1-7-3. 勝手にやっていればいい(灯子Side)

 やっぱり眠い。


 章悟の力を借りることなく、目覚まし時計で何とか起きられたものの、この時間帯はどうしても眠い。昨日は結構早めに寝たつもりだったのに、何だか損した気分になる。


 こんな時は、先週のことを思い出してしまう。


 初めてカレーを作った日のことだ。切った野菜が床に転がってしまったり、熱した鍋に素手で触れて軽く火傷をしてしまったりと、様々な出来事を乗り越えながらカレーを完成させたので、何だか色々と疲れてしまい、食後に入浴してすぐに寝た。そしたら、翌朝に不思議な体験をすることになった。


 六時くらいに自然と目が覚めてしまったんだ。章悟どころか目覚まし時計の助けすらない状況で。


 頭も妙にえていて、学校を休んで昼近くまで寝る予定だった私はかなり戸惑ってしまった。目を閉じてもそれ以上眠れそうになく、「どうせなら」といった感じで登校することにした。


 それをきっかけとしてか、私の「不登校」は二日で幕を閉じてしまった。何回かは遅刻したけど、一応、学校には通い続けている。


 だけど、どれだけ朝を迎えたとしても、あの日のようなすっきりとした目覚めはなかなか得られなかった。大抵、今日みたいに眠気に襲われてしまう。まあ、章悟に起こされていた時ほどじゃない。一応、「ゲーム中に寝落ち」みたいな状況は避けるようにしている。


 色々と考えつつ校内に足を踏み入れた私は、体育倉庫へと向かっていた。始業までまだ結構時間はあるので、あそこの裏でゆっくりしようと思っている。


 そして、あくびをみ殺しつつ倉庫の近くまで来たところで、


「先輩……いや、壱歌さん。僕と付き合ってください」


 そこに先客がいることに気付いた。


 一組の男女だ。壁に背を預けている女子に向かって、男子が大声で言っている。


 男子の方は章悟だ。顔を見なくても声で分かる。分かりたくなくても頭が勝手にそう判断してしまう。


 「壱歌さん」というらしい女子にも見覚えがあった。あの日、章悟と体を寄せ合っていた小学生……いや、うちの高校の制服を着ている。しかも、タイの色は二年生のものだ。


 つまり、章悟が言っていた「先輩」というのはごまかすためのうそじゃなかったということ。いや、実際の年齢なんかこの際どうでもいい。


 どっちにしても、この一帯に胸焼けがするほどの甘ったるい空気が流れていることには違いないのだから。


 私が視界に入っていてもおかしくないはずなのに、全く気付いていない。完全に二人だけのラブストーリーに入り込んでしまっているんだ。


 章悟はいつからそんなラブストーリーの住人になってしまったんだろう?


 目の前にいる「壱歌さん」のせい?


 あんな小学生みたいな子供っぽい顔のくせして、章悟を色々とたぶらかしていたに違いない。上目遣いで相手を見つめているけど、あれは絶対「私って可愛いでしょ」って感じでやっているんだ。そんなしょうもない策略にだまされるのは一体誰?


 篠塚章悟、だ。別名、私を「裏切った」男。


「こちらこそ、お願いします」


 そんな彼女の返事を振り払うかのように、私はこの場から離れていった。良くも悪くも今ので完全に目が覚めてしまった。


 もう、勝手にやっていればいいんだ。


 愚かにも恋に溺れて、体を求め合っていればいいんだ。私は関与するつもりはない。


 とりあえず、持ってきたCDプレイヤーで音楽でも聴いてこの気持ちを紛らわせよう。都会的で穏やかな曲にする? それとも、体中に響くハードな曲にする?

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