1-8-3. 焼肉食べ放題(灯子Side)
今から数年前、私が小学四年生の頃の話だ。
これくらいの時期から、両親の仕事が忙しくなって帰りが遅くなることが多くなり、私が家で一人で過ごす機会も多くなっていた。個人的にはその方が気楽だったけど、篠塚家の両親はそんな私をどこか気の毒に思ったらしく、章悟を含めた篠塚家の三人とで、彼らの行きつけらしい徒歩数分の場所にある個人経営の焼肉屋に行くことになったのだ。
当時の私は「焼肉」というものをほとんど食べたことがなく、どのようなものなのかよく分からなかったけど、その店で色々と食べていくうちに次第に魅了されてしまったのだ。程良く脂が乗った肉がタレと絡み合って、この舌と脳を
しかも、肉は篠塚家の両親が全部焼いてくれたので、私はただ単に箸を動かすだけで次々と「焼肉」という名の魅惑の料理を心ゆくまで味わうことができたのだ。
ところが、そんな風に満腹になるまで味わい尽くした結果、支払額がとんでもないことになってしまったらしい。具体的な金額は知らないけど、レジの前において、篠塚家の両親の間で何やらピリピリした雰囲気が流れていたのを今でも覚えている。
それ以来、篠塚家の両親が私を外食に誘うことは一切無くなった。
* * *
私は、昼休みの教室、廊下近くの自分の席で焼肉屋のチラシを眺めながら、小学生時代のエピソードを思い出していた。
私の好きな料理はカレーだ。ただ、ほぼ毎日そればかりを食べていたらさすがに飽きてしまうところもあった。かといって、他に何かが作れるわけでもない。たまに「焼肉のタレ」で白飯を
そんなタイミングで、私の元にある情報が入ってきた。
近所に、焼肉食べ放題の店がオープンしたらしい。
今朝、玄関先の郵便受けに入っていたこのチラシによると、オープン記念で値段が結構安くなっているみたい。しかも、チラシに付いているクーポンを使えばさらに安くなる。
私にとって、外食というものは「かなりの出費を覚悟しないと腹を満たせない」ものだった。だけど、これならば手頃な値段で目的を果たせると思う。数年前のあの感情をもう一度味わえるかもしれない。
ただ、そのためには越えなくてはならない壁がある。
言うまでもなく、「焼肉屋」は客自身が肉を焼く必要がある。「食べ放題」ということもあって制限時間があるので、その間に「焼く」と「食べる」、さらに、この店には「タッチパネルで注文する」というシステムもあるので、三つの作業を手早くこなしていく必要があるというわけだ。食事しながらゲームができるような人ならまだしも、私はそこまで器用じゃないし、食べるスピード自体は大して速くないので、よく分からないまま時間切れになってしまったら目も当てられない。
もちろん、数年前のように「焼いてくれる人」と一緒に行くことができたら諸問題は一気に解決される。ただ、今の私にはそういう存在がいないんだ。様々な相手を拒絶し続けた結果、厄介な状況に立たされてしまっている。
こんな時に、ふと章悟の顔がちらついてしまった。
隣の家に住んでいる痩せ型の男子の姿を思い浮かべてしまった。
あの男と「絶交」してからすでに一か月以上は経っている。今更頼み事をするなんて考えられない。あのロリコン野郎と私はもう無関係だ。さっき、例の「壱歌さん」と弁当を持ってどこかに行こうとする姿を見たけど、そうやって二人で勝手に仲良くやっていればいいんだ。
甘い言葉を吐き合ったり、性行為に没頭したりして「恋人」としての時間を過ごせばいいんだ。
こんな風に一人で苛ついていてもしょうがないので、とりあえず弁当を食べることにした。昨日の残りのカレーを適当に詰めただけの物だ。さっき学食の電子レンジで温めてきた。
一旦チラシを机の端に置こうとしたら、そのまま机から落ちてしまい、ヒラヒラと舞って廊下へと行ってしまった。私は立ち上がり、拾おうと席から離れる。
そこで、近くに立っていた小柄な男子が、私より先に床に落ちたチラシを手に取った。
「んっ? 席、ここだっけ?」
章悟の友人である「鵜飼」が質問する。ただこの付近に立ち止まっていただけなのか、それとも、この教室に入ろうとしていたのか、確かめる手段は私には存在しない。
あまり会いたくない相手だ。すでに顔を合わせてしまった以上、この前みたいに隠れても大して意味は無い。
私は手を伸ばして「返してほしい」と意思表示をする。このままチラシが向こうの手に渡ってしまったら
「そういえばさ、篠塚って、最近彼女とばかりで、遊んでくれなくてさ」
ところが、鵜飼は返そうとせずに、なぜか自分語りを始める。
「で、菅澤もさ、最近篠塚とあまり一緒にいないとか。それって、俺と一緒じゃん?」
そして、章悟から聞いたであろう情報を元に、勝手に私との共通点を見出してくる。こっちは「自分から距離を置いた」んだ。一緒にされても困る。
この男は、一体何を考えているんだろう。
一度拒絶したはずなのに、このタイミングでまた距離を縮めようとしてくる。誰かと付き合いたいなら、他に女子が沢山いるんだから、別に私じゃなくてもいいのに。
どうせ、この体が目当てに決まっているんだ。胸に付いているやたらと大きい脂肪の塊を見ていたいだけなのかもしれない。私には理解できない感情だ。そんな男の性癖を理解できる日は一生来ないと思う。
私は左足を使って、最近やっと閉じてきた右の
しかし、私は何とかこらえ、湧き上がった感情を振り切るように教室に戻って机の上の弁当を手に取り、再び廊下に出てこの場を離れていった。こんな男のための自傷行為なんて、いくら何でも馬鹿らし過ぎる。
どこで弁当を食べよう。学食は満席かもしれない。時季的に少し寒いけど、体育倉庫の裏に行こう。
「あのさ、この店ってさ、最近できたやつだろ?」
例のチラシを手にした鵜飼が、私を追い掛けてくる。
こういう相手は、直接言葉にして断らないと引き下がってくれないのかもしれない。でも、今日の私は朝起きてから一切
そう考えたところで、
「一緒に行かない? 俺、肉焼くの得意なんだけど」
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