1-8-4. 思っている以上に(灯子Side)

 で、その結果、


 私は鵜飼と一緒に焼肉屋に来ることになってしまった。別に強制されたわけじゃないけど、「食べ放題」という言葉が持つ力にはあらがえなかったというわけだ。


 オープンしたばかりということもあって、平日だというのに店の中は非常に混んでいる。私が来た時点では数十組待ちの状態だった。私達は事前に予約しておいたから、待つ必要は無かったけど。


「ほら、焼けたから」


 鵜飼はトングで茶色く焼けた肉をつかみ、皿に置いた。私はそれに合わせて箸を動かし、白飯と一緒に口に入れていく。リーズナブルな食べ放題だからか、数年前に行った店に比べると肉は薄かったけど、その分、タレの風味で旨さをカバーしている印象があり、充分に満足のいく出来だった。


 テーブルの端に備え付けられているタッチパネル式のタブレットには、残り時間が表示されている。あと四十分だ。席に着いて注文してからすでに半分以上経過している。これまでに二人で結構な量の肉(たまにサイドメニュ―)を注文してきたけど、胃の中にはまだまだ入りそう。


 それにしても暑い。もう外は寒いというのに、学校指定のジャージを着ているせいか、肉を焼くロースターの近くに座っていると、季節を錯覚してしまいそうになる。


 でも、あまり脱ぎたくはない。この男の前では大きな胸が目立つような格好はしたくないから。


 喉が渇くせいで、ここまでウーロン茶を何杯も飲んでしまった。ソフトドリンクも飲み放題なのでどれだけ頼んでも値段は変わらないけど、どうせなら、この胃は肉のために取っておきたいんだ。


 もし、私が男に生まれていたら、そんなことを考えずに済んだかもしれない。目の前に座っている鵜飼のように、よく分からない英単語が並んでいるTシャツ一枚で食べ放題を楽しめたのかもしれない。


「んっ? もう食べないのか? 無理だったら俺が食べるけど」


 メロンソーダ(メロンは入っていない)のグラスを手にした鵜飼が声を掛けてくる。皿に目をやると、いつの間にか焼けた肉が何枚も置かれていた。


「……食べる」


 私はそう意思表示をし、箸を伸ばしていく。今は余計なことを考えるのはやめよう。肉を食べることに集中だ。


「あれっ? お兄ちゃんもいるの?」


 その瞬間、通路から大きな声が聞こえてきた。十歳くらいの女子がこっちを興味深そうに見ている。


「おい、どうした? 何だ、琢磨も来てたのか」

「……親父、何でここにいるんだよ?」


 少し遅れて四十代くらいの男性が現れ、鵜飼と会話を始める。どうやら、彼の家族も偶然この店を訪れていたらしい。


「何でって、変な話じゃないだろ。うちのポストにチラシ入ってたから。あと、一体どうした? 普段俺のことを『親父』なんて呼ばないだろ? あれか? 彼女の前だからか?」

「えっ、お姉さんってお兄ちゃんの彼女なの? 焼肉デートなの? お兄ちゃんのどこを好きになったの? どこまで行ったの?」


 鵜飼の妹は、遠慮することなく私に次々と質問を浴びせてくる。はっきり言って非常にうるさい。


 まるで、恋愛話で盛り上がっているクラスの女子のようだった。いや、矛先がこっちに向いていない分だけ向こうの方がマシかもしれない。私と鵜飼は断じてそういうのじゃないんだ。ラブストーリ―的な何かを期待されても困る。彼とはどこにも行くつもりは無い。肉体関係なんてもってのほか。


 そんな風に、頭の中で膨れ上がる思いを上手く口に出せないでいると、


「……違うから、あっち行けって! 時間制限あるから!」

「どうした? つれないじゃないか。んっ? もしかして大学生……」

「ほら、早く!」


 鵜飼は少し機嫌を悪くして、目の前に現れた家族を追い払うような言動をとる。それに観念したのか、二人は通路を歩いてこの場から立ち去っていった。


「いや、本当にごめん。うちの家族って、何ていうか、こっちのこと考えないっていうか」

「……早く、食べよう?」

「そうだな。じゃ、今のうちに次の頼む?」


 話を切り上げ、鵜飼はタブレットを私にも見えるように手に取る。


「俺的にはさ、次はタンやハラミが良い感じで。あと、エビとかもどうだ?」

「……それで」


 会話を交わしつつ、鵜飼は慣れた手付きでタッチパネルを操作していく。スマホを持っていない私からすれば異次元の動きだ。


 そこで、ふと思う。この鵜飼という男子はなぜ、今までほとんど接点の無かった私に対して色々なことをしてくれるんだろう、と。


 肉を焼いてくれるのみならず、注文もしてくれるし、絡んできたあの二人を追い払ってもくれた。初めて顔を合わせた時のようなれしさも無い。おかげで、こうやって大きなトラブルも無く「焼肉食べ放題」を満喫できている。代金は各自持ちだけど。


 何だか奇妙な感じだ。まあ、極論を言うならば、私からすると他人は全員奇妙だ。


「じゃ、注文っと」

「……待って」


 私はとあるメニューの存在に気付き、指を伸ばしてその写真をタップし、注文品のリストに新しい項目を追加させた。カレーライスだ。


「カレー? 食べんの?」


 私は首を縦に振った。サイドメニュ―が色々あるのは知っていたけど、まさかカレーまであるとは。


「あっ、でも美味そう。俺にも、ちょっとくれない?」


 今度は首を横に振る。「食べたいんだったらもう一皿頼めば?」という意思表示のつもりで。


     * * *


「いやー、食ったな。明日、何も食わないでいいかも」


 食べ放題が終了し、鵜飼は私に聞こえるように言う。


 私もそんな彼と同様に、心地良い満腹感に包まれていた。やや辛めのカレーは肉によく合っていたし、最後に食べたデザートも口をすっきりさせるのに最適だった。正直に言えばまだ胃には入るけど、これ以上食べたら気持ち悪さの方が勝りそうなので、この程度に留めておく。


 店を出た二人は横並びで歩いていた。手を伸ばせばギリギリ触れられそうな位置に、私よりも五センチほど背が低い男子がいる。


 別に、一緒の時間を過ごしたいわけじゃない。ただ単にルートが途中まで同じになってしまっただけ。私は徒歩だけど鵜飼はどうやら自転車で来たようで、店から少し離れた位置にある駐輪場に向かっているみたい。


「……篠塚とさ、ああいうとこに行くことって無いだろ? 食べないもんな、あいつ」


 鵜飼は店にいる時よりもしゃべるようになっていた。今の発言を私なりに解釈するならば、「篠塚より俺の方が良いだろ? 付き合おうか?」みたいな感じ。ここに来て馴れ馴れしさが復活してしまった。さっきは食べたり肉を焼いたりしていたので、余計なことを口に出す余裕が無かっただけなのかもしれない。 


 特に返事をする必要が無いとはいえ、この男の話を大して聞きたいわけじゃない。もう少し歩いたら鵜飼は私と別れることになる。今日の二人の関係はそこで終わり。


 鵜飼からこんな風に誘われることはもう無いかもしれない。今まで私に好意を寄せてきた男子達もそうだった。最初はなぜだかこっちに近付いてくるけど、興味無い素振りを見せると結構簡単に離れていった。今日だって、ただ焼肉が食べたかっただけで、彼自体に関心を持っているわけじゃない。


 男なんて、結局母さんや「壱歌先輩」みたいなあざとい感じの女が好きに決まっているんだ。だから、私はその逆をやればいいだけ。学校帰りでもないのにジャージを着て野暮ったさを演出だ。


 ともかく、鵜飼との関係を終わらせるんだったら、穏やかな感じで迎えたい。章悟の時のような事態はできるだけ避けたい。


「あっちの駐輪場、三時間無料なんだよな。そこら辺に停めるとさ、持ってかれるっていうか」


 鵜飼は相変わらず話し続けている。私は時間稼ぎのつもりで、手にしているバッグからCDプレイヤーとつながった状態のイヤホンを引っ張り出し、装着して再生し始めた。イントロからヘビーな音が耳に飛び込んでくる。


「んっ、これは……」


 鵜飼はイヤホンから漏れてきた音を確認するように体を近付けてきた。それに反応して、私は停止ボタンを押す。


「何で言ってくんなかったんだよ? ほら、これ」


 鵜飼は妙にテンションを高くし、羽織っていたジャケットを手早く脱いで、自身が着ているTシャツを指し示した。さっきも見たけど、私の目にはよく分からない英単語の羅列にしか感じられない。


「いや、俺の周りにいないからさ、これ聴くの」


 そこで、あることに気付いた。よく見たら、Tシャツの隅の方に私が聴いていたロックバンドの名前が記されている。


「すげーな! こんなのってある? 好きなバンドが一緒とか」


 鵜飼はやけに偶然性を強調させてくる。こういったさいな出来事でわざわざ驚く感性がいまいち理解できない。


「あのさ、今度このバンドがやってるフェス行かない? 先行予約ってのがさ、もうすぐ始まるわけで」

「いや、その……」

「ま、すぐに答えろってわけじゃないし、じゃ、また今度な!」


 とくに返答を聞かずに、駐輪場に来たところで鵜飼はジャケットを着直し、ラックから自転車を取り出して素早く去っていった。


 そんな彼が残した「また今度」という言葉が、やけに私の頭の中に残る。


 私は思い知った。


 あの鵜飼という男子は、こっちが思っている以上に私に入れ込んでいるということを。

 

     * * *


 その翌週、一年A組の教室を通りがかったタイミングで、私はこんな鵜飼の言葉を聞いてしまった。


「ああいう女子がさ、ジャージを着てると、何かこう……来るもんが、あるよな!」


 一抹の気持ち悪さを抱きつつ、私は歩くスピードを上げた。


 話に出てきた「女子」というのが私じゃありませんように、と願いながら。

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