1-8. 聞こえないエンドロール

1-8-1. 遊園地デート(章悟Side)

 先輩と僕が正式に「付き合う」ことになってから一週間ほどが経ったある日、僕はとある駅の改札前に立っていた。


 自宅の最寄り駅から電車を乗り継いで三十分ほどかかる場所だ。普段はあまり足を運ぶことはない。


 この近くにある遊園地で、先輩とこれから「シミュレーション」ではなく本当のデートをする予定なんだ。


 随分早く来てしまった。この前と同じように僕が先輩を待つという状況だ。バッグには本を入れてきたけれど、それを読む気になれず、さっきから一人で何かと考えてばかりいる。


 忘れ物は無いか、とか。


 告白の際の「壱歌さん」はちょっと違ったんじゃないか、とか。


 先輩が書いた『恋人としたいこと』には「遊園地デート」とかも書いてあるんだろうか、とか。


 そういえば、晴れて「恋人」になったというのに、先輩は『したいこと』を依然として僕に見せてはくれなかった。なので、僕は部室で偶然見た冒頭の部分しか知らない。


 考えてみると、「恋人」って不思議な言葉だ。「彼氏」とか「彼女」とかよりももっと親密で甘い響きがする。そんな存在が僕にもできてしまったんだ。数か月前の僕にこのことを伝えたとしても、きっと信じないだろう。


「篠塚君、おはよう!」


 どうでもいいようなことを思いを巡らせていると、後ろから聞き覚えのある声がした。


 振り向いた先にいたのは、案の定、僕の「恋人」だった。


 その名前は、月村壱歌。


 相変わらず、今日も可愛いらしかった。僕より年上なのに小中学生に間違えられそうな幼い顔立ち、140センチほどしかない小柄な体型、休日仕様の腰まで届くほどの長い髪、そして、


「どう? 似合うって言っていたからまた着てきたよ。今日は暖かいからね」


 前回と同様に、白いワンピースを身にまとっていた。やはり、見事なまでに似合っている。


 胸が小さいため、服のラインが崩れてしまうことなく、非常にれいな形を保っているんだ。それならば「だったら本当の小学生が着た方がもっと似合う」ということになるけれど、黒くてさらさらと流れるような髪の毛には実際の小学生には出せないような色気があって、それが白い生地とのコントラストになって……


「どうしたの? 何か考え事?」

「えっと、おはようございます。まだ待ち合わせまで十五分くらいありますけど」


 僕は話題を違う方へと持っていく。この感想を全部口にしたら気味悪がられそうなので、心の中に留めておくことにする。


「篠塚君だってもう来ているよね? 少し早いけれど、行こうか!」


 先輩は何の前触れも無く僕の手を取る。


「……行きましょうか?」

「『恋ふた』で遊園地が出てきたでしょ? 私はあそこがモデルになったんじゃないか、と思っているの」


 こんな風にして、手をつないだ「恋人」の二人は、横並びで遊園地に向かう道を歩いていった。

 

     * * *


 それ以降、僕と先輩はシミュレーションではない正真正銘の「デート」を満喫していった。


 結論から言うと、とても楽しかった。


 休日で客は多く、アトラクションで待つ時もあったけれど、その際も二人で話をしているだけで待ち時間なんてあっという間だった。といっても、しゃべっているのはほとんど先輩の方で、僕はほぼ「聞き役」に徹していたわけなんだけれど。


「これ、やってみたかったの! おそろいで同じキーホルダー付けるの!」


 売店から出てきた僕達は、先程買ったこの遊園地のキャラクターのキーホルダーを互いにバッグに付けながら歩いていた。夕暮れ時の園内で、手を繋ぎながら。


「確か、このベンチの辺りにあるはずなんだけれどね」


 先輩は、相変わらず楽しそうな表情を崩さなかった。そんな感じで園内の細かい所に隠されているらしいキャラクターの模様を探している。


 この前の「シミュレーション」の時のようだった。白いワンピースを着ることである種のスイッチが入っているのかもしれない。無理に明るく振る舞っているような印象は受けず、先輩の方も心からこの時を満喫しているんだろう。


 しかし、こんな段階に来て僕は余計なことを考え始めてしまった。


 そろそろ違う表情も見たいな、と。


 そう思った矢先、僕の腰の辺りに誰かがぶつかってきた。ソフトクリームを持った見ず知らずの小学校低学年くらいの男の子だ。そのまま何も言わずにこの場から走り去ってしまう。


「かーえーしーて!」


 少し経って、彼の妹と思われる女の子が現れ、兄を追い掛けていく。


「……ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「いえ、大丈夫です」


 二人の母親と思われる女性も現れて言ってきたのでそう返すと、彼女は子供達を追い始め、しばらくして二人を捕まえることに成功する。


「何でそんなことするの? お兄ちゃんでしょ?」

「だって、僕をたたいた!」

「もう、どうして仲良くできないの? あの人達を見習いなさい」


 僕達から少し離れたところで会話が繰り広げられていく。加われるような雰囲気でもなく、そのまま「キャラクターの模様探し」を再開させようと相変わらず手を繋いだままの先輩の方を向くと、


「……うん、そうだよね」


 楽しそうにしていた雰囲気はどこへやら、やけに真剣な面持ちでつぶやいていた。


「別に大丈夫ですよ? 怪我とかしていませんから」

「ち、違うの、そういうことじゃないの。それじゃ、行こう!」

「先輩? 探さなくていいんですか?」


 なぜか先輩は、模様が隠れているらしいベンチとは逆方向へと僕を引っ張っていく。


「いいの、いいの。それに早く行かないと、ね?」

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