二章 それはもうやめた

第6話


早朝五時。

まだ日が昇る前に俺は目を覚ます。

深い眠りから舞い戻れば、上体を起こして立ち上がるだけで、靄がかった頭はスッキリする。

寝起きのだるさとかそういったものは一切ない。夜ふかしさえしなければ、毎朝きっちり五時に目を覚ませる体質は俺の長所の一つだ。

軽く伸びをして布団を畳んだら、真っ先に洗面所へ向かい、顔を洗って口を濯ぐ。

ダンボール箱から薄いTシャツとジャージを取り出して着替えたら、ちゃぶ台上のかごにストックしておいたプロテインバーを取り、無造作に開けて頬張った。プロテインバーが全て口に入ったら、備え付けの小型冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクをグビグビと呷る。もしょもしょした中身を全て飲み下したら、深く息を吐いて部屋を出た。

これで擬似的な朝食が終わった。欲を言うとガッツリと食べたい気分だが、あいにくこの時間は食堂もあいていない。

そもそも運動の前なのだから軽くお菓子をほおばるくらいで丁度いい。

これから俺は、ランニングへ向かうつもりだ。

よほどの雨でも振らない限り、俺の朝はランニングから始まる。それは住む場所が変わっても変えるつもりはなかった。

他の部屋で寝てる客を考慮して、なるべく静かに館内を歩く。

外へ出ると、青緑色の空がひろがっていた。

朝日が登る前の空って、不思議な色をしてるよな。

そんなことを考えながら深呼吸する。朝方の空気が肺を冷たく癒やしてくれた。

それを数回繰り返してから、足首やアキレス腱を伸ばし、完全に身体に目覚ましをかける。

他にも屈伸をしたり伸脚をしたりして、十分に身体がほぐれたら、足を踏み出した。

最初の数歩はゆっくり、流すように駆ける。ある程度体が慣れたら、息を整えながら徐々にスピードを上げていく。

走る距離が長引くにつれて喉が乾いていく。ひんやりと冷たかった体温が汗が出るほどの上昇していく。

その変遷が心地いい。

夜桜を出たら、ぐるっと回ってあぜ道を走り、山を登って駅を拝んだら下山して引き返す。そのあとは適当に道を流して、もう一度あぜ道を通って夜桜へ戻る。

それが古川町に来て数日で定まったランニングルートだ。

走る時間は一時間ほど。タイマーを持ってきていないので正確な時間はわからないが、体感時間で何となく分かるので問題ない。何年も走り続けた恩恵というやつだ。

それにしても、いつからだろう。どれくらい走れば一時間経ったのかわかるようになったのは。

そんなことを考えてるうちに、古川駅へ続く山道に入る。

その途中で、毎回バルコニーへ続く階段が目に入る。しかし足は踏み入れない。

ここに来るまでに空が少しずつ明るみを増してきた。今から入ればちょうど朝日が登る瞬間を見ることができるかもしれない。

ただ、興味がなかった。俺にとって日の出なんてのは走っていれば自然と目に入るものだから。毎朝当たり前に昇る太陽を少し特別な場所で見たところで、だからなんだという気持ちが強い。

そういう景色に感動できるようなピュアな心を持っていれば、行こうと思えたのかな。

なんて考えてるうちに駅を折り返して下山する。

麓にたどり着いたら、一旦足を止めて乱れた呼吸を整える。

小さい頃からずっと続けてきたランニングだったが、こっちに来てこのコースを走るようになってから新たに発見したことがある。

それは整っていない道を走るのは思ったよりきついということである。

福岡にいたころに走っていたコースは多少上り坂や下り坂が多かったが、全体的にアスファルトやコンクリートで舗装されていて走りやすかった。

だが古川町の道は足元のほとんどが土である。もちろん、完全な獣道ではないが、ところどころくぼみがあったりして非常に走りにくい。とくに駅へつづく山道は上下の勾配も加わったせいで、余計に走りづらい。

そのせいで、古川町に来て初日に踏み入れた山道では、途中でバテて歩いてしまった。

それでも三日目になれば少しは慣れたが……一週間が経過した今でも、未だに山道の往復は骨が折れる。

五分ほど休憩してから、再び走る。

そのあとは特に決まったコースはなく、足の赴くままに流す。

あとはほぼクールダウンみたいなものだ。

部屋に戻ったら六時を少し過ぎたあたりだった。

この時間になると、すでに仲居の方は出勤していて、廊下をすれ違ったりする。

そのたびに軽く会釈しながら、自分の部屋へ戻る。

そのあとは風呂に入って汗を流す……わけではなく、これから腹筋や腕立て、体幹トレーニングを数セット行う。

それが終わってようやく、夜桜の温泉で体を流すのだ。

そして、こっちに来て新たに発見したこと二つ目。

シャワーで体を流すだけより、温泉に浸かるほうが百倍身体がほぐれる。

たった一時間走ったところで筋肉痛になることはないのだが、こっちに来てから特に運動後の疲労が取れるようになった。

それは温泉の物質かなんかも作用してるんだろう。家で同じことをしても、今俺が体感しているような効果は得られないはずだ。

それになにより、わざわざ湯を沸かす手間がいらないというのが何よりの利点だろう。

難点としてはたまーに早起きしたらしい宿泊客がいることだが、多くて二、三人程度なので十分快適だ。

……まあ、一回だけ老人に話しかけられたことがあって煩わしいと思ったが、貶されたり馬鹿にされたりしたわけではないので問題ない。

風呂を出たら、男湯の隣にある休憩所のさらに隣の部屋へ入る。そこはコインランドリーのように洗濯機が並んでいて、宿泊客に無料で貸し出されているのだ。

俺の洗濯物はそこでやる決まりになっていた。

ただ、夕方や夜はほとんど埋まってしまっているので、俺は人の少ない朝に、入浴ついでにやるようにしている。

ランドリースペースは朝の六時からしか空いてないので、この時間であれば絶対に先客がいることもない。

洗濯は脱水も含めて大体一時間かかるので、ランニングから戻ったあとに溜まった洗濯物はすでに入れておいた。

スイッチも押しておいたので、筋トレや入浴が終わったあたりでちょうど終わる頃合いなのだ。

今まで手洗い意外で洗濯を自分でやったことがないから、最初ドラム式の洗濯機を使うのは少々手間取った。ただまあ、結局おまかせコースというボタンを押せばそれでいい話なので、理解するのも簡単だった。

そうして部屋に戻って、不格好に畳んだ洗濯物をクローゼットへ突っ込む。

こっちに来て、新しく発見したこと三つ目。

意外と服をたたむのは難しい。

別に雑にたたんだつもりはないのだが、なぜか不格好になってしまう。

家族の服を毎日洗濯して、なおかつキレイに畳んでくれていた母は、大変だったのだろう。

きっとそれ以外にも、俺の知らないところで苦労していたはずだ。

こっちに来て多少家事を自分でやるようになって、ようやく母のありがたみが身にしみて分かった。

まあ、実質一人暮らしであれば、いくら畳み方が悪くても、とりあえずしまっておけば問題ない。

その後、食堂で朝ごはんを食べて支度を終えたら、中身のないカバンを持って夜桜を出る。

昨日までならトレーニングの続きをしたり、浴場の掃除を手伝ったりしていたのだが、今日は古川高校の入学式がある。

なので、これから学校へ向かうのだ。

俺の初登校の日だからか、女将という立場で忙しいはずの真弓さんも、仕事を中断してわざわざ見送りに来てくれた。

「じゃ、行ってらっしゃい。人生に一度しか無い高校の入学式なんだから、楽しんできなさいよ」

「入学式に楽しむ要素あるんですか……」

「あるでしょ。どんな人と一緒のクラスになるのかとか」

「あー、なるほど。まあ、とりあえず行ってきます」

そんなやり取りを経て、夜桜を出る。

現在朝八時きっかり。

高校の入学式は八時半からなので、十分前にはたどり着けるだろう。

五分ほど歩いたところで、ポケットの中のスマホが震える。

取り出してみると、ひななからメッセージが来ていた。

内容は、要約すると初めての登校だけど道案内はしなくて大丈夫だったか、ということだった。

道はわかってるから大丈夫だ、と返事を返す。

するとスタンプが送られてきたので、こっちも同じように返す。もちろん、初期スタンプの中から馬鹿にされないものをよく吟味して。

この一週間で、スマホを触る時間が明らかに増えたと思う。

地元にいた頃は一週間に一度起動するかどうかのレベルだったのに、こっちに来てからは一日に最低一回は起動していた。

ついでにいえば、コンビニに行くとか散歩に出るとか、ちょっとした外出にも携帯するようになった。

というのも、ひななが頻繁にメッセージを送ってくるからである。

頻繁にといっても、一日に何回もメールが来る場合もあれば、何もこない日もある。

特に一昨日は家族で旅行に行ったらしく、頻繁にどこに行ったとか何をしてるとか、大量の写真も送られてきた。

ちなみにその時、バイト代で家族に昼食を振舞ったそうで、それをみた俺は胸が苦しくなってしまった。同じ年なのに、もう親孝行をしているのかと。まあ、勝手に俺がジェラシーを感じているだけの話だ。

話がそれたが、そういうわけでいつメールが来てもラインを見れるようにしているのだ。

それと、そんなふうにメールを送り合うだけあって、ひななとはこの一週間で随分仲良くなれたと思う。

特にそのきっかけとなったのは、先週の火曜日、彼女を送り届けた二日後のことだったか。

その日の前日に荷造りも町の地理を把握するのも終えた俺は、やることがないからと真弓さんに風呂の清掃を手伝わせて欲しいと頼んでみた。

すると、ちょうど清掃当番だったひななと二人でやるように指示されたのだ。

その時洗剤で滑りかけた彼女を支えてやったことが、打ち解けられた瞬間だったと思う。

もしくは手伝いの後、賃金と称して真弓さんがくれたお小遣いで、一緒に甘いものを食べに行ったのも大きかったのかもしれない。

実際メールが増えたのはその日の夜からだったし。





学校との距離が近づくにつれて、古川高校の制服を纏った人が増え始める。

違うのはネクタイやリボンの色だけで、緑、青、赤の三種類があるようだ。

おそらく学年によって色が分けられているのだろう。

入学式なのに上級生まで来ているのは、古川高校が入学式と始業式を同時に行うからだそうだ。

この前ひななに聞いた話だが、古川高校は生徒数が少ないので自然とそうなったらしい。

ちなみにその関係でクラスも一学年に一クラスしかないそうで、この町で同学年の人間はクラスメイトと同義とのことだ。

なので、昇降口に貼られてる新クラスの名簿は三枚だけだった。

一年生のクラスは一番左だったので、その前に立つ。

名簿一覧は男子と女子で分かれていて、俺の名前は男子の三番目にある。出席番号は当然三だ。

一応他の人間もチェックするが、無論、男子に知ってるやつは一人もいない。

女子の一番上はさすがア行というべきか。朝比奈ひななの名前がある。

その下に行って、俺と同じ三番である紅(こう)野(や)梓(あずさ)という文字が目に入ったところで、背中をちょんちょんとつつかれる。

目線だけ後ろに向くと、爽やかな笑顔を浮かべたひななが立っていた。

「おはよう、クルくん!」

「おう。おはよう」

挨拶に答えながら、俺は少し左にずれた。

すると空いたスペースにひななが入り込んでくる。

それからクラス表を目にすると、「そりゃ同じクラスだよねえ」と、わかりきったようにいった。

「というわけで、クラスメイトとしてもよろしくね。クルくん」

「ああ、よろしく」

そんなやり取りをしながら、俺はまだ見ぬクラスに思いを馳せる。

ひななにとっては慣れたことであろうとも、俺にとっては初めてのことなのだ。

俺なんかが上手くやっていけるだろうか。なんて弱気なことを考えてしまうくらいには緊張していた。

それでも、ひなながいる分気が楽なのは間違いないが。

まあ、前向きに考えよう。俺が相手のことを知らないなら、相手も俺を知らないってことだ。

ちなみにだが、俺は入試は一人ぼっちで受けたので、本当の意味で一度もクラスの人達の顔を見たことはない。

どうも、この学校は生徒数が少ないゆえか、近隣の古川中学校の人間はほぼ全員推薦で進めてしまうらしい。

一般入試と推薦入試では日程が違うため、俺は一人だったというわけだ。

一応、あまりに素行がひどかったり成績が悪かったりすると推薦が取り消されるそうだが、俺の代にはそういうダメな生徒はいなかったそうだ。

全員推薦なんて馬鹿な話があるかと思うかもしれないが、それがあるのだから笑えない。

教室に行った時、誰もいないもんだから会場を間違えたかと思って本気で焦ったのも、今となっては懐かしい思い出だ。

話がそれてしまったが、つまり前評判もなにもないのだから、コミュニケーションはファーストコンタクトさえ間違えなければ大丈夫ということだ。

やれる。ひななと仲良くなれたのだから、たくさん友達ができるはずだ。

心の中で密かに自分を鼓舞する。

そんな俺の意気込みは、教室に入った瞬間にくじかれた。

なぜなら。ガラガラと立て付けの悪いドアを開けて、最初に俺を出迎えたのが警戒の視線だったからだ。

窓際の席周りに集まった奴らの視線がじーっと俺を刺す。

その数、一、二、三、四──ざっと十一人というところか。

さっき見た名簿の数が十五だったから、俺とひななを除くクラスの殆どが遠巻きに俺を見ているという状況だ。もちろん男女混合で。

「あれが噂の新入り? なんかゴツくない?」「あいつも紅野みたいにツンケンしてんのかね……」「でも、ちょっとかっこよくない?」「は、俺のほうがかっけえだろ」「それはないわ」

そんな内容のヒソヒソ話も聞こえてくる。

それを耳にしながら俺は残った二人はどこにいるのかと首を回し、廊下側の列の前から三番目に座っていたそいつを目にして、「嘘だろ……」と驚愕の声をもらした。

「ひなな。ひなな!」

俺がよそ見をした隙に、一人の女子が手招きしてひななを呼び寄せた。

「んー? どしたの?」

ひななは壁際の列の一番前に鞄を置くと、疑問の声を上げながら女子の集団へ入っていった。

間違いなく俺のことを聞かれるんだろうな。

素性の知れない俺より先に、関わりありそうなひななに俺のことを訊くというわけだ。

別にそんな回りくどいことしなくても、直接聞いてくればいいと思うのに、と思う。

なに。俺が行けばいい?

いきなり初対面の大人数を相手に飛び込むのはハードルが高くないか。しかも警戒されているというのに。残念ながら俺は、大人数どころか誰かに話しかける経験すらほとんどないので、無理な話である。何事にも慣れが必要なのだ。

ここは大人しくひななに任せるのがいいだろう。彼女ならいい感じに俺を立ててくれるはずだ。

それより、先に話しかけるべきやつは俺の左にいる。

壇上に上がり、黒板に貼られた座席表を確認して、俺は自分の席に向かい、荷物を置くと。

「……よう」

つまらなそうに文庫本に目を落とすそいつに声をかけた。

しかし。

…………………………無視。

返事がない。

こいつ、まさか俺の声が聞こえてないのか。

そう思って、もう一度「おい」と声をかける。今度は少し大きめの声で。

しかし、またもや無視。

「俺と同じ年だったんだな。紅野梓こうやあずさ

ムキになって叫ぶように名前を呼んだところで、ようやくそいつは気だるそうに顔をあげた。

そしてきゅっと目を細めて俺の顔を数秒見つめると、「あ?」と尖った声を出した。

「……誰。あんた」

俺の記憶より少し低いハスキーな声で訊ねられる。

まさか、俺を覚えてないのか。

そりゃ一週間も前のことだが、あんなに印象的な出会い方をしたというのに。

俺は今でも鮮明に覚えているぞ。

というか、忘れろという方が無理な話だ。

あの人間離れした白一色な容姿を忘れられるわけないだろう。

「覚えてないのか。先週、バルコニーで会っただろ?」

はっきりいってやると、紅野は「あー?」と納得したのかしてないのかわからない声を出す。

「忘れるっつったくせに忘れてないじゃん」

どうやら思い出したらしい。

それから、すぐに表情を険しくして言い放った。

「ていうかさ。あの場所のことは言いふらすなって言ったでしょ」

厳しくたしなめられて、俺はとっさに「すまん」と謝る。

そうだった。あの場所のことは秘密にするって約束だったな。すっかり忘れてしまっていて申し訳ない限りだ。

そして同時に思った。

こいつ機嫌悪くね、と。

確かに約束を破ったのはこっちが悪いが、こんな辛辣にあたることないだろう。

冷たい態度に白一色の容姿、ほんとに雪女そっくりだな。

そう言ってやりたいが、口にすると更に怒られそうなのでやめておく。

でもまぁ。確かに敵意丸出しにされると気分はよくないが、変に怯えられたり畏まられたりするより、よっぽど話しやすいからいいさ。

「俺は霞河来人。これからよろしくな」

名乗ってみるが、紅野はいつのまにか視線を本に戻してしまっていて、何も言ってこない。

まるで俺の声が聞こえてないかのように、眉一つ動かさない。

しかし、ぱらりとページをめくったところでようやく、「……あっそ」と一言だけ返ってきた。

「そっけねえな」

「当然でしょ。そっけなくしてるんだし」

何気ないぼやきに冷たく返されて、俺はたじろんでしまう。

取り付く島もないとはまさにこのことだ。

思わずため息を吐きそうになる。

「それよりさ、あんた。あたしとはあんま関わんない方がいいわよ」

辟易としている俺に、紅野が続けて言葉を放った。目線は本に落としたままで。

「は? なんで」

俺は眉を顰めて訊ねる。

まるで俺の身を案じるかのような言い方が気になった。

すると、紅野は無言で俺の背後を指さした。

振り向いてみると──。

「……なんか、見られてるな」

窓際連中が唖然とした様子で俺を見ていた。

そしてなぜか、ひななまでもが。

「そりゃ見られるでしょー。いきなり転入してきた変なやつが、クラスの腫れ物にいきなり話しかけてたらさ」

なんで、と聞く前にその理由を告げられる。

「だから、あたしには話しかけないほうがいいわよ。クラスのみんなと上手くやっていきたいならね」

紅野は完全に無表情で、淡々と言い切った。

自分が腫れ物だといったときも、表情筋をピクリとも動かさなかった。

「一人でいるのが好きなのか」と質問しそうになって、グッと飲み込む。

代わりに俺は。

「知るか」と、一言放った。

紅野がちらりと目線だけこちらに向ける。

真紅の瞳を捉えて、俺ははっきりと告げた。

「悪いが、そんなふうに誰かの顔色を伺うのは苦手なんだ。俺は話したいと思ったやつに話しかける」

自分でも、何をムキになってるんだって呆れるくらいの剣幕だった。

たった数回の会話と背後の視線から、紅野がクラスでどういった立ち位置なのかはよくわかる。

確かに、こんなつっけんどんな奴はさっさと見限って、ひななたちと仲良くなったほうが、よっぽどうまい立ち回りだと俺も思う。

でも、なんだろうな。こう、うまく言葉には出来ないが、紅野の言葉に従ったら負けな気がしたのだ。我ながら反骨精神甚だしいな。

「……勝手にすれば」

そういったきり、紅野は完全に本に集中してしまう。

それから何度話しかけても無視されてしまったので、俺は諦めの息を吐いて頬杖をついた。

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