1-6-4. 見たことのない姿(章悟Side)

 僕は何を言っているんだろう。


 別にこんなことをするために灯子の部屋に来たわけじゃない。灯子の様子を見にきたら本人はおらず、ベッドの側にコンビニ弁当の空き容器らしき物があったので、それを確認しようと部屋に入っていったんだ。


 灯子の態度がおかしい理由を探りたかったのかもしれない。弁当を三つも食べているみたいだし、もしかしたら体の問題じゃなく、鵜飼の言う通り、昨日の件が尾を引いていると思ってしまったんだ。


「あの、聞こえてる? そこにいるんだよね?」


 どのように言葉をつないだら良いのか分からなくなって、ドアに向かって質問する。返事は無い。気配はあるので、灯子はまだこの場にいるはずだ。


 様子を確認しようと前に進んでいくと、そこで突然灯子がドアを開けた。


 しかし、部屋に入ってこようとはしない。ただドアノブを握って立っているだけ。彫りの深い顔が真っ直ぐと僕の方へ向けられている。


「……出てって」


 そして、表情を変えずにゆっくりと口に出す。


 相変わらず抑揚の無い声だった。口数が極端に少ない灯子がたまに発する、単に情報を伝えるだけの言葉。でも、普段のように冷めた印象は受けない。むしろ、それとは真逆の熱を帯びた感情が音となって、僕の耳に届く。


 灯子が何を求めているのかは分かる。それでも、これまで見たことがないくらいの迫力に押されて、僕は足を動かすことができなかった。


 僕に向かって、灯子は床に置いてあったノートを投げつけてきた。避けられずに腹の辺りに当たったけれど、角がぶつかったわけではないので痛くはない。


「ちょっと、一体何……」


 続いて、今度は脱ぎっ放しにしてあった制服のスカートを手に持ちながら、早歩きでこちらに向かってくる。近くにある物を手当たり次第に武器にしているような感じだ。


「一旦、落ち着こう?」


 明らかに冷静さを失っている灯子をなだめたところで、止まりそうになかった。表情自体は普段とほぼ変わっておらず、それが余計に不気味さを強調させる。


 しかし、そこで突然灯子が僕に向かって倒れてきた。


 床に置いたままの弁当の容器を踏んで足を滑らせてしまったようだ。その影響で、僕は後ろにあるベッドに押し倒されてしまう。


 灯子の頭が僕の顎の辺りを打ち、女性らしい柔らかい体が僕の体を上から押さえつける。


 そんな状況もわずか数秒で終わった。灯子がすぐさま僕から体を離し、転げ落ちるように床へと着地したから。


「……大丈夫?」


 ベッドの上で体を起こしながら僕が呼び掛けた先で、灯子は体を仰向けにして浅い呼吸を何度も繰り返していた。どう見ても大丈夫と言える状況じゃない。大人びた顔立ちも体つきも明らかに見慣れたものなのに、幼い頃からの付き合いである僕でさえも見たことのない姿がそこにあった。


 僕が近付こうとしたタイミングで、灯子もゆっくりと起き上がっていった。さっき倒れた勢いて床に落としてしまった制服のスカートを再びつかみ、攻撃の体勢に移る。


 これ以上どうしたらいいのか分からなくなり、僕はベッドの側にある開けっ放しにしていた窓から、逃げるようにして篠塚家へと戻っていった。

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