第12話 部活動見学、テニス部へ

剣道部を去った後も部活動見学は続けるつもりだったが、別にどの部が見たいとかがあるわけではない。

とはいえ、行く先も限られてるのでとりあえずグラウンドへ。

外に出てみると、空は依然として曇っていた。

雨が振りそうな雰囲気はないが、微妙に雲間から光が差してはいるが、薄暗いことに変わりはない。

グラウンドへ向かう途中、カバンから今日の部活が書かれたプリントを出して眺める。

これは今朝、担任に「霞河。今日の放課後、部活動体験行くんだろ? これを待っとくといい」と渡されたものだ。

プリントに書かれた部活は剣道、弓道、テニス、陸上、野球、バスケ、バレー、水泳の八つ。

あとは家庭科部などの文化部がいくつかあるようだ。

そういえば、ひななが中学の時は家庭科部にだったって言ってたっけ。

「お料理したりお裁縫したり、面白いよ〜」とオススメされたけど、悪いがその辺はスルーだ。

文化系の部を否定するわけではないが、俺の性には合わないからな。

グラウンドで活動しているのは陸上、野球、テニス、か。

そのうち野球は中学校の方のグラウンドを丸々使ってやってるそうだ。

だから選択肢はテニス部か陸上しかないのだが。

「あ。おーい霞河くーん!」

どっちから行くか迷いながらグラウンドへ入ると、遠くから大声で呼びかけられる。

これは多分、水原の声だ。

どうやら、グラウンドの端、テニスコートから呼ばれたらしい。

彼女は大きく手を振ると、ドタドタとこちらに駆け寄ってきた。

「霞河くん。剣道部の方はもう終わったの?」

ちょうど休憩中だったのだろう。

水原は首にタオルをかけ、水筒片手に頬を火照らせていた。

「ん、おう。ちょうどさっきな」

「じゃあ、もしかして今は暇だったりする?」

「暇っちゃ暇だな。今は次に見る部活を探してるとこだし」

俺が答えてる間に、水原は水筒に口をつけていた。

口の端から漏れた水が顎を伝って滴り落ちている。

別に慌てなくても、ゆっくり飲めばいいのに。

「ぷはっ、じゃあさ。テニス部見ていきなよ。ちょうど体験生の子が一人だから、ペアになってくれる人が欲しかったんだよね」

タオルで口元を拭うと、水原はコートの方を指さした。

見ると、練習着姿の生徒が男女合わせて七人ほどいる。

比率は少し女子の方が多い。

そこに一人、体操着姿の女子生徒がいるが、彼女が体験生だろうか。

彼女と水原を合わせて総勢九名。たしかに奇数だとペア組で一人余ってしまうが。

「でも俺、制服だけど?」

両手を広げて、運動する服装ではないとアピールする。

「だいじょぶだいじょぶ! そんな激しく動くこともないし、お遊び程度だからさ!」

だが、水原は満面の笑みで言った。

それから額を伝う汗をタオルで拭う。

いや、そんな汗かいた状態で言われても説得力がないんだが。

「いいからほら、やってみよ!」

「え、いや。ちょっと待って!」

「まーたーなーいー」

断る隙を与えてもらえず、両手で引っ張られて強引に連れていかれる。

困ったな、洗濯も面倒だし、あまり制服で汗はかきたくないんだが。

されるがままに、緑のフェンスで隔離されたテニスコートエリアへ連れていかれる。

最終的には、奥のベンチに座っている上下運動用のTシャツに日除け帽子を被った女性の元まで引っ張られた。若々しい見た目の女性だが、この人も教師なのだろうか。だとしたら中学校の方の先生なんだろうな。全く見覚えないし。

「先生! 一人体験生入ります!」

水原が声をかけると、先生は膝元に置いたノートから顔を上げ、俺たちを見た。

「はーい。……って、あれ、でも君高校の方の生徒だよね?」

「はい。でも霞河くんは──」

疑問符を浮かべる先生だったが、すかさず水原が捕捉してくれる。

「あ、そうなんだ。いいよいいよ、そういうことなら是非やってって!」

俺が高校からの新入生であることを話すと、先生は快く受け入れてくれた。

「えっと、二人知り合いなら固めたほうがいいよね。亜子、霞河くんの面倒みてくれる?」

「はい、大丈夫ですよ!」

と、こんな感じで練習に参加することになったのだが、テニスというのはやってみると存外難しいもので。

「あー、またホームランだあ」

俺が打ったボールがフェンスを超えて遠くへ飛んでいく。

「……すまん」

「いいよいいよ! ボール取ってくるからちょっと待っててね!」

「あ、それくらい……行ってしまった」

遥か遠くへ飛んでいってしまったボールを、水原が追いかけていく。

自分のせいなのに彼女に動かせてしまったことに申し訳なく思いつつも、俺はさっきのミスについて反省した。

このテニスという競技、想像以上に力のコントロールが難しい。

さっきも、彼女が打ってくれたボールをフォアハンドとやらで返したのだが、力を込めすぎたせいで明後日の方向へ飛んでいってしまった。

弾くんじゃなくて押し出すように、と彼女は教えてくれたが、強く押し出すとボールがどっかに行ってしまうんだから、困ったものだ。

何度か素振りを繰り返してみるが、イメージだと出来てるのにな。

「はい、今度は霞河くんの方からお願いね」

戻ってきた水原がボールを投げて渡してきたので、素手で掴みとる。

「じゃ、いくぞ」

合図から一呼吸置くと、俺は金魚掬いのイメージで、ボールを打ってみた。

すると、俺の球はいい感じに水原の目の前で跳ねる。

「そうそう、いいよー! ナイスサーブ!」

水原は俺を称賛しながら、半身で回り込むように、大きく掬いあげるように打ち返してきた。

俺も同じように打ち返す。

力はほぼ込めず、ラケットは腰回りの遠心力で振るようなイメージで。

「おお、いいじゃん!」

俺の打ったボールは、やや低空ではあったものの、ちょうどいい塩梅で水原の前へ跳んでいった。

確かに、今のはいい感じに打てたな。

なるほど、あんな風にやればよかったのか。

腕じゃなくて腰で振る、か。なるほど、剣を振るのと若干通じてる部分がある。

違いは振り切るか振り切らないかの違いだけだ。

それから三十分ほどが経って、ようやくコツを掴み始めてくる。

「うんうん。いい感じになってきたね!」

この辺りではすっかり俺も慣れて、フォアだけでなくバックハンドも使うようになっていた。

ラリーの回数も、一回二回で途切れることが少なくなって、それなりに続くようになった。

「……そろそろ強いのいってもいいかな?」

ラリーの最中、ふいに水原が呟く。

強いの? と聞く暇もなく、水原はラケットを振り上げた。

ちょうどボールはふんわりと浮き上がっている。

今まで俺が慣れていなかったから、一度も来なかったが、スマッシュを打つには十分な浮遊感だ。

「──あっ!」

ガットがボールを捉える瞬間、水原が声を上げた。

それは多分、球の軌道が俺の正面だったから。

鋭い球が真っ直ぐに球が飛んでくる。

このままではぶつかるのは必至だ。

だが、水原が声を上げたとき、すでに俺は動いていた。

動いたといっても、横に跳んだりしたわけではない。ただ、ラケットを横に薙いだだけだ。

ちなみにガットは上を向いている。

つまり、有効部位が側面しかなかったわけだが……なんとか、その狭い範囲でボールを捉えることができた。

鈍い音を立ててボールは真横へ飛んでいく。

隣のコートから驚く声が聞こえてくるが、それに関しては本当に申し訳ない。

「か、霞河くん! 大丈夫?」

水原が慌てて駆け寄ってくる。

「ああ。大丈夫だ。それよりも……」

チラッと横を見る。

「あぶねえな! 気をつけてくれよ」

流れ弾に被弾しかけた誰かに怒鳴られてしまう。

「あー! ごめんなさい!」

水原がペコペコと頭を下げる傍ら、俺は大きく息を吐いた。

今のは危なかった。

ていうか、つい反射で弾きにいってしまったが、別に横に避ければいい話だったな。

まぁ、正中線を捉える一撃はかわしづらいし、結局防げたのだから結果オーライだが。

「……ふう、それにしても、すごい打ち方したね。ここで捉えたの?」

細く息を吐くと、水原は感心しながら側面を撫でた。

「そうだけど、悪いな。変なとこで打っちゃって。傷とかついちゃっただろ?」

「んー、そだね。でもいいよ。霞河くんが無事ならそれが一番だし。それにこのラケット、授業とかで使う貸し出し用のやつだから」

水原が意地の悪い笑みを浮かべながら、取手を向けてラケットを差し出す。

「そうか、ならよかった」

頷きつつ、俺はそれを受け取った。


初心者の俺に傷を負わせるところだった、と悔いているのだろう。

以降、水原が威力の高い球を放ってくることはなかった。

さっきのやり取りでタイミングは見切ったし、俺としてはガンガン打ってもらってもいいのだが。

そう伝えても笑って流されてしまうだけだった。

なので、ゆるゆるなラリーを続けているうちに休憩となる。

俺は水原に、そこで体験は終わりにしてもらえるよう頼んだ。

理由は、ラリーの途中に一つだけ、他にも見ておきたい部活があることを思い出したからだ。

「霞河くん、テニスは楽しかった?」

荷物を抱えると、水原が確認してくる。

「ああ。テニスなんて初めてやったけど、普通に面白かったぞ」

「ほんと? ならさ、またいつでも遊びに来てよ。別に部活動体験じゃなくっても来ちゃいけないってことはないしさ」

「考えとくよ。ありがとうな」

テンプレートな返しになってしまったが、楽しかったのは本当だ。

流石に入りたいとは思わなかったが、もし何もなければ、終了時間までやってたいくらいに。

しかしそれを返上してでも見ておきたい部活があるから、俺はある場所へと向かった。

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