1-7. 君とならハローグッバイ

1-7-1. 変えてしまった(章悟Side)

 灯子と「けん」してから一週間が経過した。


 僕と灯子は学校に向かうためにり革をつかみながら電車に乗っていた。それだけならば、いつも通りの光景。


 しかし、二人の距離は十メートル以上空いている。一緒に登校しているという感じではない。偶然、同じ車両に乗ってしまっただけ。向こうは多分、こんな人混みに紛れてしまうような僕の存在に気付いていないだろう。


 あの日、灯子は明確に僕のことを拒絶した。それは今でも続いている。


 隣同士の家に住んでおりながら、互いに顔を合わせる機会は急に失われてしまった。一緒に食事をとることも無くなったし、それ以前に、灯子が篠塚家に来ることも無い。灯子の現在の状況なんて、こうやって偶然見かけた時か、もしくは、千里さん経由でしか知ることができないんだ。


 結局のところ、灯子がどうしてあんな態度をとるようになってしまったのか、よく分からないままだった。あの日だって、ろくに会話もしないまま部屋から追い出されてしまったわけなんだから。


 このことを鵜飼に話したら、「好意の裏返し」だとか言われた。でも、僕からしたら、そんな一言で表せるような感情が渦巻いているようには見えなかった。


 僕はポケットからスマホを取り出し、千里さんから受信した数枚の写真を眺める。


 灯子はここ最近、カレーを作ることに凝り始めたみたいで、新しく作る度に、千里さんが僕にこうやって送ってくるのだ。おそらく、本人の許可は取っていない。


 なかなかに不思議な状況だ。確かにカレーをよく食べていたとはいえ、ほとんど料理をしてこなかった灯子が急にこうなるなんて。そんなに僕が作った料理が食べたくないのか。


 そもそも、灯子が今ここにいるということ自体も不思議だ。


 ほんの少し前まで、灯子は僕の助けが無ければ起きられなかったはず。千里さんが起こしているわけでもなさそうだ。それなのに、こうやって遅刻することなく登校できているのだ。髪は整えておらず跳ねてしまっているけれど。


 何かが、灯子を変えてしまったのかもしれない。


 女子にしては短めの栗色くりいろの髪の毛も、メリハリのある体つきや長い脚も以前と変わらないのに、たった一週間程度で別人になってしまったかのような感覚だった。


 そう思いながら離れた位置にいる灯子を眺めていると、彼女は突然体をびくつかせ、周囲を見回し始めた。今、自分がどこにいるのかを確認するかのように。


 どうやら、立ちながら眠っていたみたいだ。生活リズムはそう簡単には変えられないということだろう。


     * * *


 僕は校門をくぐって校内に足を踏み入れた。


 あの後、灯子がしっかりと目的の駅で降りたことを確認してから自分も電車から降り、寝起きで歩くスピードが遅くなっている彼女を追い越して、一足早くここまで来たというわけだ。


 そして、教室に向かおうとした瞬間、僕の視界の端をかすめていった人がいた。一瞬だけ映った小柄な姿は明らかにに見覚えがある。


 視線を移すと、そこには先輩がいた。校舎ではなくグラウンドの方へと向かっている。一体何の用があるんだろう。体操服は着ていないから、体育の授業というわけではなさそうだ。


 初めて手をつないだ日からすでに一週間は経過している。その間、僕達は互いに顔を合わせることは無かった。会おうと思えば会える関係性のくせに。


 結局のところ、結論を先延ばしにしていただけなんだ。対応の仕方を間違えてしまえば、二人の関係性が一気に壊れてしまうような、そんな気がして。


 今だって、先輩の誤解を解く方法なんてちっとも思い付いてない。いや、そもそも誤解しているかどうかすらもよく分からない。


 そう思いながらも、僕は先輩の後ろ姿をゆっくりと追い掛けていった。

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