1-3-3. 私と一緒(灯子Side)

 結局のところ、「甘い物」は砂糖くらいしか見つからなかった。


 これだけでは単なる調味料に過ぎないので、戸棚の中に入っていたパンの上にかけて食べてみたけど、甘さがしつこくて、はっきり言ってあまり美味しくなかった。もう食べてから結構な時間が経っているのに、まだ舌の上に重い甘みが残っているような感じがする。


 そんな私は、自分の部屋で英単語帳を見ながら。内容を頭にたたき込んでいった。


 テストまでまだ一週間以上あるし、さして急ぐ必要は無いのかもしれない。今、この部屋にゲーム機があったら間違いなくそっちを選ぶ。でも、この前ゲーム機のスティックの部分が壊れてしまって、現在修理に出している最中なので、それはかなわない。


 と、急に篠塚家の方から掃除機の音が聞こえてきた。そのせいで、頭の中で組み合わさっていたアルファベットがバラバラになる。


 「犯人」には心当たりがある。どうやらいつの間にか帰ってきたみたいだ。私は起き上がってベッドに膝立ちになり、できるだけ大きな音を立てて窓を開ける。


 その数秒後、掃除機の音が止まり、「犯人」は篠塚家の方の窓を開け、私の前に姿を現した。


「ごめん。うるさかった? 何かホコリが気になって」


 案の定、その正体は章悟だった。


 たとえ謝られたとしても、私の苛立ちは収まらない。そもそも、今日は色々とタイミングが悪過ぎる。甘い物が食べたくなった時に限って章悟がいなかったのもそうだ。


「……何で、帰ってくるの、遅いの?」


 湧き上がった感情を一まとめにして、私は章悟に質問する。もしかしたら、今日しゃべったのはこれが初めてかもしれない。そのせいか、声がかすれているような感じがする。


「言ってなかった? 文芸部に入ったから、週に二、三日くらいは帰るのが遅くなる、って」


 完全に初耳だった。二学期というこの時期にどうして入部したんだろう。まあ、そんなのは向こうの勝手だろうけど。


「あと、今のうちに言っておくけど、明日、勉強会があって帰るのがもっと遅くなるから。夕食は作っておくよ」


 それを聞いた私は特に返事をせずに窓を閉め、ベッドに体を横たえる。


 思い出してみると、私達が高校に入ってからこういうケースが増えてきたような気がする。部活動が強制だった中学生の頃は、二人ともできるだけ暇そうな部活を選び、終業後や部活動の終了後はすぐ家に帰り、そろって夕食をとるというのがよくあるパターンだったのに。


 別に、「章悟ともっと一緒にいたい」なんてことを考えているわけじゃない。必要以上に近付いたりせず、必要な時に起こしてくれて、必要な時に忘れ物を貸してくれて、必要な時に食事を用意してくれる。


 そんな関係性が良いんだ。それ以上は望まないし、むしろそうなったら困る。


 章悟だって私と似たようなことを考えているはず。付き合いが長いと何となく分かってくるし、二週間くらい前、シャーペンの芯を借りにA組に入ったところ、章悟がこう言っていたんだ。


『そもそも彼女が欲しいとか思ったことはないから』


 そうだ。恋愛とかどうでもいい私と一緒なんだ。うちの両親みたいに、グロテスクな行為を望むような人間じゃないんだ。


 色々と考えていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。もしかしたら、修理に出したゲーム機が戻ってきたのかもしれない。


 私はすぐさまベッドから起き上がった。勉強の続きは明日からでもいいか。

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