1-3-2. 彼氏になって(章悟Side)

 僕が文芸部に入ってから、二週間ほどが経過していた。


「三巻は読み終わったって言っていたよね? どうだった?」

「言葉にするのって結構難しいですけど……ギャップがある感じというか」

「クリスマスの話のこと?」

「はい。明るさと暗さの対比、みたいな」

「そうそう! 華やかなクリスマスの雰囲気と、風邪をひいて一人きりになってしまった『しのぶ』の対比ね! 『しのぶ』は口では『ゆう』に対して『楽しんできてね』と言っていたけれど、その寂しそうな雰囲気が痛いほど伝わってくるという感じで」


 僕と先輩は、『恋がふたりを変えるなら』(略称・恋ふた)について部室の中でそう語り合っていた。まあ、「語り合う」といっても、話す量は明らかに先輩の方が多いんだけど。


 この二週間で、そういった光景はごく当たり前のものになっていた。


「ここでちょっと質問だけれど、『恋ふた』の舞台ってどの辺りだと思う?」

「考えたことないですけど……都内とかでしょうか?」

「言葉がなまっている雰囲気は無いし、作者も都内出身みたいだからそうとも捉えられるけれど、『恋ふた』の中のクリスマスって雪が降っているでしょ? 都内でこの時期に雪が降ることなんてほとんど無いから、もっと北の方か日本海側かな、という風に思うところもあるの。とはいえ、『絶対に雪は降らない』なんて言い切れないから、『都内』という説も否定できないけれど」


 特に今日は、先輩の話す量がいつもより多いような気がする。もうすぐテスト期間で部活動が休止されるので、その分ここで言いたいことを一気に口に出しているのかもしれない。


「そこまで語れるのなら、先輩自身も小説を書いたりしているんですか?」


 僕はふと感じたことを口にした。


「……書いてみたことは、あるんだけどね」


 そこで、先輩は少し言いよどむ。


「中学生の頃だよ? 恋愛物を書いてみて賞に出したことがあるんだけれど、一次選考で落ちたの。で、この前見返してみたけれど、『これだと落ちるのも当然だな』って思ったの」

「どういうことですか?」

「完全に『恋ふた』の盗作だったからね。言い方を変えれば『丸パクリ』。さすがにキャラクターの名前は変えたけれど、話の進み方は全く一緒。当時は『ただ影響を受けただけ』という意識だったと思うけれど」

「新しいのは、書かないんですか?」

「それが……簡単な問題じゃなくて。何ていうの? 別にそんなつもりはなくても、どうしても既存の作品に似てくる、という感じで」

「そうなんですかね」


 小説を書いたことない僕は、曖昧な言葉しか返せない。


「だから、ちょっとお願いがあるんだけど」


 その言葉を聞いて、二週間ほど前の部室でのやり取りを思い出してしまった。


「……ごめんね。お願いばかりで」

「いえいえ。別に」


 僕はその点をほとんど気にしていなかった。むしろ、見た目が完全に小学生の先輩が丁寧な感じでそう言ってくるという点にどこか面白さを見出しているのかもしれない。


「少しの間、私の彼氏になってくれないかな?」

「……彼氏?」


 先輩の言葉を受けた僕は、一つの単語を返すだけだった。


 「彼氏」というのはあれだ。辞書的に言えば、「ある人物に対して恋愛関係にある男性」のことだ。そんな関係になることを、先輩から提案されている。


「ごめん! 急にこんなこと言われても困るよね? 篠塚君に好きな人がいるかもしれないのに」

「いえ、特に、いないですけど……」


 あまりにも急な展開だった。僕と先輩は恋愛感情とかそういうものを抜きにした関係性のつもりだったのに。


「あの、ほら、私って、恋愛小説を書きたいんだけれど、でも、誰かと付き合ったことがなくて、だから、実際にやってみれば書けるようになるのかな、と思ったの。既存の作品の影響じゃなく、自分自身の体験をもとにした、ね」


 目を泳がせながら先輩は弁明を続ける。さっきと比べてしゃべり方がたどたどしくなっているのは、多分気のせいじゃない。


「付き合うっていってもね、いわゆる形式的な感じで、『ただデートするだけ』とかそういう感じ。テスト期間が終わったら、どうかな? 一回や二回くらいでもいいから」

「……やりましょうか?」


 僕は、いつの間にかそう口を開いていた。


「本当? もう一回言うけれど、これは強制じゃないからね?」

「それくらいなら、問題ありません」


 最初に先輩に「彼氏になって」と言われた時は、正直言って動揺した。


 僕はこれまで「誰かと付き合いたい」とほとんど考えてこなかったので、「付き合う」というのは具体的にどういうことなのかあまりイメージできていなかったんだ。『恋ふた』というラブストーリーを読んだりはするけれど、それはあくまでもフィクションだ。


 でも、先輩が言うには、別段難しい話じゃないみたいだ。ただデートする。それだけだ。「形式的」なものに過ぎない。


「私ね、『彼氏を作る』とか、あまり考えたことがなくて」


 どこか聞いたことのあるような物言いだった。


「変な話でしょ? 書きたいくせに、自分自身が本気でそれをしようと思わないなんて」

「……僕もです」 

「『僕も』ということは、篠塚君も小説書くの?」

「いえ、そのつもりはないですけど、小説と実際は別、みたいな」

「うん! そうだよね! 恋愛物は物語としてはとても面白いけれど、『読む』と『実際にする』のは別問題、ということだよね?」

「そういうことに、なりますね」


 先輩はやけに強い調子で返してくる。鵜飼にとって僕は「変わってる」らしいけれど、まさかこんな近くに僕と同じ考え方の人がいるとは思わなかった。


「なら、早速だけれど、『デート』をいつにするか今のうちに決めようか。テスト期間後の日曜日は空いているの?」

「それだったら、大丈夫ですよ」

「篠塚君はどの辺りに住んでいるの? できるだけ近い場所がいいよね」


 こんな風にして、話は次々と進んでいった。

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