1-4-6. デートらしいこと(章悟Side)

 僕はショッピングモールを出て、先輩と一緒に歩いていた。


 あれからゲームセンターでクレーンゲームをしたり、広場でやっていた無料ライブを見たりと、様々な出来事を一緒に経験し、気付いたらいつの間にか夕方になっていた。


「あのライブ結構良かったね!」

「そうですね。知らない人でしたけど」


 クレーンゲームの景品が入った袋を持った先輩と、そんな風に何でもない話をしていた。


 そう。何でもない話だ。


 服装以外はいつも通りの先輩と出掛けただけ。特に恋人らしいことをしたわけじゃない。


「先輩? 聞きたいことがあるんですけど」


 色々と引っ掛かった僕は、そう質問していた。


「一応、これはデートのシミュレーションですよね? ちゃんと参考になったんでしょうか? よく分からないですけど、そこまでデートらしくないような……実際に付き合っているわけではないので、当たり前かもしれないですけど」


 そうだ。これが「デート」ならば、部室でいつものように話し合うこともデートになってしまうかもしれない。


「大丈夫。結構参考になったよ。こういう所にで来るということ自体が重要だからね。篠塚君がいなかったら、ああいうタイミングで映画の話とかできなかったでしょ?」


 それなら僕じゃなくても他の友達でも良かったんじゃないか、と思ったけど、もしかしたら、先輩にはこういうことに付き合ってくれる相手がいないのかもしれない。図書室で初めて会った時の光景を思い返すと、余計にそう思えてくる。


「つまり、そういう『空気』を実際に感じることが重要なの。見るとやるとでは大違いだからね」

「分かりました。参考になって良かったです」


 僕はそう返事をするしかなかった。まあ、実際に小説を書くのは先輩の方だから、こちらがとやかく言うことじゃないだろう。


「……でも、そこまで言うんだったら、やってみる?」


 先輩は低い位置からゆっくりと腕を伸ばし、爪が切りそろえられた白い手を差し出してきた。


「いえ、あの、そういうわけでは」


 目的を理解した僕は口ごもるしかなかった。この前、体育倉庫の裏で灯子を起こした時のようにその手を取ればいい話なのに、なぜか行動に移すことができない。


「ふふっ、冗談だよ。確か、篠塚君の家は逆方向だよね。それでは、また明日!」


 先輩は悪戯っぽく笑いながら、近くの改札を通り抜けてホームへ続く階段を降りていった。その言葉通り、僕が乗る電車のホームとは別なので、あえて追い掛けない限り今日はもう会うことはないだろう。


 先輩はもう、ここにはいない。


 おおに表現してみるけど、別に一生会えないというわけじゃない。明日になれば部室でその姿を目にすることができるだろう。


 そんなことは頭では分かっているはずなのに、僕は改札を通ろうとせずに、しばらくの間何もせずにたたずむことしかできなかった。

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