1-3-4. 好みは人それぞれ(章悟Side)

 午後六時のファストフード店。その一角で僕と鵜飼は向かい合って座っていた。


 近くの図書館で勉強会を行ったのちここに入り、カウンターで注文した食べ物や飲み物をテーブルに置いたところだ。鵜飼のトレーにはポテトやらナゲットやら色々とセットメニューが乗っているけれど、僕の方には、小さなハンバーガーが一個とセットのドリンクしか無い。


「それで足りんの?」

「僕は夕食はあまり食べないんだよ。元々あまり食べる方じゃないから」


 よく食べる灯子と一緒にいると、自分が少食だということがよく分かるんだ。弁当箱のサイズだって彼女と比べると一回り小さい。


「しかもドリンクがウーロン茶って。ダイエット中の女子かって」


 こんな感じの突っ込みも慣れたものだ。言っている本人はどこか楽しそうなので特に反論はしない。


「食べないのに、何で俺より背が高いんだよ? あれか? 遺伝か? そうだな。うん」


 身長が160センチに満たない鵜飼は、僕が答えるまでもなくそうやって自分を納得させた。


 そこで、少し離れた席に座っている二人組にふと目が行った。うちの学校の制服を着ており、テーブルには教科書やノートが置いてある。さっきまでの僕達と同様に「勉強会」をしているんだろう。


 ただ、男子二人ではなく、男女で。


「俺もさ、やってみたいんだよな。あんな感じで、彼女と一緒に勉強会」


 僕と一緒にその光景を見ていた鵜飼は、明らかに羨ましそうな視線を向けていた。


「まあ、篠塚は別にそう思わないんだろ? 『彼女要りません』って感じで」

「そのこと、なんだけどね」

「何だよ?」

「……僕も、付き合うことになって」


 それを聞いて、鵜飼は手にしていたドリンクのカップを落としてしまった。僕は床に屈み込み、バッグからハンカチを取り出して、メロンソーダがぶちまけられた床を拭き始める。


「僕のお金でもう一回頼んでいいから」

「いや、別にそれはいいけど、今、何て言った? 付き合うとか……」


 拭き終わって座り直した僕に向かって、驚いた様子で話しかける鵜飼。


「どういうことだ? 『誰とも付き合わない』んじゃないのか?」

「説明すると、長くなるんだけど」


 僕は自分が置かれている状況について話し始めた。


 文芸部に入って、部室に来ているのが僕と「月村先輩」という二年生の二人だけだということ。そして、先輩の小説の参考のために、一種のシミュレーションとして期間限定で付き合うようになったということを。


「ちょっと待て。それ、初めて聞いたんだけど」

「『文芸部に入った』までは言っていなかったっけ?」

「いや、言ってないし。ってか、そんな面白そうなこと言わないって、どういうことだよ?」

「鵜飼って、本とかあまり興味無さそうだから」

「違わないけど、それなら話は別だって。『部室で女子の先輩と二人きり』とか『おさなみと家が隣同士で一緒に夕食食べる』って何だそれ? 何でお前の周りには女子が集まってくるわけ?」


 鵜飼は問い詰めるように言葉を繰り出してくる。理由なんて説明できるわけがない。


「まあいい。とにかく、その先輩と付き合うわけなんだろ?」

「付き合うっていっても、シミュレーションで……」

「それなら、俺も彼女作んないわけにいかないよな」


 僕の言葉を最後まで聞かずに、鵜飼はハンバーガーを強く握りながら言う。


「僕の話とは関係無いと思うけど」

「だって変だろ? 俺にはいないのに、お前はいるとか」


 どうやら、妙な対抗意識を燃やしているみたいだ。


「彼女といっても、少し違う感じで……あと、彼女ってどう作る気なの? 鵜飼に仲が良い女子とかいたっけ?」

「そこで、だ。俺、菅澤って良いと思うんだよ」

「菅澤……灯子のこと?」


 幼馴染みの名前が急に出てきたので、僕はついそう言い返してしまう。


「他に誰がいるんだよ」

「確かにそうだけど、でも、別に親しいわけじゃないよね?」


 こんな風に話題に出ることはあっても、灯子と鵜飼の間に直接的な関わりは無いはずだ。もしかしたら、互いに会話を交わしたことすら無いかもしれない。


「だから言っただろ? それを乗り越える価値っての? 菅澤にはあるってわけ」

「具体的には、どういう感じ?」

「何度も言わせんなって。顔が外国人っぽいじゃん? 胸でっかいじゃん? 脚長いじゃん? 分かんないか? あのステータスの高さ」


 たとえそういう風に並べ立てられようとも、この僕には大して響かなかった。まあ、好みは人それぞれだ。否定するようなことじゃない。


「それにさ、謎っぽい感じも面白いと思って」

「謎っぽい? 不思議ってこと?」

「だってほら、登校の時以外は、学校ではいつも一人みたいじゃん。何度か見かけたんだけど」


 おそらく、それは間違っていない。この前の昼休みに弁当箱を持って校舎の外に出ていく灯子を見かけたので、「どこに行くんだろう」と気になって尾行していったところ、「体育倉庫の裏」という目立たないスペースで弁当を食べていたんだ。ああなるともう筋金入りだ。


「何かさ、すっげー秘密持ってそうじゃん。『あの有名歌い手の正体は実は!』みたいな」

「それは無いよ。スマホとか持ってないみたいだし」


 鵜飼はどうやら灯子に対して妙なイメージを持っているみたいだ。僕からしたら「少し変わった性格の幼馴染み」に過ぎないのに。


「あとさ、篠塚とはそういう関係じゃないんだろ?」

「そっちこそ、何度も言わせないでよ。特別な感情は無いって」


 『恋ふた』の中だったら恋愛関係に発展したりするだろうけど、ここは現実だ。変に混同するのは良くないと思う。


「好きになるのは勝手だけど……でも、灯子はそういうのあまり興味無いと思うよ。中学生の頃、男子に告白されたことがあったけど、断ったみたいだし」


 「モテる」というほどではないけど、灯子は昔から一定数の男子から好感を持たれるところがあるのだ。小学生の頃は、バレンタインデーになぜか男子からチョコレートをもらったことがある。まあ、当人からしたら「単にお菓子が手に入った」という認識だったようだけど。


「それは昔の話だろ? 今は違うかもしれないじゃん。それにさ、いきなり告白とかしないって。まず、食事に誘うとか、そういう感じで」

「言っておくけど、やるんだったらテストの後にしておいてよ。灯子だって、勉強しているみたいだから」


 そう言いつつも、あの単独行動を好む灯子が他の誰かと交際するなんていまいち想像がつかなかった。まあ、別に止めるつもりは無い。


「分かってるって」


 と、鵜飼はやけに自信に満ちた表情で返した。

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