこのローブとフードのままで良いと許可を得る」
「おや、それは残念。久々に見たかったのですが」
「何はともあれ明日からはまた同じ道場で同門だ。よろしく頼む」
「ええ、此方こそ。また機会があれば勝負と行きましょうか」
そして再び酒を酌み交わす。王都ヌバでの夜はこうして更けていった。
翌朝、日が昇る直前に目を覚まし手早く着替えるとローブを羽織りフードを被る。ベッドを隔てていたカーテンを開けるとアークはまだ眠っていた。
起こさないようにしながらペンと紙を取り出して魔導具の設計図を書き始める。今、制作に取り組んでるのは湯を沸かす魔導具を小型、軽量化した品だ。風呂を沸かす大型の物は昔に作っていたが小型化は行っていなかった。これが出来上がればお茶を飲むのが楽になるだろう。
そう思いながらスラスラと紙に書き込んでいく。時に筆を止め試行錯誤し、また筆を走らせて図面を完成させていく。決して好きでやっているのではない。出来るからやっているのだ。
仕事とはそういう物だと言われるかも知れないがやはり好きな事を仕事としてやって成功したい物だったと思ってしまう。才能もそちらの方が欲しかった。
本当にこればかりはどうしようもないと何度となく悔やんだ物だった。一区切りつこうかという所でアークが身じろぎするのに気付く。起きる前兆だ。
素早くペンと紙をしまいカップと中身の入ったポットを魔導袋から取り出して注ぐ。適切な温度に保たれていた紅茶が良い香りを上げる中でアークが目覚めて此方を向くのを見る。
「起きたか」
「ん……はい、おはようございます」
まだ少し寝ぼけまなこといった感じでこちらを見てくるアーク。目がはっきりしてくると僅かに悔し気な気配を滲ませてくる。
この弟子が自分より早く起きようと頑張っている事は気付いているが今の所は何とか負けた事は無い。元々が眠りは浅い方だし短時間の睡眠でも体が不調を訴えた事は無い。今後も多分、大丈夫だろうと思いながら入れた紅茶を口にする。
「弟子一号、先日も言ったが午前中の行動は自由だ。13時前には無窮流の道場に来るように」
「分かりました。では今日は今から朝食まで素振りをしてからその後は冒険者ギルドに顔を出して街を散策してみます」
「分かった。俺は師範の仕事についたから朝食後から道場に行っておく。何か問題があったら来るように」
「はい」
それで話は終わったと視線をアークから離すと彼は着替えて剣を手に外へと出て行った。
朝食後、言葉通りにヌバ王都無窮流メイスイ道場にやって来ていた。門を通り中に入ると昨日とは別の男が中に立っていた。
「今日から師範の役を担う事になってるノヴァという。スメラギかメイスイ殿にお目通り願う」
「あ、は、はい、聞き及んでおります。こちらへどうぞ」
奥の間へと通される。其処では上座にスメラギと他2名の老人が座っていた。どちらも外見とは違い背筋が伸びピリッと張り付けた気配を纏っていた。
(かなり強いな)
見て肌で感じて分かる。スメラギは勿論だが他の2人も自分より全然、強い。周囲に居る十数名の者達も間違いなく全力の自分より強い。
本当に今更ながら才能の無さが恨めしいと思った。
「よくぞ参られたノヴァ殿。ワシがこのヌバ王都無窮流メイスイ道場当主ラマダ・メイスイだ。ヌバ王国より子爵の地位を授かっておる。右に居るのがリロウド、左に居るのがノヴァ殿も知っておられるスメラギだ」
声もはきはきしていて通りが良い。十分な人格者に見えた。俺も同じく促され座ったまま礼を取る。
「理由がありこのような姿で失礼します。皇国パールティア皇都無窮流アンガス道場にて皆伝を受けたノヴァです。不躾な願いを聞いて頂き感謝しております」
「何、噂に聞くノヴァ殿に来て頂いて寧ろ有り難く思っておりますよ」
「噂ですか?」
「うむ、才無き身ながら執念で皆伝まで上り詰めたとな。当道場でその一番弟子を育てたいと聞く。是非、その心意気を他の者にも伝え導いてやって欲しい」
「非才な身ですがそのお言葉に応えられるよう全力で取り組みましょう。代わりと言っては何ですが先程、申した通り事情があってこのローブとフードを脱げぬ身、どうかこの姿のままで教えを授ける許可を賜りたく。代わりに賃金の類は一切要りませぬ」
「事情についてはスメラギより聞いておるので理解しておる。構わぬよ、しかし賃金が無しと言うのは申し訳ない。幾らかは払わせて頂こう」
「お心遣い感謝致します」
深く礼をして感謝の念を送る。この姿のままと言った時に周囲に居た何人かが不機嫌そうな気配を送ってきたが当主が許可を出しては何も言えまい。これで契約はなった。後は師範として仕事をして行くだけである。
「ではヌバ王都無窮流メイスイ道場について説明させていただきます」
道場内を案内されながら俺は案内役の男性から話を聞いていた。
「当道場は全部で8棟からなります。当主宅が1棟、大道場が1棟、中道場が3棟、小道場が2棟、大浴場が1棟となります。人数は練習生が568名、候補生が210名、師範代が21名、師範が13名、皆伝が3…いえ、ノヴァ殿を入れて4名ですね。合計816名になります」
「成る程、分かったそれでこれから向かうのが大道場か」
「はい、級数の低い練習生は其処で訓練しております。ですがよろしかったのですか?皆伝の者が練習生の手解きなど…」
「構わない、ハッキリ言うが俺は強くない。冒険者としてもC級で行き詰ってる程度だ。普通にやったら俺よりお前の方が強い位だろう」
それを冗談だと思ったのか案内役の男は笑ったが決して冗談ではない。師範にだって本気で挑んで半分以上に勝てないだろし師範代にだって負けるかも知れない。俺なんてその程度なのだ。
そして俺は大道場へと足を踏み入れた。
「では練習生の指導は師範代が1人で20人から30人程を相手に行っております。ノヴァ殿にはこちらのスペースでこの24名の子をお相手して頂ければ…」
「分かった」
返事を返して俺はまだ10歳程度の子供が殆んどの集団の前に立つ。
「おじちゃん誰ー?」
「違うだろ、お兄さんだよ」
「いや、お姉さんじゃない?」
「こら、そこ俺はお姉さんじゃない、お兄さんかおじさん、お爺ちゃんと呼べ」
「お爺ちゃん?何で?」
「年寄りだからだ」
「大先生よりも?」
「今、この道場で一番の年寄りだぞ、俺は」
「嘘だー」
「嘘じゃない」
他愛ない会話を子供たちと行いながら場の空気を和ませていく。こういうのは得意じゃないんだが何とか上手くやれているだろうかと思いながら話を続ける。
「よし、じゃあ、まずは1人ずつ打ち込んで来い。適正を見てやるその後は各々に練習だ」
「「「「「はーい」」」」」
アークの様にも、何時か見た人々の様にも輝いてる子達は居ない。だが、どの子もひたむきだった。真っ直ぐに偶に裏をかいて足を狙ってくるような子も居たが殆んどが真っ正直に剣を向けてきた。
それが俺にはとても眩く見えた。
12時45分、師匠から貰った時計で時間と確認して昨日やって来た道場を見上げる。相変わらず大きい。此処に今日から通う事になると思うと少し気後れするが此処で立ち止まっていてもしょうがないので意を決して中に入る。
「失礼します」
「はい、あ、入門の方ですか?」
昨日会った男の人と違い女の人がそこに立っていた。年は結構上のようで20代くらいに見える。
「いえ、今日からお世話になる練習生でアークと言います」
「ああ、昨日の氣玉を物凄く光らせたって言う、期待の新人ね。よろしくねアークくん」
「あ、はい、よろしくお願いします」
挨拶を返すと「じゃあ、こっちに来て」と案内されて道場の中に入って行く。
「此処が更衣室だから服と武器を置いて道着に着替えてね。鍵も掛けられるようになってるから貴重品が有ったら一緒に入れておいてね」
「はい、分かりました」
「じゃあ外で待ってるから着替えたら出て来てね。あ、私はアカリっていうの次からは名前で呼んでね」
「分かりました。よろしくお願いしますアカリさん」
「うん、うん、じゃあ急いでね」
そうして僕は服と剣、財布を棚に入れて鍵を掛けると道着を着て外に出た。外に出ると言葉通りアカリさんが待っていた。
「おー、似合ってるね。うん、馬子にも衣裳って感じ」
褒められてるのだろうか?何だか違うような気がするが取り合えず「ありがとうございます」と返して道場内を案内されていく。
「1級の練習生は今来てるのは全部で34名、この時間に貴方と一緒に訓練するのは11人だからアークくんを入れて12名ね。担当はノヴァさんがやってくれることになってるから気は楽でしょ。まぁ、ちょっと問題のある子も居るかもだけど仲良くしてあげてね?」
ちょっと不安になる事をいわれたが奴隷時代に比べればマシだろうと考えて僕は頷き案内された中道場の1室に入って行った。
中に入ると既に7人の男性と1人の女性が柔軟をしていた。全員が僕より年上だ。女性以外は体格もかなり良い。傍らには何時も通りの格好をした師匠が居る。今日こそ師匠の素顔を見れるかもと思っていたのに残念だ。
「来たかアーク、これで後は2人だな」
「もうそろそろ来ると思いますよ。あの子達は何時もギリギリですから」
アカリさんがそう言ってるとドタドタと激しい足音が響いてきた。
「セーフ、間に合った?間に合ったよな?」
かなり大柄な青年が駆け込んできた身長は師匠と同じくらいある。全身が筋肉に覆われているようだ。かなりの力自慢なのだ察せられる。
「ギリギリだよ。全く何時も何時も付き合わされるこっちの身にもなってくれ何で後5分早く準備が出来ないんだ」
次に現れたのは何処か怜悧な雰囲気を思わせる僕と同じくらいの身長の少年だった。どこか冷たい気配がするが立ち振る舞いが何処か強者の気配を臭わせる。
「だって時間が勿体ないだろ、俺は1分でも堕落していたいんだ」
「よし、君は明日から声を掛けないから存分に遅刻してくれ」
「そんな殺生な事を言わないでくれよ、幼馴染だろ。リアも何とか言ってくれよ」
そう言って筋肉達摩の男が唯一の女性に声を掛ける。とても綺麗な少女だ透けるような白い肌に流れるような銀髪と赤い瞳、何処か浮世離れした美しい少女だった。
「…うるさい、話しかけないで耳が腐る」
「ひでぇ!」
だが、その口から発せられる言葉は辛辣の一言だった容赦がない。まるでゴミムシを見るような目で筋肉達摩を一瞥する。
「まぁ、兎も角、コレでこの時間帯の生徒は全員が揃ったな。先ずは自己紹介から始めよう俺の名はノヴァ。皇国パールティア皇都無窮流アンガス道場にて皆伝を受けた者だ。これからお前等の指導は俺が行う。異論のある者は居るか?」
すると怜悧な気配を漂わせていた少年が手を上げて尋ねる。
「皆伝と言えば流派の最高峰です。そんな方が練習生の訓練など割が合わないのではないでしょうか?」
「ああ、俺が此処に来たのは其処に居る一番弟子であるアークに皆伝を取らせるためだ。許可は当主ラマダ殿にとってある。無論、お前等の訓練にも手は抜かない。以上だ。他に意見はあるか?」
「どうして道着を着ずにそんな恰好なのですか?」
「個人的な事情だ。これも許可を得ている。どうしても気になるならスメラギかラマダ殿に尋ねると良い。言うとは思えないがな」
其処で全員が黙った聞きたい事は聞き終えたという事だろう。僕は黙って話を聞いていた。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね。怪我しないように頑張ってね。アラド」
「はい、はい、分かってるよ。母さん」
え?母さん??と驚き僕はアカリさんと僕と同じくらいのアラドと呼ばれた少年を見比べる。とても僕と同年代の息子が居る歳の女性には見えない。師匠といいアカリさんといい僕の周りには年齢不詳の人が多すぎるとなんとなく思った。
「よし、それじゃあ、簡単に自己紹介をして貰おうかアークお前からだ」
「え?僕ですか?え、えとアークです。歳は先日12歳になりました。元々は農民でその後は奴隷になって師匠に拾われました。今の夢はS級冒険者になる事です」
「じゃあ、次だな。順番に頼む」
「じゃあ、先ずは俺だな。俺はライアス・マクレーン。今年で14歳でリロウド伯父の甥で騎士爵の長男だ。夢はそこそこに稼いでだらけた生活を送る事だ」
「…私はリア・フォーレンハイト。フォーレンハイト伯爵家の次女。歳は13歳。無窮流の他に魔刃流も習っている。夢は取り合えず平凡に生きる事」
「俺はアラド・メイスイ。ラマダ・メイスイの孫で13歳。夢は子爵からの陞爵と無窮流メイスイ道場の後継者になる事だ」
そして残りの8人も夫々に自己紹介をしていくが絶対に覚えておかないといけないのは最初に聞いた3人の事だろう。まさか全員が貴族とは思わなかった。
「それでは今日は先ずは素養を見る事もかねて模擬試合を行う。最初はアークとアラドだ前に出ろ」
「えええええっ!」
「ふん、皆伝の一番弟子か精々、師匠に恥を欠かせない戦いをするのだな」
動揺した僕だったがその言葉にはカチンと来た。まだたった6ヶ月程だが師匠は親身になって僕を鍛えてくれた。恥を欠かせない戦いだって?馬鹿にするな是が非でも勝ってやる。と、僕の闘志に火が点いた。
「構えっ!」
師匠の言葉に僕とアラドが夫々に構える。僕は基本の正中、アラドは突きを行う為の刺突の構え。そして―
「始めっ!」
その声と同時にアラドが突っ込んできた。突きが放たれる。だが、遅い。軽く弾くだが次の瞬間、更に早く鋭い突きが放たれた『不知火』二段突きの技だ。最初の突きを遅く放ち次に全力全速の突きを放つ技。一気に勝負を決めるつもりなのだろう。だが甘い。僕はこれより速い一撃を昨日体験したスメラギさんの剣技、ダラドアさんの拳技。それに比べればその一撃は遥かに遅かった。
その一撃を難なく回避する。避けられたことが予想外だったのがアラドの体勢にブレが生じる。其処にすかさず僕も一撃を放つ。横薙ぎの一撃、だが当たると思った一刀はアラドが掲げた剣に遮られその威力を殺すように横に飛ぶことでいなされる。
受けられるとは思わなかった強いと認識を改めて構え直す。アラドも「思ったよりやるな」と一言言い放ち構えを上段に変える。そしてそのままゆっくりと見せつけるように剣を下段へと動かしていく。何をするつもりかとジッと見る。視てしまう。其処でハッと気付いてバックステップをする眼前を剣が走り抜けた。『月光』師匠が言っていた。人は動くものを無意識に目で追ってしまうと、それを応用した技。剣を一定の速度、緩急で動かし視線を誘導して意識を向けさせた隙に切りつける技、動かし方、緩急の付け方は夫々だがアラドは大きく円を描くことで行っているようだった。気付かなければ切られていたと冷や汗を流す。だがやられてばかりも居られない。後ろに下がった僕はすかさず右に跳びアラドの視界から消える。
「む」
慌てて僕を視界に収めようと動くアラドだが動いた先に僕は居ない。右に着地すると同時に直ぐ様今度は左の死角へと跳び斬りかかっていく。『飛雲』という技だ。これを死角、死角へと飛び回りながら連続で斬りかかっていくと『猿飛』という技になるらしい。だが、僕はまだそこまでは出来ないので『飛雲』が精々だ。
だけど、それもまたアラドは受け止めた。驚く僕とニヤリと笑うアラド。
「裏技じゃこんな物か、なら正攻法で行くぞ」
言うと同時にアラドはまた上段に剣を振りかぶった後、負けじと僕も上段に構え同じように剣を振りかぶり―振り下ろした剣同士だガキンと音を上げた。
そこからは剣戟の応酬だった。右、左、下段、中段、突きと続け様に剣がぶつかり合う。合間、合間で『円天』、『合切』、『火車』『碧落』『影裏』『雷光』『不知火』などの技も放たれていく。いつ終わるとも知れない応酬。それでも最後がやって来る。
「だぁぁぁぁっ!」
声を共に跳び上がりからの全力での上段からの振り下ろし『霹靂』。対するはアラドの地面すれすれまで身を低くして其処から跳び上がりざまに剣を打ち上げる技『碧落』。打ち勝ったのはアラドの『碧落』だった。僕の剣は跳ね飛ばされて後方へとカランと落ちる。
「はぁ、はぁ」と互いに荒い息を吐きながら睨み合う。負けた。絶対に勝ってやると思っていたのに負けてしまった。悔しさが心の底から込み上げてくる。師匠に恥を欠かせない戦いを何て言われたのに…悔しくて拳を握りしめっていると周りから歓声が上がった。
「お前、凄いなアラド相手にあそこ迄戦えるとか」
「流石は皆伝の一番弟子だな。凄いもんだったぜ」
「やるじゃねーか、今度は俺ともやろうぜ」
次々と称賛の声が掛けられて僕は「え?え?」と混乱する。訳が分からなくなっている僕にアラドが前までやって来て声を掛けてくる。
「おい、お前、剣を始めて何年になるんだ?」
「え…いや、まだ6ヶ月くらいで…」
その言葉に場が固まる。
「うわ、6ヶ月でこの腕前」
「半端ねえなぁ」
「先生が凄いのかアークがすごいのか…」
どよどよと声が響く中で僕だけがよく分からずに頭に?を浮かべながら呆然としていた。するとアラドがビシッと僕を指差しながら叫んだ。
「良いか、アーク俺はお前にだけは絶対に負けないっ!覚えておけっ!」
「あ、は、…う、うん?」
よく分からないがどうにか認められたという事なのだろうか?混乱しながらも兎も角、僕の無窮流道場での初日の練習試合は終わりを告げたのだった。
そしてその後は残り12人による6試合が行われた。どの人も強かった。僕が勝てそうかな?という人は数人しか居なかった。中でもやはり目立っていたのはライアスとリアだろう。
ライアスはやはり体格が良い外見通りに力強い剛剣の使い手だった。同じくらいの技量と思われる相手との試合でも力で押し勝って勝利していた。
だけど一番、驚かされたのはリアだった。彼女は強かった。女性らしく力は無さそうだったが兎に角、技量が凄まじくそして早くて鋭い。相手をしたのは間違いなく僕より強く、アラドよりも強いかも知れない大人の男性だったがほぼ何もさせないままに剣技だけで完封してしまった。
其処で僕は思い出したスメラギさんが言っていた氣量では僕に劣るけど技量で上回る子が居ると、それは彼女なのではないかと思った。他にも強い人は居たが飛び抜けているのは彼女だったからだ。この時から少しずつ僕は彼女の剣を追うようになって行った。
「よし、練習試合は終了だ。少し休憩の後は個々に特訓の支持を出す。今の内に水分を補給してくるように」
師匠が言うと全員が立ち上がり水飲み場へと移動を開始する。僕も皆について外に出た。
「なぁなぁ、アーク、あ、名前呼び捨てで良いか?俺の事もライアスでいいからさ」
「え、あ、はい。でも貴族の方を僕が呼び捨てというのは…」
「気にすんなよ、騎士爵なんて貴族じゃ最下級だし門下生は身分問わずだ。基本的に師範代、師範、皆伝以外は呼び捨てだよ。な、アラド、リア」
そう言って傍を歩く2人にライアスが声を掛ける。
「特別に許してやらないでもない」
「…私はどうでもいい」
「つー訳だ。よろしく頼むぜアーク」
こうなると断る理由もない。改めて僕は3人に向かって顔を向ける。
「うん、じゃあ、よろしく。ライアス、アラド、リア」
そうして僕等は呼び捨てで呼び合うようになった。
「それはそうと何でノヴァ先生って顔隠してるんだ?」
「うーん、ごめん、僕も拾われてからずっと一緒に居るんだけど見た事無いし理由もよく知らないんだ。『見せるモノじゃない』とか言われるし」
「そうなのか、風呂とかはどうしてるんだ?」
「知らない間に入ってるみたい。只、歳はかなりとってるみたい。スメラギさんと30年ぶりとか話してたし」
「いやいやスメラギ先生って確か57歳だぞ?その人と30年ぶりって何歳だよ?口元にしわ一つ無かったじゃねーか」
そうなんだよな。もう半年も一緒に居ると言うのに師匠については知らないことだらけだ。それどころか謎ばかりが増えていく。
「そう言えば師匠が言ってたパールティア皇国って何処にあるどんな国なの?」
「何だ、知らないのか?確かヌバからずっとずっと西にある国の名前だったよな?アラド」
「君もよく知らないんじゃないか。パールティア皇国はヌバ王国の6倍程の国土を持つ大国だよ。魔導具作りの最先端を行っていて人の手で魔導袋を生み出せるようにした初の国だよ」
「…敵対したらダメな国、相手ができるのは北のゴンドワナ帝国と東のアメイジア王国位のモノ。…中央のロディニア公国連合も相手出来るかもだけど苦しいと思う」
知らなかったことが色々と教えられる。思っていた以上に師匠は凄い国の出身だったようだ。
「でも何でそんなデカい国で皆伝を受けたのに国勤めしてないんだろうな。爵位だって貰えただろうに」
「S級冒険者になりたかったからだって言ってた。でも実力が無くてC級にしかなれなかったと言ってたけど」
「C級?皆伝ならS級は難しくてもA級位なれるだろうに…何かホントに変わった人なんだなノヴァ先生って」
本当にそうだよな。そう思いながら僕等は休憩を終えて道場内へと戻って行ったのだった。
「では修行を再開する。個別に課題を出すのでそれをこなすように」
そう言って師匠は1人ずつに課題を出していく。僕には打ち込み稽古が指示された。木製の人形に剣を打ち込む修行だ。隣ではライアスが鉄の棒をひたすら素振りする修行をやらされている。アラドやリア、他の面々も夫々に別々の稽古を指示されて行わされている。今までと違う修行法なのか怪訝な顔をする者もいたが特に文句を言わずに全員が行っている。僕の方は何時も通りなので気にせずに言われた事をやり続けていく。
そして2時間後、リアが訓練を終了する。伯爵家という事で習い事が他にも色々とある為だ。他の男性達も何人か同じ時間で帰っていく。時間が長い程に授業料が高くなるからだ。そして入れ替わりにまた別の男性がやって来て練習試合の後に訓練に入る。1級の練習生は全部で60名と少しぐらいいるらしいその約3分の1を師匠が受け持つのだと聞いた。僕とアラド、ライアスは13時から18時までの5時間練習組だ。僕は勿論、アラドは道場の跡取り候補、ライアスは騎士爵の長男という事で兎に角、強くならなければならない。だから黙々と剣を振るう。
1時間おきに師匠は休憩時間をくれる。3度目の休憩時、僕が水を飲んでいる横でライアスは頭から水を被っていた。鉄棒の素振りが思ったよりも堪えているらしい。
「かはー、何なんだあの棒、スゲー重いぞ」
「軽い鉄棒なんぞあるか、こら、頭を振るな水がこっちに飛ぶ」
「それでも重いんだって、絶対に何かの細工がしてあるだろ、あの棒」
「まぁ、確かに俺が渡された鉄入りのレッグバンドも妙に重く感じるしな、何かあるのは確かかもな」
ふーんと思いながら話を聞く。リストバンドとレッグバンドは僕も渡されて付けているが特に重いとは感じていない。奴隷時代に重い荷物持ちで慣らされたというのもあるかも知れないが、付けたばかりだとやはり重く感じるのだろう。
「しかし全員が別々の事をやらされるってのは意外だな。今までは皆が横並びで同じことをやってたからな」
「へ?そうなの?」
「ああ、基本的に素振り、型稽古、木人形叩き、練習試合といった繰り返しだった。こういうのは初めてだ」
そうなんだと思いながら2人の話を聞く。僕は師匠に言われるがままの修行法が普通だったのでそちらの方が新鮮だ。
「でもライアスってダラダラしたいとか言ってた割には真面目に素振りしてるよね」
「うん?そりゃそうだろ。後々で苦労なんてしたくない今の内にやれるだけやって後でだらけるんだ。そうでないと大変だからな」
分かる様な分からないような意見だ。何とも表現しづらい取り合えず僕は頷いてだけおいた。そうして休憩時間は終わり練習が再開となりそれをその後もう1度繰り返して僕の無窮流道場初日での修行は終わったのだった。
翌日も同じような修行で終わり、次の日は初の影牙流道場での訓練だった。
こちらは無窮流の道場に比べると狭い。それでも当主宅1棟、小道場3棟、大道場1棟という構成だった。影牙流は一般人が習う流派という認識で基本的に貴族等は通っておらず習いに来るものは冒険者や傭兵、護身の為の商人程度と言う話だった。
人数も全部で400人程と無窮流の半分程しか居ないと聞いた。誰でも習えると言った割には少ないなと感じた。中に入るとちょっと強面の人が居てビクッとした。どことなくガルドを連想させてちょっと怖い。それでも意を決して声を掛ける。
「すみません。今日から此方にお世話になるアークです。師匠、ノヴァ先生はどちらでしょうか?」
「ああ、ノヴァさんのお弟子さんか、話は聞いてるぜ。訓練する道場はこっちだ着いて来な」
言われて案内されるままに着いて行く。連れて行かれた部屋は4、50人で一杯になりそうな広間だった。その広間の左上の方に師匠が居た。
「来たか、開始まではまだ時間がある。そちらに座っておくように」
「はい、分かりました。あ、影牙流は道着とか無いんですか?」
「動きやすい服装なら問題ない。そういう作法も無いしな」
そして僕は傍に居た同じように座って待っている人たちの横に並んで開始を待つことにした。
今、居るのは4人。2人は僕と同年代の様だがもう2人は幾らか年上に見えた。少し待つと1人が来てもう暫く待つと3人組がやって来た。合計で9人。これが師匠の担当する影牙流の初段の練習生らしい。
「揃ったな。先ず自己紹介をしておく。俺はノヴァだ。階級は皆伝、これから週に2日お前達の担当になる事になる。呼び方は先生、師匠、お兄さん、おじさん、お爺さんのいずれかで呼ぶように、次は右から順にお前たちの自己紹介と会得している技について話を頼む」
師匠が言うと右端に居た子から順に自己紹介が始まる。
「レックス、14歳、冒険者です。『朧』を覚えて『颯』を習っている最中です」
「フレム、21歳。商家の次男で『朧』『颯』『絶』『凪』『堅』の基礎を覚えて『轟』を習得中です」
「アジャン、15歳。平民。『朧』『颯』を覚えて『絶』を訓練中」
「ノート、24歳、C級冒険者で『朧』『颯』『絶』『凪』『堅』『轟』全部の基礎は終えてます。次の昇段目前です」
そして僕の番がやって来る。
「アークです。12歳。F級冒険者でノヴァ師匠の弟子で影牙流の技はまだ何も習っていません」
すると少しほうという声と何処か嘲るような視線が感じられた目を向けると最後に入って来た3人組の1人が此方を見ていた。何となく嫌な感じだったが無視して前に向き直る。
「ライムント、21歳、平民です。『朧』『颯』『絶』『凪』までは覚えて『堅』『轟』を練習中です」
「フォボス・ムート、13歳だ。男爵家の次男で初段に上がったばかりだが『朧』は見様見真似で何となく出来ている」
って、貴族様が居たよ。師匠、影牙流に貴族は殆んど居ないって言ってたのに居るじゃないですかと思っていると次の人物が自己紹介に入った。
「ダイナ、15歳でフォボス様の従者です。同じく初段に上がったばかりで技はまだ習っておりません」
「カチナ、15歳で同じく従者。技はまだ習っていない」
従者だったのか、通りで行動を一緒にしている訳だ。そしてカチナという子は男の子かと思っていたが女の子の様だ。髪が短いので勘違いしていた。
全員の自己紹介が終わった所で師匠が立ち上がる。
「分かった。では個々に指導を開始する。先ずはノートから手本を見せてやってくれそれからフレム、ライムント、アジャンの次にレックス、そしてアーク、フォボス、ダイナ、カチナは一緒に教える。以上だ」
「ちょ、先生、俺は『朧』はもう出来ます。レックスと同じ扱いを希望します」
全員が「分かりました」と言おうとした所でフォボス君が不満気に声を上げる。見ているとダイナ君はまたかという顔をしておりカチナさんは「はぁ」とため息を吐いている。
「見様見真似でキチンと習ったのでは無いんだろう?ノート」
呼ばれてノートさんが立ち上がり前に出る。そしてユラリと体を揺らし足を不規則に動かし始めた。見ていると目の前に居るのに居ないような、何人にもに分裂したように見えてくる。何が何だか分からずに僕は呆然とその様子を眺める。
そして少しすると「わっ!」という声が聞こえた。何時の間にか目の前に居た筈のノートさんがフォボス君の後ろに立っていた。どうやら肩を叩かれたらしい。何が起こったのか訳が分からず僕は呆然とする。
「これが『朧』だ。特殊な体の揺れと足運び、緩急で幻惑し相手を惑わせる。上級者になれば更に短く早くなる。見様見真似で出来るようになるのは大したものだが此処まで出来るか?」
「……いえ…」
悔しそうにそう答えるフォボス君。
「よし、なら4人で同じ訓練だ。ノート残りの技も手本を見せてやってくれ」
「はい」
言われて次々と技が披露される。相手をするのは師匠だ。『朧』はさっき見せられた通りに相手を幻惑する物。『颯』は相手の動きを読み最短の距離を持って相手に近付く技だと言われた。『絶』は気配を完全に遮断する技、一流の猟師等が使う『木化け』という技に近いものだそうだ。上手くすれば周囲に完全に溶け込み見つからないようにも出来ると言ってた。『凪』は相手の攻撃を受け止めたり捌いたり躱したり、兎も角無効化する技。相手の予備動作を見て次に何をして来るか完全に予想して動けるようになるのが上級者だと言っていた。と、言っても中には予備動作無しで攻撃をして来るモノも要るそうでそう言う相手を読むのにも更に訓練が必要な技だと言われた。『堅』は氣を応用して防御力を高める技である『硬気功』等ともいう。氣は誰にでもある。無窮流では一定以上持っていないと習う事は出来ないが影牙流ではそんな事は無いし、この技で使う氣は少量で一瞬だ。攻撃を受ける際だけその部位に氣を纏って攻撃を受けるのである。そして最後に『轟』は声―音を攻撃に転用する技だ。例えば一喝して相手を怯ませたり、攻撃時に特別な呼吸や声を張り上げて一撃の威力を上げたり、相手を催眠に落とすような技まであるそうだ。
兎に角、影牙流は根本的には持たざる者の技だ。氣に恵まれず、魔素を得られず、魔力を持たない者がどうにかしようとして生み出された武技。それが影牙流である。初段までは肉体作り、そこから技を教えられてそして技を派生させたり組み合わせて新しいオリジナルの技を使えるようになったら5段(師範代)更に2つ作ったら8段(師範)そして3つを作ったら10段(皆伝)だそうだ。
途方もなく先は長い気がする。そんな事を思っている間に師匠は他の人達への指示を終えてぼく達4人の前にやって来た。
「待たせたな、では『朧』の訓練を始める。先ずは付いて歩く。それだけだ」
「付いて歩くですか?」
「そうだ。一挙手一投足を見逃さないようにな。慣れてしまえば…」
そして師匠は僕に1歩、2歩、3歩と近づきフッと消えた。「えっ?!」と思った瞬間には頭にポンと手が乗せられて「こう出来るようになる」といわれた。
さっきのノートさんの見本より断然に早い。僕だけでなく他の3人も啞然としてそれを見る。
「言っておくが俺などまだまだだ。熟練者になれば動いたと思わせない内に嵌めてくる奴も居る。そういった者が本物の皆伝だ。さあ、始めるぞ。着いて来い」
その言葉に続いて僕は歩き始めたのだった。
ただ歩くだけと言っても意識して歩くのは非常に難しい。歩幅一つ、上半身の揺れ一つ意識しなくてはならない。しっかり見て真似てるつもりでもやはり違う。
汗をかくほどの運動ではないが集中してやる事で神経がすり減らされていく。1時間ほどした所で何時もの訓練の様に休憩となった。
喉は乾いてないが一応、水を飲んでおこうと飲み場に向かう。そして一緒に訓練を受けてる3人の側に戻り座るとフォボス君が「ちっ!」と舌打ちをした。僕は何だアレ?とばかりに眉をひそめる。
「ごめんね。アーク君。坊ちゃんはいきなり初段になった君に嫉妬してるんだよ」
「ダイナ!余計な事を言うなっ!」
フォボス君が声を荒げる。
「坊ちゃん、そうは言ってもこういういざこざは早い内に解消しとくもんでしょう」
「うるさい!」
そう言って立ち上がるとダンダンと足を踏み鳴らしながら部屋を出て行った。まぁ、まだ休憩時間だから良いんだけど…戻ってくるのかな?と、思っているとカチナさんが着いて行った。多分、何とかするだろう。
「悪いな、アーク君は何も悪くないにの」
「いえ…でも、何で男爵家の方が影牙流に?」
「ああ、ムート家はちょっと特殊でな。商家の由来何だが当時、影牙流の師範だった当主が刺客に襲われていた公爵を救ったとかで爵位を得てその後の三代目がまた戦場で功績を上げて男爵に上がってからというもの家の者は影牙流を身につけるようにと家訓になっているんだ」
成る程と頷いてから其処でアレと首を傾げる。
「そう言えばフォボス君は次男と言ってたけど長男の方も?」
「ああ、15歳で4段に居られる。5段に昇段間近って所だな。坊ちゃんも才能はあると言われえるんだがそれで天狗になってる部分があってな、お前さんがバッキバキにへし折ってくれると今後が楽になって良いかも知れねえな」
無茶を言ってくれるなあと顔をしかめるそれで目を付けられて後で問題になったらどうしてくれるのか、そう思ってダイナさんを見ていると「なーに、皆伝の一番弟子なんだ、何とかなる、何とかなる」と気楽に言ってくる。本当にそうなると良いんですけどね。そう思いながら僕はは黙っていた。因みにフォボス君は休憩時間の終了前にカチナさんに連れられて戻って来た。
そうして休憩は終わり訓練が再開する。他の人達の進捗を見て指導をしてからまた僕達の前に来て修行を再開する。こうしてみると見様見真似で覚えたというだけあってフォボス君は手本を見せている師匠に動きが近い気がする。目の敵にされるのも貴族に目を付けられるのも嫌だけど負けるのもやはり何か嫌だ。僕は意識を集中して師匠の後を追って行った。
貴族として他にも習い事があるようで3時間たった所でフォボス君、ダイナさん、カチナさんは道場を後にした。後はレックス君とアジャン君も同年代の子が次々と道場を離れていく。夫々の生活や授業料の問題もあるのだろうが1人取り残された気分で少し寂しい。とはいえ、他にある程度は見たり習ったりしている人に比べても一番劣っているのが自分なのだこの間に少しでも差を縮めないと行けないそう思いながら僕は師匠に付いて歩き続けた。そして更に2時間が過ぎ今日の訓練は終了となった。
王都ヌバに来て3ヶ月が過ぎた。アークは無窮流、影牙流共に技を教えるようになった事と同年代と競う事によってメキメキと実力を付けてきている。予想以上に速い位だ。天狗にならないかちょっと心配だがそんな素振りはまったくない。むしろ自己評価が低く俺への評価が過大に高い気がする。幻滅させないように努力せねばと思う日々だ。
そして今日から1週間は休みである。王国の建国際が1週間開かれる為に道場が休みだからだ。
農民時代に収穫祭や奴隷時代にアラバで祭りの体験はあるらしいが王都での1週間も掛けての大きな祭りの体験は初めてだろう。どこか浮かれた気配がある。
この時期は外からも大量に人が入って来て治安が少し悪くなるので1人で巡らせるのは少々、気になる。なので一緒に回るかと尋ねるとすぐさま頷かれた。そうして初めての長期休暇と言って良い王国際の日がやって来た。
「ふわぁぁぁ…」
アークが声を上げて見入っているのは眼下で行われている試合だ。王国際の初日と二日目は闘技場で行われる武闘祭一般の部が開催される。初日が予選、二日目が本選という具合だ。15歳以上が参加資格を持ち平民から商人、冒険者、農民、傭兵が参加している。此処で好成績を上げれば六日目と最終日に開かれる御前試合、貴族も参加する本当の本選への参加権が得られる。どの選手も全力で剣や槍、斧を打ち合っている。参加者が多いので初戦と二回戦はバトルロイヤル、6人同時での1人勝ち抜けの戦いだ。それでも白熱する。中には無窮流や影牙流の同門、久遠流や魔刃流の戦士も参加しており中々の好成績を叩き出している。
因みに師範代から師範はシードで明日の本選からの出場である。皆伝の者は御前試合への出場権が無条件で与えられるが50を超えた者は歳だからと大体の者が出場を辞退している。
「あ、師匠、あれ、あそこライムントさんです」
「ん?ああ、そうだな」
言われてみると闘技場の中に見知った顔が居た。緊張した面持ちで並んだ他の5人の顔を見定めている。
「勝てますかね?」
「難しそうだな。1人強い奴がいる」
明らかに光の度合いが他より強い者が1人紛れていた。そして試合が始まると同時にその者が速攻を掛ける。まず手始めに側に居た2名に蹴りを放ち場外へと放り出す。返す刀で唖然としてしまった1人に剣を打ち込み気絶させる。どうやら久遠流の剣士の様だ。魔素を纏っているのが分かる。
油断ならない相手と見て取ったのか残った1人と示し合わせてライムントが挟撃の形を作る。だが関係ないとばかりにその者は疾走を止めない。先ずは組みしやすいと思った男の方に向かう。目の前まで移動した所で足払い、更に倒れこむ男の顎に向けてサマーソルトを放つ。男はそれで気絶した。最後に残ったのはライムントとその者2人、他の者に比べてライムントは善戦したが押されて最後には足刀を喰らって場外へと落ちて敗北してしまった。
「…強いですね」
「ああ、師範代クラスだな」
2人で今戦い勝利を収めた者、まだ小柄で男か女か分からないその者を見てそう呟く。まぁ、自分なら多分、何とか勝てるかなと思う一方で横を見ると自分では勝ち目がないなぁと見てる弟子の顔が見えた。
「勝者ラーティス」
審判の声が上がり勝ち残った者、名前からして少年らしい子が手を上げ歓声を受ける。そんな風に知り合いが勝ったり負けたりするのを見ながら王国際初日の武闘祭は幕を下りた。
二日目の闘技場、今日は一般の部の本選だ。全部で64試合が行われ1試合は制限時間がつき時間内に決着が着かない場合は判定となる。そして上位8名が御前試合への参加権を得る事が出来る。
因みにこの時点で本選に残っている知り合いは居ない。ノートは頑張っていたが惜しくもライムントと同じくラーティスに負けてしまった。それでも見に来るのはこれが修行になるからだがアークは純粋に観戦を楽しんでるように見える。まぁ、これも良いかと思いながら闘技場を眺めている中で第一試合が始まった。
試合は流石に昨日よりも玄人が出るだけあって白熱した。シード選手しかり、勝ち上がってきた選手しかり、一手一手が眼を離せない。
アークはそんな戦いを目を爛々とさせながら眺めていた。それを見て俺はニヤリと笑いながらその様子を眺めていた。アークは今はまだ12歳、だが15歳になり武闘祭に参加する頃には――その時が楽しみだと俺は思った。
試合は続いていく、昨日ライムントとノートに勝ったラーティスについてはちょっと情報を仕入れてきた今年で16歳の久遠流4段、去年が初出場で本選の2回戦で敗北したそうだ。今年こそは最年少でのベスト8、御前試合出場を狙っていると聞いた。
そして順調に1回戦を突破、去年負けた2回戦も突破したが3回戦で魔刃流の師範と当たってしまいなす術もなく敗北。やはり師範代レベルでは師範の相手は辛いだろう。惜しい所までいったがあと一つくじ運に恵まれなかったなと感じた。
試合も進みベスト8となる。これで残った全員が御前試合に出る資格を得た事になる。メンバーは全員が各流派の師範だ。無窮流2人、久遠流3人、魔刃流2人、影牙流1人だ。中でも特に強いのは魔刃流の1人だろうか、余程魔導力に余裕があるらしく接近戦での『魔刃』遠距離からの『魔砲』と攻撃が途切れず隙が少ない。
見ている中でも頭一つ抜けて強い。そして決勝戦が始まり予想通りにその魔刃流の剣士が武闘会の優勝をさらった。
「凄い試合でしたね。なんかもう言葉が無かったです」
帰り道にそう言うアークに俺は「何を言ってるんだ」と声を掛ける。
「3年後にはお前もあの場に立つ。それだけじゃない、最年少での本選、御前試合出場を目指せ」
「えええええっ!いや、無理ですよ、あんな凄い人たちと渡り合うなんて僕には全然…」
「目指すのはS級冒険者だろ。心配するな俺が鍛え上げてやる」
そう言うとハッとして顔を上げ俺の顔を見上げてくる。そして暫く迷った後にはっきりと「分かりました。これからも頑張るのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」と言ってくる。弟子一号の頭を撫でてから俺は「うむ」と返事を返しぽぽらへと歩みを進めるのだった。
宴の三日目は美男美女コンテストと歌謡祭と踊る方の舞踏祭だ。城でもダンスパーティーが開かれるが街中でも歌に合わせて人々が踊り狂う。俺に踊りの趣味は無いので見送ったがアークは場の空気に流されて踊っていた。中々に悪くない動きだった。
そして美男美女コンテストには宿の娘のココアが初参加だと息巻いていた。こちらも15歳から参加可能で特に大きな景品はないが栄誉が授与される。
「絶対に入賞するから応援にきてよねー」
と、言っていたココアにまあ、世話になっている宿の娘だから良いかくらいの気持ちでコンテスト会場まで足を運ぶ。
行った先はまあ、絢爛な会場だった。出演している男性女性も流石に美麗な者が多い。出演者は各自5分間以内の自己ピーアール時間が設けられており夫々に歌ったり踊ったり、剣舞を披露したりと色々と行っている。ココアは宿の紹介と歌を歌っていた。おりあえず、男性は適当に、女性はココアの名前を投票用紙に書いて投票する。
その成果のお陰か彼女は3位に入賞した。1位には及ばないが中々に可愛らしかったので納得の順位だ。本人も喜んでいた。アークも拍手を送っている。
コンテストの後はまた踊りと歌の見学を楽しみながら入賞したココアのお祝いも兼ねて露天で一緒に食べ歩きしながら宿ぽぽらへと帰って行った。
四日目は商業ギルドが共催している様々な商店の新しい商品や魔導具の展示市と冒険者ギルドと武器・防具ギルドが共催の闘技場での武器の試し切り見学が行われる。
午前中は商業ギルドが開催している市へと顔を出し様々な商品を眺める。新型の魔導具として俺がしばらく前に設計図をパールティア皇国に提出した商品が並んでるのを見て苦笑いを浮かべる。アークは商品を一つ一つ手に取って驚きと感嘆の声を上げ続けている。色々と今後の魔導具造りの参考になりそうな物を見て回って午後から開催される闘技場での試し切り見学に移動する。
武闘会の様に会場は盛況だった。武器・防具ギルドと冒険者ギルドの提携は特別だ。名のある冒険者と契約できその武器の販売元であると知られれば莫大な利益が見込める。だが冒険者も玉石混交だ。名の上がる者も居れば俺の様にうだつが上がらない者も居る。それを見抜く目が武器・防具を売る者にも求められるのだ。
そして武器の試し切りが始まった。試し切りに使われるのは全てがオークの胴体だ。使う冒険者1名と剣を打った者1名が前に出て来る。
その前に置かれるオークの胴体。冒険者が手にした剣を振り上げて振り下ろす、剣は半場まで切り裂いた所で止まっていた。
(肋骨を6本程は斬ったか、まあまあ良物だな、腕も良い)
そう見切りをつける。そして直ぐに次の男達がやって来る。今度振り下ろされた剣は上の方で止まる処か折れてしまった。これは全く話にならない。
(アレはダメだな。斬る方も剣の方も悪い。話にならない)
続いてまた次が来る。今度は殆んどオークの胴体を断って見せた。観客からも歓声が沸く。
(ふむ、20本以上は斬ったか業物だな。候補に入れておくかな)
ジッと武器職人の顔と名前が張り出されている看板を見る。此処には将来的にアークに振るわせる剣を打って貰う鍛冶師の下見のつもりで来ている。今はまだ数打ちの品を使わせているが腕が一定以上になったら専用の剣を打って貰うつもりなのだ。そして次々と順番が進んでいく。折れてしまうのが2割、半場まで斬れるのが3割、更に斬れる物が割、ほぼ両断近くまで行くのが2割という感じだった。そんな中で殊更目を引く1本が現れる。視た瞬間に冒険者も鍛冶師も強く、出来ると感じられた。そして男は剣を振りかぶり真っ二つに両断して見せたオークの胴体、肋骨36本を一撃の元に観客から一際高い歓声が上がる。その工場の名前、メイリーク工場、それをしっかりと俺は心に刻み込んだ。
そして剣が終わると次は槍や斧、弓へと続いていく的は夫々に変えられるが出来はやはり善し悪しが分かれる。最後には防具の品評会になり木人形に装備された防具に向けて攻撃や魔導が放たれそれに耐えられるかが吟味される。驚いたのはドラゴンの鱗を砕いて作った鎧が出ていた事だ。偶然手に入れたのか、ドラゴンが狩られたのか分からないが滅多にない逸品だ。弟子一号用に工場の名前を覚え購入する事を考えておいた。
五日目は食品コンテストが行われる。前の日に大量に斬られたオーク肉が主品を担う料理の数々が並ぶのだ。またコンテスト会場で行われるその催しは料理をしている姿を見れるようにもなっており見る者を楽しませている。
そして貴族の者が審査員をしており目に付いた料理を食べて1品ずつに点数を投票して行く。流石に量が多くて全ては食べられないからだ。その後、各得点の多さから第一次の優勝者が決められる。そしてその後の第二次がまた本番だ。先にコンテストに出された料理が今度は一般客に格安で提供されまた点数が付けられていく。これで最高点を得た者が第二次の優勝者になり総合得点で最高点を獲得した者が本料理際の優勝者として一年間看板を出す栄誉を得ることが出来るのだ。
まぁ、量をあまり食べられない俺には量より質という感じで選んで食べて行ってるがアークは健啖家らしく片っ端から制覇する勢いで食べている。よくあれだけ食べて太らないなぁという程の量だ。
俺にはとても真似できない。そんな雰囲気で五日目が終わり遂に御前試合である六日目と七日目が始まる。
武闘会場は立ち見が出る程の満員だ貴賓席も埋まっており当然ながら王族の閲覧室にも王の一家の姿が見える。優先席を確保して居なければ見るのも難しかっただろう。試合数は全部で2日で256試合。腕に覚えのある貴族は優先参加で試合は決着が着くまで行われる。初日は4試合が同時開催でベスト64まで絞られる。
アラドの父やフォボスの兄、ダラドア等は参加している筈だ。スメラギ達は年齢から参加していないらしい。ここ数年はヌバ王国王都騎士団長が優勝を維持しているそうだ名前は聞いた事が無いので知らない。
強さと言うのは人を計る上で最も分かり易いステータスの一つだ。だからこそ貴族、一部の者にはその強さが求められる。特に有能な者が居れば同時に貴族に取り込もうとまでして来る。つまりは何が言いたいかというと――貴族達は基本的には強い。幼少時から英才教育を受けているのもあるし、魔導の力を持つ者も多い。試合は派手に炎や氷、雷や氣の閃光、魔素のオーラを纏ったり、魔刃で剣を朱く染めたりして見るからに華々しい戦いが巻き起こっている。
勿論、怪我人も多数出ているがそこは回復薬の出番で特に重傷者には1級の回復薬や魔導が惜しげもなく使われている。
見ているアークの目は最早点だ。俺としても此処迄派手な試合を見るのは久々だ。とても自分が立てる舞台とは思わないが血沸き肉躍るとはこういう時に使う言葉だろう。目を奪われる戦いの数々を見ている内に六日目の御前試合は幕を引いて行ったのだった。
七日目最終日、祭りも今日で最後である。試合会場へと足を運ぶ。
64人が残った最終戦。16人になるまでは4試合が同時に行われ其処からは1試合ずつになる。ダラドアは勝ち残っているのが見える。流石は皆伝と言った所だろう。去年はベスト4で魔刃流の皆伝と当たり惜しくも敗れたらしく今年は雪辱を狙っていると言っていた。他に目を引くのはそのダラドアに勝ったという魔刃流の皆伝、後は騎士団長と無窮流の師範の1人くらいだ。師範は恐らくだがアラドの父だろうと思う。面影が似ている。ヌバ王国は末子相続の国風なのでラマダ殿の末子なのだろう。そうして試合が始まった。
試合は着々と進みベスト16の戦いとなっている。その第1試合はダラドア対ラドラ・メイスイ。やはりアラドの父だったらしい。注目していた2人が第1試合からぶつかる。ダラドアのくじ運が良いのか悪いのか、兎も角、俺とアークはその試合を見守った。
「おらぁっ!」
先手はダラドア、変わらずの無手、拳一つで相手に向かって突っ込んでいく。相対するラドラは慌てることなく一撃を回避する。其処に続け様の連撃、拳が唸りを上げて襲い掛かる。それを冷静に避けていくラドラ、だがダラドアはそんな事はお構いなしにドンドンと殴るペースを上げていく。
早くなる、速くなる、疾くなる、凄まじい迄の速度と小回りで終始優勢にダラドアが攻勢に転じる。拳が嵐のように吹き荒れる。
だが、暫くした所で「むっ」と唸り腕を振る速度が落ちる。『月影』だ。何時の間にかクルクルと回らされて平衡感覚に乱れが生じたらしい。上から見ていて何とか気付いたくらいだ。仕掛けられた当人は全く気付いても居なかっただろう。
そこを隙と見てラドラが仕掛けるダラドアの連撃のお返しとばかりに剣を早く、素早く振るって連撃を繰り出す『流水』連続して斬りかかる技、流れに飲まれればなす術はない。それを多少ながらふらついても躱していくダラドア、流石は皆伝と言った所だろう。だが何時迄もは避けられない。
遂に当たると思われた瞬間、ダラドアは「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!」轟声を叩き付けた『轟』離れて見ている自分達にまで空気が衝撃波となって襲ってくるような気配すら感じる轟音。それを間近に浴びたラドラの剣が僅かにホンの僅かに鈍る。その剣身を右手で横に払う。
ラドラは慌てて剣筋を横薙ぎに変えようとしたが間に合わない。ダラドアの左腕が胸に突き刺さる。
「ぐはっ!」
声を上げて大きく数メートル弾き飛ばされるラドラ、だが倒れはせずに口から僅かに零れた血を拭ってまた正眼に剣を構える。
「ちょいとばかり浅かったか、後ろに跳んだか?良い反応だな」
「ふっ、まだまだ負ける訳には行きませんからね」
「なら、さっきより飛ばしていくぜっ!」
再びダラドアが躍りかかる。もう平衡感覚は治ったようで足元にふらつきは無い。凄まじい速度でまたラドラに襲い掛かる。それを迎え撃つラドラ。ダラドアが攻めてラドラが受けて偶に反撃に転じる。そのような攻防が十数分と続いた。
一見、互角に見えるが不利なのはラドラだ。氣で身体強化しているとはいえ素の実力で上であるダラドアの『堅」や『鋼』の防御を貫けず目立ったダメージを与えられない。スタミナも無尽蔵だ、一向に衰える気配がない。
一方でラドラは腹部に貰った一撃が効いているのかダラドアの拳が掠める事や至近弾が増えていく。
「はぁぁぁぁっ!」
このままでは埒が明かないと判断したのかラドラが氣を一気に爆発させて勝負に出る。腰だめに剣を構えて疾走する。そして間合いの外から居合の要領で剣を抜き放つ『裂空』氣の閃光が濁流の勢いを持ってダラドアに襲い掛かる。
「しゃらくせぇっ!」
気合一閃、怒声を伴った『轟』と『鋼』の応用で拳を叩き付けその濁流を二つに割る。観客席へと氣の閃光が襲い掛かるが張られていた防御結界によってそれは誰もケガする事無く未然に防がれる。
だが、その隙に走り込む影、ラドラが剣を下段に構えた姿で疾走する。そして間合いに入った所で振り上げられる剣『碧落・極』奥義の一つであり振り上げられた剣はダラドアを両断するのではという勢いで振りぬかれた――と、思われた。
しかし粉塵が覚める中から現れたのは腕を半場まで切り裂かれながら剣を止めるダラドアの姿。鉄、もしくは魔鋼ですら切断出来ると思われる一撃が素手で止められた。驚くべき事だった。そして驚嘆で動きを一瞬でも止めてしまったのが致命的、ダラドアの拳がラドラの顔面を撃ち抜く。
「うらぁっ!!」
「ぐはぁっ!」
今度は往なす事も後ろに跳んで衝撃を殺す事も出来なかった。直撃である。剣はダラドアの腕に埋まったまま手放しゴロゴロと数メートルを転がる。しかしなおも立ち上がろうとして―ラドラは其処で力尽きた。倒れ伏し動かない。「試合終了」の声が上がり歓声の中でダラドアの「うおっしゃあぁっ!」という勝利の雄叫びが響く。
第1試合から凄まじい試合だった。終始ダラドアが推していたようにも見えるがラドラもここぞという場面では上手く切り抜け技をかえしていた。俺では到底至れない領域である。
興奮冷めやらぬ中でラドラとダラドアの治療が行われ控室へと引き換えし第2試合が始まる。
残っているのは14名。ヌバ王国騎士団長と副団長、魔導を扱う公爵家の者が1人、無窮流の師範が後2人、魔刃流の皆伝が1人と師範が1人、久遠流の師範が4人、影牙流の師範が1人とA級冒険者が2人だ。
第2試合は魔導士の男と魔刃流の師範との試合だった。遠距離戦は魔導を扱う男の方が有利と見たが魔刃流の師範の男はあえてその遠距離戦を選んでいた。
遠距離から互いに炎や雷と『魔砲』が飛び交う。詠唱が必要な魔導に比べて貯めだけで発射出来る『魔砲』の方が有利と考えての戦術だろう。だが、此処に誤算があった。魔導士の男は短文詠唱を会得していたのだ。撃ち合いが徐々に有利から互角、そして不利へと移っていく。
選択を誤ったと気付いてももう遅い。間合いを詰める間はなくただひたすら撃ち合いに応じるしかない。そして最後には魔刃流の師範は試合場端まで追いつめられ、トドメの爆裂魔導で吹き飛ばされ場外負けとなったのだった。
第3試合は久遠流師範の1人とA級冒険者の1人だった。流派の師範と我流だろうがA級冒険者まで上り詰めた男、どちらが上か興味のある試合だった。
戦いは同時に相手向かって切り込む形で始まった。久遠流の師範は勿論、魔素による身体能力向上を使っていたがA級冒険者もまた我流ながら無窮流の氣による身体強化を行っていた。身体能力はほぼ互角に見えた。後は技術と場数の差、実戦経験の豊富差の勝負だろう。
結果として勝ったのは冒険者だった。差は本当に僅かな物だった。追い込んだ久遠流の師範が放った炎を纏った炎刃の一撃、それをギリギリの紙一重で躱し渾身の一刀を返した。久遠流の師範が倒れ伏し、A級冒険者が疲れ果て座り込みながらも勝者として手を上げる。歓声が上がる。本当に少しの勝負処の見極めと相手の余力の見誤り差は僅かだった。どちらが勝ったとしてもおかしくはない勝負だった。
そして第4試合、騎士団副団長と無窮流の師範との試合だった。副団長はどうやら俺と同じで複数の流派を使いこなす者らしい。試合開始と同時に体に魔素の黒い靄を纏い、手にした槍を魔刃流の技で刃を紅に染める。複数の流派を扱う者は少ない。一つを極めた方が効率が良いからだ。だが、敢えて複数を習得する者も居る。引き出しの多さを、場数を求めての手法である。兎に角、戦闘経験の多さと手札の多さは圧倒的である。試合運びは巧妙の一言で例えられた。
剣の間合いの外から容赦なく槍で穿って行く。無窮流の師範はそれを必死に剣で防いでいくが『魔刃』で強化された槍の威力は強いのか剣が少しずつ傷付いていく。そして僅かに出来た剣のヒビに狙いしまして槍を一閃、それで無窮流の師範が手にした剣は半場から破壊された。師範はそれでも諦めずに折れた剣と体術で副団長に迫ったが及ばず最後には喉元に槍を突き付けられて降参となった。
続いての第5試合は大本命の登場だった。現在優勝の一番候補である騎士団長の登場である。対するは久遠流の師範の1人。因みにアナウンスで初めて知ったが騎士団長の名前はライナー・フォーレンハイト。フォーレンハイトと言えばリアの家名が同じだったもしかしたら親子なのかもしれない。見た目はあまり似ていないが…。現在大会を6連覇中だそうで今回も優勝候補筆頭と目されている。
どんな試合を見せてくれるのかと注目していた俺の前で試合はあっという間に終わってしまった。開始と同時に無窮流の身体強化、魔刃流による『魔砲』の6連射。1撃目で相手がどこに吹き飛ばされるかまで計算された見事な射撃。それだけで久遠流の師範は場外迄吹き飛ばされて試合終了となった。
確かに6連覇もする訳だ。余りにも強い。強すぎる程だ。無窮流と魔刃流どちらも皆伝レベルの腕前だろう。俺では相手にもならないが何時かこの弟子と戦う日が来るのだろうかと隣で目を輝かせて試合を見ているアークを眺めた。
第6試合、第7試合は夫々に無窮流と久遠流の師範の戦い、久遠流の師範同士の戦いとなった。第6試合は辛くも無窮流の師範が勝利を収め、久遠流同士の戦いはまぁ、一方が勝った。どちらが勝っても似たようなモノだ。
そして最後の第8試合、ダラドアと凌ぎを削っているという魔刃流の皆伝とA級冒険者との試合が始まった。
試合は先程の第5試合と同じく瞬きする間に終わった。開始と同時に牽制の『魔砲』の一撃、回避する冒険者、其処に本命である奥義『魔神砲』の閃光。それだけで決着は付き冒険者は場外へと弾き出された。A級冒険者とて俺では手も足も出せない実力者だ。それをこうもアッサリとまぁ…。実力差に泣けてくる。そのようにして1回戦が終わり2回戦へと進んで行った。
2回戦の第1試合はダラドアと魔導士の男だった。だがこれは見るからに相性が悪い。奥義『碧落・極』すら素手で耐えて見せたダラドアだ。思っていた通りに魔導士の砲撃を物ともせずに接近戦に挑みワンパンで沈めてしまった。公爵家の男性魔導士はめげずに頑張って欲しいモノだ。
第2試合はA級冒険者と副団長の試合。これも副団長が圧倒するかと思いきやA級冒険者が意外と頑張った。『魔刃』の槍と打ち合っては武器破壊されると踏んだのか回避に念頭を置いてカウンター狙いの攻撃に徹した。それが意外に嵌り思わぬ苦戦をする副団長だったが、最後には再び相手の喉元に槍を突き付けての勝利をもぎ取っていた。
第3、第4試合については言わずもがな純等に騎士団長と魔刃流の皆伝が勝ち上がった。今までで接戦らしい接戦は1回戦の第1試合と第3試合、第6、第7試合くらいである。だが、それも此処まで遂に準決勝。本当の決戦が始まる。
第1試合はダラドアと副団長、エイス・ワーカー子爵と言うらしいとの試合だ。
先手はやはりダラドア、拳を握りしめ駆けていく。対してエイスは魔素による身体強化。『魔刃』による武器強化を行い待ちの構えだ。槍のリーチを生かした戦いをするつもりだろう。
間合いに入るや否やドンとばかりにエイスの槍が突き出される。やはり間合いでは勝ち目がない。もう一度と飛び込むがやはり槍の間合いから中へは入れない。
転がって一撃を回避して距離を空けて相手が追って来ないのを見てダラドアは「仕方ねえな」と呟きその場で―「おらぁっ!」と構えて拳を振るった。
エイスが何かに当たった様に僅かに体を傾ける。其処へ次々と「おらっ!おらっ!おらぁっ!!」と立て続けに拳を振るう。唖然としたダラドアは空気を殴りつけてそれを衝撃波としてエイスを攻撃しているのだ。一発一発は軽いモノの様だが数が重なれば脅威になりかねない。現に殴る速度はどんどんと上がっていく。
回避しようと動くエイスだが目に見えない衝撃波の攻撃に嵐のように襲って来る連打に対処のしようがない。だが、その分だけ威力は軽い防御に徹すれば受け凌げるかもしれない。だが、あくまで凌げるかもしれないだ確実ではない。エイスは覚悟を決めてダラドアに向かって突っ込んでいった。
「やる気になったてかっ!らぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『轟』一声大きく声を発しその後、全力で殴りつける。今までとは桁違いの衝撃波が襲い掛かる。だがエイスはそれに耐えて前進する同時にダラドアも地を蹴った。間合いが近付く。エイスの槍が突き出される。それをまた横に躱す其処で再び横薙ぎと思った所で予想した位置にダラドアは居なかった。
見えたのは拳を振りかぶったダラドアの姿だった。『崩』その言葉と同時に再び虚空を打つ拳からなる衝撃波の嵐が至近距離から襲い掛かる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
声を張り上げながら必死に防御態勢を取る。体に纏う魔素の量を限界まで上げて目の前で『魔刃』を纏わせた槍を大回転させて衝撃波を少しでも防ぐ。
其処にダラドアが突進した。『崩』を止め一瞬で間合いを詰めたのだ。既に拳の間合いだ槍には近すぎる。エイスはダラドアの拳を槍の柄で受け止めるつもりで構える。だがその守りをすり抜けるようにダラドアの拳が襲い掛かる。
ボディ、フック、アッパーと三連打が決まりエイスは闘技場端まで吹き飛ばされる。其処に追い打ちをかけるダラドア、なんとか立ち上がるエイス。追い詰められたエイスは最後の賭けに出るようだった。
槍に注ぎ込む魔導の力を極限まで練り上げる。見ている者にもそれが赤から紅へそして緋へと変わっていくのが見える。
『魔王刃』
叫び緋に染まった槍を突き出す。『魔刃』の奥義の一つだ。それを笑って正面から立ち向かっていくダラドア。正面に交差した腕にエイスが突き出した槍が突き刺さった。
結果としてエイスの『魔王刃』はダラドアの左腕は貫通したが右腕までは届かずそのままタックルを喰らい場外へと跳ね飛ばされた。決着は付いたのだった。
恐らくだがエイスは『魔砲』を扱うのが得てでは無いのだろう。使えるのならダラドアと射撃戦に臨んでいた筈だ。稀に魔導を放出するのが不得手な者がいるがそのタイプなのだろう。逆に留める方はかなり得意に見えた『魔刃』の威力も最後の『魔王刃』の破壊力も群を抜いていた。
アレを無手で防いでしまえるダラドアの方がある意味で異常なのだ。そうして準決勝第1試合はダラドアの勝利に終わり一足早い決勝への出場権を得たのだった。
そして第2試合。騎士団長ライナー・フォーレンハイト伯爵、魔刃流の皆伝ベル・ヘルガー男爵との対戦が始まる。
開始は先程の突進して行ったダラドアと違い互いに『魔砲』と撃ち合うという形から始まった。必要な貯めも感じられない正確無比な射撃は互いに互いの攻撃を打ち消し合いだがじっくり見ていると徐々に徐々に間合いが狭まってきている事に気付く。そして最後に揃って『魔神砲』が放たれ相殺し合い朱に染まった剣が撃ち合わされ接近戦が始まった。
見ていると近接戦ではライナーが有利に見えた。無窮流の身体強化で魔刃流の武器強化だ。夫々に別の力を回せる分、余裕を持って力の維持が出来る。対して魔刃流の皆伝であるベルは魔刃流一筋のようだ。身体強化も武器強化も魔導の力を扱っている。だが、その容量は並では無い様だ。現にライナーと打ち合えているのが証拠だ。
打ち合いは延々と続く。どちらも一歩たりとも退かない。意地でも勝つという意思が互いに感じられた。そして『魔刃』を躱した隙にベルが至近距離から『魔神砲』を放つ。
それをライナーが大きく後ろに跳んで避け二人の間にまた間合いが開く。
「…流石だな」
「ふふ、いや、いや、ワシも歳ですし今回を最後の参戦と決めておるのですよ」
二人が語り合っているのが聞こえる。見た感じライナーは30代後半から40代、ベルは40代後半に見える。歳と言うのは間違いないだろう。
「ですから最後に有終の美を飾らせてもらおうと思いましてな」
「悪いがそれは無理だな」
そう言って前傾姿勢になり圧を強めるライナー対してベルは飄々としておりそれどころか身体強化の魔導を解いてしまう。
「?何のつもりだ?」
「何、訓練ですよ。老人から若者への最後のね」
「後悔しても知らんぞ」
皆伝クラスの者の身体強化は普通で5倍から強い者では10倍以上にも力が上がる。目の前の二人はどう見ても10倍近くに上がっていた。それを解くなどとどうかしてると思えた。
そして代わりとばかりに武器強化の輝きが増す緋へと変わった武器を手にベルが言う。
「さて授業を始めますかな」
「ふん」
小さく息を吐きライナーはベルへと突っ込んだ。
身体強化を解いた以上、その体感速度は10倍以上の差がある。どう考えてもライナーの一撃をベルが避けられるとは思わなかった。だが、ベルは躱して見せた。まるで前もって其処に来ると分かっていたような動きでそして続けざまに剣を振るう『魔神剣』これもまた『魔刃』の奥義の一つ。『魔刃』と『魔砲』の合わせ技であり切ると同時に魔導の砲撃を叩きこむ。ライナーもまさか躱されるともベルの攻撃が当たるとも思っていなかっただろう。身体強化に10倍の差があるのだ。完全に動きを先読みされていたとしても当てるのは難しい筈だった。なのに当ててきた。ライナーの警戒心が上がる。
「…何をした?」
「何、経験と勘ですよ。さて、続けますぞ『魔神砲』」
武器に注がれる魔導が増えた為か先程までよりも巨大な『魔神砲』が襲い掛かって来る。迎撃は不可能と見てライナーは回避を選択するそして避けた先に何故かベルが立っていた。
「!」
『魔王刃』
すかさず放たれる一撃。ギリギリでライナーの防御が間に合ったが左腕を斬られ大きく跳ね飛ばされてしまう。
衝撃で場外に落ちようかという所で『魔砲』を放ち闘技場内に何とか残る。
「続けますぞ」
「くっ!」
こうなるとライナーの不利は覆せない。ただでさえ左腕を負傷してしまった。右腕一本で立ち向かわなければならない。
だが、負ける訳には行かないと言う闘志がその瞳に見て取れる。俺はジッと2人の戦いを見入っていた。
『魔神砲』
言葉と同時にまた砲撃が撃ち出される。それをライナーは今度は回避するのではなく同じく『魔神砲』を放ち軌道を逸らす事で直撃を免れる。
其処に続け様の『魔神砲』が放たれる。全てを捌き切れない。2発はそらしたが3発目は逸らせない回避を行う。するとまた眼前にベルが立っていた。
『魔神剣』
「くっ!『魔神剣』」
互いの『魔神剣』がぶつかり合う。片手の為に惜し負ける事を覚悟していたライナーだったようだが予想外に跳ね飛ばされたのはベルだった。
(身体強化を切っているからな当然の結果だろう)
だが、予想通りのようでくるりと華麗に宙返りをし着地を決める。対してライナーは顔色を青くする。愛剣に大きな亀裂が走っていたのだ。今の打ち合いの結果だろう。これでは全力で振るえて1回、2回が精々だろう。
またベルが『魔神砲』を放つ。相殺や逸らす事はもう出来ないやれば剣が折れる可能性がある。覚悟を決めて回避を行う。そしてライナーは視力に全神経を集中させる。それが俺には何となく分かった。
(気付けるか?)
そう思いながら結果を見る。ベルが行っているのは影牙流の『朧』『颯』を合わせた様な歩法だ。戦いから学習したのか、盗んだのか、独自に編み出したのか分からないが魔刃琉一筋とは間違っていた。あの歳になってまだ強さに貪欲で上を目指しているというのが眩しく見えた。
そしてそれに気付いて対処出来るかはライナー次第であった。
ライナーの動きを見る。右方向への回避、だがその時点で回避方向を予測していたベルは動いている。身体能力10倍の差は伊達ではない。これだけ先読みしてもギリギリだ。そしてトドメとばかりに『魔王刃』を放つ。
しかし、ライナーの顔に絶望は無かった。分かった、気付いたという感情が見えていた。逆にベルが慌てたように距離を取ろうとする。だがそんな暇は与えない。魔素を武器強化から身体強化へ変更、武器強化を魔素から氣へと変更。そして魔刃流ではなく、無窮流での超接近戦をベルに対してライナーは仕掛けて行った。
相手の武器と打ち合えば武器が破壊される、左腕が動かないというハンデももうないも同然だった。ベルは身体強化を行っていない。いや、行う隙を与えないとばかりに一気呵成にライナーは躍りかかる。ベルの武器が直撃すればそれでライナーは武器を失い敗北となる。だが身体能力の差が此処に来て致命的な弱点へとなっていた。
それでもギリギリでライナーの猛攻を避け続けているのは流石の年の功と言えた。
だがそれも限界が近付く、やはり歳の性だ。体力が続かない、息切れがする。そして疲れから回避後に僅かに体勢を崩したベルに容赦なくライナーの一撃が放たれた無窮流『天輪・極』横薙ぎに振るわれた一回転の一撃はライナーの愛剣を砕きながらもベルを場外へと弾き出した。勝敗は決した。
「やれやれ最後と言うのに負けてしまいましたか無念です」
余り残念そうでも無い口調でベルが言う。結局、この試合でも大きな傷を負う事は無かった。そういう意味では真の勝者は彼だと言えるかもしれない。
「無傷の状態で何を言っているのか、まあ、訓練は矯めになった感謝する」
「おやおや明日は雪でも振りそうな言葉ですね。まあ、七連覇期待していますよ」
「当然だ」
その言葉を最後に二人は離れていく。
そして休憩の後にダラドアとライナーによる決勝戦が始まる。
「2年ぶりだなライナー」
「そうなるな。一昨年、去年と貴殿はベル殿に負けてたからな」
「ちっ、その礼はお前に返すことにするぜ」
「出来るならな」
舌戦が終わり二人が構える。決勝戦が始まる。
ライナーが即座に氣による身体強化、魔導による武器強化を行う。その合間に今までにない速度で間合いを詰めるダラドア。心なしか体が薄く輝いて見える。
そして間合いに入ると同時にダラドアは拳を振り上げライナーは前の試合で壊れた愛剣の代わりの予備の剣の振りかぶる。
同時に打ち合わされた剣と拳が「ガァンッ!」と固い音を立ててぶつかり合った。互いに後方へと弾け飛ぶ、先までの戦いすら超える有り得ない硬さだ。
「成る程、修行の成果か…」
「『金』ってんだ。使える時間が短いからな短期決戦で行かせてもらうぜ」
「ふん、時間を稼げば楽に勝てそうだが…それは詰まらんよな」
そう言うと同時に『魔神砲』を放つ。それを意にも介さず直進して突っ切るダラドア。流石にこれは予想外だったのか防御の構えを見せるライナーを殴り飛ばす。
「ぐっ!」
衝撃がライナーの体を走る。そして続けざまに拳が振るわれる。受けに回っていてはダメだと感じたのかライナーも反撃に転じる。
『魔王刃』『魔神剣』『魔帝斬』と立て続けに魔刃流の奥義が放たれる。しかしダラドアが僅かに防御姿勢を取るだけで攻撃が弾かれてしまう。
影牙流に身体強化の術はないがダラドアは独自に豊富な氣の力を使ってオリジナルでそれに近い技を体得していた。加えて体も大きく筋肉も多い。身体強化をしたライナーとほぼ互角の力と言っていい。脅威なのは『金』と言っていた体を覆う黄金の粒子だ。氣をどうにかしているのは予想できるがそれ以上は分からない。
だが凄まじい防御力だ。此処まで隠していたのも分かる。ライナーの攻撃がほぼ効いていない。しかしダラドアの拳もライナーに防がれる。千日手かと思われた矢先にダラドアの動きが変わった。
相打ちを覚悟で拳を振るうようになったのだ。ライナーの横薙ぎを受けながら前進して豪腕を胴体に当てる。突きが来れば真っ正面から止めながらライナーの顔面に拳をブチ当てる。ダラドアの猛攻が続きライナーの足元が揺れる。しかしダラドアにも余裕がない僅かに僅かずつだが黄金の粒子が減っていく時間切れが近いのだろう。
それを気合と根性で押しとどめながらライナーを殴る。必死に倒そうと殴り続ける。時間を掛ければ勝てるのはライナーだ。『金』の時間切れまで耐えれば自然と勝利は手に出来る。だがそんな勝利などライナーは望んでいなかった。
「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
声を張り上げ手にした緋い剣を更に血の様な朱に染める。全身全霊全力の一撃を放つつもりなのだと見る者皆が察せられた。
「この一撃、斬れれば私の勝ち、防がれれば貴殿の勝利だっ!」
「面白れぇっ!来いっ!」
その叫びに応え声を上げるダラドア、大きく跳躍するライナー。そして落下しながら着地点に居るダラドア目掛けて剣を振るう。
『真・魔神剣っ!!』
「はぁぁぁぁっ!」
振り下ろされる一撃、込められた魔導が爆発し闘技場が粉塵に包まれる。会場で響いていた歓声が止み静寂が訪れる。
徐々に晴れていく視界の中で見えたのはライナーが振り下ろした剣を白刃取りで掴んでいるダラドアの姿だった。
「あ、やった、ダラドアさん」
結果を見て嬉しそうに声を上げるアークに俺は「…いや、惜しかったな」と声を掛ける。
そう言うと「えっ?!」と言って俺を見上げた後に直ぐに会場に目を戻す。
ライナーはまだ諦めていなかった。白刃取りされた剣を押し込もうと力をかけ続けている。耐えるダラドアも同じだ。だが、変化が生じる。
ピシリとライナーの手の中にある剣にヒビが生じた。そこから朱色の光が漏れ出る。その光がダラドアを焼く。光りはドンドンと増えていく。
「「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!」」
互いが互いに押し込もう、押し込まれまいと声を張り上げ力を振り絞る。
そして剣が砕け朱色の魔導の刃が現れる。それは白刃取りで押さえていたダラドアの手をすり抜けて彼を切り裂き続けざまに『魔砲』の閃光へ呑み込んだ。
「それまでっ!勝者ライナー・フォーレンハイト!」
重傷を負って場外迄吹き飛ばされたダラドアに医療班が慌てて駆け寄る中で審判による勝者のコールが行われる。
歓声が爆発しライナーを称える声が響き渡る。最早それに応える余力もない彼だが只堂々とその場に立っていた。
最後に表彰式が始まる。3位決定戦は無く準決勝の敗者は2人共に3位だ。そして準優勝のダラドアに賞金が授与され優勝者であるライナーにも王から直々に商品と賞金が授与される。それが終われば王から戦った者達への労いの言葉が掛けられる。
「勝者も敗者も皆、見事な戦いであった。特にライナー・フォーレンハイト、そなたは民を守る騎士団の団長としてその力を余すことなく見せ勝利してくれた。余は誇りに思う。重ねて言うが敗者たちもまた見事な戦いであった貴殿達の様な力ある者が皆を民達を守ってくれている事を余は真に心強く思う。その力を誤る事無く人々の為に使って貰える事を切に願う。王国に住まう全ての民の為にどうかその力を振るって欲しい。ヌバ王国に幸あれ!」
その言葉を最後にまた会場が歓声に包まれる。こうして祭りの最終日、御前試合は終わりを告げたのだった。
「うぉぉぉぉーーーーーん、負けちまった、くそう、負けちまったよぉぉぉぉっ!」
泣きながらダラドアがガブガブと酒を飲んでいる。
「まあ、残念だったな。また来年がある。その時に頑張れ、ほら今日は奢りだ好きなだけ飲め」
「ううううう、ノヴァァお前は良い奴だなぁぁ…オヤジィ、もう一杯!」
「へーい」と言う声が聞こえジョッキに酒が満たされていく。
此処はこの街では平民が入れる中では一番、高級な飲み屋だ。そこで影牙流の大会参加者を集めて「残念ダラドア準優勝おめでとう!」パーティーが開かれているのだった。最初は10名ちょっとの参加者だったのがいつの間にか30名近くに膨れ上がっている。何故、こうなったと思わなくもないがまあ、大した差では無いので気にしない。
ダラドアは泣き上戸らしく早々に酒をがぶ飲みして出来上がってしまってる。その上―
「ダラドアさん、残念でしたね」
「来年がありますって、来年頑張りましょう」
「うぉぉぉぉーーーん、お前等も良い奴だなぁぁ、ノヴァァ、こいつ等にも奢ってやってくれっ!」
「何で俺が…まぁ、良いがいい加減にこれで最後にしろよ」
「やった」「あざ~す」と言う声を後目にまた増えた参加者に頭を抱える。この調子で行くと下手をすれば酒場の全員に奢らされる羽目になるかも知れない。
そんな中で珍しく食べまくらずにジッと手の中の果実水を見ているアークの姿が映る。
「どうかしたのか?」
訊ねると「あ、いえ…」と言ってまた目を伏せると暫くして意を決したようにして言った。
「師匠、僕強くなりたいです」
そうハッキリと言った。
「…そうか」
弟子の言葉に小さく俺は答える。
「はい、もっと、もっと!」
俺の口元に笑みが浮かぶ。アークのやる気がまた上がったと、それだけでも価値のある試合観戦だったと思った。
「よぉし、アークゥ、良く言ったぁ、俺が練習試合してやる其処に立てぇい」
「はい、ダラドアさん」
「ちょっと待て、酔って力加減の出来てないお前相手じゃアークが死ぬ止めろ、こら、ホントに止めろ馬鹿」
そんな感じで祭りの最終日の夜は過ぎていき、この日に俺は過去最高額の酒代を払わされたのだった。
そして日々は過ぎてこれより3年後、アーク15歳の時に物語は進み始める。
C級師匠のS級冒険者育成計画 風緑 @kazemidori
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