1-5. 重ね得るエモーション

1-5-1. ステルスミッション(灯子Side)

 一夜明けて、月曜日。


 いつものように私は登校し、午前の授業を受け、体育倉庫の裏で弁当を食べ、午後の授業を受けた。なお、帰ってきたテストの点数はそこまで悪くなく、補習を受ける必要は無かった。


 こんな風に短くまとめられそうなスケジュールをこなし、終業時刻を迎え、私は荷物をまとめてすぐに教室を出た。


 最後の授業が少し長引いた影響か、廊下にはすでに多くの生徒達が行き交っている。帰ろうとする生徒もいれば、何やら話し込んでいる生徒、部活に行こうとする生徒もいる。


 私は「帰ろうとする生徒」だ。正直に言うならば、午後の授業が始まった時点ですでに帰りたかったけど、実際に行動に移してしまえば「早退」になってしまうので、何とか我慢してここまで持ちこたえた。


 今日はもうこの校舎に用は無い。一階にある靴箱への最短ルートを頭の中で思い浮かべて、それを突っ切っていく。


「ごめん、忘れ物!」


 そこで、一際大きな声が前から聞こえてきた。少し離れた位置にいる男子が、近くにいる友人に声をかけつつ私とは逆向きに廊下を進んでくる。


 確か、鵜飼という名前の男子。


 あまり会いたくない相手だ。ここで顔を合わせてしまったらまた何らかのアプローチをかけてくるかもしれない。昨日みたいにゲーム機は持っていないので、それを理由にすることもできない。


 私はすぐに右に曲がり、近くの女子トイレに入った。彼はこっちに気付かなかったようで、そのまま素通りしていく。まあ、例え気付いたとしても、さすがに男子の鵜飼は入ってこないと思うけど。


 さて、ここで私がとるべき行動は二通りある。今すぐにトイレを出ていくか、それとも、「忘れ物」を取りに戻った鵜飼がまたこの付近を通る危険性を考慮して、しばらくの間個室に入ってやり過ごすか。


 待つ方が良いかもしれない。大して離れていない一年A組の教室にあるであろう「忘れ物」を取りに戻っただけなんだから。


 いや、でもどうだろう。「忘れ物」がなかなか見つからなかったら? A組で違う誰かと話し込んだりしていたら?


 「今トイレを出ていったら鵜飼が通っている最中かもしれない」と思うと、いつまで経ってもここから出られない。それならば、早く行動を起こした方が良い。


 私は即座にトイレから出た。幸いなことに鵜飼はいない。ある種の安心を覚えつつ、そのまま早歩きでA組とは逆向きに廊下を進んでいく。


 この前の家でのステルスミッションは失敗したけど、今回は何とか成功したみたい。

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